新しい音楽に中年の気持ちを乗せる
――ドラッギーな「悪夢を見るチーズ」も気になりました。
ベースの千ヶ崎(学)くんが、変わった曲を書いてきたんですよ。ドラムとベースだけのデモが送られてきて。「何だこれ、スカスカだけど面白い」と思って、キーボードでハーモニーを付けていきました。それから改めて「変な曲だな」と思いました(笑)。
なので、歌詞も正攻法だと、あまりに感動的なものは釣り合わない。だからネットで見て印象に残っていた「悪夢を見るチーズ」という単語があったので、それを主題にしました。イギリス系のブルーチーズなんですけどね。単純に、おいしいね/まずいねという曲だとつまらないから、「この変な曲を聴きながら、このチーズ食べるともっと効くよ」という歌にしようと。それでこういう仕上がりになりました。
――それから、リードトラック「時間がない」のミュージックビデオは、若者ではなくおじさんが踊るのが不思議な映像でしたね。
見飽きない映像に仕上がって面白かったです。あのダンサーの方(金子礼二郎氏)は有名な方なんですよ。曲自体も我々世代の感情を一般化して、もう少し下の人にも共感できる様なつくりにもしたもの。ただダイレクトにわかってもらえるのは40歳過ぎた人かもしれないですね。それもあって、そのくらいの年齢で時間のなさそうな人をダンサーとしてお願いしました。
ただこの楽曲で往年のディスコを思い浮かべる、というのは違う気がするんですよ。僕は懐かしいものとしてはあの映像を見なかったですね。華やかな感じはするけど、ちょっと寂しいというか、切迫したものを感じました。
――堀込さん自身も同世代に向けて何か伝えたい事があるという事がありますか?
すごく意識する事はあまりない、いや、あるのかな…(笑)。ただ自分がそういう年頃なので付き合っている人もそういう人が多い。そうすると、それが自然に反映されると思うんですよ。“明日はデートだ! 嬉しいな”みたいな曲ってなかなか書きづらいというか、昔も書いてなかったですが(笑)。この年になると、もはやボーイ・ミーツ・ガールみたいな生温かいポップスにはならないじゃないですか。そういうのをやろうとしたら完全にフィクションなものとして描くしかない。
そうではなくて、もう少しリアルな自分たちの生活や感情にあるものを歌った方が自然だよな、という考えです。僕の世代は97年デビューで、同世代の人たちは渋谷系とかそれ以降の音楽が耳になじんでいる。一番多感な頃に聴いた音楽ですから。KIRINJIもその流れにいます。でも、中年の気持ちを歌う時に、過去好きだった音楽のスタイルを借りる事は良くないと思いましたね。「一番新しい形の音楽に我々の年代の気持ちが乗っかっている」というのが格好良い気がして。それがこの「愛をあるだけ、すべて」です。
同じシャツでも昔のものと今のものは、形とか素材とかも違いますよね。リバイバルだとしても違う。“80年代リバイバル”とか言われますけど、我々の知っている80年代と、今の80年代テイストって随分違いますよ。やはりアップ・トゥ・デイトなものになっている。自分の歌もそうありたいという気持ちも強くあるんです。40歳、50歳の人が懐かしんでいる歌を聴くのではなく、今の音楽を聴いてほしいですね。
――するとフィクションの部分は「After the Party」に描かれている様な気がします。<hey, siri>という1節も、昔なら<hey, city>と歌われていそうでした。それは、先ほどのシャツの話題にも繋がりますが。
あれは弓木(英梨乃)さんが歌うという事を想定していたので、彼女が歌ったら良さそうだな、魅力的に響くだろうな、という言葉や歌詞の内容を意識しました。<hey, siri>って彼女は言わないと思うんですよ。周りに言っている人は誰もいないし(笑)。ただ、言わないけど、歌詞にしてみたら意外とハマるところがありました。
ある意味、どの歌詞も全部フィクションですが、この曲は設定を明確にしたものですね。まずサビの歌詞が浮かんだんですよ。それから「この状況になるにはどうしたら良いのか?」と考えて、パーティの帰りなら面白いかもと考えました。
――ところで、AIによる作曲にご興味はありますか?
あります。この間ネットでAIが作った曲を聴いたんです。それはビートルズをたくさん聴かせたAIだったのですが、できた曲を聴いたらビートルズというよりもハイ・ラマズ(英バンド)で(笑)。それで「なんか面白いかも。欲しい」と思いました。ただ、まだ未整理な部分もあって「ここに手を入れればもっと聴きやすくなるのにな」というなところもいくつかありましたね。
そういう使い方はできるかもしれませんよね。基盤を作ってもらって、自分がそれを直す。基本、何かをリファレンスして曲を作るという事は作曲家やアレンジャーの人がざらにやっている事でもあるので。それをAIがやるか、自分がやるかみたいなところ。それが大きな違いなのかもしれませんけど。
制作を始めて、仕上げる苦労って結構あるので、面倒くさいところはAIにやってもらって、その先の感覚的でセンスが問われるところだけ人間がやる、という作り方もありなんじゃないかなという気はしています。
――将棋界の様にAIによって、新しい動向が生まれるかもしれません。
新作にも「ペーパープレーン」という曲があります。あれはハーモニーを僕が作って、そこにペダルスティールとベースを入れてもらったのですが、あのドラムはLogicという音楽制作ソフトでパラメータ設定の組み合わせで、作ったものを余計なところを削ったり、足りないところを足したりして作ったリズムなんです。
機械が勝手に作ったドラムですけど、単調じゃなくて、僕がやろうとしたら思いつかないくらい複雑なリズムが生み出されるんですよ。AIではないですが、自分の意思と関係ないところで音楽が生成されるという点では同じですよね。自分が作ったという満足感は違うかもしれませんが、聴く人にとっては関係ないとも言えます。もちろん没個性になったらつまらないですけどね。だからAIの作曲に関して悲観はしていません。