10周年記念ツアー『Quicker Than the Eye』の初日公演

 ジャズ・シンガーのmegが7月26日、神奈川・関内Bar Bar Barで、10周年記念ツアー『Quicker Than the Eye』の初日公演をおこなった。今年デビュー10周年を迎えたmeg。数々の名盤を生み出したジャズの名門レーベルVerveよりデビューと、ミュージシャンとしてのキャリアを華々しくスタートさせた彼女は、これまでジャズ・シンガーという肩書きを持つ一方で映画やドラマの主題歌を担当するなど、幅広いフィールドでその感性を発揮。

 今年は、ギタリスト・押尾コータローが作曲、音楽評論家・作詞家の湯川れい子が作詞した楽曲「Jacarandaの花のように」が、4月期テレビドラマ『ファイナルファンタジーXIV 光のお父さん』(MBS/TBS系)の挿入歌、さらにそのシングルのカップリング曲「時の雨」が7月公開の映画『彼女の人生は間違いじゃない』の主題歌に起用されるなど、様々な方面からの注目も浴びている。

 ツアー初日を迎えた26日は、その10周年記念としてリリースしたアルバム『Quicker Than the Eye』のリリース日でもある。ちなみにこのタイトルは、アメリカの小説家レイ・ブラッドベリが1996年に発表した短編集のタイトルで、『瞬き(まばたき)よりも速く』と訳されたそのタイトルにちなみ、自身の原点回帰として、一瞬の時のように過ぎたこれまでの道程を振り返る意で命名したという。

 このジャズ・アルバムを引っ提げ、現在の日本ジャズ界では名だたるベテランプレーヤーを引き連れて、自身の新たなステップに向かうべく赴いた今回のツアー。幼年期から育った自身の第二の故郷・横浜にあるジャズライブレストランBar Bar Barは、megがデビュー以降より度々ライブステージを披露してる、いわばホームグラウンドでもある。

様々なフィールドを歩いたことで作られた歌、親しみやすい雰囲気

ライブのもよう

 定刻を少し過ぎたころ、ステージには照明が当てられ、ミュージシャンがぞろぞろと集まってきた。BGMも止まりシンと静まり返った会場で、ビアノからのカウント出しとともに、ステージはスタートした。

 ズシッと心地よく腹の底に響くベースとドラムのリズムセクション、聴くものの気持ちをくすぐるように、絶妙のタイミングでテンション・ノートを加えるピアノ、そして一寸の迷いも感じさせず、かつ短いフレーズの中で歌心を感じさせる三管のホーンセクションによるメロディ。リッチな空気を会場に運び込む、凄腕ミュージシャンによるそのサウンドに迎えられ、いよいよmegのステージは幕を上げた。

 オープニングナンバーは、『Quicker Than the Eye』の1曲目にも収録されている「Thriller」。世界的なシンガーでありエンターティナーのマイケル・ジャクソンが、その名を文字通り世界に知らしめたモンスター・アルバムのタイトルナンバーだ。ダンサブル、リズミカルなオリジナルナンバーとは対照的に、4ビートの少し落ち着いたリズムの中で、少し緊張感を漂わせながらもグルーブたっぷりの歌を聴かせるmeg。

 まったく違うジャンルの楽曲をアレンジしてプレーすることは、ジャズではそれほど珍しいことではない。しかしあえてこの選曲をおこなっていることは、何か一つのことに留まらない彼女の懐の深さを感じさせた。そんなことも手伝ってか、会場には極上の音が堪能できる珠玉のひと時が到来した。

 そして「Don't Get Around Much Anymore」「My Favorite Things」とジャズ・スタンダードナンバーが続いたかと思えば、次はTHE BEATLESのカバー「Eleanor Rigby」、さらにインストナンバー「BROADWAY」を挟んで、レイを首にかけトロピカルなハワイアンの演出で会場を和ませた「Sophisticated Hula」、そして知る人ぞ知るジャズナンバー「Blame It On My Youth」から、1stセットのラストナンバーとしてmeg自身が思い入れの深いナンバーと語る「It's All Right With Me」へとつなげた。

 この日のmegの声は、ジャズボーカルのアーティストがステージで聴かせる、いわゆる“これぞジャズ”と感じさせる表現テクニックを用いた雰囲気の歌とは違った雰囲気があった。ストレートで透明感さえ感じられるもの。もっと違う、例えばエモーショナルな歌も歌えそうな雰囲気も感じられるが、そこにはジャズ以外のフィールドを経ていろいろな要素を吸収した結果でできた、独特の感性が見えてくる。一方でかえってその声は、終始笑顔を見せていた親しみやすい表情とともに、生粋のジャズ・ファンではない軽妙なポップスを好む音楽趣向者にも受け入れられやすいと思える雰囲気を感じさせていた。

自身のルーツ、そして音楽への思いを表すステージ

ライブのもよう

 1stセットから少し時間を空けて行われた2ndセットは、ピアニストの守屋純子がジャズピアノの巨人・オスカー・ピーターソンへのオマージュとして作った曲「Dear Oscar」で幕を開けた。ミディアムテンポの4ビートのグルーブが、再び観衆の注意をステージに引き込んでいく。そして観衆に向け優雅に笑顔を振りまきながら、ステージに登場したmeg。

 「I Hear Music」「Only Trust Your Heart」「Emily」と、ジャズのフィーリングたっぷりのナンバーが続く。ジャズをルーツとするmegだからこその、ゴージャスな雰囲気。6人のミュージシャンによる豪華な編成の中で、彼女の歌は彼女自身が一人ひときわ輝くというより、むしろ自分も合わせて7人でのアンサンブルとしてサウンドを形成するという立場で、観衆の耳を楽しませていた。

 対して後半はオリジナルナンバーの「Jacarandaの花のように」「時の雨」、そして松任谷由実のナンバーのカバーである「DESTINY」と、日本語によるナンバーが披露される。アコースティックながらガラッと変わったその曲の雰囲気には、megの歌の特徴がさらに際立って聴こえるようだ。

 伸びやかでありながらまっすぐ。それは彼女の音楽に対する素直な思いの様にも感じられる。ラストナンバーは、ジャズ・スタンダードナンバーとしてはすっかりおなじみの、チック・コリア作の「Spain」。ベースとドラムの生み出すラテンのリズムが、会場の人々の気持ちを躍動させる。そしてmegの歌のメロディが、サックス、トランペット、トロンボーンの三管のハーモニー、そしてピアノのメロディと絶妙に絡み、生き生きとした情感を聴くものに振りまいた。

 さらにアンコールで披露した「L-O-V-E」では、後半を日本語にて披露。すっかりリラックスした雰囲気で、ビートに合わせて観衆も手拍子を送る。最後にそんな観衆に向けて、megは言葉を贈った。「どうか笑顔いっぱいで、素敵な日々を過ごされてください!」その言葉には10年という月日の中、彼女が音楽の道を歩む中で支えてくれた人々への感謝の気持ちも含まれていたことだろう。

 この日の歌には、この10年で洗練されたmegの歌が披露された。が、ワインの熟成の様に、彼女の歌がさらに楽しく味わい深いものとなっていくのは、むしろこれからといえるだろう。

(取材=桂 伸也)

『meg 10周年記念ツアー「Quicker Than the Eye」』

メンバー:

meg(Vocal)、守屋純子(Piano)、高瀬裕(Bass)、広瀬潤次(Drums)、近藤和彦(Soprano Sax, Alto Sax, Flute)、岡崎好朗(Trumpet)、佐野聡(Trombone, Blues Harp, English Flute)

セットリスト

1stセット
01. Thriller(Michael Jackson cover)
02. Don't Get Around Much Anymore
03. My Favorite Things
04. Eleanor Rigby(Beatles cover)
05. BROADWAY(Instrumental)
06. Sophisticated Hula
07. Blame It On My Youth
08. It's All Right With Me

2ndセット
01. Dear Oscar
02. I Hear Music
03. Only Trust Your Heart
04. Emily
05. Jacarandaの花のように
06. 時の雨
07. DESTINY(松任谷由実 cover)
08. Spain

encore

E01. L-O-V-E

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