シンガーソングライターのヒグチアイが9月25日、3rdフルアルバム『一声讃歌』をリリース。アルバムリリースに先駆けて配信されたシングル三部作「前線」「どうかそのまま」「ラブソング」を含む今作は、「思い出」と「矛盾」という2つのテーマを持っているという。それら2つが“救われる要素”だと言い、「今作で言いたいことは全部言った」とも断言するヒグチアイにその真意について、これまでの活動を経て感じた心境とともに聞いた。【取材=平吉賢治】
“歌は記憶の鍵”
――『一声讃歌』からは言い表せない深い感情が伝わってきました。
今作では“ヒグチアイはロックである”という謳い方をしてるんですけど、私は全然そういうイメージはないんです。音的な部分や、聴いた人がそう言ってくださるというだけで。自分の中ではもっと色んなものをバラバラに作ってたら結局、2枚目から3枚目までの間に思った自分の新しい感情に落ち着いているんです。
――コンセプトは?
一貫して変わっていないことが違う形で出てきました。“思い出”、“記憶”というものはなくならないもので、それをどうやって思い出せるかが大事だと思いました。それを思い出すための曲になったらいいなと。
――「思い出を思い出すための曲」ですか。深そうですね。
今回は自分の過去を振り返るというか…来年オリンピックがありますよね。みんな未来のことを考えているなと思って、それはみんなに考えて頂いて、私は自分の過去のことを振り返ってみようかなというのがテーマにありました。
――今作を聴いていたここ数日、過去の記憶の夢ばかり見るんです。
“思い出の鍵”で開けられたのかもしれません!
――そういうことって、狙ってできることではないかと。
たくさんある曲の中でどれかが引っかかるしかないと思うんですけど、私はそこまで感情を歌うタイプではないと思っているんです。景色や情景を大切にしているので、聴いている人達に余白ができるのかなと思います。楽曲の情景に対して、「自分には起こっていないけど、そういうことが起きた時の感情を自分が知っている」という時に、何が起こったのかを思い出させると思っていて。
――自分が見た情景とは違っても、共通する感情が引き起こされるような?
それに気づいた人が、その情景から記憶にリンクできる、みたいな。ちょっと難しいですね。自分のなかの記憶を呼び起こすものというのは、感情ではないと思うんです。
――記憶を呼び起こすのは感情ではなく、思い出や情景だと。
そう。例えば嬉しいことがあったことを思い出すのって凄く難しいと思うんです。
――確かに、「こういうことがあって嬉しかった」という感情より、もっと具体的な記憶が先にきますね。
「表参道をフラっと歩いていて、好きな服が見つかった」という話をされたときに、自分はそんなことはなかったけど、似たように「フラっと歩いていたら前に好きだった人に会って嬉しかった」というように思い出すことがあるんです。だから「感情に訴えかける」というよりは、その人が見ていた目線に訴えかけられたらいいなと、そういう曲を書いているつもりではあるんです。だから自分の体験を書くことが一番相手が気を許してくれるというところにあると思って。
――歌詞では、直接「悲しい」とか「嬉しい」という風には書かず、感情に繋がる情景を表して、それに聴き手は自分が体験した別の情景とリンクして感情が湧きおこる、という感じでしょうか?
それです! その曲を聴いてもらったときに、似た感情の部分を思い出した何かがあったのだと思います。