INTERVIEW

Hilcrhyme

「余裕を持って全てを見ていい」自身初の音楽監修で見えた未来:映画『尾かしら付き。』


記者:村上順一

写真:村上順一

掲載:23年08月17日

読了時間:約9分

 Hilcrhymeが、映画『尾かしら付き。』(8月18日公開)の音楽監修を務めた。主題歌「UNIQUE」をはじめ、ユリイ・カノンを唯一のメンバーとする音楽プロジェクト月詠みにも参加するボーカリストYueを招いた「秘密 feat.Yue」、ストリングスが印象的で原点回帰を感じさせる「走れ」を含む全3曲を提供した。映画『尾かしら付き。』は佐原ミズの同名コミックを実写映画化。豚のような尻尾の生えた少年と、その彼に寄り添おうとする少女の切ない恋模様と成長を描いた青春ドラマ。キャストに『映画刀剣乱舞 黎明』の小西詠斗が快成、女優・大平采佳が那智、大人になった2人を佐野岳と武田梨奈が演じる。インタビューでは、主題歌制作の背景を探りながら、『尾かしら付き。』をどのような視点で見ていたのか、活動を通していろいろ変化があったというHilcrhymeのTOCに話を聞いた。

自分を追い詰める必要なんてない

村上順一

Hilcrhyme

――音楽監修は初めての経験なんですよね?

 初めてです。普通、タイアップはその作品を総括した1曲を作るのですが、今回は音楽監修として携わったので、シンプルに主題歌を増やすといった感覚で各シーンに合わせて3曲作りました。例えば「秘密 feat.Yue」という曲だと少年・少女時代の樋山那智(演:大平采佳)と宇津見快成(演:小西詠斗)の淡い恋の描写に合わせて作ったので、デュエットソングにしました。「走れ」は快成が走っているシーンに合わせて書いていて、場面に合わせて作ったのも初めてでした。そして、総括的な1曲として「UNIQUE」をエンディング曲にしました。劇伴の作家さんは別でいらっしゃるんですけど、全体の音をつけるという初めての経験になりました。

――どんなところが大変でしたか。

 普通のドラマなどの主題歌となると、監督やプロデューサーなど、映像制作の方たちのイニシアティブが大きいのですが、今回は音楽監修という立ち位置で自分に全権があったので、自由な部分が大きかったです。なので、責任が大きい。この映画に関して言うと、「自分はもう1人の監督」ぐらいの意識で曲を作っていたのですが、そういう感覚になったのも初めてのことでした。

――ドラマ主題歌の時とは違ったんですね。

 通常のドラマ主題歌などは委託されているという感覚なんですけど、今回に関しては自分の作品と言ってもいいんじゃないか、というぐらい。それもあって自分自身が成長を遂げたと思います。

――新しい発見もあったのでしょうか。

 監修、監督のような立ち位置を経験して甲斐性が増したと言いますか、「演者の皆さん出てくれてありがとう」という感覚なんです。人としてちょっと広くなったと思いますし、ピリピリしなくなりました。舞台挨拶にしてもちょっと前だったら、他の人たちを意識してしまい、結構ピリピリしていたと思います。でも、今はそういうのはなく、自分がキャリアも年齢的にも年長者なので、ディレクション能力が増して余裕が増えたような感覚があります。

――人としての部分が大きかったんですね。映画『尾かしら付き。』を観て、どのようなことを考えましたか。

 原作を読んでから楽曲を作り始めたのですが、原作がとても素晴らしかった。尻尾が生えていることを障害と捉えるか、それとも個性と捉えるか、すごく興味深かったです。映画内では悪しきものとして最初は扱われていて、居場所を探してアクションを起こして自ら世界を変えていく、というその姿勢がミュージシャンと似ているなと思いました。

――ご自身と重なるところがあって。

 東京だったらまだしも、僕が住んでいる新潟で「ミュージシャンです」と話すと、周りは 「えっ!」となるんですよ。

――そうなんですか?

 作詞・作曲で稼いでるような人間はほとんどいない。社会から夢が疎外されているところからスタートして、自分の立ち位置を見つけて今に至ってるというのがリンクして、共感する部分がたくさんありました。そして、この作品は子供に尻尾が生えているという設定なので、1人の人間として、親としてもいろいろ思うところがありました。本当に素晴らしい作品に関わることができて嬉しいです。

――「秘密 feat.Yue」ではYueさんとのデュエットですが、彼女をフィーチャリングに選ばれた経緯は?

 僕が女性ボーカリストに詳しくなかったので、ディレクターに頼った部分が大きかったです。その中でYueさんを教えてもらって、歌声を聴いてみてすごくいいなと思いました。

――どのようなボーカリストだと感じました?

 表現の幅が広いボーカリストだと思いました。顔出しをしていないアーティストの中でも、Yueさんはすごく人間的なボーカルだなと。歌も1〜2テイクでオッケーだったので、本当にうまいなと思いました。まだレコーディングしかご一緒していないので、これからライブとか、長い付き合いができればいいなと思っています。

――「UNIQUE」の歌詞に<尻尾>と入ってますが、大胆ですね!

 その一文だけは映画から思いっきり引用しました。とはいえ、映画を観ていなくても、“ありえないこと”という意味合いで受け取ってもらえるかなと思います。

――タイトルはすぐ決まったのでしょうか。

 悩みましたね。タイトルがバシっとくるものと(仮)がずっとついたまま進行するものがあるんですけど、「UNIQUE」は(仮)の状態が長かったタイトルでした。ユニークって英語で直訳すると個性なんですけど、日本人がユニークと聞くと面白いとかの解釈になるじゃないですか? 僕はユニークの意味が個性なんだと知って、このままでいいなと思い、このタイトルに決めました。

――僕らがパブリックイメージとして持っているユニークの意味を、この曲が壊してくれるかもしれないですね。

 それは一番ありがたいです。

――この曲を構築していくにあたり一番考えていたことはどんなことでした?

 「UNIQUE」のようなメッセージを持つ曲は、Hilcrhymeでは多いです。“世界中が敵になっても自分であれ”というテーマを、別の切り口で書いた感じです。ジェンダーをテーマにしたドラマ『IS~男でも女でもない性~』(テレビ東京系)のエンディングテーマとして書き下ろした「パーソナルCOLOR」という曲があるのですが、「UNIQUE」はそれに近いなと思っています。

――今回のレコーディングがどのような感じで進めていたのでしょうか。

 レコーディングは、いつも通り自分1人で黙々とやってました。

――ディレクションもご自身なんですか?

 基本自分なんですけど、録ったものをスタッフさんに聴いてもらって、修正箇所があったら修正します。エンジニア兼ディレクター、そして歌い手という感じです。

――僕の中でTOCさんはいつもお1人で追い込んでいるイメージがあって、ちょっと大変すぎません?

 そうなんですよね。でも、やっと追い込むことをやめられるようになりました。この『尾かしら付き。』の制作が終わって、今すごく精神状態が良くて。自分はメジャーデビューしてから14年、常に追い詰められた感覚があったのですが、それが今なくなりました。いろいろと解放された歴史的インタビューの日ですよ(笑)。

――良かったです! この期間に何か切り替わるものがあったんですか。

 今回の3曲が完成して、取材などをのぞけばほぼ休みで、そこですごくいい時間を過ごせたのが良かったんだと思います。普段やらないゲームやスポーツ観戦をしたり、 家族との時間を過ごすとか、この十数年できなかったことをやろうと思いました。そうしたら自分を追い詰める必要なんてないなと思って。余裕を持って全てを見ていいんじゃないかなと思い、そこからすごく楽になりました。

 例えば、曲作りの打ち合わせもすごく楽しいし、今回のようにいろいろな人との関わりがあるプロジェクトで新しい出会いにもすごくワクワクしています。きっと今までだったらかなり壁を作っていたと思います。年齢的にも監督をしていい立場、若い人たちを引っ張る立場にならないと駄目なんだと思いました。

――その領域に入ってきたなと。

 人間的にすごく大きく成長できたと思いました。それによって失うものもきっとあると思うけど、新しく生まれるものも沢山あると思うので、それを楽しみにしていてほしいなと思います。

――期待しかないですね。

 自然体で曲をヒットに繋げたいなと思っています。とはいえ、ヒットなんて狙えるものではないのはわかっていますが、より多くの人に聴いてもらうために音楽をやっているので、新しい自分で勝負していきたいと思っています。

衝動のままに曲を書いた「走れ」

村上順一

Hilcrhyme

――「UNIQUE」がどのような広がり方をするのか、映画を含めて楽しみです。

 そういうところで、もう1曲の「走れ」は、それこそ“走る”んじゃないかと思っています。先の2曲とはまた違った次元の手応えでした。

――ご自身の中でどのような感覚があるのでしょうか。

 快成が走るシーンがあるんですけど、 そこにはめる音楽としてタイトルは「走れ」でいいなと思いました。Hilcrhymeの音作りの原点にあるストリングス、ギター、管弦楽器がメインとした曲にしようと思い、オーケストラがメインの曲に太めのビートを足すという音作りから入りました。そこからはもう“走れ”というテーマに沿ってスラっと書けました。これまでの経験上スラっと書けた時はいい曲ができるんです。ラップがしっかりとトラックの上で走っている、ノっているので近年リリースした曲の中でも手応えをすごく感じています。

――曲とシーンがすごく合ってましたね。

 あのシーンは快成が激情のままに走っているのですが、行動を起こしてから理由をつける、衝動に委ねて行動するのが一番大事だと感じました。それにインスパイアされて、その衝動のままに曲を書いてみようと思いました。いま改めて思い返すと「大丈夫」という曲と作り方が似ていると思います。書きたいことを書いて、その後に韻をちょっとそろえたぐらいだったんですけど、そういう時は経験上メッセージが強く乗るんです。

――サウンド的にもストリングスのスケール感は劇場の音響で聴いたらすごくくるものがあるだろうなと思いました。

 ストリングスアレンジだけ、別の方に頼んでいてトラックメーカーとその方がすごく良くて。初めてアレンジしていただいたんですけど、絶妙なストリングスのラインを作っていただいて、またお願いしたいなと思いました。デビュー当時はよくやっていたのですが、弦のアレンジャー入れるのは久々でした。

――ストリングスはすべて生演奏なんですか。

 打ち込みと生が混ざっています。混ぜるとまた全然違う音になるので、そのハイブリッド感が今っぽいんじゃないかな。むしろその感じがHilcrhymeに合っていると思います。

――ところで、TOCさんは映画って結構観られます?

 好きな映画は観にいきますが、実は映画館にはあまり行ったことがないんです。気持ちに余裕も出てきたので、これから映画館にもたくさん行ってみたいです。

――記憶に残っている作品は?

 けっこう前の作品ですが『ラ・ラ・ランド』は最高にいい映画でしたね。最近だと『鬼滅の刃』と『THE FIRST SLAM DUNK』も観に行きましたが面白かったです。

――この作品を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。

 個性だったり、 多様性という言葉が頻繁に議論されていると思います。その多様性とどう向き合うか、それに対してどういうメッセージを込められているのか、という作品になっていると思います。多様性は時にその言葉だけが暴走してしまっているとも感じているので、多様性に対してのメッセージを曲と映像に込めてあるので、万人に観てほしい作品です。考えさせられる映画だと思うので、「個性とは」みたいなものに悩んでいる人がいたとしたら、ぜひ観てほしいです。

――ちなみにTOCさんは個性で悩んだことはあるのでしょうか。

 僕自身は悩んだことはないんですけど、自分はコンプレックスの塊でした。でも、それがこの仕事の武器になっていて、おそらくコンプレックス=個性だと思うので、そのコンプレックスを認めてあげることの素晴らしさに、『尾かしら付き。』を観たら気づくきっかけになるんじゃないかなと思います。

(おわり)

【作品情報】

Hilcrhymeが劇場⾳楽を担当し3 曲提供。

主題歌「UNIQUE」
DL&サブスク https://umj.lnk.to/Hilcrhyme_UNIQUE

「秘密 feat. Yue」
DL&サブスクhttps://umj.lnk.to/Hilcrhyme_Himitsu

「⾛れ」2023年秋 デジタル配信予定

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村上順一
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