東山奈央「自分自身として歌うことが大事」歌手活動で表現する本当の姿とは
INTERVIEW

東山奈央

「自分自身として歌うことが大事」歌手活動で表現する本当の姿とは


記者:榑林史章

撮影:

掲載:21年05月12日

読了時間:約12分

 声優・歌手の東山奈央が12日、コンセプトミニアルバム『off』をリリース。昨年声優デビュー10周年を迎え、現在放送中の『蜘蛛ですが、なにか?』に出演のほか、8月に全国劇場にて公開される『きんいろモザイク Thank you!!』に出演するなど活躍している。ソロアーティストとして2017年にデビュー。初のコンセプトミニアルバムとなる『off』は、「休みと癒し」をコンセプトに、曲ごとにテーマを設けて制作。本作の制作エピソードから、彼女の中にある声優とは異なるアーティストとしての矜持やこだわり、オフに対する考え方が見えた。【取材=榑林史章】

家にある何でもないものも自分の一部

『off』通常盤ジャケ写

――今作は「休みと癒し」がテーマです。東山さんは、疲れたらどうやって癒されますか?

 私の場合は台本チェックに疲れたら歌の練習をして、歌い疲れたら写真や原稿のチェック、ブログを書いたりと、仕事のローテーションで気分転換しているから、あまり休むことを考えたことがなくて(笑)。だからこそ、自分からは縁遠い「癒し」や「休み」というものとしっかり向き合いたいと思いましたし、その時にどういうものが自分から発想されるのか、面白そうだなと思いました。なお且つ、今は閉塞感があってなかなか伸び伸びできないと思うので、そんな時だからこそ癒しが詰まったアルバムをお届けできたらいいなと。

――東山さんのファンにとっては、東山さんの存在が癒しだったりするのでしょうね。

 そうだったらうれしいです。そういう意味では、応援しがいのある人間でありたいし、応援して良かったと思える作品をお届けしたいし、いい景色を一緒に見ることができたらうれしい。そういう充実感があるから、私も走り続けたい。それが私の心のオフになっているのだと思います。

――『off』は、曲調もバラエティーに富んでいて、自由にアーティストというものを楽しんでいる作品だなと思いました。

 すごく楽しかったです。「休みと癒し」というテーマから、こんなにも音楽ジャンルの裾野を広げることができて、本当にこだわって1曲1曲、彫刻を彫るように作っていった感覚があります。

――1曲目の「off」は、ドアの音やカーテンの音など、日常のさまざまな音がサンプリングされていますが、東山さんの部屋で録られた音ですか?

 はい。曲のテーマが「日常の音に癒されるoff」だったので、身の回りにあって、馴染みのあるものの音をたくさん録りました。家にあるものって何でもないけど自分の一部みたいなところがあって、その音を聞くだけで「帰って来たな」と思えたり、自分だけの場所みたいな感覚で癒されると思うんです。例えば長旅をして帰って来た時に、きっと皆さんも感じたことがあると思います。

――引き出しの音とかもあって。

 何種類か録ったのですが、「ゴロゴロ」と鳴るタイプの音を採用していただきました。全て私の家の音でできているので、家が丸見えになってしまうようで照れくささもありますけど、それぞれの家によって音は違うと思うので、新鮮に感じてもらえるんじゃないでしょうか。

――歌詞は、東山さんらしいと思えるところがたくさんありますね。

 私のキャラクターソングなんじゃないかと思うくらい、私に近いです。例えば<「あ、これブログに書こうっと」>というセリフの部分は自由演技で、楽曲提供していただいた三浦康嗣さんから「オフなのについやってしまうことを入れてください」とお題をいただいて、私から提案させていただきました。私は、何かあるとすぐラジオで話そうとか、Twitterに上げたら面白いんじゃないかと考えちゃうので(笑)。三浦さんからは、プライベートと仕事の中間にあるブログというチョイスが素晴らしいと、褒めていただきました。

――サウンドもエレクトリックで心地いいです。

 耳に優しく届いて、何度でも聴きたいと思わせてくれる耳心地の良さがあります。曲調に合わせて歌としての表現は付けすぎず、余白を残すようにウィスパーボイスでふんわりと歌うのが、この曲にはぴったりだなと思って、リラックスしながら歌わせていただきました。

――2曲目の「プロローグ」は、「恋愛にときめくoff」がテーマで、疾走感があってポップなナンバーです。

 恋愛をしていると日々が華やぐと言いますか、何でもないことが楽しく思えますよね。もちろん考えなくていいことで思い悩むこともありますけど。人を好きになると心が揺さぶられ、それは時として、何物にも代えがたいエネルギーになる。そのパワーに癒されるという角度で、オフを切り取ろうと思いました。

――人を好きになると心が揺さぶられます。最近何か心が揺さぶられたことはありますか?

 恋愛系で言うと、リスナーさんからいただくおのろけメールで結構心が揺さぶられます(笑)。

――どういうおのろけメールが来るのですか?

 「そんなにラブラブなカップルっているの? 少女マンガの世界だけじゃないんだ!」みたいな内容が多くて。メールを読むたびに胸がキュンキュンして、「いいな、いいな~」って言いながらテンション爆上がりになって、リスナーさんに笑われます(笑)。

歌手活動と演じることは違う

『off』ブックレット

――3曲目の「グー」は、「ストレス発散で理性をoff」がテーマ。アップテンポの早口で、まさしくストレス発散という感じの曲です。

 なかなかの難関曲でした。まずは舌が回るかどうかの早口に慣れ、それをこのテンポで乗りこなせるようになったら、その次は表現を付けてちゃんと歌にしなくてはいけない。何段階もステップがあって、歌いこなすのが本当に大変で、レコーディングまでは毎日呪文のように繰り返し練習しました。

――この難しい曲をリスナーのみなさんにも「歌ってみた」として挑戦してほしいですね。

 ぜひ! 私も最初は「難しい曲がきちゃった。どうしよう~」と思ったんですけど、次の瞬間にはもうこの曲の虜で、「何とかして歌いこなせるようになりたい!」という方向にモチベーションが上がったんです。きっと皆さんもそう思ってくれるんじゃないかと思います。いっぱい練習してカラオケで歌ってほしいし、ライブでは合いの手を入れて盛り上がってほしいです。合いの手もすごく速くて、タイミングが難しいので、予習しがいのある楽曲だと思います。

――ちなみに歌う時のコツはありますか?

 口が覚えるくらいまで何回も練習すること。そうすれば、いざ歌うという時に我を忘れて、はしゃぎ倒せると思います(笑)。

――次に4曲目の「シャンプーリンス」は、コーラスもたくさん入って、とてもかわいらしい曲です。ただ東山さんは、烏の行水だとYouTubeで話していましたね。

 シャンプーとリンスはしますよ。むしろトリートメントまで(笑)。ただ湯船に浸かっている時間がもったいないと思ってしまうんです。汚れを落とす、つまりマイナスだったものをゼロに戻すことまでしかできないじゃないですか。それよりもプラスになることをしたいというのが、私の持論です。『マクロス』シリーズの河森正治監督は、「すごく分かる!」と言ってくれました(笑)!

――「シャンプーリンス」は歌っていかがでしたか?

 こんなにかわいい曲ですけど、難易度が高いです。私の中に無かったリズム感で、音跳ねのことやグルーヴのことなどテクニカルな部分を、いっぱい指導していただきました。最初はなかなか感覚が掴めなかったんですけど、試していくうちに「これだ!」というのが分かって、コツを掴んでからはスムーズでした。そういう意味では、表現の引き出しを一つ増やすことができた楽曲になりました。

――5曲目の「Rhythm Loop」は都会的な感じです。けだるい感じと言うか、けっこう大人っぽさもあって。

 私の声質はフワフワポヤポヤしていて、「Rhythm Loop」の曲調とはミスマッチになるので、どういう風に自分の歌声をマッチさせていけばいいか、まずはディレクターと話をして方向性を決めてから録っていきました。

――こういう曲の時は、お姉さんっぽい役を演じるような感覚で歌うのですか?

 いえ、歌手活動をやっていく中で、演じることは違うなと思っています。1年目くらいの時は、キャラクターソングと歌手活動の歌の違いがよく分からなくて、歌の中の主人公を自分で想像して演じて歌っていました。でも途中で、違う誰かに寄りそうのではなく、私自身の中にその感情を作って、自分自身として歌うことが大事で、それがキャラソンとの違いだと気づいたんです。

 「Rhythm Loop」の主人公は、自分が思い描いていた幸せが何もかもなくなって、少し惨めなくらいの気持ちになって、とことんまで沈みきってしまいたいと思っている…。この曲の中にある感情は、私自身がまったく理解できない感情というわけではなく、むしろよく分かるものでした。そもそも歌というものは、基本的に誰かに伝えたいメッセージがあるものだけど、この曲に関しては誰に届けるわけでもなく、自分からこぼれ落ちてしまったネガティブな感情が、たまたまマイクに乗ってしまったくらいの感情でレコーディングました。だからほとんど声のボリュームも出さず、ポロポロと口から歌がこぼれていくように歌いました。

諦めなければ芸術の神様がご褒美をくれる

『off』ブックレット

――新しくチャレンジする曲と出会うたびに、自分の中にあった感情に気づかされる?

 私の中にもいろいろな感情があって、でも日々生きていると、うれしかったこともモヤッとしたことも、置き去りにして次に行かなければいけないことが多いです。でも、歌やお芝居などで自分と向き合った時に、「私この感情知ってる。何だっけ?」「あった。私にもこの感情が」「この感情に輪郭を付けて言葉にするならこれだな」みたいに、自分の感情を拾い直しているという感覚が近いです。だから歌とかキャラクターにありがとうと思うことが多いですね。

――歌や役で、悲しい経験を拾い直さなければいけない時もあると思いますが、そういう時はつらくないですか?

 これは人によって違うと思いますけど、その悲しい感情を自分だけのものにしておきたいという人もいれば、誰かに分かってもらいたいと思う人もいて、私の場合は割と後者であることが多いです。ただ誰かに話すことで、その人をネガティブの渦に巻き込んでしまうかもしれないと思うと、なかなか人に打ち明けることができない。そんな時に、歌やセリフにしてしまえば、自分勝手じゃなく共感を呼ぶものになるし、分かってもらいたかった気持ちを浄化させることができます。それが作品を通して誰かの慰めになることもあるから、そういう感情を表現することは、私自身は決して苦ではありません。

――そしてラストの「あした会えたら」は、東山さんが作詞・作曲を担当。包み込むようなバラードで、コロナ禍を踏まえて「またライブで会えたらいいね」と、ファンに対する気持ちが表現されていると思いました。

『off』初回限定おふとん盤ジャケ写

 テーマは「おふとんで心のスイッチをoff」で、簡単に言うと「おやすみソング」です。おやすみソングとして作り始めたので、最初は今のご時世のことは考えていなかったのですが、自然とそういうものになったということは、私は潜在的にそれを表現したいと思っているのかもしれないと思って、その気持ちに抗わず作りました。

――アーティストによって、本当に締め切りギリギリにならないとできないと言う人もいますが、東山さんはどうでしたか?

 ギリギリまでという話は分かる気がします。この曲もレコーディングの当日にコーラスを作ったんです。2ndアルバム『群青インフィニティ』に収録した「はじまりの空」も、「なんでこの歌詞がもっと早く出てこなかったんだろう」という言葉が、当日になってバ~ッと出て来ました。きっと芸術の神様は、最後まで諦めずにいるとご褒美をくれるんです。「こんなものでいいかな」って思っちゃうと、それ以上は何も湧いてこない。でも「もっと良くできないかな」「もう1ピース足りないな」とギリギリまで粘っていると、芸術の神様が「よく諦めずに頑張ったね」ってパスをくれるのだと思います。

――ピアノと歌で始まるのは、最初からイメージしていたのですか?

 そうですね。分厚い音で始まるイメージではなかったです。編曲の扇谷研人さんとも細かくお話をしながら進めたのですが、最初から大体こうした同じイメージが見えていました。それと私の中で2番は、ワルツをイメージして、手を取り合って踊っている情景を浮かべて作ったんです。そのイメージを伝えたら「それでこういう歌詞なんだね」と分かってくださって、実際には4拍子ですけど、その中に小さく3拍子を入れてくださいました。ハモは扇谷さんのアイデアをベースに、私の好みも加えていただきつつ、現場で聴き比べしながら決めました。そういうことができるのも、自分の曲ならではの自由度の高さで、すごくクリエイティブな時間で楽しかったです。

――最初に言っていた、こだわりが感じられます。

 はい。「あした会えたら」は、特にそうでしたね。

――では最後に、今は難しい時期ですが、長いオフがあったらどこに旅行したいですか?

 私は家が大好きなタイプですけど、この1年くらいこれだけ旅行に行っていないと、さすがに行きたくなります。誰かと行くのもいいし、一人旅もいいなって。私が志摩リンちゃんを演じているTVアニメ『ゆるキャン△』シリーズには、すてきな景色がたくさん出てきます。例えば伊豆は、私も何度か行っていますけど、あんなにすごいジオスポットがあるなんて知りませんでした。他にも、鳥取砂丘に行ってみたいし、屋久島で自然に囲まれてみたいです。

 日本を飛び出すなら、世界遺産を見に行きたいです。ナスカの地上絵とか、世界史の資料で見たことがあるような、どうやってこんな景色ができたんだろうと思う世界の神秘。遠い世界のようで、でも同じ地球上にあるそれらに触れることができたら、きっと100%人生観が変わるだろうなって思います。どうせならフォトブックの撮影とか、CDの特典映像とかにして…って、それだとオフじゃなくなっちゃいますね(笑)。

(おわり)

作品情報

東山奈央
コンセプトミニアルバム『off』
5月12日発売
【通常盤】 CD/2420円
【初回限定おふとん盤】CD+Blu-ray/3520円
■初回限定おふとん盤<アニメイト限定セット>なおぼうもちもちぬいぐるみ(全長160mm)付き/5,280円
FlyingDog

<収録内容>
01.off
02.プロローグ
03.グー
04.シャンプーリンス
05.Rhythm Loop
06.あした会えたら

<初回限定おふとん盤 特典>
01.おふショット収録ブックレット
02.「なおぼうを無理やり(?)休ませる!一泊二日癒し旅」ブルーレイ

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