王道楽曲への挑戦、反田恭平 目指したのは温かいラフマニノフ
INTERVIEW

王道楽曲への挑戦、反田恭平 目指したのは温かいラフマニノフ


記者:村上順一

撮影:サムネイル

掲載:16年11月18日

読了時間:約15分

若き天才ピアニストの異名を持つ反田恭平。彼が目指す先は…

若き天才ピアニストの異名を持つ反田恭平。彼が目指す先は…

 インタビュー前篇では、ピアノを弾く時に体幹が重要だということを語ってくれた反田恭平。体や手が小さくてもそれをリカバーできれば活躍できることを教えてくれた。後編では作曲家ラフマニノフの人物像や、「ピアノにも“飲み心地”がある」とピアノ毎の音色の違い、レコーディング前夜に起こったアクシデントなど幅広く話を聞いた。

隠れたメロディを見つける

使用・反田恭平

反田恭平

――今作の音源制作にあたってラフマニノフを選んだ意図は?

 まず「パガニーニの主題による狂詩曲」の方から収録したんです。これが昨年です。これは東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会だったんですけど、曲目がアンドレア・バッティストーニ(指揮者)の案だったんです。その時にソリストで選んで頂きました。僕もやった事がないし興味深い作品なのでOKですという事でライヴレコーディングしたんです。じゃあ他の曲は何にしようかと。1枚目はリストだったので、じゃあ今度はラフマニノフもありかなと。3番も難しいし、4番でも1番でもないなという事で、王道の2番で攻めていこうかなと。

――やはり難しい曲ですか?

 そうですね。難しいという表現が僕にはまた違う意味で。これだけ有名な作品ですとある程度、聴衆のイメージがあるので、そこをいかに覆せるかというのがポイントでした。

――そのあたりで気を付けた点は?

 バッティストーニも同じくまだ20代なので、20代同士のコンビでそこの壁をどう破るかというところですね。ただ、僕と彼はあまり相談をしなくて、だいたいおおまかな確認をする程度なんです。パガニーニの方でも、だいたい音楽性が一緒という事が分かったので、特段苦労する事はなかったです。

――バッティストーニさんは反田さんにとってやりやすいパートナー?

 とてもやりやすい指揮者です。なのでパパッと進んで、レコーディング自体も一日だけだったんです。もちろん、ミスタッチの時などは録り直しますが。バッティストーニがオーケストラをリードさせるという事も、ソリストを尊重させる事もそうですし、同じ方向性で高め合ったのがこの作品かなと思います。なので僕としてはすごく自信のある作品ですし、たくさんの人に聴いて欲しいですし、「第2番のコンチェルトはこういう表現の仕方もあるんだよ」という事を残したかったんです。

――今まで2番を聴いてきた方にとっては新しい発見がある?

 あると思いますね。僕が演奏する際にいつも心掛けているのは、ピアノ作品でリサイタルをやったりすると、やはりメインになる曲をどのコンサートでも置く訳ですけど、楽譜をとことん読み込むこと。そうすると、その時の作曲家の心情や背景が楽譜からみえてくるように、内声だったり、隠れたメロディを見つけたりと面白い発見がある。

――“隠れたメロディ”ですか。

 意外にそういうのを見逃してしまうことが多い。

使用・反田恭平

反田恭平

――表面的に譜面をなぞるだけではなくきちんと読み込んでいくと?

 分かりやすい所だと、ショパンはメロディがあって、必ずどこかに副旋律があるんです。それがショパンの醍醐味と僕は思っているんです。ロシア作品だとスクリャービンとかが特にそうですね。ラフマニノフもそうですけど。彼らもショパンを尊敬していましたし、副主題をよく使ってくるんです。なので、右手の小指、薬指で奏でているメロディ以外にも、どこかにいつもメロディだったり、オーケストラを支えているベースだったり、色々な要素が詰まって作られているんです。それを発見して表現するのが「演奏家」だと思うんです。

――それはロマン派の特徴なのでしょうか?

 ラフマニノフに関して言えば、作曲家でしたし、ピアニストでしたし、指揮者でもあったし、教育者でもあったんです。彼は「私は3匹のうさぎを追っていたが、果たしてその3匹を追えただろうか」という言葉を死ぬ間際に残しているんです。その3匹というのは「指揮者」「作曲者」「ピアニスト」ですね。「私は三刀流でやっていたが、はたして一つでも極められる事が出来ただろうか」という事です。あれだけ有名な人が何を言ってるんだと思いますけど(笑)。

――結局ゴールは無いという事が言いたかったのでしょうか?

 たぶんそうだと思うんですけど。ラフマニノフは凄くセンシティブで、女々しい人と言いますか・・2メートルもある大きい男性でしたけど、女性らしいところが作品を通して分かります。

――そうなのですか?

使用・反田恭平

反田恭平

 ロシアはモスクワからちょっとでも離れると凄い田舎で何もないんです。今でもそうなのに、100年くらい前はもっと何もなかったと思うんです。だから大地であったり、自然が彼のエネルギー源で、第2番の最初の部分のような、ああいった雄大なメロディを書く事が出来たのだろうと思うんです。2楽章には、凄く女性的な面もありますし、3楽章では歓喜を感じます。

――確かに自然の雄大さを感じられます。

 この2番にはそもそも面白い話が残っています。彼がメンタルをやられて、交響曲の初演が失敗して、それから何も出来なくなってしまったんです。曲が書けなくなって、睡眠治療を3、4カ月続けて、やっと書けるようになって、「あなたはこれから2つめのコンチェルトを書いて、必ずそれは成功する」と暗示をずっとかけられていたんです。そして2、3楽章から書き始めたと。

 それで最後の鬼門が1楽章で、それを書き終えたんです。これが、ロマン派なんですけど古典派っぽい作品なんです。作品18なので中期なんですけど、その前後の17、19あたりをみると、書法が全部同じなんです。17番目の作品が「2台のピアノのための組曲」なんですけど、もうこの第2番のコンチェルトとそっくりなんです! 本当にそっくりなので、たぶん試し書きです(笑)。

――予行練習みたいな感じなんですね。

 それからコンチェルトを作り、1楽章を書き終えて、「ありがとう」という事でその時のお医者さんにその曲を献呈して、それがバカ売れしたという事で、その演奏会ツアーの最中に書いたのが、ラフマニノフの第3番のコンチェルトなんです。そういった色々なストーリーがあるんです。有名な曲やメロディでも、改めて勉強して気付く事が多いんです。僕は今、ロシアに住んでいますから、ロシアで学んだ事、感じた事、ロシアにきて初めてわかったことをより伝えられるようにと気を付けて演奏しています。

――そういった背景を知ると、この曲の聴き方がまた全然変わってきますね。

 そうなんです! そういう事もどんどん知ってもらいたいなというのもあるんです。

ピアノにも“飲み心地”がある

使用・反田恭平

反田恭平

――今回イタリアで録られていますが、演奏のモチベーションに何か影響は?

 それはバッティストーニの方があったと思います。彼の祖国ですから。彼とRAI国立交響楽団は何度か演奏を一緒にしたらしく、相性が良くてこのオーケストラに決まったんです。オーケストラと指揮者の相性も良かったし、指揮者と僕も相性が良かったんです。だから後は、僕とオーケストラの関係だけだったんですけど、よく考えたらそこが相性が良いのだったら三角関係が上手く成り立っている訳なんですよ。

――必然的にそうなりますね。

 オケの人はみないい人ばかりだったし、個人的にイタリア人の性格が大好きなので。上手く揉めずに終わりました(笑)。もしこれがロシアのオーケストラで、ロシアでレコーディングしていたらまた変わっていたと思います。もっと根暗な感じだと思います(笑)。

――国の国民性や文化面はどうしても出ますね。ピアノという楽器一つとっても各国のもので違いますか?

 やはり響きが全然違いますね。

――同じスタインウェイでもイタリアのものは違いますか?

 そうですね。同じ楽器でも場所や環境によってまったく違う音に聴こえたりもします。例え方がすごく難しいんですけど…。「水」みたいな感じですかね。例えば日本の水というのは水道から飲めますよね? ロシアの水は同じ水でも水道から飲めないんです。濾過器を通してもあまり飲めない。軟水、硬水でも違ったり・・。同じ水でも自分にとっての「飲み心地」というのがあると思うんです。

 ピアノも一緒で、自分に合った、飲み込みやすい(弾きやすい、手になじむ)ピアノがあったり、ちょっとあまり合わないなというピアノもあるんです。ピアノのメーカーでいうと、大きなところでは、YAMAHA、KAWAIという日本製があったりと。スタインウェイやベーゼンドルファー(編注=オーストリアのピアノ)などがあり、世界的にも各ホールにはスタインウェイのピアノが7、8割はステージにあるのでそれを使ってしまいますけど。同じメーカーでもすべて違います。年代によっても、環境によっても・・。

――今回のレコーディングではイタリアに置いてあったスタインウェイを使用したと思いますが、いつもこっちで使用しているピアノを使いたいという思いもありましたか?

 ありました。一つは現実的に持ち運びが凄い大変なのと、古い楽器なのでちょっとでも崩れると怖いというのもありました。向こうで用意してくれたピアノがとても新しいものだったんです。2015、2016年くらいのピアノだったんですけど、それがちょっと自分には合わなかったんです。それで結局、倉庫にあるピアノを選ばせてもらったんです。

――かなり古いピアノですか?

 ちょっと古いですね。1970年代後半なので。会場にあるピアノの中ではけっこう古い方です。そっちの方が僕はかなりしっくりきまして、圧倒的に音質も違いました。僕が表現したかったのは、温かいラフマニノフの2番だったので、その音質を中心に考えました。「人の心にスッと入って来るような音」と言った方が早いかもしれないですね。

『のだめカンタービレ』でラフマニノフの2番を知った

反田恭平(C)Andrea Monachello

反田恭平(C)Andrea Monachello

――『情熱大陸』での密着を観て意外だったのが『のだめカンタービレ』などの漫画を読んでいましたね。

 あと『ピアノの森』も。

――『ピアノの森』に出てくるピアノは、反田さんが気に入っているウラディミール・ホロヴィッツ(編注=ロシアのピアニスト)の愛用していたスタインウェイピアノと少しリンクします。弾き手を選ぶといいますか。

 あれは現実にあってもおかしくはない話ですからね。あのピアノが作中人物の阿字野先生が弾いていたピアノという事で、選ばれた者にしか弾く事が出来なかったという所については似ているかもしれないですね。個人的には『ピアノの森』と『のだめカンタービレ』には本当に支えられて読み込んだ作品です。それでピアノが好きになったと言っても過言ではない作品なんです。あの『情熱大陸』の放送で『のだめカンタービレ』の作者の二ノ宮先生から「ありがとうございます」とメッセージを頂きました。『のだめカンタービレ』でラフマニノフの2番を知りましたし。

――『情熱大陸』は密着という形で、自分がやっている事をずっと録られるという事でしたが、そこはいかがでしたか?

 ロシアからイタリア、日本と録っていったのですが、まずはディレクターさんとカメラマンさんが本当に良い人だったので、それが良かったですね。最初の2時間くらいはすっごく恥ずかしかったです。有名人でもない僕が何かやっているからロシアの人が変な目で見るんですよ。ただ、2時間くらい過ぎたら全然大丈夫でした。

――順応性が高いですね(笑)。

 もうずっと録っていてくれという感じです。なので収録が終わってから寂しかったですね…! ポケットにマイクが無いものですから(笑)。歩いていてもその時いつも横にいたカメラマンさんが今は居ないので、そっちの方向を向いては「居ないな…」って。寂しいですよ。

――『情熱大陸』ロスですね(笑)。

 そうですよ…。ずっとカメラ回してて欲しい…! 本当にカメラマンさんがすっごい面白い人でした。

――やはり「人」というのが最も重要なのですね。

 本当にそうです。

――演奏でも指揮者やオーケストラとの相性があったり。やはり人との繋がりは重要でしょうか?

 かなり、ですね。人に支えられてここまで来たので。一人で全部出来るなんて1回も思った事ないです。「自分一人では生きていない」と悟っているので。“悟り世代ですよ”。

――“悟り世代”ですか(笑)。

 そうです。もう開き直ってますから(笑)。

楽譜見ながら聴くのが一番面白い

反田恭平(C)Andrea Monachello

反田恭平(C)Andrea Monachello

――今回のレコーディングでハプニングなどはありましたか。

 実はレコーディングの前日に倒れたんです。何かしらのアレルギー反応が出てしまい、緊急病棟へ行き注射を打って・・・。

――その状況下でのレコーディングだったのですか?

 あれには焦りました。発作が起きて、顔も1.5倍くらいに膨れあがり、全身の発疹が入れ墨みたいになって…。病院に行っても立ちくらみが酷すぎてトイレで倒れ、記憶が一瞬飛んだんです。それくらい酷かったです。注射で炎症を抑えて薬を飲んでレコーディングしました。でも弾いている時は何でもないんです。

――周りの方々も焦りましたよね?

スタッフは冷や汗ものでしたよ! 外国ですし!

――語り継がれるくらいの出来事ですね。

 1stアルバムの時も実は40度の熱があったんですけど無事録れたんです。

――そうなんですか?

 帰って熱を測ったら40度あって。熱があったのは何となく分かってたんですけど、「測ったら負け」みたいなのがありまして。

――その感覚、何となく分かります。

 何かレコーディングの時はあるんですよね…。

――次回レコーディングでも何かしら。

 多分あります。骨折れるくらいの。

――それマズいですよ!

 足くらいだったら(笑)。

サムネイル

反田恭平(C)Andrea Monachello

――タフなんですね! それでは今作を聴いてくれるリスナーへメッセージをお願いします。

 まず注目して頂きたいのは指揮者のアンドレア・バッティストーニです。本当に信頼できて、ここまで好きなようにやらせてくれて、わがままを聞いてくれる指揮者はなかなか居ないです。20代の2人での作品ももう1回録れるか録れないかくらいなので、最初で最後だと思って録りました。この2人の相性を聴いてほしいなと思います。

 そして、ラフマニノフの晩年の方の作品は哲学的ですし、ちょっと宗教的な所もあるので、そこをお互い20代の2人が録ったというのはもの凄い大きい事だと思うんです。ラフマニノフの2番は王道中の王道で有名な曲ですが、それをいかに破天荒さを、誰もがやってこなかったような表現の仕方を要所に散りばめたので、そこに気付いて頂けたらなと思います。楽譜見ながら聴くのが一番面白いと思うんです。そうすると、僕らがどうやって弾いていたかという“答え合わせ”みたいな感じで楽しめると思います。

 後は、今作の皆さんの反響で、またバッティストーニと一緒にセッション出来るという事が実現するかもしれないので、たくさんの方々に聴いてもらいたいです。そういった思いで「温かいラフマニノフ」を作ったつもりですので、是非聴いて頂けたらなと思います。このCDを機にクラシックを好きになって頂けたらなというのは切実な思いです。

――クラシックの「入り口」としても推奨ですね。

 僕の演奏を聴いて、小さい子がピアノやバイオリンをやりたくなったという夢を持って頂けたら、僕自身嬉しいです。

(取材・村上順一)

作品情報

『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番/パガニーニの主題による狂詩曲』
11月23日Release/COGQ-97/3,000+税/SACD Hybrid
▽収録曲
1.ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18
Piano Concerto No.2 in C minor Op.18
I : Moderato   II : Adagio sostenuto   III : Allegro scherzando
2. ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲作品43* 
Rhapsody on a Theme of Paganini Op.43
Introduction:Allegro vivace
Variation I:Precedente
Tema: L’istesso Tempo
Variation II:L'istesso tempo
Variation III:L'istesso tempo
Variation IV:Più vivo
Variation V:Tempo precedente
Variation VI:L'istesso tempo
Variation VII:Meno mosso, a tempo mederato
Variation VIII:Tempo I
Variation IX:L'istesso tempo
Variation X:Poco marcato
Variation XI:Moderato
Variation XII:Tempo di minuetto
Variation XIII:Allegro
Variation XIV:L'istesso tempo
Variation XV:Più vivo scherzando
Variation XVI:Allegretto
Variation XVII:Allegretto
Variation XVIII:Andante cantabile
Variation XIX:A tempo vivace
Variation XX:Un poco più vivo
Variation XXI:Un poco più vivo
Variation XXII:Un poco più vivo (Alla breve)
Variation XXIII:L'istesso tempo
Variation XXIV:A tempo un poco meno mosso

反田恭平(ピアノ)、アンドレア・バッティストーニ(指揮)
RAI国立交響楽団 東京フィルハーモニー交響楽団*
録音:2016年7月7日、Raiオディトリアム(トリノ・イタリア)
2015年9月11日、東京オペラシティ・コンサートホール[ライヴ]*

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