篳篥に合うものを選曲、東儀秀樹 新譜で見せた自身の変化とは
INTERVIEW

篳篥に合うものを選曲、東儀秀樹 新譜で見せた自身の変化とは


記者:村上順一

撮影:

掲載:18年09月05日

読了時間:約13分

 雅楽、篳篥(ひちりき)奏者の東儀秀樹が8月1日、アルバム『ヒチリキ・シネマ』をリリースした。昨年リリースされた『Hichiriki Cafe』から約1年振りとなる新譜は、映画音楽を篳篥の音色で表現したもので、オリジナルの良さを残しながらも、篳篥の心地よい響きが堪能できる1枚に仕上がった。選曲は篳篥に合う楽曲を探すところから始まったという。自身があまり好みではない楽曲とも向き合った制作は、そこで新たな発見もあったと話す。そのエピソードに触れるとともに、「和」のほかに「雅」も見せたいと語る2020年の東京オリンピックについてや、元々雅楽師のつけたメロディだという「君が代」についてなど多岐にわたり話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】

「ダンシング・クイーン」は一度断った

東儀秀樹(撮影=冨田味我)

――今回は「シネマ」というテーマでアルバムがリリースされましたが、ここで改めてこのテーマで1枚のアルバムにしたのは?

 振り返ってみると映画音楽を随分やっているなと。色んなアルバムで色々演奏してきているのに、今までシネマ括りでやったことがなかったのが逆に不思議で。じゃあここで括ってみようという自然な流れでした。そんなに深刻に掘り下げて曲を探してという訳ではなくて、篳篥に合う曲ということがテーマでした。「あの曲も入れれば良かった」と思うものもいっぱい出てくるんだけど、それだったら『ヒチリキ・シネマ2』というのは、いつでも出そうと思えば出せるから、気にしないでとりあえず今思いついた形を表現してみようと思いました。

――篳篥に合わない曲とはどのようなものでしょうか?

 非常に音域が狭い楽器なので、物理的に音域が合わなかったり。今回は篳篥の音域を超えた曲がかなりいっぱいあるんだけど、篳篥だけでは無理なところを大篳篥という、サックスで言えばアルトサックスのような4度下の音域が出る篳篥を使っています。昔、奈良時代にはあったもので、それを復元したものなんです。

――「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン(映画『タイタニック』より) 」はかなり音域が広そうです。

 その曲は一見音域の幅が広そうだけど、実はそうでもないんです。篳篥一本でカバーできています。音域が下から上までという、曲のイメージがそうなだけで音符的にはそうでもないんです。むしろ「君をのせて(映画『天空の城ラピュタ』より) 」は篳篥一本じゃ無理で、「ダンシング・クイーン(映画『マンマ・ミーア!』より))」「コーリング・ユー(映画『バグダッド・カフェ』より)」「オン・マイ・オウン(映画『レ・ミゼラブル』より))」などもそうです。

――ライブで披露されるときには2本を使い分けることになりそうですね。

 使い分ける必要がありますね。レコーディングでは繋がっているように編曲しているけど、ライブではその間に何小節か持ち替える間を入れないければという考え方をしないと駄目ですね。

――今回の収録曲は東儀さんにとって思い入れのある映画、音楽だったりするのでしょうか?

 必ずしもそうじゃなくて、やはり篳篥が活きなければいけないから、それが大優先でした。思い入れとは違うんだけど、以前僕は今回収録されているABBAの「ダンシング・クイーン」は好きではなかったんです。この曲が嫌いというよりもABBAが好みじゃなかった。僕は子供の頃から「ブリティッシュ・ロックが一番」だなんて言ってるときにいきなりスウェーデンからああいうビートの音楽が出てきて「なんじゃこの軟弱者は」と思った口で(笑)。今回の曲出しをしていたときに「『ダンシング・クイーン』なんてどう?」とレーベルの人に提案されたとき断りましたから(笑)。

――そうだったんですね(笑)。

 でも不思議なもので、そういう風に一回でも言われると頭に残るじゃないですか? 僕は仕事も好きなものしかやっていないし、嫌いなものを頑張ってやろうなんて思っていないんです。基本、嫌のものを克服しようなんて全然思わない人間だからね(笑)。でも、今回嫌いだと思っているものを篳篥で吹いたらどんな変化があるだろうと考えた瞬間に、未知数に対するワクワクがちょっと出てきたんです。ここで言われたということは何かの縁かもしれないなと思って。アルバムに入れる入れないは別にして、東儀秀樹が「ダンシング・クイーン」をやりましたというのを自分で見てみたくなって。

――好奇心が勝ったわけですね。

 そうそう。今度じゃあその音楽をどうしようかと改めて聴いていたときに「Aメロのメロディを延ばしたら凄く篳篥が似合うかもしれない」と閃いて。パット・メセニー(米・ジャズギタリスト)がやっているような「ダンシング・クイーン」があったら面白いなと思って。自分でピアノを弾き始めていたらだんだん面白くなってきちゃって、終いには「何だ、いい曲じゃないか」と(笑)。だから今は「ダンシング・クイーン」は好きなんですよ。あんなに嫌いだったのが、あるきっかけで変わっていく過程を楽しむことができたのも、ミーティングのおかげだったと思います。

――嫌いなものがそうなるのは中々ないですよね。

 特に僕の場合、珍しいですね。歳を取って丸くなったのかな(笑)。あと「ゴンドラの唄(映画『生きる』より)」という、日本的な大正、昭和的なメロディも僕の好きなタイプではないんです。僕はもっと平安色が強い古代か、現代のステレオ音楽かという方向にいる人間だから、昭和っぽい歌謡曲のメロディというのは僕が手を付けないジャンルだったんだけど、せっかくラインナップするのに日本的なメロディが一つもないのもちょっともったいないなと感じて。

――バリエーションとして収録されて。

 そうです。色んな人が楽しめるアルバムであって欲しいかったから。日本の映画でトップをいくのは黒澤明さんだと僕は思っているから、黒澤さんの映画で何かないかなと探していた時に、ある人が『ゴンドラの唄」と出してくれて。最初はさすがに昭和っぽすぎるなと思ったんだけど、この曲も何か引っかかっていて。これも一度拒否したんだけど、家に帰って「ゴンドラの唄」を聴き直してみて吹いてみたら、凄く篳篥の良い響きを感じたんです。

 これも雅楽、篳篥の音域よりも一音オーバーしているけど僕ならできると思って、このメロディをそのまま吹いて、そのかわりにピアノでちょっとオシャレな伴奏にしたら東儀秀樹の「ゴンドラの唄」になるだろうなと思ってやってみました。やっぱりこのメロディは郷愁を誘って優しい気持ちになるし、温かい気持ちになれる日本人らしい唄だなと思いました。

――今作を聴いて篳篥の持つ個性って凄いなと改めて感じました。どの曲を聴いても音が一気にシルクロードのような雰囲気を映すようで。東儀さんはずっと篳篥を吹いてきて新たな発見はありますか?

 飽きることがないというのが新たな発見といえば発見なんでしょうね。毎回こういう揺らぎとか、篳篥の一番美味しいフレーズというのはだいたいこんなもんだというのがわかってるんだけど、それを何回使っても飽きないなと思うのが篳篥の力だと思いますね。

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