レコード・デビュー20周年を迎えたジャズピアニストの山中千尋が15日、バラード・ベスト・アルバム『Ballads』をリリースした。これまでにリリースした作品の中から、バラード曲を中心に山中千尋自身がセレクトした、キャリア初となるバラード・ベスト。ソロ・ピアノで新たにレコーディングした「ダニー・ボーイ」、「ルビー・マイ・ディア」、「アイ・キャント・ゲット・スタ ーテッド」の3曲を収録した。インタビューでは20年前にCDデビューした当時のことから、『Ballads』の制作背景、そして、練習をすることの大切さを感じたと言う、ピアノに臨む姿勢など今の山中千尋の考え方に迫った。【取材=村上順一】
人生の中で練習したことがなかった
――CDデビューされた当時のことは覚えていらっしゃいますか。
覚えています。1stアルバム『Living Without Friday』のリリース日は文化庁の派遣芸術家在外研修を受けていたため日本にいなかったんです。当時は宣伝費をかけることができなかったので、澤野工房(ジャズ・レーベル)の澤野(由明)さんと一件一件CDショップを回って、そこで気に入ってもらってCDを置いていただいて、という活動してました。
当時は売れるなんて微塵も思っていなくて、編集者の安原顕さんがラジオで「面白い盤がある」と紹介してくださったのがきっかけで、注目していただけて。それは自分が予想していなかったことでした。実は自分の中では全然ダメなアルバムだと思っていて...。
――そうなんですか!?
それで澤野さんに「これを出すんですか?」と言ってしまって。そうしたら澤野さんは「良いアルバムだから自信を持ちなさい」と。でも、自分の中ではもうレコーディングのチャンスはないんだろうなと思っていましたから。当時は自分がアーティストという意識が全くなくて、アルバムをリリースする度に、「私はもう少しできるんだ」という感覚でした。そして、いま皆さんに喜んでもらえる作品を作ることができて幸運だと思います。
――デビューまでの流れはどのような感じでしたか。
ジャズを初めて4年くらいの時に、澤野さんに声を掛けてもらいました。でも、私にはまだ早いと思っていたので、1年半はニューヨークでローカルな活動をしていました。そこからシェリー・マリクル(Dr)がリーダーのディーバ・ジャズ・オーケストラというすごいビッグバンドに入ってワールドツアーをしていたらあっという間に1年半経ってしまって。その間にもJVCなど大きなレーベルから声をかけてもらっていたのですが、私はまだそのレベルではない、CDを出す段階ではないからとお断りしていました。それで痺れを切らした澤野さんがマネージャーを私のところに派遣してきて、『Living Without Friday』のレコーディングをすることになって。
――今はどういう感覚でデビューアルバムは聴くことが出来ていますか。
今はこういう人がいて、こういう表現をしたかったんだなと自分ではない人の作品のように聴けます。当時は若さもあって勢いもありましたし、いろんな表現をしたいという欲求に溢れていたなと感じていて。けっこう『Living Without Friday』が良いと言ってくれる方もいるのですが、それもわかる気がします。
――澤野さんはきっとそこを既にわかっていらしたんでしょうね。
そうだと思うんですけど、私は当初予定していた方の代わりみたいで。その方がメジャーからリリースすることになってしまったので、新しい人を探していたところにたまたま私のデモを気に入っていただけたんです。そもそも、売り込むつもりで作っていた音源ではなくて、ボストンにレインボースタジオを模倣したすごくリバーブが掛かるスタジオがあって、そこで録ったものをCDに焼いて持っていたんです。それを友達に聴いてもらったりしていたんですけど、それがなぜか澤野さんの手に渡ったのがきっかけでした。
――ちなみに2ndアルバムの『When October Goes』は自信を持ってリリースできたのでしょうか。
やりたいことをやれた作品でした。ラリー・グレナディア(b)、ジェフ・バラード(ds)と演奏したんですけど、ブラッド・メルドー・トリオの前身となるようなトリオでしたし、「Yagi Bushi」も演奏しました。伸び伸び演奏できていて良かったんじゃないかなと思います。やっぱりどこか人の作品みたいなんですよね(笑)。
――今回『Ballads』というバラード作品をまとめたベスト盤ですね。
2015年にライブでよく演奏していた曲をコンパイルしたベスト盤をリリースしました。でも、バラードに焦点を当てたことはなかったんです。ライブでやっても倍のテンポにしてしまったり(笑)。CDは何度でも聴いて欲しいので、シンプルに歌を紡ぐように弾きたいと思って。今までとは違った新しいアルバムに聴こえると思います。今までの作品を持っている方は聴いたことがある曲たちですが、改めて並べてみると聴こえ方が変わると思います。
――バラードに焦点を当てたのはリリースが12月という季節も関係されていますか?
コロナ禍というご時世としてもアップな曲よりバラードがいいんじゃないかなと思いました。そして、ピアノの音ってどんどん減衰していくんですけど、その儚さや最初のタッチが聴けるのがバラードだと思っています。ピアノの美しさを表現出来ればいいなと思いながら弾いたので、そこを感じていただけたら嬉しいです。
――コロナ禍でピアノと向き合うことも多くなったとお聞きしましたが、新たな発見もあったのでしょうか。
ありました。それはやっぱり練習しないと弾けない、ということでした。私は人生の中で練習したことがなかったんです。先生に習っていた時もトイレに入って譜面を確認して、それをすぐに弾くみたいなことしかやっていなくて。あと、私の友人にはピアニストが多いんですけど、どんな練習しているのか聞いてみたら、スケール練習やエチュードを弾いていると聞いて、それを今もやっていると知ってすごいなと思って。それで私も刺激されて、もっと弾かないとダメだなと思いました。
――とはいってもピアノは弾いてますよね?
好きなものを好きなように弾くのは練習ではないんです。できないことをできるようにすることが練習なので。
――山中さんはバークリー音楽大学で助教授としても指導されていましたが、生徒に対して練習を勧めたりは?
人によりますね。何も言わなくてもやってくる子はやってきましたし、できない子には電話で「今、練習してる?」とプレッシャーをかけてました。やっぱり私のクラスから落第点は出したくなかったので厳しくやってました。中には天才的に上手い子もいるので、そういった子には何も言わないですし、良いところをさらに伸ばすような話をしていました。
少し先のことを考えて弾く
――さて、山中さんはライブなどでインプロヴィゼイションされているときは、どんなことを考えてピアノを弾かれているんですか。
何を考えているかといったら少し先のことを考えています。将棋に近い感じですね。
――スケールは考えない?
スケールは全く考えないです。それを考えるのは練習の時なのかなと思います。私はトリオで演奏することが多いですけど、音楽の波と言いますか、自然に任せています。自分であらかじめ決めたフレーズを弾いて、そこだけ綺麗になっても脈絡がなくなってしまうんです。
例えば詩を読んでいるときに、急に「生麦生米生卵」みたいな早口言葉が入ってきたらおかしいと思うんです。もちろん早く言えたら感心はさせられるけど、それはもう詩ではないじゃないですか。みんなで言葉を紡いでいくような、そういう音楽の作り方をしたいなと思っています。
――少し先というのがポイントですね。
あまり構成の先のことを考えるとクラシックのような感じになりますね。もちろんジャズにも構成はありますけど、クラシックとは在り方が違うと感じています。
――あと、歌手の方にお話を聞いていると誰に向けて届けるのか、というのをすごく意識されているとお聞きするのですが、山中さんはどこに向かってピアノを演奏されていますか。
これは良いのか悪いのかわからないのですが、まずは自分に向けて弾いています。曲順とか作品として並べた時に聴いてくださる方のことをすごく考えますが、作曲している時や弾いている時は考えていないですね。ベートーヴェンが「エリーゼのために」を誰かのために作ったというお話がありますけど、私はそれはないと思っていますから(笑)。
――ということは本作の曲順はバランスをすごく考えられて。
そうです。私の20年間の作品の中から、違った私の姿が見えるように考えてコンピレーションしました。
音楽をやる喜びに勝るものはない
――今作には新録として「ダニー・ボーイ」「アイ・キャント・ゲット・スターテッド」「ルビー・マイ・ディア」の3曲が入っていますが、どのような経緯で選ばれたのでしょうか。
コロナ禍で一人で弾くことが多かったので、バッハをよく弾いていました。バッハは気持ちを絶対にかき乱さない、感情的になったりしなくて、淡々とした祈り、それはキリストのために曲を書いていたからなんです。そこから今回影響を受けて「ダニー・ボーイ」と「アイ・キャント・ゲット・スターテッド」は縦のハーモニーと横のメロディがバランスよく並んでいて、そして、懐かしくて何度も聴きたくなってもらえるようなアレンジ、リハーモニーゼーションをしてみました。
――「ダニー・ボーイ」のボイシングがすごく新鮮でした。まさかバッハからの影響とは思いませんでした。
すごく皆さんに浸透している曲だからこそ、変わったアプローチがしたかったんです。
――すごく音も心地よいのですが、もしかしてピアノを特別な周波数に調律されていたりしますか。
442Hzなので、一般的な周波数ですね。ジャズの場合割と高い音程にしてキラキラさせるんですけど、私はジョン・ルイスみたいな感じが好きなので、441Hzや442Hzが多くて、高くても443Hzです。
――山中さんはクラシックから入られているので、その影響もあるのかもしれないですね。
それはあると思います。自分自身すごく落ち着くんです。
――さて、本作のマスタリングはグレッグ・カルビさんが担当されていますが、長いですよね。山中さんはグレッグさんのどんなところに凄さ、良さを感じられていますか。
もうマジックですよね。何か粉をふりかけているんじゃないかと思うくらい。ちょっとしたことなんですけど、そこを突くのがすごく天才的なんです。それで、音が活き活きしてきます。基本的にミックスダウンの時点で、みなさんに聴いてもらえるものにはなっているんですけど、そこに空気感を足すようなイメージです。本当に魔法だなと思いました。
――そういえば、今回初回限定盤にはミニ写真集が付属されてますね。
そうなんです。子供の頃、七五三の写真とか、今しか出せないかなと思いました。
――この写真集を見ながら『Ballads』を聴くのがおすすめですね!
見ながらは聴かなくて大丈夫です(笑)。写真集はこんな時代もあったんだと思いながら見ていただければと思います。
――ところで、山中さんはこのキャリアの中でピアノと距離を置きたい、と思ったことはありますか。
毎日ですね。全然思い通りにいかないからもうやめた方がいいんじゃないかって。でも、コロナ禍になる前に新しいピアノを購入したんですけど、本当にピアノを買って良かったと思います。少し大袈裟かもしれないですけど、私の宗教はピアノなので、それに仕えていくしかない、という事を実感しました。生活していると色々面倒くさいこともありますけど、私の中で音楽をやる喜びに勝るものはないんです。
――最後に、CDデビュー20年を経て、ご自身の中で変化したこととは?
自分だけで生きているわけではなくて私は生かされている、ということです。色んな人の支えがあって音楽が出来ているんだと痛感しています。それこそ昔は自分の事しか考えていなかったですから。皆さんに私の音楽を聴いていただけたことで、今があるので本当に感謝しかないです。皆さんとの関係を大事にしてこれからも音楽を続けていきたいです。
(おわり)