アレンジに逃げず、誠実に演奏する難しさ
――英語圏ではYouTuberとしてレッスン動画を挙げるジャズメンも増えてきまたが、それについてどう思いますか。
基本的な知識はYouTubeで勉強できますから、もう学校は必要ないかもしれません。それで技術を体得できればそれでいい。でも直にその先生と話して、立体的に学ぶと違う発見があるのは確かです。演奏者になりたいという方はライブなど、いい音に触れる機会を増やすことが絶対に大事です。
そうしないと、知識だけが増えて「何がいい音か」も、どう弾いたらいいかもわからない。なるべく音源もいい環境で聴いてほしいです。早めに現場に行って、ミュージシャンがどういう風に動いているのかを観察するのも勉強になりますよ。
――ありがとうございます。それでは新譜の話に戻りましょう。山中さんのオリジナル曲「ジェンナリーノ」は、リズムを主役にしたテーマが興味深かったです。
この曲は、もともと姪っ子に書いた曲でした。タイトルは「ナポリの守り神」と言われている、小さな神様のことです。ペトルチアーニもその辺に住んでいたらしくて、曲名も彼にぴったりだなと。音楽的には「チャカレラ」という、ベネズエラや南アメリカのグルーヴがキモになっています。
イタリアには縁があって、行くことも多いんですよ。『プリマ・デル・トラモント』もイタリア語で、ビフォー・サンセット(夕暮れどき)という意味。クリスチャンのあいだでは「日が暮れる前に他人と和解し、自分とも和解して、新しい一日を迎えましょう」という意味の言葉があるそうです。私も常に来る新しい1日を思いながら、夕暮れを眺めるのが好きで、それをタイトルにしました。
――タイトル曲は、ピアノとドラムが関係ないテンポで始まる不思議な内容でした。
メロディがベタなので、冒頭の不思議な感じからクロスフェードで展開して3曲をつなぎ合わせています。エクスペリメンタル(実験的)な音楽も好きなので、ジャズっぽい感じのなかでいろいろな方向性にチャレンジしました。
本当はムーンチャイルド(三人組の米グループ)が好きなので、ああいう可愛い感じの曲をやりたかった(笑)。今作では「シンキング・オブ・ユー」 はそれっぽい感じになってますね。
――フェイザーの効いた音色のエレピも印象的でした。
もともと音色はB-3(ハモンド・オルガン)みたいな普通なものにしたかったんです。ただ冒頭にも出てきた、ジェラルド・クレイトンとも話したんですけど、オルガンはぜんぜん違う楽器なんですよね。だからピアニストにとっては難易度が高い。
でも私はジョージ・ラッセル(ピアニスト)のバンドで、キーボードを弾いたのがキャリアの入口でした。そちらに関してはアイデアがあるので、フィルターをかけたり、コーラスをかけたり、ディストーションさせたりして音を作っていきました。なるべく管楽器の雰囲気が出たらいいなと。
――前作では7拍子の曲がいくつかありましたが、今作はほぼ4拍子ですね。
今回はペトルチアーニとブルーノートの曲をやるということで、あまり原曲をアレンジしませんでした。あと2000年以前のジャズへのトリビュートとしてインサイド(調性から逸脱しない)で弾いたり、自分に制限を課しています。自由にアレンジするというよりも「その曲をどういう風に弾くか」という点にフォーカスしました。
アレンジも面白いんですけど、ペトルチアーニも変拍子をほとんど弾いてないですし。そこに逃げず、誠実に演奏するのがいかに難しいか、ということですよね。そちらの方が私にとっては難しいので、今回はバック・トゥ・ベーシック。この作品がリスナーにとって、また違うジャズを聴く、橋渡しになってほしいです。
――では最後に、今後予定されているライブへの意気込みをお願いします。
もちろん新作に収録した楽曲を演奏したいと思っています。リズムセクションは素晴らしいですし、CDとはぜんぜん違う展開になっていくはずなので、ぜひ皆さんお越しください。
(おわり)
作品情報
『プリマ・デル・トラモント』
2019/6/26 RELEASE
<通常盤>UCCJ-2167 3000円(tax out.)
<限定盤(CD+DVD)>UCCJ-9218 3700円 (tax out.)
ライブ情報
山中千尋トリオツアー2019
2019年10月12日(土)高崎芸術劇場
2019年10月13日(日)ブルーノート東京
2019年10月14日(月・祝)ブルーノート東京
2019年10月15日(火)名古屋ブルーノート
2019年10月16日(水)富山 新川文化ホール