ピアニスタHIROSHIが23日、東京文化会館大ホール(東京都台東区)で『UENOの森のHIROSHI 2018』を開催した。1999年に始まった同コンサートは今年で20回目。HIROSHIは「始めた当初はここまで続くとは思ってもいなかった」と感慨に触れた。この日はクラシックのスタンダードからオリジナル曲まで幅広く披露。アンコールでは、観客から曲を募り弾く即興メドレーを12曲に挑戦し、満員の観客を魅了した。なお来年6月15日には第21回が開催される。【取材=木村陽仁】

「森の囁き」と「喜びの島」で幕開け

 ステージにはポツりとグランドピアノが1台。主の登場をひそかに待つような佇まいがあった。満席の場内、雑踏の声が響く。定刻になり場内の明かりがゆっくりと落とされる。緊張感が漂い始める。そこに優雅な衣装に身を包んだHIROSHIが登場。裾を広げ椅子に腰を掛けると、指を鍵盤にそっと置いた。柔らかい音色が響く。第1幕が明けた。

 リストの『2つの演奏会用練習曲』から「森の囁き」。柔らかく優しいタッチで音を奏でる。その旋律は木々の間を風が抜けるような優雅な時の流れを場内にもたらし、ドビュッシーの「喜びの島」へと繋げていく。軽やかでありながらも時にはダイナミックに打ち鳴らす。その生き生きとした美しい調べは、香りや色彩までも表現、楽曲に描かれた物語の舞台が見えてきそうだ。

ピアニスタHIROSHI

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 2曲を終えたHIROSHI。轟く拍手の音が彼を歓迎する。それを「秋らしい穏やかな日差しです。三連休の中日にも関わらず行楽せずにお越し頂きました」とユーモアを交えて返す。このコンサートは上野の東京文化会館大ホールで1999年に第1回を開催して以降、毎年おこなわれ今年第20回を迎えた。「当時は一生に一度のつもりで思っていましたが、それが気づけば第20回。この先の人生望むものはありません」と笑みをみせ感慨に触れた。

 さらに、“ピアニスタ”を名乗るようになった歴史を明かしてから、先の2曲を、「『上野の森』にふさわしくリストの『森の囁き』、そして第20回ということでの『喜び』ということでドビュッシーの『喜びの島』。2曲とも原作通り弾いています」と解説。「ちゃんとしたクラシックも弾きますが、一応、私の売りはちゃんとしていない方なんですよ」と付け加え会場の笑いを誘った。そしてこれこそがHIROSHIのコンサートの魅力であり観客との距離をぐっと近づけ何度も足を運びたくなる要因と思われた。

ピアノの鍵盤から浮かび上がる映像

 そして「ベートーヴェンの『第九』。第9のスコアを設計図に見立てて、9カ国の大工さんが工具を使ったらどのよう表現になるかをアレンジしました」と語って、HIROSHI特選パロディー集I「第九の主題による大工!?」を披露。交響曲第9番をベースに、中国や日本を感じさせるメロディ、モーツァルトの「トルコ行進曲」などを組み合わせた演奏。「編曲」ではなく「変曲」と語っていたが、まるで世界を旅しているかのような気分にさせた。

ピアニスタHIROSHI

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 改めてMC。「普通は、編曲は『編』と書きますが、私の場合は『変』。誰もやっていないユニークなことをやっています。もちろん作曲もしていますが、こちらは180度方向転換して。作曲する時には誰もが書いたことがない曲を書こうと、それはいくらでも書けるんですよ。音の組み合わせは自由ですから。でも誰もやっていないものを作ると、歌いにくい、覚えにくい、聴き心地が悪い。やっぱり作曲する場合は、何かに似てようが似てまいかは後の問題で、自分でも心地良いと思うものを作らないといけない。プラスアルファ、ピアノの鍵盤から、例えば映画のシーンがふっと浮かべられるような、そういうのが良いかなと」と語った。

 その流れから「それこそ映画のシーンを思い描いていただけたらと思います」と述べてオリジナル曲「シネマ・コンチェルト」を演奏。そして、リストの『詩的で宗教的な調べ』から「葬送曲」を届けた。

短調・長調によって変わる曲の色

 休憩を挟んでからの第二幕。ステージ後方、左右各4つの水色のライトを浴びて、まずは英ロックバンドのクイーン「ボヘミアン・ラプソディー」を優しいタッチで囁くように弾く。クラシカルな演奏だが、後半になるにつれてロックのグルーヴが生まれた。このロックとクラシックが融合した壮大な曲をピアノ一台だけで表現するテクニックとアイデアの豊かさは素晴らしく後のプログラムへの期待感が増した。続いて「歌曲よりもシャンソンのよう」と語ったプーランク「愛の小径」を今度は暖色のライトを浴びながら奏でる。エレガントな旋律はまるでパリの街並みを散歩しているかのように豪華で軽やかだ。

ピアニスタHIROSHI

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 HIROSHIは2曲を終え、解説する。このうち「愛の小径」について「簡単に言いますと、前半は暗い短調ですが、後半になると明るい長調になる。ところが歌ものになると、歌詞のイメージに左右されて誤解を招いている方が多い。極端な例で言いますと『リンゴの唄』があります」と述べ、短調と長調で弾き比べ、その違いを実演。「戦後、日本の未来を明るくともした代表曲ですが実は短調だったという大変興味深い話です」とした。

 さらに「一方で明るい曲、ピアノ曲で最も有名な曲に『ラジオ体操』があります」と語って引き合いに出したのが「ラジオ体操第一」。これを「今年の夏は酷暑でしたので…」と短調で表現。同じ曲でもどんよりとした曲調に、会場からは笑いと共に感心にも似た歓声が起こった。

 その流れで、HIROSHI特選パロディー集II『演奏会用ディズニー組曲~長舌技巧変?!」を披露。ディズニーの名曲のなかから「星に願い」や「チム・チム・チェリー」など短調と長調を組み合わせた曲集で、また異なった世界観を広げた。

 HIROSHIは改めて「普段学校などで教えているのは『超絶技巧』。今日は『長舌技巧変』。いわばパロディーです」と説明。先の曲集はもともとスーダラ節でやっていたようだが、ニューヨーク公演をおこなった際に、現地の人にもわかるようにとディズニーの曲を組み込んだことがきっかけで作ったと説明。

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 そのうえで「原作を知らないと何が面白かが分からないのがパロディーです」とし、「新作を作りたいところですが、皆さんが知っているようなヒット曲が全然ない。一部にしか知らない曲でパロディーを作ってもほかの人が分からない。結局、老若男女知っている曲は限られてきます。来年、ネタになるようにヒット曲が生まれるのを祈っています…」と現代の音楽事情を触れ、憂いた。

 その後は、『水戸黄門』をベースにした『水戸黄門変奏曲』を披露。「メリーさんの羊」やベートーヴェンの「エリーゼのために」などの曲がいつの間にか「水戸黄門」の曲に変わっているというユニークな調べで喝采。

即興しりとりメドレーは12曲

 今宵の締めにと、ショパンの「スケルツォ第4番ホ長調Op.54」、モーツァルト「ピアノソナタ ハ長調第一楽章K.330」、そして、美空ひばりの主題による6つの楽章「愛燦燦」「りんご追分」「悲しい酒」「お祭りマンボ」「柔」「川の流れのように」を美しく華やかに演奏した。

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 鳴りやまない手拍子に押され、アンコールでは好評を博している、「即興しりとりメドレー」を披露。観客に、しりとり形式で曲名をあげてもらい、それを即興で弾くという高難度な技。

 この日は、師と仰ぐ安田祥子に贈った曲「ごめんね」から、「猫踏んじゃった」→「タイスの瞑想曲」→「黒ネコのタンゴ」→「ゴリウォーグのケークウォーク」→「くちなしの花」→「夏の思い出」→「デイ・ドリーム・ビリーバー」→「アメイジング・グレイス」→「スーダラ節」→「情熱大陸」→「くるみ割り人形」までと和洋折衷、バラエティに富んだ12曲が挙げられた。

 「覚えられるかしら…」と不安になりながらもものの見事に演奏してみせ、大歓声と笑顔をもって20回目の節目を締めくくった。

 敷居が高いとも言われているクラシックや音楽事情を、ユーモアを交えて実演しながらわかりやすく解説。さらにポップスのメロディの美しさを改めてみせるなど、原作を、別の角度から光を当ててその魅力を引き出していた。そのような公演に場内は感動と喜びに満ちていた。

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