Hilcrhyme・TOC「狂気の世界だった」別名義アルバム同時リリースの舞台裏
INTERVIEW

Hilcrhyme・TOC

「狂気の世界だった」別名義アルバム同時リリースの舞台裏


記者:村上順一

撮影:

掲載:22年10月09日

読了時間:約10分

 Hilcrhymeとソロ名義のTOCが、9月28日にニューアルバムを2枚同時リリース。Hilcrhymeは通算11枚目となるオリジナルアルバム『SELFISH』、ソロ名義TOCは通算5枚目のオリジナルアルバム『FOOLISH』を発売。同一人物が、別名義の2つのプロジェクトのアルバムを同時発売、さらに2つのツアーを同時に回るのは前代未聞と話題になった。インタビューでは、「狂気の世界だった」と話すアルバムの制作背景、『SELFISH』『FOOLISH』という2つのタイトルに込めた想い、メジャーデビュー15周年を控える中で「色々見直していきたい」と話す今後の展望など、多岐に亘り話を聞いた。

初めてのスランプから生まれた「限界突破」

村上順一

Hilcrhyme・TOC

――Hilcrhymeとソロ名義TOC、2枚同時リリースというアイデアはいつ頃から考えていたのでしょうか。

 昨年、前作『FRONTIER』を制作している頃でした。近年はHilcrhyme優先でやってきていたので、ソロのTOCの方もしっかり曲を出さなければという思いがありました。これまでは順番にリリースしている感じだったんですけど、同時にリリースしたら面白いんじゃないかなと思いました。

――実行するのは大変ですよね?

 スタッフからも「できるの?」と言われました(笑)。当然そういう感じになりますよね。アルバムをリリースしたらツアーを回るというのは変わらないので、先にライブ会場を抑えるところから始まりました。2つのツアーを同時に回るのも面白いなと思って、インパクト優先で進んでいった感覚です。もう、会場を押さえてしまったら後には引けない。音楽への創作意欲というよりは、ファンのみんなを驚かせたいという思いが強くあり、ファンの予想をいい意味で裏切らないといけないと最近よく思うんです。

――私が前回インタビューさせていただいた時も胸中穏やかではなかった。

 なかったですね。地獄の始まり、狂気の世界でした。それがちょうど『FRONTIER』をリリースする頃で、僕の頭は完全に次に向かっていました。ただ、全然曲ができなくて...。

――無事に完成して良かったです。思い描いていた作品が出来たんですよね?

 できました。タイトルは“対”になるものにしたいと思っていました。最初は「WHITE&BLACK」とか、そういう感じにしようと思っていました。でも、Hilcrhyme、TOCそれぞれに歴史があるので、そこを組んでいないといけない。共通性のあるものにしないといけなかったので、消去法で考えていく作業でした。でも、その作業もすごく楽しくて。

 HilcrhymeもTOCどちらも1人なんです。同じ人が名前を変えてやっているというのも珍しいですし、同時にリリースするというのは、まだやっている人はいないと思って。Hilcrhymeはもともと2人でしたし、この境遇というのは自分にしかない武器だと捉えることが大事でした。

 改めて自分は好き勝手やっているなと思いました。それにスタッフが合わせて動いてくれている、すごくわがままだなと思ってHilcrhymeのアルバムタイトルは、『SELFISH』と名づけました。それと対となる言葉を考えた時に、スティーブ・ジョブズの言葉「Stay hungry, stay FOOLISH」を思いついて、TOCのタイトルは『FOOLISH』に決めました。

――そこから楽曲制作がスタートして。

 Hilcrhymeに関しては昨年3曲出来ていたので、それを柱にしていました。ただ、その3曲ができてからパタリとできなくなってしまって...。

――スランプになってしまって。

 完全にスランプです。これは初めてのことでした。書きたいことがないという。そこから何もできずに3〜4カ月が経ってしまいました。締切がどんどん迫ってきて、もう猫の手も借りたい、藁(わら)にもすがる思いでした。スタジオにいても何も降りてこないから、湯沢に行ってホテルに機材を持ち込んで1週間過ごしていたのですが、それでもできなくて。もうダメだと塞ぎ込んでしまったんですけど、ふと今の自分を書けばいいんじゃないかと思いました。

――新たな発想が生まれたんですね。

 そうです。誰かのための曲ではなくて、自分のことを書こうと思ってできたのが「限界突破」でした。限界を越えようとしている自分が格好いいじゃん、と思ったんです。この曲をきっかけにどんどん曲ができるようになって。『SELFISH』のタイトル通り、自分のことを書いていきました。『SELFISH』は僕の人生の話を全部曲にしているんです。収録曲の「父の心得」や「十二月一日」はすごくパーソナル部分ですから。逆にそう言ったことを今自分は書きたがっているんだ、という解釈でした。

――「十二月一日」はインパクトありました。普通この件に関しては書かないですよ。

 僕は作品至上主義なので題材はなんでも良くて。この曲を書いている時はめちゃくちゃ楽しかったですね。5年前の12月1日に起きた出来事はラップに向いていたので、いつか作品化したいと思っていて、出すならこのタイミングしかないなと思いました。Hilcrhymeはそこに拘っていないですけど、そういう一面も見せてもいいんじゃないかなと思いました。

――確かにヒップホップはそういう要素あります。ちなみにKATSUさんはこの曲の件って…

 本人に電話して「こういう曲書いたんだけど」と言いましたよ。了承は得ています。もう一緒に音楽をやることはないんですけど、彼には「注意して俺の活動を見ていなよ」とは伝えています。どういう形になろうとKATSUがHilcrhymeだったという事実は変わらないのだからと。離れたからといってHilcrhymeを全く見ないというのは違うと思うし、自分もKATSUから離れるというのも違うと思ったので、定期的に会っています。でも、時というのは残酷ですよ。Hilcrhymeが2人だったということを知らない方もいますから。

――動き続けないと忘れられてしまう。

 本当にそうです。コロナ禍になってよりそう思います。止まらないためにすごく考えましたから。ライブ会場がドームやアリーナクラスでは話は変わってくるんですけど、ライブハウスくらいのキャパだったら止まる必要はないと思いました。変わらない活動をすることの方が、ファンのみんなに喜んでもらえると思いました。

――そして、「Be one feat. NITE FULL MAKERS」はTOCさんが過去に在籍していたNITE FULL MAKERSがフィーチャリングでコラボしていますが、円満に脱退されていたんですか。

 めちゃくちゃ揉めました。彼らはゴリゴリのヒップホップで、その時の風習みたいなところもあり、グループを辞めたら周りが敵になるみたいなところもありました。でも僕はそれでも構わないと抜けたんです。

――方向性の違いですか。

 当時Hilcrhymeと並行して活動していたのですが、Hilcrhyme一本に集中したかったからです。「いつかは俺は抜ける」という話はしていました。お互いグループとして調子が良かったのもあって、中々抜けさせてくれなかったんですけど、半ば強引に脱退しました。そこから僕とNITE FULL MAKERSは犬猿の仲でしたが、僕がソロ活動を始めた辺りから仲直りして。

――今回、NITE FULL MAKERSとコラボすることになった経緯は?

 彼らはめちゃくちゃラップが上手いんです。キャリアもあって、すごくリスペクトしています。今回、誰かラッパーと一緒にやりたいねという話があって、そこでしっくり来たのが彼らでした。Creepy NutsのDJ松永はNITE FULL MAKERSが好きみたいで、そういった下の世代にも影響を与えているんだなと知って、それも理由としてありました。昔やっていた複数マイクでのパフォーマンスが今できたのはすごく楽しいですし、ライブでもすごく盛り上がるので満足しています。

――アルバムタイトル曲の「SELFISH」は、歌詞の中で<我が儘>、<我ガママ>と漢字とカタカナを使い分けていますが、どのような意味が?

 カタカナでワガママと書いてしまうと、自己中心的ですごく嫌な感じがしました。でも、「我」と漢字に置き換えると、自分らしくいるという意味で、めちゃくちゃいい言葉だなと思ったからなんです。また、過去に「我ガママ」という楽曲を発表しています。

ファンに対する愛情表現

村上順一

Hilcrhyme・TOC

――TOCのアルバム『FOOLISH』には、「MIDORI」という曲が収録されていますが、今回のテーマカラーのグリーンと掛かっていますね。

 掛かっています。今回、テーマカラーを設けたかったんです。2012年にリリースした『LIKE A NOVEL』というアルバムで、ブルーをテーマカラーに作っしたことがあるんですけど、その時はライブも青いステージにして、カラーコードみたいなのをツアーに来た人にも楽しんで欲しいなと思いました。その中で最近好きな色は何かと考えたら、緑色が好きだなと思って。アートワークに「MIDORI」が意味するものを描いたので、今回のテーマの答え合わせの一曲になっていると思います。

――人の名前ともとれますね。

 そこは色々と想像してもらえたら嬉しいです。ただ、人の名前を入れるというのはすごくいいですね。メジャーデビューシングルの「純也と真菜実」という曲があるんですけど、人名を入れるとすごく大衆性が生まれるんです。

――「たいよう」はパートナーの事を歌っていて。

 これはもう歌詞のままです。同じ屋根の下に暮らしている最愛の人への情形です。この曲も他の曲を聴いていくと、そこにヒントがあるので、それを楽しんでもらいたいというのもあります。「これって誰のことを言っているのだろう?」とか、他の曲を聴くことでいろいろ繋がりを感じて遊べると思います。
 
――ところで、アルバム毎の曲数が9曲と5曲という割り振り方をされていますが、ちょっと変わっていますよね。

 このボリューム感はすごく気に入っています。TOCに関しては5曲なので、形態としてアルバムというよりはEPなんですよね。アルバムのような起承転結ではなく、曲単体で聴けるイメージがあり、僕はEPという形態が好きなんです。アルバムだとストーリーを意識してしまう。特にTOCの方はすごくパーソナルな面が強く、啓発的な作品でもあるというのもあります。あとは先ほども話したように、この曲数が今回の限界でした(笑)。

――前作『フロンティア』から1年しか空いていないので、すごい事だと思います。さて、「あっかんべー」という曲の歌詞で<あぁ仕方ねえ 愛すべき77.5>と「77.5」という数字が出てきますが、これは?

 地元新潟でラジオのパーソナリティをやらせていただいているんですけど、そのラジオ局の周波数です。

――歌詞の内容も毒っぽい感じがありますね。

 1曲くらい毒づいた曲も入れたいと思っていて。地方に住んでいる人は共通認識としてあると思うのですが、地元の人はすごく温かいんですけど、自称知り合い、同業者というのが沢山いて。同郷というのを理由に、誰だかわからない人が距離感を詰めてくるんですよ(笑)。最近そういうことが多いなと思って、できた曲でした。

――タイトルは「あっかんべー」と可愛いですね。

 『SELFISH』初回盤のジャケ写がベロを出しているんですけど、そこで共通性を持たせています。

――ところで、本作を制作する中で新しい発見はありましたか。

 日々発見はありました。僕は他のアーティストの作品もよく聴くのですが、その中で新しいフロウや韻の踏み方というのも目の当たりにします。僕はわりと押韻する方ですけど、韻の踏み方というのはそんなに重要ではないんです。

――特に大事にされているところは?

 世界的な潮流というのは意識していて、そこはすごく大事だなと思っています。基本的にはノリを重視して曲は作っているんですけど、日々のインプットがとても大事だなと思っています。

――さて、すごい作品をリリースされましたが、ツアーが終わってからの展望は?

 正直に話すと今のところ、アルバム制作に関してはしばらく休もうかなと思っています。今回の2枚で出し尽くした感があるんです。でも、数カ月後にはその考えは変わっているかもしれないですけど(笑)。

――ツアーを回ったら、創作意欲が湧いてアルバム作ってしまう可能性もありますよね。制作以外で今考えていることは?

 Hilcrhymeに関しては再来年にデビュー15周年を迎えるんですけど、いま一番示したいのが、ファンに対する愛情表現なんです。

――ファンの皆さんとやってみたいこともあったり?

 沢山あります。ファンの皆さんの中にはクリエイティブに特化している人も沢山いるだろうし、みんなと一緒に何か作るのもすごく面白いんじゃないかなと思ったり。ただ、僕はアイドルではないので、何かを与えるのではなくて、「こんなこと考えたけど、どう?」と呼びかける方なのかなと思っています。共感を求めることを何か出来ればいいなって。これまでの活動は作品に寄りすぎていたと感じているので、デビュー15周年を控える中で、色々見直していきたいです。

(おわり)

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村上順一
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