ジャズ100年、柳樂光隆氏が語る 今世界で起きている新しい動き
INTERVIEW

ジャズ100年、柳樂光隆氏が語る 今世界で起きている新しい動き


記者:小池直也

撮影:

掲載:17年05月07日

読了時間:約19分

ジャンルは近づき大きな括りに

柳樂光隆氏

柳樂光隆氏

――となると、今後ジャズが市民権を獲得する日が来る?

 というよりも、ジャズ/ヒップホップ/R&B/ゴスペルという風に今まで分けて考えてきたけど、それらが凄い近づいてきて全部大きい括りになる気がします。モダンジャズとか、伝統的なスタイルを演奏し続ける人はもちろんいると思いますけど、たぶん新しいものに関しては分けるというよりは<全部がもう一度、一緒になる>んじゃないかと。昔の状態に逆戻りしてるというか<これがジャズです>とジャンルに押し込めたものが、括りが外れて<アメリカン・ミュージック>の一部分になると思います。

 だから『JTNC』は、今世界中で起きてる新しい音楽をジャズ視点で集めただけなんです。アルメニアとかイスラエルでも面白い動向がありますし、突然イギリスのジャズが面白くなったり。最近はキューバとかも面白いですね。世界中で<ジャズを学んだ人がやっている面白い音楽が出てきている>という感じがします。日本でも石若駿くん(ドラマー)とか、ものんくる(バンド)が出てきていて、すごく面白くなってますよ。

 一番面白いのは、今のトレンドを取り入れていて、新しい事をやっている人たちが昔のジャズの事も良く知っているという事なんです。というか<歴史を学ばないとジャズメンにはなれない>という事なんですが。どんなに新しい事をやっている人でも、必ず先人のスタイルを知っていて、かなり研究している。最先端の事をやっている人たちが「本当は俺、昔のジャズが好きなんだ」っていうのが凄く面白い。ジャズミュージシャンを2人以上集めると、必ず延々と昔のジャズの話をしますよ(笑)。あと特にアメリカの黒人ミュージシャンは、子どもの頃、教会で音楽を教わったケースも多いんです。彼らにとって音楽は<地域で受け継がれていくもの>っていう感じがします。自分がその延長線上にいるという事に誇りを持っているのが、とても美しいですよね。

途切れた文脈

柳樂光隆氏

柳樂光隆氏

――『JTNC』では若いライターを多数起用されていますが、その意図は何でしょう。

 僕が学生のころに田中宗一郎さんが編集長を務めていた『snoozer』という音楽雑誌がありました(1997年~2011年)。たぶん<インディーロック>の盛り上がりに凄く貢献したメディアで、凄く御洒落で写真とかデザインが良かったのもあって、僕の同世代で影響を受けた人は多いと思います。この雑誌が休刊してから、新しいロックの文脈がなかなかまとまらなくなったと感じていて。そして『クロスビート』もなくなって、熱意がある洋楽誌が消えた時に文脈が切れた感じがあったんです。そこで「繋がるって大事だな」と考えたのが1つです。

 ジャズ批評やジャズ雑誌ももちろん昔は盛り上がっていたんです。でも90年代以降のジャズを紹介できる人がいなかった。だから、20年くらい空白があった。1回切れると駄目なんですよ。間を空けない事、継続的に紹介できる人がいるって事も必要。僕もいつ死ぬかわからないので(笑)。自分のことを考えると、商売敵は少ない方が良いので、若い人をフックアップするのって損なんです。でも、それをやらなかったシーンは全部死んでいる。だから自分が好きなシーンを継続させていくためには、自分が損をする選択もしなければいけないと思うんですよね。

 一番それを感じたのは、クラブジャズやレアグルーヴですね。上の世代の存在感が大きすぎたのか、世代交代がうまくできなかったことで、クラブジャズやレアグルーヴの文脈で紹介されていたジャズが下の世代に全く届いていなくて、文脈が途切れてしまった。20代には全く届いていない印象があるんですね。あんなに流行っても簡単に途切れてしまう。これはジャンル問わずなんですが、若いリスナーにとってリアリティのある音楽を作るアーティストとリアリティのある言葉で語るライターが定期的に出てくるというのがサイクルとして無いと、そのシーンはなかなか盛り上がらないし、弱っていくことも多い気がします。

 先ほど話した様に、ジャズは20代でどんどん面白いミュージシャンが出てきて、上の世代にもプラスの効果が出ています。それと同じように、批評にも良いサイクルが出来て欲しい。それは『JTNC』で感じたというより、前から思っていた事ですけどね。僕とロバート・グラスパーは同い年で、同年代だからわかりあう事ってわりとあると思うんです。「世代で分けるな」とも言われるんですけど、多感な頃に流行っている物が一緒だったりすると細かいディテールまでわかるわけじゃないですか。それは結構大きいんです。だから、これから出てくる20代のアーティストの事は20代の書き手が書いた方が良いと思います。僕が書いても良いんですけど、やっぱりリアリティが違うと思うので。ただ若さや世代感をアピールしていれば良いという訳でもないので、誰にでも任せたいとは思いませんけど。でも、チャレンジする場所を与えたいと思ってはいます。<音楽をちゃんと聴いている事>と<文章が書ける事>が最低条件ですね。あと『JTNC』に関しては<ミュージシャンが自由であることを楽しめる事>かな。

――今後やりたい事などはありますか。

 基本的に誰もやっていない事をやりたいと思っているんです。例えば菊地成孔さんと大谷能生さんは、今まで誰もやっていない形でジャズを紹介しました(2人の代表的な著書として『東京大学のアルバート・アイラー: 東大ジャズ講義録』などがある)。シンプルに言うと<ミュージシャンが、音楽を批評をした>という事ですよね。音楽の構造を説明しながらも、ポップでエンターテインメントの要素もあって、難解な専門用語を使った文章を多くの人に読ませることができたっていうのは歴史的な事だと思います。彼らがいなかったら、今の自分は無いですね。

 という様に僕も新しい事をしたいとは思っていて。ただ譜面を載せたり、専門用語で語るなら、楽器の専門誌や専門書で良いじゃないですか。でも、菊地成孔さんと大谷能生さんはそれらとは別の新しいやり方でやった。僕も彼らのように誰もやっていない別のやり方でやりたかったから、それを考えて『JTNC』を作ったんですよ。そういう人が他のジャンルでも出てきて、新しいやり方で盛り上げて欲しいですね。僕はヒップホップ・R&Bも好きなので、ジャズファン向けにそういう音楽をジャズ視点から紹介したりしました。今までにはないジャズの紹介のやり方を考えた結果、ロックやヒップホップの評論家やミュージシャンにジャズのことを書いてもらったりいろいろな工夫をしました。それと同じ様に、ロック側の視点からジャズを紹介するような記事を作るメディアがあったりしたら面白いんじゃないですかね。今まで誰もやってない事を皆が知恵を絞ってやって、色んなシーンが盛り上がるような状況になってほしいです。

 元レコード屋なのでわかるんですけど。メディアが何かを仕掛けた時にそれで物が動く、って感動的な事なんですよ。そういう事がやりたいというのが凄くあって。自分の名前で本を1冊書くという事よりも、何かが動くきっかけになる事をこれからもやりたいですね。

(取材・撮影=小池直也)

書籍情報

Jazz The New Chapter 4
柳樂 光隆 (監修)
ムック:176ページ
出版社:シンコーミュージック
発売日:2017年3月8日
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柳樂光隆氏
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