鼎談の場をジャズ喫茶に移す、白熱した「100年のジャズを聴く」
INTERVIEW

鼎談の場をジャズ喫茶に移す、白熱した「100年のジャズを聴く」


記者:編集部

撮影:

掲載:18年02月16日

読了時間:約37分

<6>Think Of One  Robert Glasper “Double Booked”

村井康司 こうやって聞くとロバート・グラスパーってハービー・ハンコックの影響がもの凄く大きいね。タッチが似てる。

柳樂光隆 あとケニー・カークランドとマーカス・ロバーツの感じがすごく入ってますね。

村井康司 やっぱり先達の影響ってあるよね。これが2009年、その前の2枚、ブルーノートの1枚目とかって聴くと、この『Double Booked』はすごく今に近づいたと思うんですね。「Think Of One」はモンクの曲だけど、2017年ってジャズが生まれて100年と同時にセロニアス・モンクが生まれて100年って年だったんで、「100年のジャズを聴く」もモンクの話から始めたのかな。モンクって亡くなって35年経つんですけどなんかすごい現役感ってない?まだ生きてるような不思議な人だよね。

柳樂光隆 何かというと取り上げられるというのはありますよね。もちろんパーカーもエリントンもマイルスも取り上げられるんですけど、モンクは細く長く常にって感じが。

村井康司 そうだね。モンクの曲をカヴァーする人はいっぱいいるんだけど、普通のスタンダード・ジャズをやるのと違って、モンクの曲だからやりますっていうプロジェクトが、特に去年今年は多いんですけど。で、ちょっと新しいモンクがらみのを持ってきたんですけど、2月7日発売のMASTっていうティム・コンリーのソロ・ユニット。

後藤雅洋(シンコ-ミュージック・エンタテイメント)

柳樂光隆 L.A.のギタリストですね。

村井康司 彼がモンクのトリビュート作をつくったんですけど、柳樂さんが解説を書いてらして。

柳樂光隆 はい。彼は元々ギタリストでジャズもやってて。ちょうど今渋谷でやってるんですけど、ローエンド・セオリーっていうLAのヒップホップとかビートミュージックの有名な音楽イベントがあって、それの日本版を今日やってるんです。彼はその周辺にいてジャズをやりながらビートも作ってて、ちょっと前はサイケデリックなジャズも作ってたんですけど、新作はなぜかモンクのトリビュート盤。でも、今のジャズシーンの中にあるいろんな要素をほとんど持ってるみたいな人とも言えるかもしれませんね。このアルバムはものすごく面白かったですよ。

村井康司 じゃ、そのティム・コンリーがMASTというユニットで、いろんなゲストを呼んでやってる中から有名な「Well You Needn't 」を。クリス・スピードがサックスを吹いております。

柳樂光隆 クリス・スピードはカート・ローゼンウィンケルの大学時代のルームメイトでもあります。

<7>Well You Needn't  MAST “Thelonious Sphere Monk”

村井康司 こういうトラッックばかりじゃなんです、いろんなことをやってます。

柳樂光隆 いわゆる四つ打ちじゃなくて不規則なビートを作りたがる人たちとか、そういう音が好きなジャズ・ミュージシャンがモンクをやりたがるケースがけっこうあって。ヴィジェイ・アイアー辺りはすごくモンクのことが好きで──彼が好きなビートメイカーはフライング・ロータスで、フライング・ロータスはさっき話したローエンド・セオリーが生んだ最大のスターで、不規則なビートを作って有名になった人。彼が影響を受けたのがJ・ディラ。グラスパーのモンクのカヴァーはJ・ディラがプロデュースしたデ・ラ・ソウルの「ステイクス・イズ・ハイ」って曲のフレーズが何回も挿入されたり、J・ディラっぽいヒップホップのビートをドラマーが何回も叩いていて。だから直接的か間接的かは別にしても何かしらの形でJ・ディラからの影響を受けたジャズ・ミュージシャンたちがモンクが好きって言ってる流れがあって。モンクとヒップホップとの関連がちょっとずつですけど、わかりやすく形になってきた感じが最近ありますね。

村井康司 100年経ってもモンクは有意義だって、そういうことなんだね。

柳樂光隆 そうなんですね。ライナー用にMASTにメールで質問を投げたんですけど、“自分は、モンクは作曲家だと思う”って言ってて、曲の強度があるって感じなんでしょうね。

村井康司 モンクの曲の強さって話なんですけど、モンクのアドリブ・ソロの部分ってあんまり面白くないって思ってるんじゃないかな──と。曲とサウンドが強くて、ソロは割と同じに聞こえたりするよね。

柳樂光隆 ソロは好きなんだけど、覚えてないっていうか覚えようがないっていうか。大雑把なイメージしか残ってないですよね。

後藤雅洋 実はジャズ・ファンっていうのは、自分ではソロやアドリブを聴いてると思ってるんだけども、実際に耳が行ってるのはリズムとか音色とかある種の微妙なニュアンスだと思うんですよ。そういうのって言語化しにくいでしょ、だからフレーズとか即興とかって言ったりしてるんですよ。例えばまったく同じようなことをやっても、心に引っかかるというか残る演奏と、上手いんだけど後に何も残らない演奏の違い、その微妙な言語化しにくい引っかかりはモンクにはあると思うんです。人がジャズのどこに魅了されるかというと、すごく単純に言えば曲とかフレーズになるけど、そうやって言語化してるつもりになっているものの内実はもの凄く微妙なものなんですよね。それをどこまで自覚化するか、これは普通のファンは必要ないんです、僕らはそれを何とか公共性のある言葉にしなければいけないんですよ。カッコいいっていうのを、どうしてカッコいいのか分析しないとダメなんだよね。話を元に戻すと、モンクのソロって決して面白くないわけじゃなくて、蹴躓いたようなリズムとか引っかかりのあるピアノのタッチといったものが総合された微細なニュアンスが聴き所なんですよ。そのフレージングはワン・アンド・オンリーであって、他の人では表現しえない。

村井康司 そうでしょうね。

柳樂光隆 モンクはだいたいカルテットでやってるんですけど、実はモンク自身はそんなに前面に立ってないので記憶に残りづらいともあると思うし、モンクのソロって記憶に残ってるけど歌いづらいというのもあると思う。

村井康司 でもモンクの曲って、知らない曲でも“あ、これモンクの曲だよね”って分かる。

後藤雅洋 カルテットとかで、そんなにモンクは弾いてないんだけど絶妙な所でポーンと音を一つ入れるでしょ、たったそれだけでモンクの世界になっちゃう。この力ってとんでもないもので、譜面に起こして他のピアニストが同じように弾いてもなかなかそのインパクトは出せない。ジャズっていうのはそんな形式化しにくい部分が重要で、モンクの演奏ってそういう力があると思いますけどね。

村井康司 それに惹かれるミュージシャンたちってずっといるわけで、モンクの曲をやる、トリビュート・アルバムを作るといった場合、ただ単にきれいにやるのは意味ないよって考えを持ってる人の方が多いのかな。

後藤雅洋 今聴いた柳樂さんがライナーを書かれた作品とか面白いと思うんです。モンクと同じやり方ではないけれど、モンクのタッチなりフレーズなりで表現し得たある種の引っかかり感を自分たちのやり方で表現しているわけだから、やっぱりモンク的なんだよね。

村井康司 そうですね。モンク生誕100年でトリビュート作はたくさん出てるけど、それだけじゃないというのを感じますね。ジャズとして有効なヒントがあるんだろうなって。

柳樂光隆 じゃあカヴァーを一曲。フローリアン・ウェイバーっていうヨーロッパのピアニストが、ダニー・マッキャスリンと一緒にモンクの曲「Evidence」をやっていて。モンクとエヴァンス縁の曲を半々でやるアルバム"Criss Cross"です。

<8>Evidence  Florian Weber with Donny McCaslin “Criss Cross” (pause)

柳樂光隆 フローリアン・ウェイバーって多分ドイツ人で、ダニー・マッキャスリン、ドラムはダン・ワイスっていうニューヨークの変拍子をいっぱい叩く人で。モンクは変拍子と相性がいい。
村井康司 タイトルを "Criss Cross"っていうんですけど、モンクの曲とビル・エヴァンスの曲が半々くらい。

柳樂光隆 冒頭のダニー・マッキャスリンの完璧にずらしたサックスのフレーズがモンクっぽいピアノを無理矢理サックスに置き換えた感じで、すごく変なアレンジですよね。

村井康司 ダニー・マッキャスリンって、この本の中でもよく出てくる人なんだけど、後藤さんもお好きですよね。

後藤雅洋 好きですね、10年くらい前ニューヨークに行って、若い頃のこの人を聴いたことはあるんですけど、やたら背がでかいくらしか覚えてなくて(笑)。そのあとどんどん変化していって、最初に注目したのはデヴィッド・ボウイの遺作『★』、そのあとの新譜もよかったし。チャーリー・パーカー・トリビュートもいいし。あ、話ちょっと戻りますけど、さっきからかけてるロバート・グラスパーも、MASTもダニー・マッキャスリンも全部いいですね。ウィントン・マルサリスとかスティーヴ・コールマンの時代の変拍子に比べて圧倒的に演奏技術が上がってるし、リズムの扱い方ももの凄くこなれていて、グルーヴ感も昔のジャズに比べて緻密になっている。ウィントンのブルース・アレイのライヴもいいんだけど、あれはウィントンが一人で突っ走っていて、野球でいえばピッチャーだけが豪速球を投げてる感じ。グラスパーとかさっきからかけてる音楽はサッカーに例えるのがいいのかどうかわからないけど、リズムをキーパーソンとしたチームが作り出すグルーヴが、演奏の気持ち良さにつながっていて、そこにモンクがぴったりハマってる感じですね。

ここで一旦休憩が入り、鼎談の後半へ

村井康司 柳樂さんが出した面白いテーマがあったのでそれを話していこうかと思うんですが、50〜60年代のジャズで今まで大きくクローズアップされてなかったけども、実は凄く新しいことをやってたんじゃないか?とか、今のジャズ・ミュージシャンが参考にしてるんじゃないか?といった作品をかけて、3人でああだこうだと言ったんですが。ブッカー・リトルというトランぺッターがいて、まずはそれを聴いてみましょうか。

柳樂光隆 非常に地味な存在で。昨年末に来日したクリスチャン・スコットにインタビューしたとき、“ブッカー・リトルとか好きなの?”って聞いたら、“俺はそういうマイナーなのも知ってるぜ”って、完全にマイナー呼ばわりしてて(笑)。ま、日本はジャズ喫茶もあったし、70年代には景気よかった時期もあってジャズ・コレクターも非常に多い。幻の名盤じゃないけどアメリカでもそんなにたくさん売れてないマイナー・レーベルの作品でも、日本だと廉価盤で出てたりして。幻の名盤シリーズの中には、日本のジャズ・ファンに広く知られているヒット作もあるわけで。だから日本人とアメリカ人でジャズの有名なアーティストや盤の認識が違うんですよね。

後藤雅洋 全然違います。

柳樂光隆 だから彼らがすごく自慢げに言っても。

村井康司 “アメリカじゃみんな知らないけど、日本じゃ知られてるよ”って。

柳樂光隆 “けっこう売れたからユニオンで700円で売ってるぜ”って(笑)。そうやって余計なものをたくさん知ってる日本人は、ジャズを楽しみやすい環境にあると思うんですよ。その一つがブッカー・リトルで。とりあえず聴いてみますか。

<9>Victory And Sorrow  Booker Little “Booker Little And Friend”

村井康司 これ1961年なんですけど曲の感じとかテーマのハーモニーとか今っぽい感じですよね。

柳樂光隆 そうなんですよね。敢えて当ててる不協和音の感じがすごく今っぽいし、ホーンもズレて入ってきて、すごく面白いんですよね。で、アンブローズ・アキムシーレっていうトランぺッターがブッカー・リトルを好きだっていう話をしてて、僕はずっとその理由が分からなかったんです。アンブローズって滅茶苦茶上手くて、セロニアス・モンク・コンペとかで優勝してて、もうバカテクでアルバムを聴くとひっくり返りそうになる演奏ばっかりなんですけど、ブッカー・リトルってそういうテクニカルな所がまったくないトランぺッターで。

村井康司 派手さがないっていうかね。後藤さん、いーぐるでブッカー・リトルってよくかかってたっけ?

後藤雅洋 僕がジャズ喫茶を始めたのが1967年ですけど、当時ブッカー・リトルのタイム盤が幻の名盤で、タイム盤を持ってればジャズ喫茶は勝ちみたいなところがあったんですよ。67年ってタイム盤が新譜で変えたギリギリの時で、ソニー・クラーク・トリオだとか、渋谷のヤマハで2,800円ぐらいで売っててそれを買って聴いたんだけども、僕はブッカー・リトルはちょっとピンとこなかったんです。フレージングにつかみ所がなくてオチがないというか、例えばチャーリー・パーカーのフレーズなんかはどんなにとんでもないことをやってもちゃんとオチがつくんですよね。

村井康司 満足感が。

後藤雅洋 起承転結がはっきりしていて。ところがブッカー・リトルのフレージングって延々うねうねやっていて、そのオチ感がないんだよね、さっぱりしない。なんか残尿感があるような(笑)。

村井康司 キレが悪い。

後藤雅洋 だからブッカー・リトルは新譜で買って、ものすごくリクエストが多かったのでかけましたけど、自分からはかけなかった。ただエリック・ドルフィーとやったものはよくかけました。

柳樂光隆 もの凄く分かりやすく分類すると、例えばクリフォード・ブラウンとか聴くと、“おお!スゴい”ってスポーツ的な快感があるし、ドナルド・バードとか凄く音色が明るくて華やかでブリリアントというのもあるし、リー・モーガンとかもスゴくカッコ良くアウトするかしないかって不良性みたいなものがあるけど。

後藤雅洋 フレーズから人間性とかが想像できるけど、ブッカー・リトルは見当がつかない。話しても何言ってるかよく分かんないような(笑)。

柳樂光隆 ハイ・ノートを吹くのかなと思ったら、中途半端に止めるとか多くないですか?そういう分かりづらさの塊みたいな。

後藤雅洋 この3人での鼎談をここでやって改めてブッカー・リトルを聴いたら、柳樂さんの言うことが凄くよく分かった。ホント、今っぽいんだよね。

村井康司 アンブローズ・アキムシーレって今かけられる?ブッカー・リトルを好きだって言ってたので。じゃあ、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ盤から聴きましょう。

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