若きピアニスト反田恭平。サントリーホール・大ホールでのデビューリサイタルはまさに圧巻だった

若きピアニスト反田恭平。サントリーホール・大ホールでのデビューリサイタルはまさに圧巻だった

 若干21歳にして威風堂々たる演奏ぶりと超絶技巧で注目を集めるピアニストの反田恭平が去る1月23日、世界有数のコンサートホール「サントリーホール」(東京港区・赤坂)大ホールで、デビューリサイタルを行った。昨年7月発売のアルバム『リスト』(日本コロムビア)でメジャーデビュー。新人ながらデビューリサイタルをサントリーホールの大ホールで行うのは異例。しかも、客席定数2000席のチケットは全て完売し、急きょ補助席も加えられたほど。フランツ・リストの再来とも呼ばれる彼に相応しい華々しいものとなった。

時空をも超える音のダイナミズム

天を仰ぐ反田恭平

天を仰ぐ反田恭平

 ピアノのハンマーが落とされた瞬間、落雷にもあったかのように凄まじい電気が体を駆け巡るように痺れた――、安易に使いたくはない言葉だが低音は雷鳴の如く凄まじく、高音は少女のスキップの様に軽やかで、美しい繊細な旋律を放っていた。ウラディミール・ホロヴィッツが愛奏した1912年製ピアノ「ニューヨーク・スタインウェイ」《CD75》。F1マシンとも称される名器を青年はこの日、時に無心に、時に情熱的に、超絶技巧をもって華やかに操った。そして、“彼ら”から放たれる音のダイナミズムは時空をも超え、楽曲の舞台である18世紀の欧州に紡いでいるようであった。

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 午後6時過ぎ。会場の後ろに見える教会の十字架は、少しぼんやりとした月と重なり始めていた。底冷えするホール入り口に出来た人の列からは白い息が幾つも舞い、それを冷たい風が乱していく。規則正しく進む時計の針。長針が6の数字を指した時、一寸の狂いもなくパイプオルガンの音が鳴り響いた。それと合わせるように入り口のドアが開く。吸い込まれていく人影。近隣の建物からも暖を取っていた多くの人が流れ込んでいく。

超絶技巧で観衆の心を奪った反田恭平

超絶技巧で観衆の心を奪った反田恭平

 木の床を歩く幾つものの靴音が鳴り響く。赤い生地を上張りした椅子は、徐々に黒に染まる。その椅子はやがて、この日のプログラムを記載したリーフレットの黄色に移り変わっていく。午後7時。鐘の音が鳴る。場内アナウンスが流れる。その声を合図に観客の声が絞られていく。張りつめた空気が漂う。明かりが徐々に落とされる。ステージ中央にドシリと身構える「ニューヨーク・スタインウェイ」《CD75》。ライトに照らされ、黒く光る。

 下手から靴音を立て、ゆっくりとした足取りで“愛車”へと歩を進める。反田恭平。愛くるしい表情は一切をなくし、これから稀代の名曲と対峙する男の凛々しさがあった。“愛車のボンネット”に手を添えて、軽く挨拶する。割れんばかりの拍手が沸き起こり、そして反響する。

唸るスタインウェイ

 椅子に腰かけ、鍵盤にそっと手を置く――。その瞬間、スタインウェイが唸った。目が覚めるような音の衝撃がホールに響き渡る。クリアでいて、迫力のある一音一音。鍵盤を押さえる反田の長い指が縦横無尽に踊る。

 最初に披露したのは、「J.S.バッハ/ブゾーニ:シャコンヌ」だった。優雅に舞う音色。終盤に差し掛かるにつれてそれは更に増していき、高音から低音へと駆け抜けていく連弾は軽やかで、そしてダイナミックだった。一方、低音の力強さは凄まじく、パワーステアリングを配していない車のように、その衝撃を直に受ける反田の手や腕は、スタインウェイの重厚且つ高圧な電流で小刻みに震えていた。

18世紀の欧州時代をも想像させた音色

18世紀の欧州時代をも想像させた音色

 “操縦”に頭を悩ませるこの“F1マシン”は、古来の名馬「赤兎馬」にも例えられる。気性は荒いが、駆け抜けるスピードや強靭さは他の馬に比類を見ず。天下無双の猛将のみがその馬体に乗ることを許された“猛馬”。スタインウェイも同様にピアニストを選ぶ。言う事を聞くのは限られた人だけだ。

 反田は数少ない一人。現代ピアノでは自動的に切れてしまう音の伸びを巧みに操り、音との区切りを意図的につける。この名馬が持つ従来の美しい音色は反田によって一音一音くっきりと奏でられる。そして、前記で幾度とも記している通り、並外れた力強さを持っていた。

 一方で、静寂の空間も巧みに使う。静かに鳴る高音は時に楽し気な雰囲気をもって奏でられるが、反面、悲しみにも似た冷酷な音をも作り出す。その張り詰めた空気に観客も息を呑む。そして、バラキレフの東洋風幻想曲「イスラメイ」やリストの超絶技巧練習曲などのように、弾くのが非常に難しいとされる楽曲であればあるほどそれらは発揮され、一音一音に個性が生まれていく。

 「イスラメイ」ではそこに速度が加わり、ゆったりとした流れから一気に加速を上げて、広大な大地へと突き進む疾走感があった。また、音だけではなく、背を反ったり、天を仰いだりと自身の体を使って表現する反田の姿はやはり、“モテ男”とうたわれたリストに重なるのである。

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