<10>Maurice & Michael Ambrose Akinmusire “Live At The Village Vanguard”
村井康司 アンブローズ・アキムシーレってブッカー・リトルに似てますね。
後藤雅洋 今回の鼎談で僕が一番勉強になったと思うんですけど、ブッカー・リトルなんか今まで散々聴いていたんだけど、その演奏が現代ジャズに影響を与えてるとか、アンブローズ・アキムシーレが似てるとか言われるまで気がつかなかった。いわゆるジャズ喫茶に通ってる伝統的なジャズ・ファンにとって、最近のジャズは馴染みがないっていうかもしれないけど、柳樂さんみたいにはっきりとした根拠に基づいてその連続性を説明すると、頑固な親父ジャズ・ファンも“じゃあ聴いてみようか”ってなるんじゃないかと思うんです。
村井康司 ブッカー・リトルに影響を受けたのは、おそらくウディ・ショウだと思うんですね。
柳樂光隆 ああ、そうですね。
村井康司 で、ブッカー・リトル〜ウディ・ショウ〜アキムシーレって流れってありますよね。アキムシーレにもウディ・ショウっぽいフレーズがいっぱい出てくるので。ってことはそこにエリック・ドルフィーって人がいる──みたいな話なのかもしれないし。
柳樂光隆 その流れになると早く死にそうで嫌ですね。
村井康司 (笑)そうね、確かに。
後藤雅洋 それはさておき(笑)、僕なんか長年ジャズを聴いてると、ブッカー・リトルなんかハード・バップ、モード・ジャズって括りで頭の中で整理されて聴いてるからそういうものだと思ってるけど、実は見えない線でつながってるっていうのを柳樂さんが説明してくれて、非常に役にたってるというかインスパイアされてます。
村井康司 あと、この本の中でなかなか面白いやりとりになったのがポール・ブレイなんですけど、ソニー・ロリンズの『Sonny Meets Hawk』っていう、ソニー・ロリンズの中でも“ああ、これはいいや”って扱われてたアルバムが。
柳樂光隆 完全に色モノですからね。
村井康司 そこで、60年代若き日のポール・ブレイがピアノを弾いていて、今のピアニストがそれに“凄い!”って反応する。
柳樂光隆 ポール・ブレイが亡くなったときに、海外のメディアに追悼の記事がたくさん出たんですけど、現役のジャズ・ミュージシャンがそれに応えていたのは、ほとんどがそのアルバムに入ってる「All The Things You Are」のソロについての話で、それだけ影響が大きいのかと思ったんです。で、遡って色々記事を見ていくと、もの凄い昔にパット・メセニーやキース・ジャレットが言及していて、実は凄く前からそういう話はあったんだけど、さすがに『Sonny Meets Hawk』は聴こうって気にはなれなくて。
後藤雅洋 これは良くないことかもしれないけど、僕らの世代ではあれは色モノ、失敗作と言われてて。
柳樂光隆 いや、全世代的にそうだと思われてます(笑)。だってコールマン・ホーキンスはやっぱりちょっとなってときもあるし、ロリンズはちょっとフリーに入りかけで演奏が粗いし。でもミュージシャンは昔からそこを聴いてたわけですよね。
村井康司 これも鼎談のときに後藤さんが“これはダメだ、三つ星半。それに比べたらこっちを聴け”って『Blood』を出してきて(笑)。
後藤雅洋 いや、あとから読み返したら、俺の言ってることは完全に論点がズレてるね。
村井康司 いや、なかなかあれは<後藤vs柳樂の名勝負シリーズ>でした(笑)。じゃあ「All The Things You Are」聴きましょうか。
<11>All The Things You Are Sonny Rollins(Paul Bley) “Sonny Meets Hawk”
柳樂光隆 63年ですね。当時のいわゆる白人でクラシック的なピアニストだとどうしてもビル・エヴァンスっぽくなってしまうのを、それとは全然違うやり方をしてたというのが凄く新しかったんじゃないでしょうか。
村井康司 リズムのノリなんかビバップなんだよね。いったいどういう根拠に基づいてこういう音が選ばれるのか誰も分かってない所が面白い。
後藤雅洋 「All The Things You Are」ってジャズメンは必ずやる曲だから、一つの挑戦としてやったんでしょうね。
村井康司 多くのピアニストがこれに反応して。
柳樂光隆 そうですね、ブラッド・メルドーの世代もしくはその一世代前のピアニストにとってはある種の教科書みたいなっていて。
村井康司 特にこの曲?
柳樂光隆 特にこの曲のポール・ブレイのソロですね。聴いてみるとその感じは凄くわかります。ある時期からポール・ブレイも若いミュージシャンから再評価されることが多かったし、エヴァンス派って言われてた人の中からエヴァンスじゃない人が評価をされることが結構出てきて、例えば日本だとエヴァンス派と言われてるデニー・ザイトリンもアメリカでライブをやると若いミュージシャンが見に行ったりするらしくて。
村井康司 精神科医でしょ、あの人。
柳樂光隆 そうそう、デニー・ザイトリンってどちらかというとクラシック/現代音楽っぽい人で、そういうラインでエヴァンスとは違うやり方の新しい表現を探してる若いミュージシャンが多かったんでしょうね。
村井康司 なるほどね。で、この本では後藤さんが“ポール・ブレイの本当の個性が全開になるのはもっと後だ、これは過渡期である”って。
後藤雅洋 今、柳樂さんが言ったことは凄くよく分かるんです、今の「All The Things You Are」のソロは後のポール・ブレイの個性とは全然違うんだけれども、最近のミュージシャンが讃賞するというのはよく分かります──鼎談のときはピンとこなかったんだけども。僕なんかにとってポール・ブレイは非常に内省的な個性がはっきりしてる──と念頭にあるから、今の演奏なんかつかみ所がない感じがしちゃうんですよね。じゃ、ポール・ブレイの"Alone Again"を。
<12>Ojos De Gato Paul Bley “Alone Again”
村井康司 この時期のというか、こういうタイプのポール・ブレイに深い影響を受けている今のピアニストってたくさんいるよね。
柳樂光隆 クレイグ・テイボーンとか、たくさんいますね。
村井康司 これって70年代ですよね(75年)。今の録音って言われても“あぁそうですか”って感じはありますね。
後藤雅洋 こういうのを好きな人もいるしそうじゃない人もいるけど、ジャズ喫茶のお客さんなら、このブレイの演奏を聴けば彼が何を表現しているかってことはわりあいはっきり分かると思うんですよ。そういう意味では、ジャズ喫茶の選曲は個性の明確な演奏じゃないとダメなんです。ジャズ喫茶のお客さんは当然ですが音楽を聴いているんで、ミュージシャン内面や意図を忖度(笑)しているんじゃないんです。さっきの「All The Things You Are」のソロを聴いて面白いと言うのはプロのミュージシャンなんですよ、同じものを聴いてても、聴いてる姿勢がまったく違うんですよ。
村井康司 ミュージシャンは自分がやるときのヒントとして聴いてて、それが完成してるかどうかというのはあまり関係ないわけですよ。自分が完成させるための肥やしみたいなもので。
後藤雅洋 そこは完全に聴き方が違うんですよ。ですからミュージシャンが言う価値判断に我々リスナーが左右される必要はないんです、価値観、判断基準が全然違うから。
村井康司 我々の仕事としてある所で線を引くと見えてくるものが違う──というのがあるんですけど、それはミュージシャンとも違うし、いい音楽を聴いて満足したいっていう人とも違う。
後藤雅洋 ただある種の音楽がちょっと理解しにくいっていうときに、そのミュージシャンのルーツを知る意味で、その人がいいって言ってるものを聴いてみるというのは役に立つと思うんです。知ってると知ってないとじゃ、聴こえ方が変わってくるから。ですから、さっき柳樂さんが提示した聴き方っていうのはまったく無意味だとは思わない。
村井康司 近年そういうのを柳樂さんはいくつも発見して、先日渋谷でレクチャーもされましたね。
後藤雅洋 僕も聞きに行ったけど、もの凄く分かりやすくてよかったですね。
柳樂光隆 それに関しても本で話してますね、アート・テイタムが影響を与えてる──とか。
後藤雅洋 テイタムに関しては村井さんの、パーカーのフレーズは…って発言で。
村井康司 チャーリー・パーカーはアート・テイタムのピアノでの和音の動き方がスイング時代としては破格には新しいと思って研究したのでは、と。テクニックが凄いっていうのは当然なんですけど。
柳樂光隆 大西順子さんとか、バークリーに留学した友人が言ってたんですけど、いわゆるアメリカン・ピアノ・ヒストリーみたいなものにそういうテイタムとパーカーの関連の話が入ってるということらしいですよ。
この後、ミュージシャン、プロデューサーそれぞれの作品創作への視点、思惑の違い、制作姿勢などの話題から、来日ミュージシャンがライヴハウスで未だにスタンダード曲の演奏を求められてしまう日本の状況などに話が展開された。
柳樂光隆 音楽的にいいものを作れていればいいことなんですけど、取材していると日本制作のアルバムがディスコグラフィから消えてるアーティストが多いんですよ。もう廃盤だからいいとは思うんだけど、だいたいピアノ・トリオで普通のスタンダード集だったりして、レコード会社のセンスが──。
後藤雅洋 それはもう個々のディレクターのセンス。優れたプロデューサーは内容とセールスを両立させるものだし。
村井康司 じゃこの辺で何か聴こうよ。これはビル・フリゼールがベーシストのトマス・モーガンとデュオでやった"Small Town"なんですけど、その中から007映画のテーマ「Goldfinger」を。
<13>Goldfinger Bill Frisell & Thomas Morgan “Small Town”
村井康司 たしかこれもヴィレッジ・ヴァンガードのライヴ。ビル・フリゼールが来日したときはペトラ・ヘイデンというヴォーカリストが歌ってました。え〜とそろそろ時間も迫ってきたので、最後にこれからのジャズを予見する音源を柳樂先生から。
後藤雅洋 有無を言わせないのを(笑)。
柳樂光隆 じゃ、これいきましょうよ、ロイ・ヘインズ。
村井康司 お!ロイ・ヘインズ,今年で92歳(笑)。
柳樂光隆 実は鼎談の中で用意してたんだけど出来なかったことが色々あって、その中のひとつがロイ・ヘインズのドラムが凄く今っぽいって話なんですよ。
村井康司 感覚が凄く新しいんだよね。
柳樂光隆 60年代くらいのを聴いてても凄く今っぽいんです。で、あの人自身もず〜っと演奏スタイルが変わり続けてるんですよ。80年代とかは今聴くと古臭かったりするんだけど、90年代、2000年代は今聴いてもフレッシュで。ロイ・ヘインズってマーカス・ギルモアの?
村井康司 お爺ちゃん。
柳樂光隆 歳取ってからもなんかヨレたマーカス・ギルモアみたいなときもあって(笑)。現在のジャズを先取りしていた人だと思うんですよ。だからロイ・ヘインズってこれから評価が進んでいくドラマーなんじゃないかと。
後藤雅洋 でも、もういい歳ですよね。
柳樂光隆 ま、そうなんですけど、ロイ・ヘインズを再発見すると、今とこれからのジャズの聴こえ方が変わると思うんですよ。で、もう一つはこれはピアノがダニーロ・ペレスなんだけど、彼はもうちょっと評価が大きくなる気がしますね。パナマ出身ということもあって、ラテンのリズムを凄く上手く昇華してて、リズムへの感覚がすごいんですよ。ウェイン・ショーターのバンドでダニーロが必ず使われるのかがいまいち分からなかったけど、ロバート・グラスパーとかがやってる、J・ディラ経由の不規則なズレたようなリズムに合わせてズレたようなピアノを弾く感じのルーツっぽく聞こえるんです、ダニーロを改めて聴くと。
村井康司 世代的にちょっと前というか歳も上で。
柳樂光隆 バークリーだかどこかで講師をやっているので、ダニーロって彼らの世代のジャズ・ミュージシャンにとっては先生でもあったわけです。ダニーロの演奏ってもうちょっと分析してみると面白い発見があるかなと思ってます。彼が最初に出したのが『パナモンク』ってセロニアス・モンクのカヴァー集でラテンでモンクをやってるのも、いろんなヒントがありそうですよね。というわけで、じゃロイ・ヘインズとダニーロ・ペレスが一緒にやったのを。
村井康司 今年92歳のロイ・ヘインズに未来を託しましょう(笑)。
<14>Bright Mississipi Roy Haynes “The Roy Haynes Trio”
村井康司 ロイ・ヘインズ・トリオで、ドラムがロイ・ヘインズ、ピアノはダニーロ・ペレス、ベースはジョン・パティトゥッチ。曲はセロニアス・モンクの「ブライト・ミシシッピ」。生誕100年のモンクの曲を92歳のロイ・ヘインズが叩くという、素晴らしい未来を感じさせる作品で(笑)。まぁ今日はレコードを聴きながらの雑談なんですけど、こういった話を15時間した記録をぎゅっと濃縮してお届けしているのが、この「100年のジャズを聴く」という本なので、是非読んでいただければと思います。どうも今日は長時間ありがとうございました。後藤雅洋さん、柳樂光隆さん、そして村井康司でした。(店内大拍手)
イベント情報
新たな論客を迎えた
『100年のジャズを聴く』刊行記念イヴェント@いーぐる~その2 開催
日時:2月24日(土曜日)午後3時30分より
場所:四谷いーぐる
http://www.jazz-eagle.com/
参加費:500円+飲食代
前回に引き続き、今回は幅広いジャズ体験に基づく的確な記事によりジャズファンの信頼を得ているジャズ評論家、原田和典さんをゲストに迎え、『100年のジャズを聴く』に対する忌憚のない意見をうかがう。相手は鼎談者の一人である後藤雅洋氏。もちろん、音源もかける。
司会・進行 後藤雅洋 ゲスト 原田和典
書籍情報
100年のジャズを聴く
A5判/272頁/本体価格2,000円+税/発売中
ISBN:978-4-401-64501-5
「ジャズ100年」の2017年に、70代の後藤(ジャズ喫茶店主)、50代の村井(音楽評論家)、30代の柳樂(音楽評論家)の3人が、それぞれの背景と知識、そしてジャズ観を開陳しつつジャズの過去、現在、未来を語り合った鼎談集