如月彩花をどう演じたのか、描かれないキャラの背景も心に
――本作への主演が決まった時、そして台本を読んだ印象は?
出演が決まったことと大塚監督とまたご一緒できるということを聞いて凄く嬉しかったです。大塚監督には、『罪の余白』のときにビシバシと鍛えて頂きましたし、作品に携わるなかで、信頼を寄せている方ですので。
台本を読んだ第一印象は、名古屋で新入社員として働く女の子の話だなというのが一番に飛び込んできて。でも大塚監督だから絶対に何か役にクセがあるだろうと思いました。リハーサルは4日間くらいあったんですけど、そこで自分のプランを持っていったら「何か違う」と。やっぱりクセがある方向にどんどん持ってかれて、「これが彩花か」という変な女の子になりました(笑)。
実は、リハーサルの3日目までは全然、彩花が入ってこなくて。4日目に大塚監督とプロデューサーさんと3人でご飯を食べに行ったときに「どうやったら入れるかな?」と話して。監督も私の気持ちにリンクしてくれていたみたいで、2人で「役が入らないな」と、どよんとしてたんです。でも4日目に「もういいか」と2人でなって、良い意味であきらめて演技したら、彩花が凄く入ってくるようになって、ぶっ飛んだ彩花を演じられるようになりました。
――役が入ってこなかったということですが、最初の自分のプランはどういうものだったのですか?
台本のままに演じてしまった自分がいて、最初はけっこうまともな女の子を演じました。私も「この演技はこの作品で活きるかな?」という風に思っていたんですけど、まず大塚監督に一回見てもらい、それから話を聞いてやってみようと思いました。
――リハーサルと現場とでは変わってくるところもあると思いますが、実際に現場に入られてどうでしたか?
波岡一喜さんと吹越満さんとはリハーサルをご一緒できなくて、その他の方はリハーサルで「こういう役でいくのか」ということは掴めました。それでも現場で波岡さんと吹越さんと初めて合わせたときに、リハーサルではなかった色んなアイディアが出てきて。
波岡さんの役が酷いじゃないですか?(笑)。「こんな会社あるの?」みたいな。波岡さん自体はオン・オフがはっきりしていて、オフのときは凄く優しく喋ってくださるんですけど、翔平(松山翔平)になると目がキリっとしていて、役に入っているときは「うるさいな」と思いながらも「翔平より私の方が正しいから」という感じでやってました。リハーサルでは、そういう気持ちがちょっと小さかったんですけど、撮影しているうちにどんどん大きくなって。
酒田部長を演じられた吹越さんには尊敬の思いが自然と出てきて、凄いやりやすかったですね。彩花としてポンポンとセリフや言葉が出てくるような不思議な力を持っていて。ベテランの方って凄いなというふうに思いました。そこから生まれた表情とかもありましたし、凄く楽しかったです。
――役どころとしては振り幅がとても大きいですが、役作りで意識したところは?
ワンシーンに必ず彩花の特徴的な仕草をワンポイント入れたり、例えば、中指を立てたりとか。それは監督にも言われていて、一つのシーンに絶対何か変なことをしようというのは決めていました。でも最初はいいけど、日に日にレパートリーがなくなって難しくなっていって…でも何とかやっていました。リハーサルや撮影をし終わって思ったんですけど、彩花って大塚監督なんですよ。そっくりで。だから途中から動きとかも大塚監督を想像しながらやるようにしていました。
――パンフレットの解説欄には「彩花がビジネスマンに変わった瞬間があった」と書かれています。吉本さん自身が感じた瞬間はどこですか?
黒色の服を着た瞬間です。あれだけ嫌な黒、あれだけ拒んでいた黒を着て。そこに至るまでに、お父さんの会社が倒産して、その後に泥をかけられて、來未には水族館で「価値がない」と言われ、いろいろと失ったところが彩花としての成長になっていて、それで黒を着るという決意をしたという。
――彩花は表向きではああいう行動をしているけど、心にはすごいものを抱えていたと思うんです。そういう言葉としては現れない感情をどう表現しようと思いましたか?
彩花自体、表現の仕方が人とは違って、泥をかけられたときも口を開けてポカーンと。でもあれは悲しいんですよ、本人は。その表と内の出し方が難しかったです。そのなかで彩花が一番ダメージを受けたのが、水族館でのシーン。感情というよりはもう何もないという無気力というか、それを出すのが難しくて、何も考えないようにしても人間って何か考えてしまいますよね。だからあの時の彩花の何もない、まっさらな表情をするのは難しかったです。
――映画ではなぜ、ああいう彩花が誕生したのか、という背景が描かれていませんよね。それをどう役に落とし込んでいくのかも気になるところです。
ワンシーンだけあって、家族とご飯を食べる場面です。あの両親にしてこの子だなというのが伝わればいいなと思って演じました。それと、來未に「ご飯言ってきていいよ」と言われて、その時に悲しい表情をするんです。本編には描かれてはいないんですけど、私の中では彩花は過去にもずっとハブられてきて孤独に思っているというのを、心のどこかにおいて演じました。
――対照的に激しくやりあったのが波岡さんとのやりとりです。服についてやり合うシーンは特に激しいものがありましたが、あれはどういった感じで?
台本には「喪服着てこい!」「わかりました」「もっと大きい声で! 黒!」みたいな、4〜6行くらいしか書いてなかったんですけど、カットがかからないから続けるしかないじゃないですか?(笑) 波岡さんも色々飛ばしてくるし、それに受け応える感じで。使ってもらって嬉しかったですけど、最後の「聞こえねえよ!」「聞こえてるよね!」みたいなのは2人ともアドリブなので、そこを使われて嬉しかったです。
――最後の方で彩花が「喪服だ!」と言っているところがありますが、あれも台本でしょうか?
あれは台本じゃないです。お互いが負けてられないシーンだったりするので、私が翔平さんのことを下に見ているけど、あの瞬間は心を入れ替えて、自分のために頑張るかと。酒田部長に言われて頑張るかというシーンなので、一応従うけどちょっと逆らうみたいなことを表現していました。ほぼアドリブですね(笑)
――その喪服の掛け合いのシーンもそうですが、観ていて思わず笑ってしまうシーンがあります。現場の雰囲気はどうでしたか?
喪服の言い合うシーンはエキストラの方々もいらっしゃっていて笑ってくれました。喜んで踊り狂うシーンとかは私のテンションを上げるためにみんなも周りで踊ってくれて。そういうのがけっこう多かったです。いつもは厳しいことしか言わない大塚監督のさりげない優しさというか。監督はいかに作品を良くするか、面白くするかというのを一番に考えてらっしゃるんです。この作品にとっては彩花のテンションが上がることが一番良いんだと思って、そういうさりげない優しさが見られました。
――久住さんや苗木優子さん、矢野浩二さんなど、同じ事務所の方もいらして、やりやすかったですか?
久住さんはレッスンで1回だけご一緒させて頂いていて、それ以来だったので久住さんもなかなか変な…(笑)。ここに出ている方はみんな変わっているんですよ(笑)大塚監督が選ぶだけのことはあるなと。私が言うのもアレですけど。矢本君とかあんな下からじゃないんですよ! オンとオフが凄いんですよ。直前まで私に上から目線で喋っていたのに「よーい、ハイ」ってかかると「あの…」みたいな感じで言うので。本当にみなさんと話して欲しいです(笑)個性が凄いですから(笑)。