山中千尋「ジャズはアメリカの相撲」過去に誠実な新作とSNS時代の音楽語る
INTERVIEW

山中千尋「ジャズはアメリカの相撲」過去に誠実な新作とSNS時代の音楽語る


記者:小池直也

撮影:

掲載:19年06月26日

読了時間:約11分

 ジャズピアニストの山中千尋が6月26日、ニューアルバム『プリマ・デル・トラモント』をリリース。ここ数年コンスタントに制作を重ねている山中だが、今回選曲したのは敬愛するピアニストのミシェル・ペトルチアーニとブルーノート・レコードの名曲たち。「アレンジに逃げずに、誠実に演奏するのがいかに難しいか」と語る彼女は、得意とする原曲の再構築やコンテンポラリーな解釈を封印し、あえて純朴に伝統的なジャズをリスペクトしたと話す。挑戦を試みた新作について話を聞いた。【取材=小池直也/撮影=木村陽仁】

はじめて好きになったジャズミュージシャン

山中千尋

――1年に1枚のペースで作品を発表されていますが、ここ最近の活動はいかがですか。

 レコーディングとツアーが重なってしまったので、今年は学校での指導をお休みして活動に専念しています。今は日本に滞在しているのですが、最近までブラッド・メルドー(ピアニスト)が来日して、ジョン・スコフィールド(ギタリスト)のバンドでジェラルド・クレイトン(ピアニスト)と新作で一緒に演奏したヴィセンテ・アーチャー(ベーシスト)が来ていました。今回の日本滞在はニューヨークにいるときよりも彼らに会えて嬉しいです。

――彼らと日本でハングアウトしたりも?

 ヴィセンテとは、よく演奏の次の日にランチしたりします。ブラッドさんのバンドのみなさんとも楽屋でお話をしました。そういうときは音楽の話というよりも日常の話が多いです。娘の教育をどうしよう、とかプライベートの話が多いです。ヴィセンテは奥さんが日本人で、子どもができたばかりなんですよ。ブラッドさんはタブレットで、その場にいる人の顔を入れ替えて遊んでました(笑)。

 住んでいる場所はジェラルドが西海岸だし、ヴィセンテはナッシュビル、みんなニューヨークから離れてます。今回のアルバムで叩いてくれたダミオン・リード(ドラムス)もロバート・グラスパー(ピアニスト)のバンドで見るまでしばらく姿を見なかったんですよ。「どこにいたの?」ときいたら「woods」って言ってたので、森のなかにいたみたいなんですけど(笑)。

 みんなツアーミュージシャンなので、住む場所は関係ありませんから、わざわざ慌ただしいニューヨークは選ばない。だから今のニューヨークは若者ばかりなイメージです。

――とすると、新作『プリマ・デル・トラモント』の録音スケジュールも調整が大変だったのではないですか。

 ジョン・デイビスさん(ドラムス)とヨシ・ワキさん(ベーシスト)は、ニューヨークにいるんです。でも、やっぱりツアーが多いので、うまく日を調節してレコーディングしました。ヨシさんとジョンさんでツアーしたときのレパートリーも収録していますし、スムーズでした。

――収録曲は没後20周年になる、ミシェル・ペトルチアーニのオリジナルと彼が演奏していた曲を中心にされています。

 私自身はペトルチアーニが、はじめて好きになったジャズミュージシャンでした。ジャズ喫茶じゃなくてどこかのレコード屋さんでかかってたのと思います。全財産をはたいて、ブルーノート東京での公演を全セットかぶりつきで彼を見た思い出があります。

今までは避けてきたというか「そのまま彼の楽曲を演奏してどうなるんだ」と思っていたのですが、だんだんと彼の曲を弾く喜びがわいてきて、それをお客様と共有できたらなと。

――山中さんから見た、ミシェル・ペトルチアーニについて教えてください。

 ペトルチアーニには曲のテーマに続く、アドリブの最初の音から新しいテーマを作っているようなメロディセンスがあるんです。どんな複雑なこともできるタイプなんですけど、アドリブとは信じがたい歌心のあるメロディを正確に紡いでいく。予想をはるかに超えて、かつ人の心にクリックするんです。

 ピアニストとしてもヴァーチュオーゾ(達人)でパワフルだし、エネルギッシュ。演奏のクライマックスに向かって技巧が絶えない、強靭な指の持ち主でした。作曲に関しても奇をてらわずに、人の心にずっしりと残る作風。難病によるハンデはありましたが、手は大きかったし、もう全然関係ないですよね。彼ほど大きな音を出せる人はめずらしいです。

 特にブルーノート時代の作品がどれも素晴らしいんですよ。シンプルに聞こえるんですが、ミュージシャンが遊べるようなセクションがあったり、なかなか難曲だったりします。いざ自分が弾いてみて、よくわかりました。

――やはりアメリカでも彼を敬愛する人は多いですか。

 アメリカでは意外と知られていません。でもヨーロッパで演奏するときに「ペトルチアーニのレパートリーで」と紹介すると拍手が起こりますね。やっぱり最初にブルーノートと契約したフランス人ミュージシャンで素晴らしいインプロバイザーですから、みんなに愛されているんですね。

 アルバムにも収録している『music』(1989年)の「ルッキング・アップ」は演奏するたびに幸せな気持ちになります。「チェロキー」は『Michel Petrucciani』(1981年・通称「赤ペト」)のアレンジを少し変えた演奏になってます。「ネヴァー」は、ペトルチアーニが好きだったビル・エヴァンス風の曲調で、彼をトリビュートしました。

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