原点に返って集中して聴いて、清塚信也 ピアノは身近な奇跡
INTERVIEW

原点に返って集中して聴いて、清塚信也 ピアノは身近な奇跡


記者:村上順一

撮影:

掲載:17年10月18日

読了時間:約13分

 ピアニストの清塚信也が18日に、フルアルバム『For Tomorrow』をリリースする。クラシック・ピアニストの枠にとどまらず作曲家、そして俳優としても活躍する清塚。今作は移籍第2弾となる作品でコンポーザー清塚の作品のみで構成。2015年に俳優・綾野剛主演のTBS系金曜ドラマ『コウノドリ』のメインテーマを制作。今作にも10月からスタートした続編に書き下ろした「For Tomorrow」を筆頭に、映画『新宿スワンII』の挿入曲や、盟友でサラリーマン・ピアニストの高井羅人(タカイランド)との連弾曲も収録。誰もが一度は見たり、触ったりしたことがあるほど身近なピアノという楽器。清塚は同じ条件でも弾く者によって音色が変化するピアノを身近な奇跡と言い、「猫や犬のように身近にいるものが、よく聴くとこんなに色々出来るんだと、もう一回原点に返って耳をよく使って、集中して聴いてほしい」と細部までこだわった作品について語る。今回は連弾の魅力や難しさ、音楽家としての考え方など、彼の内面に迫った。

同じ事をずっと持続はしてられないタイプ

清塚信也

――今作『For Tomorrow』は全曲オリジナル楽曲ですね。「コウノドリ」の新シリーズのテーマソングを再び担当されています。ドラマサイドとのやり取りはどうだったのでしょうか。

 今回は、信じられない程すっきり決まりました。でも、監督さんからの返事が滞っていて大丈夫かなと心配な部分もありましたが…。今回は前回の流れがあったからか、僕自身がこうしたいと考えていたものが、プロデューサーの方々の意向とシンクロしました。同じ方向を向いていたので、以心伝心じゃないですがチームとして結束が固まっていったかなと。

――レコーディングについてお聞きします。いつもレコーディングというのは1テイク、2テイクぐらいなんですか。

 そうですね。僕はいくつ録っても、結局最初のテイクを大体使うとわかっているので。僕、飽き性なんですよ。それにやっぱり一回目の演奏が良いんですよね。

――ピアノ、作曲、俳優、3つの事にはこだわってきているのでは。

 それらは本当に好きなんでしょうね。でも、気質としては飽き性で。あまり同じ事をずっと持続はしてられないタイプでして。で、同時進行しちゃうんですよね。ゲームも5つぐらい同じタイミングでやっちゃうんです。今日これやろうかな、あれやろうかなって。

――では、ピアノが続いているのは奇跡的?

 でも嫌々やっていましたよ。今でもずっと同じ事をやるっていうのは凄く嫌ですけど、それを乗り越えたあとにある良さというのも運よく知っているので、そこを目指してやっています。

――ライブの高揚感を得るために練習をやっているとお聞きしました。練習はお嫌いなんですか。

 大嫌いです(笑)。練習を少なく少なく、どうすれば出来るかばっかり日頃考えていて。それを考える時間の方が、練習している時間より長い。なので、やらないってことはないです、しっかりとやります。やらないと後悔するんですよ。そのときは本当に嫌なんですけど、あとから考えると、あの時何であんな小さな事をやらなかったと思うので。やっぱり後悔するのは嫌だから。

――人に教えるときは、やった方が良いよ、という前提で?

 特に子供には、やった方が良いよというよりは、やりたくないのはわかっているし、「誰もやりたくはないんだよ」というのをまず伝えた上で、だけど一瞬の時の為にやると、やっていないときに後悔する。後悔の念が何よりも自分を痛めつけるので。

――やっておけば良かったという後悔はありますからね。

 こればっかりは、人生で絶対取返しのつかないことですからね。そこだけは経験しない方がいいと言っています。

――レコーディングも5テイクも6テイクもやっていると、気持ちが冷めてしまうというか。

 冷めますね、それが音に出ます。自分ではよくわかっちゃう。この音は全然面白くなってないなと。人の一挙一動と一緒ですよね。あの人なんとなく、飽きてるなということがわかるときってあるじゃないですか。合わせて笑っている…みたいな。

――ありますね。それが音にも出てしまうと。

 出ますね。1テイク目はやっぱり気持ちが入っていますよ。

連弾の魅力

清塚信也

――例えば、今回は連弾の楽曲が入っています。そういう時も1テイクなんですか。
(編注=連弾とは1つのピアノを複数人で同時に弾く演奏スタイル)

 これが、なんだかんだ高井羅人のことを好きだからかわからないですけど、相手が失敗したり、相手が「もう一回だけ」と言ってきたときだけは、心から付き合ってあげようと思えるんです。自分じゃない人の為になっているじゃないですか。頼られている感じがして、良いんですよ。だけど自分だけだと自分に腹立ってきてしまって。なんで何回も録るんだよって(笑)。

――清塚さんは、連弾の難しさはどこにあると思いますか。

 連弾の難しさは、自分が全パートをやっていないので、自分がこうしたいっていうことを縛られる事です。厳密にいうと、ツボがお互いに違うので。あと髪の毛1本分ぐらい待ちたかったというところで、相手がポーンって出ちゃったら、合わせるしかないから消化プレイになる場合もありますし。

――髪の毛1本分と言うのは緻密すぎて、なかなか想像し難いですね。

 この“間”を取れるかどうかというのが、プロかプロじゃないかの違いです。やっぱり土壇場で一発本番のときに、気持ち良い“間”がとれるかどうか、時には先にいく、時には待つ、これがお客さんの耳になって出来るかどうかが、やっぱりプロなんです。

 そこを感じ取れない人はプロは無理だと思います。感じとった後の話ですが、その感じ取り方がみんな違います。同じフレーズでも、ここを待ちたいっていうのが人それぞれなんです。それが奇妙にも一致するときもあれば、離れるときもあって。高井羅人と僕は基本的にそういうところでは合わないんです(笑)。特にバラード系、歌う場面のときに彼はスタスタいってしまう(笑)。

 彼はきっとシャイなんです。「ここ!」という表現のときに僕ならコンマ何秒待つときに、彼はふっと先に出ちゃう。僕が今作でも「Variation for DEVIL ~Four Hands ver.~ 」や「虹彩」の2曲で下のパートを弾いている理由でもあります。

――Primoが高井さんですね。

 通常はアレンジや作曲をした人がsecondoに行くべきです。音楽はベースで動いているので、ベースは音楽の全てのテンポ感、リズム感、強弱も司っています。メロディーがクレッシェンドしても、ベースがついていかなかったらあまりクレッシェンドに聴こえない。

 やっぱり曲を作った人間がそこは一番よく知っています。それに乗っかって自由に歌うのが高音部なのですが、ポンって出ちゃうんですよ、彼(笑)。レコーディングの最中に耳元で、「おいちょっと待てよ…もうちょっと待てよ」と囁いています(笑)。

――最中に言ってるんですか!?

 ライブ中にもあります。終わりぐらいに、「ゆっくりな…ゆっくりな」って言いながら。(笑)。

――よく聴いたら音源に入っているかもしれないですね。

 もしかしたら…エンジニアさんには聞こえているかも。

――そんなやり取りもある中で、連弾の魅力はどこでしょうか。

 1人で弾いてるときよりもタイミングを合わせるという快感やスリルが、一つの項目として増えます。これは連弾の大きな強みで、見ている側も一人で弾いていたら、普通にかっこいいみたいな所も、2人でそれを合わせた妙技に変わります。そうなる瞬間に「おお!」みたいになる。それは、一つ連弾の魅力でもあります。

ノイジーな音が凄く好き

清塚信也

――今作はハイレゾ版もリリースされますが、清塚さんはハイレゾで聴いてほしいタイプですか?

 あまり僕はコンテンツに関してはこだわりはないですね。僕はMP3からYouTubeまで全然、むしろどれでも楽しめます。逆に聴こえ過ぎない方がいいと思うような時もあったりします。

――テレビの4Kと一緒ですね。見えなくて良いものも見えてしまうという。

 そうです。でも一つ言うなら、今回自分でアレンジして「ikari_no_tomoshibi」や「good morning」に関しては、自分の持ってる機材で電子的な音を入れています。そこはコンテンツによって大きく変わってくると思います。周波数で拾うかどうか、ということもあるので、結構聴こえなくてもいいか、聴こえた人間にだけ「おお!」って思われれば良いかなという音も入れたので。そのあたりはどう聴こえるかな、と楽しみはあります。

――アルバムを聴いたリスナーの方が、「あんな音入っていたね」と気づいてくれたり、そういう仕掛けも色々入れられているんですね。テクノ的なシンセサイザーの音も?

 もうエレクトロ大好きです。今はアコースティックより好きです。ないものねだりかもしれないのですが、綺麗な音ってアコースティックで出せるので、ノイジーな音が凄く好きなんです。

――Twitterで仰っていましたよね。マイクに入ったガサッというノイズも愛おしいと。

 ディストーションとかファズとか、ストレスの手前ぐらいになる音が好きですね。そういう音があるからこそ、逆に綺麗な音が浮き立つといいますか。ノイズを聴くとすごく落ち着きます。

(*編注:ディストーション、ファズ=電子楽器の音を歪ませる機器)

――現在アナログブームだと思うのですが、アナログが良いと言われるのはノイズ要素もあるかもしれません。

 レコードのプツプツというノイズ音も含めて良かったなと思うのですが、あれ、ワザとではないから良いんですよ。そこが難しい所です。故意に出されるとなんか違う気もします。ノイズは立ち位置が難しい。たまたまだから楽しめたという、“おしとやかさ”が必要で。

――清塚さんは、人為的に作ったものよりも、自然界で形成されたものに感銘を受ける?

 自然界の音の方が全然良いんです。しかもノイズにも色々あるんですけど、自然界が出すノイズって絶対同じではないじゃないですか。そこが良いところで、ランダムというのは、人間が作ると規則のあるランダムになります。この規則性がイライラするわけです。

――そこといつも戦っているわけですね。

 そうです。だからといって自然界の音、フィールドレコーディングは、まだしたくなくて。

――それはなぜですか?

 ちょっとそこまですると宗教まではいかないけど、北極や南極とかの氷の音を録りにいったと言う話を聞くと、こだわり過ぎていてちょっと引いてしまうといいますか(笑)。完成度が高いし、そういう音楽も凄く好きで感銘も受けますけど、自分ではまだ無理です。

ピアノの音色は凄く身近な奇跡

ピアノを身近な奇跡だと話す清塚信也

――ピアノについて研究していることがあるみたいですね。最近わかった新たな事はありますか。

 腰の位置と視力の使い方です。目の良さではなくて、目の使い方が上手い人は楽譜の初見が速いんです。初見が速いという事は、携われる曲数が同じだけ生きていても、収得できる数が違ってくるので。目の使い方が上手い人が良いというところに注目しています。

――そうは言っても清塚さんは初見も早いですよね。

 凄く僕早いんですよ(笑)。でも、自分が良くなろうというよりは解明したいんです。あと運動能力にも関わってくると思います。動体視力と視力の良しあしはあまり関係ないみたいで。

――目から得る情報は多いですからね。感覚で出来るものもあるかもしれないですが。

 人間の勘は何かしらのきっかけやヒントをもらわないとダメなので、結局、視覚から入れていると思います。ピアノも凄く目を使いますから。でも鍵盤をミスするかどうかは、あまり目を使っているか関係ないんですよ。だから、そこがどこを使っているか、自分でもよくわかっていなくて。

――そのときはなぜミスしたのかはよくわからない?

 原因は大体わかるんですけどね。

――実際に演奏でのハプニングは?

 常に最終ラインというか、ここを間違えてはいけない箇所を抑えてあって、そこさえ外さなければ大事故には発展しないとわかっているので。これって、結局楽譜の読み方なんです。楽譜の読み方の時に全部に重きを置いちゃうと音数が多すぎて、頭を使っていられないから緊張します。

 だけどこの音、ここだけ外さなきゃ大丈夫とか、そういうのが浮き出て見えるようになると割とシンプルに考えられます。

――ポイントを見極める能力が必要と。それはご自身の曲と人の曲では変わってきますよね? 

 でも最近の自分の曲が弾けなかったりしますけどね(笑)。なんでこんな曲作っちゃったんだろうみたいな。

――久々に弾く曲など。

 そうですね。あとはピアノなので弾く環境とか、弾く楽器の条件が違うじゃないですか。いつも弾いているものより重い鍵盤だったり、あんまり鳴らない部屋だとか。そういう空気になると途端に、こんなはずじゃなかった、みたいな曲は結構あります。

――ピアニストの大変なところは、現場にあるピアノでいつもの演奏クオリティを出さなければいけないですよね。バイオリンやサックスなどは自身のものを持ち込めますが。

 その代わり、経済力の差は出ますよ。バイオリンなんか億という楽器もあるので。同じ腕だったらやっぱり、高価な楽器の方が有利です。なので、ピアノは割とフェアです。発表会のピアノを僕らが弾いて、「なんであんな音するんだろう」となるのが醍醐味だったりしますから。

――同じピアノで弾いていても皆さん音色が違う、タッチとは本当に凄いですね。

 そうですね。色んなメカニズムがあるのですが。そこも科学的なんですけど、時間があったら調べてみたいと思っています。ピアニストが良い音を出す理屈は、数学的には出せないみたいで。不思議じゃないですか。

――鍵盤を押してるだけなんですよね、基本的には。

 同じ条件でね。独特な手首の使い方をすると音がよく鳴るんです。これ自分としても技術として覚えたのですが、どうしていいか、よくわからなくて。数学者とか、YAMAHAのピアノの設計士さんに聞いたのですが、腕の使い方などで音が変わるなんていうのは、数学的にはありえないと物理学者、数学者の方たちは真向から否定してくるみたいで。

 ピアノに関しては、同じ条件で叩いているのでそれはありえないと。何か違う作用が働いているのを、そっちに目が行ってるだけというみたいです。何が違う作用かというのを解明できたら、独特な弾き方をしなくても良い音が出ると。確かにそうなんですけど…。

――何かあるとしか思えないですね。

 凄く身近な奇跡じゃないですか。魔法というか。じゃあ、なんで違うんですかと尋ねると、数学者は「うーん」と考えてしまうみたいで。時間があったら解明してみたいことの一つです。

――清塚さんは、今ピアノの可能性を何パーセントぐらいを引き出せていると思いますか。

 僕としては、80%ぐらいは出せていると思います。恐らく多くの人が20、30%だというと思うのですが、基本的に僕はライブ奏法など色んな事を含めて、反対派なんですよ。ピアノはやっぱり打鍵して聴かせるものだと思っていて、それ以上の事は自分はそんなに好きじゃないです。面白いなとは思うのですが。

 基本的には打鍵で出た音を、どれだけ表現できるかなんで。僕は、クラシックをやってきたので様々な音の種類を出せると自負していまして、そこに関しては80%は出来ているという思いがあります。なので、違う音を今探しに出ています。

――最後に今作のポイントはどこにありますか。

 アコースティックのピアノというのは、非常に身近にあるにも関わらず、解明できないような力を未だに持っているので、その不思議なピアノのパワーをサウンドトラックや連弾、僕の新たなサウンドを使ったりして、様々な要素をふんだんに取り入れました。ピアノは誰しもが一回は見たり、触ったこともあると思いますが、これだけ猫や犬のように身近にいるものが、よく聴くとこんなに色々出来るんだと、もう一回原点に返って耳をよく使って、集中して聴いてほしいなと思います。

 時にノイジーな音、時に優しい音、なんでこんな人の声のように表情が変わるんだろう? という“ピアノという不思議さ”を是非このアルバムでもっていただけたらいいな、と思います。

【取材=村上順一/撮影=木村陽仁】

作品情報

清塚信也

「For Tomorrow」
10月18日リリース

01.For Tomorrow(TBS系 金曜ドラマ「コウノドリ」(2017)メインテーマ)
02.candle (TBS系 金曜ドラマ「コウノドリ」(2017)より)
03.Baby, God Bless You(TBS系 金曜ドラマ「コウノドリ」(2015)メインテーマ)
04.恋心(映画『新宿スワンⅡ』より)
05.水の妖精(映画『新宿スワンⅡ』より)
06.心の声(映画『新宿スワンⅡ』より)
07.Variation for DEVIL ~Four Hands ver.~ (Primo: 高井羅人、Secondo: 清塚信也)
08.虹彩 (Primo: 高井羅人、Secondo: 清塚信也)
09.FATES (Primo: 清塚信也、Secondo: 高井羅人)
10.good morning
11.ikari_no_tomoshibi
12.end roll

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