今年結成15周年を迎えたHilcrhymeが9月29日、ニューアルバム『FRONTIER』をリリースした。2006年6月9日に結成。2009年7月15日にシングル「純也と真菜実」でメジャーデビュー。同年2ndシングル「春夏秋冬」が大ヒットした。今年は自身初の音楽劇「劇・Hilcrhyme-Lost love song-」開催、ファッションブランド 「URUHA」立ち上げなど、活動の幅を広げている。昨年リリースされたアルバム『THE MC』はMC TOCの決意表明とも言えるアルバムになっていたが、今作は結成15年を迎え、Hilcrhymeのこれまでの道のりを再確認し、未開拓の領域を自分の足で歩いていくという新たな使命をまとった1枚に仕上がった。インタビューでは、『FRONTIER』というテーマが生まれた経緯から、TOCが今考えていることに迫った。【取材=村上順一】
Hilcrhymeとライブハウス
――前作から振り返って、どんな1年でしたか?
ライブが少なかった1年でした。片手で数えられるくらいしかやっていないので…良い意味では作品の制作に没頭できた1年でしたが、やはりライブを受けて作品が出来ていくので、生みの苦しみはいつもより強かったです。
――ライブが少ないぶん、1回のライブが深く感じることも?
あまりにも1回が貴重すぎて2時間やるとしたらあっという間に終わってしまう感覚で、もっとたくさんまわりたかったという思いが強いですね。
――それは今回おこなうツアーの本数にも表れているかと思います。今なかなかこの本数をまわるのは難しいのではと思うのですが。
今のライブの状況はアーティスト次第だと思っていて。アーティストが持っているイメージもあると思うし、今までの活動もあると思うし。「このアーティストだったら大丈夫かな」という線引きがきっとあると思うのですが、その線引きの上にいる自覚と、周りのサポートを把握したうえで「大丈夫」だと思って、28公演という自己最多の公演数をやることに決めました。あとアルバムタイトルの『FRONTIER』という通り、未開拓の領域を自分の足で歩いていくというテーマなので。タイトにライブハウスをまわりたい、というライブハウスへの思い入れはかなり強かったです。
――TOCさんにとってライブハウスとはどんな場所でしょうか。
僕にとって生まれ育った音楽の環境はクラブなんです。深夜帯のクラブで9年間ずっとやっていたので、ライブハウス自体が出自ではなくて。メジャーデビューしてツアーをやるようになって、昼の世界で音を鳴らすと言ったらライブハウスになりますよね。そこで10年ツアーをやってきたらやっぱりライブハウスに対しての愛着がものすごく湧いて。自分にできる支援、そしてライブハウスの方たちにも会いたい、という思いが一番強かったです。
――ずっとクラブでやられていて、ライブハウスという環境に衝撃的を受けたこともあったのでしょうか。
ありました。クラブは四方から音が出てるけど、ライブハウスは基本的にフロントからのLR(左右)だから、踊らすというより歌、パフォーマンスをちゃんと見せるということに特化しないとダメなんです。あと、ライブハウスはめちゃくちゃ吸音材に囲まれている建物なのでデッド(響きがない)なんです。その環境に慣れるまではけっこう大変でした。曲間とかシーンとしちゃうので(笑)。そのあたりに戸惑いましたね。
――これはやってみないとわからないことでもありますね(笑)。ライブといえば、今作に収録された「East Area -戒-」で<言われなくなったんだ もう welcome back>とありますが、これは?
僕は新潟に住みながらずっと音楽活動しているんですが、メジャーデビューをかなり華々しくさせてもらったので、東京に引っ越したものだとみんなに思われていたんです。それで新潟の人たちに会うたびに「東京に住んでいると思っていました」と言われ続けてきたんですけど、10年間音楽活動を続けていると、もうそれを言われなくなって。「おかえり」じゃなくて、もうこの街のアイコンとしてHilcrhymeが存在しているんだなと。
それと、新潟というよりは東日本を自分は代表したいという気持ちで「East Area」という曲は10年くらい前に書いたんです。それの続編というかたちで今回、10年経った「East Area -戒-」を書きました。よりその頃よりも責任感と立場が自分の背中にあるのを感じているので、“戒”としてそこをしっかり書きたかった。
――東日本を代表したいというところで、東京も東日本ですが、東京のよさをどこに感じていますか。
僕の中で東京は東日本というより、日本の首都で東西関係なくここに全てが集まるという感覚なんです。“East Area”とはまた違うと思っていて。そして、東京は出会いが多いですね。色んな人種の人が集まっているので、ミュージシャンもそうですけど、出会いを求めるのであれば地方よりも東京なのかなとは思います。出会いの場所として、仕事の幅の広がり方は東京の方が多岐に渡るというかワクワクしますね。
――さて、TOCさんの経験が反映されていくので、Hilcrhymeの歌詞は読むのが毎回楽しみなんです。
めちゃくちゃ嬉しいです。歌詞カードを見て小説みたいに楽しめるって、ラップのひとつの理想形だと思うんです。たとえば歌詞が新潟の小学校の教科書に乗っているとか駅の発着の音楽になったりするのも夢のひとつです。
――夢が広がりますね。夢といえば、相川七瀬さんの「夢見る少女じゃいられない」のラップカバー「夢見る少女じゃいられない〜夢見ル少年〜」が収録されていますが、この選曲は意外でした。
15年くらい前、Hilcrhymeと名付ける前に発表したデモテープに入っているんですけど、SMAPさんの「らいおんハート」をラップカバーしたことがありました。それが自分たちに陽を当ててくれた1曲だったんです。それもあってJ-POPのラップカバーをずっとやりたいと思っていたんですけど、デビューしてからは「これだ」という1曲がなかなか見当たらなくて10年くらい経ってしまって。ようやく今作の制作で「夢見る少女じゃいられない」はいけるんじゃないかなと思って、自分でトラックを打ち込んでみたら凄くいいハマり方をして、念願のJ-POPラップカバーをアルバムに入れることができました。なので、突発的なことではなく、Hilcrhymeのひとつのルーツなんですよ。
――元になった「夢見る少女じゃいられない」には思い入れも?
高校生か中学生の頃に一世風靡した曲で、もちろん僕も好きなんです。カラオケで「夢見る少女じゃいられない」を歌っている女の子を見て羨ましいなと思って、でもキーが高すぎて歌えない、じゃあ男性版を作ってみようという発想で生まれました。
――今改めて原曲を聴くと感慨深いですよね。
全然捉え方が違います。リミックスするわけですから1回音や歌詞を解剖したんですが、その結果、もの凄くよく出来ている曲だと改めて感じて、織田哲郎さんの偉大さを知りました。これは売れて当然だなと思ったんです。とにかく勉強になった1曲でした。
――歌詞を見ると、<気分は尾崎で >や<今夜決行 15 の夜 大脱走>ヒット曲のタイトルが入っているのも面白いですね。<夜に駆けてく>はYOASOBIだったり?
それはたまたまです。でも、最近世の中に「夜」というワードが多いですね。“YOASOBI”もそうですけど、“よふかし”や“夜の本気ダンス”とか。偶然、僕も今回「夜光性」とか、夜に触れる曲がこのアルバムは多かったです。きっとみんな夜、不安なんだろうなと思います。夜は本当に人恋しくなるし音楽を聴くのにいい時間だと思うし。
――「夜光性」はそういう方たちに寄り添っていますよね。それこそヒーリング的な要素もあって。この曲が生まれた背景は?
基本的に「夢見る少女じゃいられない」もそうなんですが、1990年から2000年のリバイバル的な感覚で全体的に作っていたんです。「夜光性」のリードの楽器はチープなMIDIのギターの音がリードになっていて、その2小節がループしているというのをやりたくて。それで、いい感じのトラックが出来たので歌詞を乗せました。丁度その時ちょっと不眠症に陥っていて、眠れないのはキツいなと。でもコロナ禍だからきっとこういう人は他にもいるなと思い、眠れない、寝なきゃつらいという発想を逆転させて、眠れないなら一緒に夜更かしをして楽しもうと、そこから歌詞が出てきました。
――この歌詞では、眠れない人に対して「じゃあ俺も一緒に起きてるよ」というスタンスがTOCさんらしいなと。
やっぱりどこまでも僕は好きな人への想いを綴る人でありたいというか、一生そうでありたいので、今回は不眠症から得た経験で対象が自分なんだけど、でもあなたの歌でありたい。Hilcrhymeは常にそうですね。「この曲に救われた」「この曲がいい」とか、そういう言葉が完全に自分のモチベーションなので。もしそれがなかったらたぶん、曲を作ろうという気にならないですから。
「Lost love song【III】」の制作背景
――ところで、1990年代、2000年代初期のサウンドというところでふと思ったのですが、「リスケ~君のせい~」のイントロのギターのフレーズに懐かしさを感じました。
この曲はトラックはアレンジャーのToshiさんが作ってくれたオケで、かなり若手の、これからもっとプッシュされていくであろうトラックメイカーなんです。そんなに若いのにこんな昔っぽいものを作ってきて、でもしっかりトレンドはおさえているし、凄くいいなと思ったんです。この曲に関しては彼のディレクションなんですけど、僕が古いものを求めたのではなくて、単純にいいなと思って乗っけてみたら凄くSNSに映えそうな曲になりました(笑)。
――アレンジが若い方というのは意外でした。
きっと作り手は「昔の音っぽく」なんて考えてもいないと思うんです。たぶんですけど、あのギターはMIDIでそういうものを選んで、「これとこれを合わせるといい感じ」という、自分の感性のパズルで出来上がっているものが多いと思うんです。あんまり年齢は関係ないんだなと思いました。流行りは20年サイクルでループしていってどんどん新しい要素が足されているんですけど、根本はきっと一番最初から一緒で。つまり親が聴いていたものを子どもが聴いて、というループと重なってそういう現象が起きるんじゃないかなと。
――両親の影響は大きいかもしれないですね。
本当に大きいと思います。「Lost love song」なんて完全に僕の父親の影響が出ていますから。
――そうなんですか?
父が長渕剛さんが好きだったので、「巡恋歌」を聴いて「こんな感じの曲をラップで作りたいな」と思って「Lost love song」が出来たんです。女歌で未練を歌うけど、超男らしい人が歌うと、これは凄く恰好いいなと思ったんです。
――今回「Lost love song【III】」が完成してどう感じていますか。
シリーズ化している唯一の曲なので、【II】まではああ面白いなと、僕を含めた作家の人たちもみんな楽しんでやったと思うんです。【III】となると話がまた全然違って、同じことができないという縛りが生まれてきて。全員クリエイターなので「過去作と同じことをしたくない」と思うんです。そうすると隙間を探していく作業になるというか。
まずオケを自分が作るところから始めていつも通り詞は未練を歌うんですけど、あとはアレンジャーとMVの監督にお任せしました。制作の布陣はずっと一緒で、僕がやりたいことはわかってくれていると思うので、あとはその方々のセンスに委ねたという感じです。
――それで、「Lost love song【III】-サレタガワ-」という男性目線の曲もありますが、これはイレギュラーで生まれた作品?
これは完全にイレギュラーです。同じオケで同じサビで、けどバースだけ全く変えるというラップならではの楽しみかたをみせるという体(てい)で、今度は男性目線で書いたんですけど、僕の中で本当に遊んだ1曲で、凄く楽しいプロジェクトでした。「Lost love song【III】」で1回もう書きたいことは書いているので、あとはもう自由に。だからラップも凄く崩したし、正直、深夜帯のドラマということでけっこう歌詞もいつも以上にえげつないものを書いたから…。
――「Lost love song【III】」よりも言葉がダーティーですよね。
「Lost love song【III】-サレタガワ-」は聴いていて痛い曲です。でも1曲そういうのはやってみたかった。いいタイミングでタイアップのお話をいただけたし、<君の目の前で切り刻む>とか、やっぱり男性にしか発想しえないものを書きたかったし、ここに関してはドラマ『サレタガワのブルー』の影響もけっこう大きいです。
――アルバムとして入れる箇所を凄く悩んだのでは?
悩みました。全く尺を空けて隠しトラックみたいにしようと思ったんですけど振り切って並べて、ラップの一つの楽しみかたとして聴いてくれという感覚で9曲目に置きました。
自分が前例をつくっていかなければいけない
――さて、アルバム『FRONTIER』は“開拓”という意味ですが、これをテーマにしたいきさつは?
結成15周年を迎えて、アルバムも10枚目という区切りのよい数字が続いています。15年続けている人も10枚アルバムを出した人もそんなに多くはないなと思って。特にラップだと本当に少なくて、なおかつ新潟からとなると、ゼロなんです。つまり前例がいないから自分が前例をつくっていく作業になるので“未開拓”、“FRONTIER”、とつけました。
――1曲目の「FRONTIER」はその姿勢を具現化した曲で。
「FRONTIER」というワードが先にアルバムタイトルとして決まって、それで開拓していくというテーマで書いたら良い曲が出来たんです。自分を誇るのがHIP HOPのベースだとしても、「FRONTIER」みたいな歌詞は15年目じゃないと書けないし、ちょっと珍しく地元の建物の名前とかも入れちゃうくらい没頭して書きましたね。新潟から自分だけの轍を作っていこうというのをちょっと皮肉を交えたりして書いています。
――<だがこの意志と韻の方が遥かに固い>という歌詞が凄くTOCさんらしいと感じました。
結局、新潟に次世代はこの15年、僕の畑だと本当に一人も出てこなかった。いてもはねてはいなくて。それを見て、やっぱりここまで来るのは並大抵のことではないんだなと思いました。そして、今HIP HOPが流行って、僕はもうHIP HOPはJ-POPだと思っているんです。そもそもJ-POPというカテゴリーは存在しないじゃないですか? 一番流行っているの音楽がJ-POPだとしたら、今はHIP HOPがそれに当たると思います。でも、新潟からは誰も出れない、つまりこの道は硬いというところから出てきた言葉でした。
――TOCさんが次の世代を育てるという展開は?
いまのところ考えていないですし、巷にあるオーディション番組などは苦手です(笑)。そういうのはHIP HOPの精神からは遠いと思っています。やっぱりフライヤーや自分の音源を配って徐々に客が付いていって、200人キャパのライブハウスが自分たちだけで埋まった時の喜びって、きっと、オーディションの「合格した」とは全然別の喜びだと思います。
――スタンスの違いですよね。
そう。自分で上がって行こうよというスタンスなので。
――そのスタンスのTOCさんが『FRONTIER』という作品を作ったからより説得力がありますよね。では最後に、ファンのみなさんにメッセージをお願いします。
この15周年を道で表すと、超荒れたオフロードだったと思うんです。結成して、成功して、安定して、挫折して、一時休止して、そしてまた再出発してという。もう、おおよそこの15年で全てを経験したので、ここから先はどういう道になるかわからないけど、自分はそこに道を作っていくので、是非この道の先の景色をファンのみなさんと見たいと思っているし、今のHilcrhymeはTOC一人なので、この人生を見届けて欲しいなと思っています。きっと面白いと思いますから。
(おわり)
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