元キリンジでシンガーソングライターの堀込泰行が10月10日に、アルバム『What A Wonderful World』をリリース。新進気鋭のバンドやアーティストを招き、制作されたコラボレーションEPである前作『GOOD VIBRATIONS』から約1年ぶりとなった新譜は、前作のコラボレーションの手応えから、プロデューサーに蔦谷好位置氏やGENTOUKIの田中 潤氏との共同プロデュースで堀込のイメージをさらにブラッシュアップさせ、新たな風を吹き込むことに成功した。今までとは一味違う作品に仕上がった今作。様々な楽器がそれぞれの曲でフィーチャーされた制作背景や、堀込の独特な世界観に迫るべく、サビという概念についても話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】
人の手に委ねて変化して行くのが面白い
――様々なアーティストとコラボされた前作『GOOD VIBRATIONS』から約1年ぶりのリリースになりますが、今作『What A Wonderful World』の着想はいつ頃から考えていたのでしょうか。
前作で色んな方とコラボしてみて、曲を人の手に委ねて変化して行くのが面白いなと感じました。それもあって、今作ではプロデューサーを立ててみてやってみようというイメージはありました。
――その中で蔦谷好位置さんを選んだのは過去に面識があったからみたいですね。
面識はあったんですけど、交流があったわけではなくて。蔦谷さんの番組に呼んで頂いた時にお話をしたのがきっかけでした。蔦谷さんはキリンジの音楽を聴いていてくれたのも大きいです。その中で今作は2曲プロデュースしていただいて、他はGENTOUKIの田中潤さんとの共同プロデュースとセルフプロデュースという振りわけになりました。
――その蔦谷さんと共同で作業をされてみて、いかがでしたか。
単純に作業が早いです。遅れるということはまずないし、時代性というものを常に見ているなと感じました。
――「WHAT A BEAUTIFUL NIGHT」と「スクランブルのふたり」で蔦谷さんと制作されていますが、原曲からはだいぶ変わったのでしょうか。
メロディとコード進行は原曲のままです。そこに肉付けしていく時にコンテンポラリーなものにしてもらいました。このアレンジに落ち着くまでも、いろんなアイデアがあって、2人で話し合ったりしているうちにこの形になりました。
――直接お会いしてのやりとりだったのでしょうか。
いえ、メールですね。前作の時もコラボ相手とメールでやり取りしていたので、その辺りは前回よりもスムーズでした。作業中もずっとメールを開きっぱなしにして(笑)。
――堀込さんの方からはどのようなアイデアを?
僕からはThe RAH Band(Richard Anthony Hewsonが率いる英バンド)やSwing Out Sister(英・クロスオーバー、ポップ系男女デュオ)とか80年代のシティポップスみたいな感じをイメージしていて、最初そういった感じのデモが蔦谷さんから届いたんです。それもすごく良いなと思っていた次の日ぐらいに、また違うパターンが届いて。それが今のアレンジのものです。今日的なアレンジなんですけど、僕がイメージしていた80年代のシティポップ要素も残っていて。どちらも良かったんですけど、今のアレンジの方が攻めてるかなとも思いまして、これになりました。
――歌詞に関しても80年代、昭和の要素が入っていたりもしていますか? 出だしの<ネオンに染まった>とかその雰囲気を出しているのかなと思いました。
そこはあまり時代感を意識してネオンという言葉は使いませんでした。僕の中でネオンというものが当たり前になっていますし、今も賑やかな街にはネオンが残っていますから。色とりどりの明かりを表すのにこの言葉を使いました。
――時代を表す言葉ではなかったんですね。あと、この曲で印象的だったのが終わり方で、カットアウトして次の曲に移るというのがドキッとしました。
ここは蔦谷さんのセンスで、こういった形にしていただきました。最近、世間ではカットアウトも増えてきていると思うんです。この曲はさっぱりとしたカットアウトで印象的なものになりました。
――カットアウトとは対象的にフェードアウトも「スクランブルのふたり」「Destiny」「Cheers!」の3曲で使われていますが、堀込さんはフェードアウトの効果はどのように捉えていますか。
印象的にサビを繰り返しながらのフェードアウトは、その曲の印象が暫く残るので、余韻に浸りやすいかなと思います。
――最近の曲はしっかりと終わる曲が多いなと感じていたので、そこも新鮮でした。最後の「Cheers!」のフェードアウトはまた一曲目にループさせてくれるような印象を与えてくれました。
しっかり終わるというのはクラブミュージック、ダンスミュージックの影響も強いかもしれないですね。
――「スクランブルのふたり」についてお聞きします。歌詞で<青い路地>という言葉が出てくるのですが、どのような光景なのでしょうか。
日が暮れかけていてほとんど太陽がない、だけど夜になっているわけではない、境目のような感じです。それを青という色に例えました。
――この曲と次の「HIGH & LOW」には歌詞の中に“犬”が登場するのですが、堀込さんの中で犬はどのような象徴なのでしょうか。
犬は僕の歌詞では割と登場回数は多いですね。特別好きというわけでもないのですが(笑)。僕の中では無邪気で、自分の尻尾を追いかけてくるくる周っている姿とかが、ちょっと滑稽で愚かしいさまの象徴にも見えますし、自分で理性をコントロール出来ない状態、外れてしまっている状態を表す時に犬が出てくることがあります。詩的なものが生まれやすいので、犬という存在が好きなのかもしれません。
――確かにその行為は滑稽な部分はありますね。さて、アレンジでは軽快なピアノが飛び込んでくるのですが、これはデモ段階からこのようなイメージでしたか?
この曲は2パターンほどデモを作ったと思います。それは1コーラスでピアノとベースと歌が入っている感じのものと、ライブのテイクを蔦谷さんに聴いていただいて。僕の中ではライブテイクの方がバンドで一度練っているので、そちらに寄せたアレンジでお願いしました。それを活かしつつ蔦谷さんのカラーを出してもらえたらと思いました。
――すでにライブでも披露されていたんですね。
そうですね。ライブではなるべく新曲を披露したいなと思っています。僕はリリースペースが早いわけではないので、新曲が出来たらライブで披露するようにはしていて。
――ライブで披露されている曲といえば「ファイヤーバード」という楽曲もありますが、今回は収録されなかったんですね。
あの曲は今どうやって録ろうか悩んでいて。今回のアルバムとは関係ないところでベーシックな部分は録ってみたんですけど、それはライブでやっているような素直な感じではなくて、もう少しループ感があって、多少時代性を意識したアレンジでやってみました。でも、バンドメンバーと話しているとライブで披露しているようなアレンジの方が格好いいんじゃないかという話になりまして。
今作の候補曲にもあがってはいたのですが、曲数が足りないということでもなかったので、今回は見送りました。結構前からライブで披露していたので、新しいアルバムを出したという感じが薄まるんじゃないかなと言う気持ちがあって。なので時が熟して、バンド編成で良いグルーヴが録れた時、もしくはライブ盤をリリースするとか、出し方は考えなければと思っています。
――時代性を意識したアレンジのバージョンも気になりますが、ぜひ良い形で出して頂けたら嬉しいです。ちなみにアレンジは一曲に対して複数パターンを作ることは良くあることなのでしょうか。
楽曲を作っていくなかで紆余曲折して何パターンか出来てしまう感じです。それを経て最終形に辿りつくんです。意図的に何パターンもつくってみようというのはあまりないかもしれないですね。