細田善彦「最初から強かったわけではない」表現したかった剣豪武蔵のリアル
INTERVIEW

細田善彦「最初から強かったわけではない」表現したかった剣豪武蔵のリアル


記者:木村武雄

撮影:

掲載:19年06月04日

読了時間:約11分

 細田善彦が、三上康雄監督の最新作『武蔵 ーむさしー』で武蔵を演じた。NHK大河ドラマ『真田丸』で北条氏直を好演したかと思えば、映画『ピア~まちをつなぐもの~』では医師役。はたまたドラマ『3年A組 ー今から皆さんは人質ですー』(日本テレビ系)では刑事役とまさにカメレオン俳優としてその力をいかんなく発揮している。その細田が今回演じたのは二刀流で知られる剣豪・武蔵。細田は役作りのために17キロ増量。更にリアルさを追求した決闘シーンでは3針縫うけがもした。そのなかで描きたかったのは武蔵の弱い一面。「最初から強かったわけではなく、戦いとなれば誰だって臆病になる。実戦を重ね徐々に強くなっていく姿を表現したいと思いました」。上海国際映画祭・正式招待作品にも決まり、注目が更に増している。小次郎を演じた松平健からも称賛された細田が、武蔵を語る。【取材・撮影=木村陽仁】

戦いのなかで強くなっていく武蔵

――武蔵を題材にした作品は多々ありますが、本作ではどのように描こうとされたのでしょうか?

 撮影中はホテルに滞在していて、何度か監督の部屋で話す機会がありました。監督は「この映画で平成の時代劇のトップをとりたい。武蔵には自分の気持ちも乗せている。上京してきた名もなき浪人が人として生き、そして名を上げていく話。そういうサクセス・ストーリーを作りたい」という話をされていました。

 武蔵を、最初から「強い者」として描いていなくて、僕もギリギリの戦いの上で勝っていく、というところを見せたいと思っていました。そもそも五輪書にもそう書いてあるんですよ。なので、そういう風に見せるために、試合をする前には必ず考察したり、試合となる場所を下見したり、相手の様子を観察しに行ったり、そういうことを全シーンでやりました。

 「最強の人間」として描かず、相手の事を入念にチェックしてどう出るかを計算する、そういう緻密な一面が、台本にもしっかりと描かれています。

――引退されたイチロー氏にも通じるところがありますね。あれだけの名選手でありながら誰よりも練習をしているという。舞台挨拶で細田さんは、演じるに当たりプレッシャーがあった、という話もされていました。

 名家である板倉家や吉岡家(足利将軍家の兵法師範を務めた名家)などからしたら、武蔵は新人の新人。でも新人でも「どんでもない新人が来た」と思わせないといけない。「武蔵の勢いを止めないといけない」と焦らせるほどの強さを出さないとならない。錚々たる人たちが武蔵を必死になって妨害しようとする、セリフで言い表さなくても存在感や空気感でいかにそれを出せるかというのがプレッシャーでした。

――実際にその空気感は出ていたように思えます。試合だけでなく、薪割りでナタを持っただけでも内側に宿る強さを感じました。その空気感をどのように出そうとしたのでしょうか?

 僕自身、それが出ていたかは分かりませんが、誰よりも武蔵の事を考えていないといけないし、説得力を持たせないといけないから体作りのために食べたり、殺陣の練習もしたり、そういうところは徹底しました。

――吉岡家に戦いを挑むところから全てが始まります。当主の清十郎(原田龍二)との決闘での心の変化はどのように表現しようとされたのでしょうか。

 決闘となった場所には京都所司代(京都の治安を管轄する役務、板倉家当主・板倉勝重=中原丈雄)がいるわけですよ。そのことでテンションは上がったと思うんですよ。吉岡家を倒しにいったつもりが「え! 所司代もいるじゃん!」と。現代社会に置き換えれば、プレゼンの時に上司だけの出席の予定が社長も同席した、会長も出席したといった感覚に近いと思います。ここで清十郎を倒したら一躍有名になれるわけですからね。吉岡家という名門を倒す、しかもその承認者がいるという環境は、名を上げたいと京都に出てきた武蔵にとっては絶好の機会だったわけですから。ですので、興奮のようなものは持っていました。

――その清十郎を負傷させたことで仇討へと発展しいきます。追う身が、追われる身になっていくわけですが、武蔵自身は何も相手を殺めるためにやっているわけではないですよね?

 そうです。誰のことも殺すつもりもなければ、もちろん殺させるつもりもなくて。ただただ「強くなりたい」「有名になりたい」という思いで京都に出て来ている設定なので、最初から殺し合いが前提ではないんですよ。伝七郎(武智健二)との戦いだって、先に剣を抜いたのは伝七郎の方ですからね。最初の清十郎との戦いも木刀での一撃による試合、本当はあれで良かったわけですよ。でも「プライドを壊された」という吉岡家の遺恨が始まるわけで。

――確かにそうですよね。最終決戦の巌流島でも木刀で臨んでいるわけですからね。

 そうです。お姉ちゃん(遠藤久美子演じる武蔵の姉・吟)に言われ「命のやり取りはせん」と言って出てきたわけですし。全ては、「自分が強くなりたい」、「剣の世界で一番になりたい」という志のなかでの行動ですから。それがまわりのプライドや影響で歪んでいくわけですから。

――その武蔵に弱さも見えました。一乗寺下がり松では吉岡家の家来に囲まれ、恐怖に感じる様子など。

 ここまで弱さが出ている武蔵というのも他の映画ではなかなかないと思います。強そうに演じようとも思っていませんし、「武蔵=強い」というのは後々振り返った結果だと僕は思っています。戦おうとしている瞬間までは誰だって臆病になる。武蔵の場合は戦っているなかで恐怖心から解放されて強くなっていく。僕が見せたかったのは「戦いのなかで強くなっていく姿」です。

 沢村吉重(目黒祐樹)が、武蔵と小次郎の決戦を前に、戦いの展望を分析する場面がありますが、そこで「今は五角かもしれないけど、戦いの最中でどちらか一方が強くなった方が勝つ」と解説しています。まさにそうで、そこから遡りますが、一乗寺下がり松での長い戦いのなかでどう成長を見せられるか、というのがもう一つのテーマでした。

 二刀での戦いを実践したのもあそこが初めてです。次々と襲い掛かってくる吉岡家の家来を、走っては斬って、そして竹藪から転がって相手の刀を奪って、その時にバックで三味線の音楽が流れるんですけど、あの瞬間、武蔵は変わったんです。

この記事の写真
細田善彦
細田善彦
細田善彦

記事タグ 

コメントを書く(ユーザー登録不要)

関連する記事