KIRINJI「工夫次第で今の音楽になる」低音なきサウンドは過去のものとなるか
INTERVIEW

KIRINJI

「工夫次第で今の音楽になる」低音なきサウンドは過去のものとなるか


記者:小池直也

撮影:

掲載:19年11月25日

読了時間:約12分

言葉の自体のグルーヴ

堀込高樹

――なるほど。「雑務」はコミカルでリズミックなサビが印象的でした。おふたりにとっての雑務とは?

堀込高樹 僕は著作権の契約書に筆名・本名・著作権者って書くところがあるのですが、本人預かりと出版社のもののために1曲につき「堀込高樹」って6回書くのが少し雑務感があります(笑)。あとは譜面を書くのは雑務ではないんだけど、面倒くさい作業だなと思います。それから税金の支払いや車の修理。修理は不意にやってきて不意にお金がかかるのでストレス。つまり日常的なことが雑務なんです。基本は曲作って演奏することしかしていないので。

千ヶ崎学 そういうことですよね。僕にとっての雑務は請求書を作ることです。演奏やレコーディングは楽しいですが、それだけじゃ食えないじゃないですか(笑)。あの行為は雑務感が満載ですね。でも<雑務をすれば/ロケットも飛ぶし/この曲も君に届く>って歌詞の通りなんです。

堀込高樹 「雑務が面倒くさいな」って歌詞をライブで歌っていたら、友達が「君は殿様だね。私の仕事はほとんど雑務ですよ」と。それを聞いて「いかんな」と思いました。雑務っていうものがないと色々なものが回っていかないということに気づいたんですよ。それを歌にしたかった。あとは「雑務」という言葉そのものにグルーヴを感じたんですよね。最初はブラジリアンっぽい感じの曲になるのかなと思っていました。でも作りながら言葉の響きを活かしたサビにしたら独特の曲になるかなと。16分音符のチキチキしたビートに対して「雑務」という3連符を乗せているので、これがブラジルっぽい感じやヒップホップみたいなニュアンスで面白いと思って出来上がりました。

――「『あの娘は誰?』とか言わせたい」を1曲目にした理由はなぜだったのでしょうか。

堀込高樹 僕は今までのKIRINJIにない曲になったので「Almond Eyes feat. 鎮座DOPENESS」がいいと思っていたんですよ。でもスタッフサイドから、こっちの方がいいということでこの曲になりました。それにアルバム全体の方針があの曲に詰まっているような気もします。リズムが打ち込みでスクエアなリズムと訛ったリズムがあって、そこにファンキーなベースが乗る。割とボーカルもエフェクト処理されていて。「前作を受けてのアルバムなんだよ」ということが分かりやすく伝わるんじゃないかなと。

1番と2番のAメロ部分は歌詞によってメロディやリズムが変わるスタイルです。ヒップホップのフロウみたいなニュアンスを自分も出したかった。そうするためにはメロディよりも先に言葉を先に決めて、それが活きるシンコペーション(リズムの食いこみ)を考えていく方がいいだろうと。だから<彼の愛車 シャンパンゴールド>で「SHA」がつながっていたり、<垂直離着陸機>も発した言葉そのものにグルーヴがあるんですよ。

千ヶ崎学 僕は高樹さんからレコーディングで弾いたベースをデータで送ってもらって、MIDIで音のタイミングを書き出して、シンセベースでそれをユニゾンで重ねていきました。だから変わった音像になっていると思います。そこまでは自分で処理してから、もう一度高樹さんに送り直して仕上げていきました。

――昨年くらいからSNSなどで、日本におけるバンドサウンドの低音の扱いについて議論されてきたと思います。そして今年は色々なバンドの音が変わり、ブレイクスルーした年だったなと個人的な実感として思います。マスタリング(音を整える最終工程)も変わってきたのでしょうか。

『cherish』通常盤

堀込高樹 マスタリングで低音を極端に上げるってことはしません。昔は音をパツパツに詰めてCDにしていました。今は元の音量は下がっているけれど、下がった分、低音を上げられるようになったし高音は伸びるしっていう風な感じです。しかもSpotifyってそういう音の方が大きく聴こえる構造なんです。少し前までのJ-POPみたいにコンプレッサーで音圧をパツパツにしている音楽は「情報量が多い」と機械が判断して逆に小さくなってしまうらしい。その話を同時期にふたりのエンジニアさんに聞きました。だから最近はマスタリングでも詰め込まなくて、ミックスで低音をたっぷり出してもきれいに入る、1曲のなかで小さい部分と大きい部分の差がある曲の方が効果的に聴こえるんだと。

千ヶ崎学 確かに色々なアーティストが同時にそういうことを考えているとしたら面白い時期ですよね。

堀込高樹 なんでインタビューの度に音響の話をしてるんだっていうくらい、この話題になることが多いよね(笑)。

千ヶ崎学 ここ数年でハイレゾもそうですけど、扱う音のレンジが一気に広がったじゃないですか。でもそれに録音/ミックス/マスタリングの各プロセスで付いていけてる部分とついていけてない差があったと感じます。その意識が軒並み揃ってきて、レンジの広い状態をみんなで使いこなせるようになってきたのがここ1、2年という気がするんですよね。先ほどのコンプ(レッサー)感がないというのも関係していると思います。最近の洋楽を聴くと音がオープンに感じられて、しかも音圧がある。それって録りの段階のレベルがすごい整ってるんですよね。聴感上は聴こえないくらい下の低音が整っていると、どうやらコンプをかけなくても音量が稼げるみたいなんですよ。ベースの側だけから見ても、そういう機材が揃ってきたという印象です。

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