植田真梨恵、アメリカのジャズホールをイメージ 歌声で魅了した東京の夜
植田真梨恵
シンガーソングライターの植田真梨恵が2月9日、ヒューリックホール東京で人気ライブシリーズの第7弾『LIVE of LAZWARD PIANO “Academic!”』が開催された。今回は初のホール会場で、シングルのカップリング曲やアルバム収録曲をメインに、アコギとピアノのみによる大胆なアレンジで全25曲を披露。自由な音楽空間の中でピリリとした緊張感もあれば、会場に手拍子が鳴り響く一体感もあり、植田の圧倒的な歌唱力にシビれるような一夜となった。【取材=榑林史章】
歌とギター、ピアノだけで観客を圧倒
『LIVE of LAZWARD PIANO』は、2013年にスタートした植田の人気ライブシリーズで、通常のバンドライブとは異なり、植田のボーカルとアコースティックギター、そしてピアニストの西村広文氏によるピアノというシンプルな編成でお送りするというもので、音が極端に削ぎ落とされたアレンジの上で自由に躍動する植田のボーカルが魅力だ。今回は初のホール会場での開催ということで、各会場に合わせてイメージを想定したとのこと。1月26日のメルパルクホール大阪ではクラシックコンサートのような広がりをイメージし、2月9日のヒューリックホール東京は、80年代のアメリカのジャズホールをイメージしたそうだ。髪をアップにまとめ、白いシャツに黒のパンツスタイル、首にはタイという出で立ちの植田は、曲によってはステップを踏むようにステージを動き周りながら、全身を使って曲を表現。その姿はどこか、往年のミュージカルスターのフレッド・アステアのようでもあった。
ライブは西村が奏でるショパンの「別れの曲」で、さながらピアノコンサートのように幕を開けた。植田はその途中でおもむろに登場し、スゥッと息を吸い込み歌い始める。「別れの歌」の後半にオリジナルの歌詞を乗せるという大胆な試みに、観客も息を飲んでステージを見つめた。続けて「スメル」を熱唱すると、圧倒的な存在感を放つ歌声が会場に響き渡り、観客は一瞬で『LIVE of LAZWARD PIANO』の世界に引き込まれた。ハンドマイクで身振り手振りをつけながら歌った「メリーゴーランド」。ステージを動き周りながら歌い、肩でリズムを刻むような動きもあれば、時には膝をついて座り込んで歌うこともあり、観客はその一挙手一投足を、固唾を飲むようにして見守った。
一転「くちびるの奥」では軽快なリズムに合わせて、会場に手拍子が広がった。植田はピアノの方を向いて息を合わせ、「ダディダダディダダ〜」とスキャットを披露するなど、ピアノと丁々発止のやりとりを繰り広げた。また「Stranger」では、途中でタイをほどき首にかけながら歌うなど、どこか伊達男風といった感じだ。本編ラストには「S・O・S」「センチメンタリズム」「ハルシネーション」を間髪入れず、一気に演奏した。植田のパワフルなギターカッティングがリズムを刻み、巧みなピアノ演奏が楽器何役もこなして歌声フォローする。たった2人、歌とギターとピアノだけだが、まるでバンドサウンドのような迫力が観客に押し寄せた。
自由で圧倒的な歌声を聴かせた植田真梨恵
当日配布されたパンフレット内のインタビューで、「『トムとジェリー』みたいなライブにしたい」と、語っていた植田と西村。思えば『トムとジェリー』ではジャズがたびたび使われることからも、東京はジャズホールと言っていたイメージとも繋がる。また、ピアノと歌が追いかけっこしたり、時には仲良く手を結んだりするような演奏は、まさしく『トムとジェリー』をほうふつとさせるようなものだったと言えるだろう。
このLAZWARD PIANOにおける植田真梨恵は、実に表現力豊かなボーカルで聴く者を圧倒した。もともと表現力には定評があり、歌が上手いことは周知の事実だが、このLAZWARD PIANOのステージでは、そんなイメージを遥かに凌駕した歌声で驚かせられた。もちろん音源でも上手いのだが、バンドアレンジを脱ぎ去ることによって浮き彫りになった歌声が、さらに自由度を増したといった感じだろう。音源における植田真梨恵の楽曲が、独自の感性によって放たれるクセのあるメロディと、自分の中からえぐり出したいびつな何かがそのまま提供されたような、ある種のえぐさと生々しさを持った歌詞を楽しむものだとするならば、このLAZWARD PIANOは、表現力のほうに重きが置かれているという感じだろう。また、こんなにもハイトーンの音をファルセットではなく地声で出すのか! マイクを遠く離して歌ってもこんなにパワフル響くのか! など、クオリティの高さを実感する瞬間も、何度もあった。植田真梨恵の“裏A面”とも呼べるLAZWARD PIANOは、植田ファンはもちろん音楽ファンなら一度は見ておいたほうが良いと思うほどだ。
MCでは「見渡す限りマスクで……」と、いろいろ気に掛けながら、「今日は来てくださってありがとうございます」と、感謝の気持ちを伝えた植田。9月から全11公演のツアーを開催することも発表し、「ワクワクなアルバムを作って行うツアーだけに、“ワクワク実験さんツアー”みたいな」と、語って見せた笑顔は実に無邪気。歌とギターとピアノだけで、こんなにも面白い音楽を生み出す植田だから、今度はどんなサウンドでどんなアルバムを作るのか、こちらも期待で胸がワクワクした。