「それでも愛すべき存在」ヒグチアイにとって“人”とは?
INTERVIEW

ヒグチアイ

「それでも愛すべき存在」ヒグチアイにとって“人”とは?


記者:村上順一

撮影:

掲載:22年03月09日

読了時間:約10分

 シンガーソングライターのヒグチアイが3月2日、移籍後初のオリジナルフルアルバム『最悪最愛』をリリース。TV アニメ「進撃の巨人」The Final Season Part2エンディングテーマ「悪魔の子」、テレビ東京系ドラマ 24「生きるとか死ぬとか父親とか」エンディングテーマ「縁」、配信三部作「悲しい歌がある理由」、「距離」、「やめるなら今」、新曲の「劇場」など全11曲収録。今作のテーマにはタイトルからも感じられるように矛盾というキーワードが孕んでいる。インタビューでは、「悪魔の子」で伝えたいこと、なぜこの「最悪最愛」というタイトルに行き着いたのか、彼女が歌うことの意義についてなど、多岐に亘り話を聞いた。【取材=村上順一】

悪魔というのは人間の中にいるもの

『最悪最愛』通常盤ジャケ写

――節分の日に豆と恵方巻きを買おうと思ってお店に行ったが、それを忘れてブリトーだけ購入したというのをSNSで拝見したのですが、面白かったです。節分とか季節の行事はしっかりやられる派なんですね。

 節分は特に好きなんです。普段食べ物を外に投げるなんて出来ないですし、大声で叫んでもいいというのも、面白くて。あと、わかったことがあって、2月4日から立春でそこから運勢が変わるんですよね。節分はその変わる前だから好きなのかも知れないなと思って。

――分析するとそういうのも明確にあって。明確といえば「悪魔の子」はアニメ『進撃の巨人』に寄り添った作品であることは間違いないのですが、ヒグチさんが伝えたいことも明確にあるとSNSで仰っていましたが、すごく気になりました。野暮だから言わないみたいな感じもありましたが…。

 私の意見として言うのは構わないのですが、みんなが思っていることがあるのならそれが答えでも良いかなと思うようになって。私が言いたかったことが伝わっている人もいますし、そうではなくてライトに楽しんでくれている方もいて、曲から感じてもらえることはそれぞれだと思うので。

――ヒグチさんが伝えたかったことは知ってもらわなくても良い?

 ライトに楽しんでいただけるような仕掛けも沢山しているので、自分の考えているところを知ってもらわなくても大丈夫かなと思いました。考えなくても楽しめる曲というのも素敵じゃないかなと思えてきて、説明するのは野暮な気がしました。

――私は知りたいので教えて下さい。

 (笑)。まず「悪魔の子」はエレンのことだけではないです。『進撃の巨人』という作品は他人事ではないなと感じながら原作を読んでいました。悪魔というのは人間の中にいるものなので、自分のことだと思って欲しいと言いますか。

 例えば「悪魔の子」がエレンのことだと思って、強く否定する人もいるのですが、それが「すでにあなたの中に悪魔の子がいませんか?」と。自分が信じたいと思うものを押し付けていることが、誰かを傷つけていることにならないかなと思いながらコメント欄を見ていて。

――『進撃の巨人』はファンタジーではなく現実、リアルを表しているんですよね。

 そういう曲にしたかったので、2番から人間の話になっています。『進撃の巨人』も最初すごくキャッチーな入り口で途中からすごく刺してくるストーリーになっていると感じたので、楽曲もそういうものにしたくて。でも、エレンとミカサのラブストーリーだと捉えている人もいたり、ライトな感覚でも楽しむことができるのが逆にすごいことだと思いました。それだけではなかったとわかった時の衝撃はすごいんだろうなって。

――イントロなどで聴ける印象的なピアノのモチーフは? ちょっと和の要素が入っているようにも感じました。

 無国籍の感じ、土着感とでも言いますかオリエンタルな雰囲気の旋律にしたいなと思いました。私はハンガリーの音楽が好きで、そういった民族的な要素を取り入れています。ただ、日本の旋律もすごく好きなので、その雰囲気も出ているのかなと思います。

――そして、「悪魔の子」も収録されたアルバム『最悪最愛』がリリースされますが、どの曲が核になって出来たアルバムですか。

 「縁」とアルバム制作の最後の方に作った「劇場」が出来たのはこのアルバムにとって大きなことだったと思います。特に「劇場」は皆さんに聴いていただきたい一曲です。

――ちなみに最後に出来た曲は?

 「サボテン」です。アレンジのバランスはすごく考えて作っていただきました。もともと歌詞はこういう感じではなかったんですけど、結果的にはすごく楽しく書けました。

――曲順はどのように決めました?

 曲順もけっこう考えました。というのも、サブスクのことを初めて意識して「劇場」は3曲目にしたんです。本当は一番最後にしようと思っていたんですけど、聴いてもらえなかったら意味がないなと思って、3曲目くらいまでだったら、『最悪最愛』に興味を持ってくれた方がサブスクで聴いてもらえるんじゃないか、という予想で。そこから11曲までをバランスを考えて構築していきました。

――ジャケ写の雰囲気もいいですね。

 これは「劇場」のスポットライトが当たっているイメージです。光が当たっているところと当たっていないところがあって、それは常に光と影は一緒に存在している、それが矛盾しているということと似ているなと思って、このデザインになりました。

――その「劇場」が出来た背景にはどのような出来事があったのでしょうか。

 メジャーに来てから昨年初めてレーベルを移籍したんですけど、前のレーベルの時に仲良くしていた方々とまったく会わなくなってしまったこと、曲の作り方やレコーディングの進め方も変わったことで感じたことがありました。すごく愛をくれていた人たちともう会わないかもしれない、というのが不思議に感じて。だけど、人との出会いや別れ、その人からもらった愛情というのは消えたりはしないから「ありがとう」と言いたいなと思ったことからです。

――歌詞で<客席には二人の男と女>とありますけど、これは誰をイメージして?

 両親です。そこからどんどん客席に人が増えていくんですが、最近祖父が立て続けに2人亡くなってしまいまして。本当に近くにいた人、客席にいた人がいなくなってしまうというのも経験したので、その想いも曲に入っていると思います。あんなに仲良くしていたのに、会わなくなってしまった人とかいません?

――沢山いますね。だんだんそれすらも忘れていってしまうんですけど。

 そうなんですよね。でも、その人たちは何かを絶対残してくれていると思います。周りに一番人が多かった時間っていつだったんだろう、とか、自分の仕事がなくなってしまったら、その人たちとも会うことはなくなるんだろうなとか考えることもあります。だから一生懸命頑張ろうと思えたりするんですよね。

謝って欲しいのに謝って欲しくない、という矛盾が起きる

――色々な想いが込められているんですね。さて、7曲目に収録されている「悪い女」の歌詞、興味深いですね。どんな背景があるんですか。

 昔、付き合っていた人から謝られたときに、謝ることでこの件が終わりだと思っているのかなと思ったことがあって。先に謝られてしまうとこっちが悪者になってしまう時があるんですよね。

――折れた自分偉いでしょ、みたいな。

 そうです。でも、きっと相手も不満が残っているだろうし、もっときちんと話し合いたかった、という思いもありました。

――私の場合、謝る時は勝てる見込みがなくなった時なんですよね...。これをつつかれたら言い返せないなあとか。

 (笑)。それはそれで良いんですけど、そうしたらその話は二度として欲しくないんですよ。その時のことが引っかかってまたケンカになったりする事もあって。謝って欲しいのに謝って欲しくない、という矛盾が起きるんです。謝ってもらってそれで全てが終わればいいんですけど、なかなかそうはならなくて。

 もちろん折れてくれてありがたいと思う瞬間もあります。でも、この曲の場合は男性が完全に悪い中で、自分が悪いことにしてしまうという、自分がダメだった時の言い訳にしている、そういう曲になっています。

――歌詞に「最悪」と「最愛」というワードが出てきますが、アルバムタイトルはこの曲から引っ張られて?

 この「悪い女」から、というわけではなくて、11曲全て出来て並べた時に相応しい言葉を探してつけました。本当に好きだけど本当に嫌いみたいな。

――アーティストの方にお話を聞いていると、音楽に対してまさに「最悪最愛」の部分があるなと思います。やめようと思う瞬間もあるけど、またやってしまうみたいな。

 仕事や夢というのもその傾向がありますよね。半年くらい前は私もそういう感じでしたけど、今はやめたいとか全く思わないので、物事が上手くいっているんだなと思います。

――良い曲が出来ると気持ちが復活しますよね。

 本当にそうです。私は天才だとか思ったり(笑)。そして、誰かに認めてもらうというのもすごく重要ですね。

――今、活動の原動力になっているのは、肯定的な言葉?

 そうですね。特にこれまで私の曲をずっと聴き続けてくれた方達が、新曲を「いいね」と言ってくれることにすごく安心します。あとは、取材で「アルバムいいね」とか言っていただけるとやっぱり嬉しいです。

ヒグチアイにとって“人”とは

『最悪最愛』初回限定盤[CD+DVD]ジャケ写

――ところで、ヒグチさんの中で歌うことと楽曲を作ることの比率はどんな感じなんですか。

 9:1ぐらいの割合で作ることの方が楽しいですね。

――そんなにですか。ではなぜ自ら歌うことを選んだのでしょうか。

 自分で作った曲は自分の声が一番合っているので、私が歌うべきだと思ったからです。

――作った曲が自分以外のシンガーに歌ってもらいたくなることもありえる?

 それはほぼないと思います。私の曲はやっぱり自分の声だなと思っているので。ただ、ライブとなるとまた違います。レコーディングは好きなんですけど、人前で歌うのが苦手で...。なぜそうなのか考えたことがあって。私は何百人という人の前で歌う曲、というイメージで作っていなくて、一人ひとりに届くようなもの×100、もしくは×1000みたいな気持ちでやっているからなんだなと。なので、ライブを何百人の前でやったり、「あなたのために届けます」と言っているわりには、どこかで人数のことを考えていたことが、ライブが苦手だった要因かも知れないと思って。

――ライブと楽曲制作で意識の違いが生じてしまう。

 全ては1から始まるのに、ライブの時はそう考えられてなかった、何百人というキャパに囚われすぎていたのかなと思っていて、敢えて一人、対象者を決めて歌ってもいいのかなと最近感じています。今みたいに1対1で喋っている感覚で音楽を届けられたらいいなって。喋るのも1対1が好きなんです。例えば友達が5人くらいいる中で自分の話をするのはすごく緊張します。

――話を聞いていない人がいるかもしれないのが嫌とか?

 でも、すごく話を聞かれているというのも嫌なんです。なのでライブもワンマンの方が苦手で、ツーマンとかの方がお客さんの意識が分散していて、期待されていない方が良くて。ずっと挑戦者の方が私は楽ですね。期待してライブに来てくれた人たちを満足させろよ、という感じではあるんですけど。

――アルバム『最悪最愛』には人というものが強くあるなと思いました。ヒグチさんにとって“人”とはどのような存在ですか。

 「それでも愛すべき存在」です。私は日本に生まれたので、日本を愛すべきだと思っていますし、女性なので女性というものを受けいれるべきだと思っています。人間は嫌なところ、汚いところが混ざっているものですけど、それでも愛すべき存在だと思うのは、自分も人だからです。人を否定することは自分を否定することにもなるので、否定はせずに生きていきたいですね。

――生きていく、というところで現在世の中は「人生100年時代」とも言われていますが、ヒグチさんは長く生きることについてどう考えていますか。

 「人生100年時代」ということならもっと音楽を続けていかないといけないと思っています。長く続けないと生きていけないですし、音楽には定年はないのでできる限り続けたいです。「やめるなら今」という曲のように自分のことを切って売ってばかりだと身がもたないので、長く続けることに意識はシフトしています。それが表れたのか、「サボテン」の歌詞は楽しく書けたので、その感じが出ているなと思います。

――これからは「サボテン」のような曲もどんどん出来そうですね。

 できると思います。さっき、自分の歌は自分で歌った方がいいと話しましたが、人に曲を書くというのもやってみたいです。

――以前アイドルグループのわーすたに「春花火」という作詞提供されてましたよね。クレジットを見た時にびっくりしました。

 自分らしさを薄くして作ったんですけど、歌詞は結果的に難しくなってしまって、もっと軽くしても良かったのかなと。その子の持っている声質に合わせて曲を書くべきだったなと反省点はあります。なので、これからはその人の人生を借りて曲を書くということをやってみたいです。

(おわり)

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