Kitri「意識せずに自然」大橋トリオも認める姉妹連弾ユニットの独自の世界
INTERVIEW

Kitri

「意識せずに自然」大橋トリオも認める姉妹連弾ユニットの独自の世界


記者:村上順一

撮影:

掲載:19年01月23日

読了時間:約13分

ヒナが高校を卒業したら音楽活動を一緒に

Kitri

――曲から引っ張られて出てきたワードなんですね。ライブで聴いてみたい曲の一つです。続いての「Sion」はどのような意味でこのタイトルを付けられたんですか。

ヒナ これは紫苑という花から取りました。ちなみに最初のタイトルは「さよなら」でした。この曲はキトリイフ時代に作っていた曲なんですけど、私が中学生で姉が高校生の時に、父の転勤もあって家族が離れ離れになってしまうことがありました。すごく寂しくてその時に出来た曲なんです。その時に姉と「また3年後に会おうね」という約束をして…。紫苑には「遠方の人を思う」など花言葉があるので、この曲にぴったりだなと思いました。

モナ 歌詞にはその場所から離れてしまうことや、友達との別れを書いています。

――実体験からの曲だったんですね。3年後に再び家族が揃ったときはどんな気持ちでしたか。

モナ 安心感がありました。あと、何よりも私がヒナと一緒に音楽をやりたかったので、「やっと一緒に出来る」という喜びが強かったのを覚えています。

ヒナ そうなんです。私が高校を卒業したら音楽活動を一緒にやろうと誘ってくれていて。

――3年という時間は長いと思うんですけど、ずっとその気持ちは変わらなかったんですね。

モナ はい、変わりませんでした。その3年間はヒナと音楽をやるために、作曲力やピアノのスキルを高めて、その日を待っていました。それ以前からもその気持ちは温めていました。

――歌詞にある<ピリオド並べたら 心の準備ができた>というのが、その時の心情をリアルに描いているなと感じました。

モナ ありがとうございます。別れの日が近づくに連れて、この日の晩ごはんで終わりなんだなとか、一つひとつのことに終わりを感じて、この言葉が出てきたんだと思います。

――転勤の関係で離れ離れになってしまいましたが、過去に住んだことがある町はどんなところがあるんですか。

モナ 滋賀、京都、大分と1年間ぐらいカナダにも住んだことがあります。私が小学1年生でヒナがまだ3歳ぐらいのときなんですけど。なので、初めて作った「私の思い出」という曲にはカナダでの思い出も入っています(笑)。

ヒナ 私は3歳だったこともあり断片的にしかカナダでの出来事は覚えていないんですけど、ベランダにリスが来てパンをあげていたことだけは覚えています(笑)。

――3歳では覚えていなくても仕方ないですよね。さて、続いては「一新」です。どこか「羅針鳥」にも通じるものを感じたのですが。

モナ この曲は今年の春頃に書いていた曲でした。前に進んでいくような曲が書けたらと考えていました。

ヒナ 「羅針鳥」は羽ばたいていくイメージで、この「一新」はダメな自分を受け入れて進んでいく感じです。それもあって私は<二度と間違えないように 背を向けて離れていく 守れたのはその弱さだけ 終わらせるよ>のところのメロディがすごく気に入っています。

――なかなか、自分のダメなところを認めるのは勇気がいりますよね。

モナ そうなんです。私は常にダメな自分を認めなきゃという気持ちでいるんですけど、なかなか難しくて…。それもあってこういう曲ができたんじゃないなと思います。でも成長するために今の自分を認めた上で、次に進みたいなと言う気持ちはいつもどこかにあると思います。

――強いですね。さて、Kitriはこれからどのようなアーティストになっていきたいですか。

モナ 連弾というちょっと変わったことを始めたんですけど、2人でしか出来ない音楽の世界を作り上げて、少しでも多くの方にそれを楽しんでいただけたら良いなということと、少しでも長く活動できたらいいなと思います。

――長く活動していくことも大事ですよね。ヒナさんはライブで演奏してみたい場所とかありますか。

ヒナ 私達は父の転勤で色んなところに住んだことがあるので、自分たちが住んでいた場所でやってみたいですし、色んな場所に行ってみたいです。

(おわり)

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