ザ・ブルーハーツのオリジナル音源をHIP HOPリミックスしたトリビュート盤「THE BLUE HEARTS TRIBUTE HIPHOP ALBUM『終わらない歌』」が5月30日にリリースされた。本作にはPUNPEEプロデュースによるNORIKIYOの「終わらない歌」リミックスや、I-DeAプロデュースのNORIKIYO&PUNPEEによる「TRAIN-TRAIN」、やけのはら feat. 田我流による「キスしてほしい」「リンダ リンダ」のリミックス、そしてgrooveman Spotが手がけた「青空」のリミックスが収録されている。1980年代後半から1990年代前半にかけてパンクサウンドとロックンロールを飛散させたザ・ブルーハーツの数々のピースは2018年のHIP HOPとして再構築された。日本のパンクとHIP HOPの融合、リミックス、その親和性は、各音楽性への新しいリスペクトの形として提示されている。

2018年にアップデートされた“クソッタレの世界”

 ザ・ブルーハーツ(以下、ブルーハーツ)のオリジナル音源をヒップホップにリミックス――。パンクもHIP HOPも好んで聴く身としては正直、未知のポジティブな期待感と「それはどうだろう」という懸念を同時に抱いたというのが率直なところだった。しかし、いざ聴いてみると「意外」という印象を受ける。ブルーハーツのようなストレートで、極めてメッセージ性の強い音楽を「リミックス」というカテゴリーで聴くことは、レアな音楽の聴き方かもしれない。2018年にHIP HOPサウンドとしてアップデートされた本作のクールなトラックを実際に聴くという体験は、純粋に音楽を楽しむという部分に加え、時代を切り拓いてきたパンクやHIP HOPという音楽に対してのリスペクトの念が改めて顕在化するものだった。そして、今作でブルーハーツに、HIP HOPに、初めて触れることとなったリスナーは、各世界が融合された「THE BLUE HEARTS TRIBUTE HIPHOP ALBUM『終わらない歌』」という一つの作品から逆算して、パンク、ロックンロール、HIP HOP、リミックスと、各音楽の歴史を遡る長い旅に出るきっかけともなりそうだ。

リミックスという“音楽の奥行き”

 オリジナル音源のトラック、あるいはワンフレーズに対して原曲とは全く異なるビートなり音像をミックスして再構築する「リミックス」という世界。それは、例えばジェームズ・ブラウンのソウルフルなボーカルをループさせ、HIP HOPビートを乗せる、ハウスビートにニルヴァーナの壮烈なギターリフを重ねる、ベートーヴェンの旋律をバックにメロウなボーカルを展開させる。ワントラックないし音源の一部分をチョイスして楽曲を構築させるというサンプリング手法ありきの「リミックス」だが、その定義はわりと広く、対象の楽曲の最も印象的な部分、歌のサビやメインリフ、楽曲の中核をなすビートを前面に出すスタイルが一般的だろうか。逆に、エイフェックス・ツインの『26 Mixes for Cash』のように、どこが原曲のサンプリングかほとんどわからないほど原型をとどめていないコア過ぎるリミックス作品も存在する。素材は原曲のトラックではあるが、ディープなエフェクトやピッチ加工、オーディオ波形をバラバラにチョップしての再構築など、エディットの濃度が旨味のリミックスもある。それくらい「リミックス」というカテゴリーは奥行きが広く、フリーダムで、ある種の音楽的フロンティアなのかもしれない。(※エイフェックス・ツイン(Aphex Twin):英エレクトロニカ・アンビエントDJ)

ブルーハーツのメロディーの存在感とHIP HOPとの親和性

 国内パンク、ロックンロールの代名詞・ブルーハーツの楽曲をリミックスした本作は、前述で言うところの「原型をとどめない系のリミックス」ではなく、甲本ヒロトのボーカル、ブルーハーツのメロディーが薄くもなく濃過ぎず、というラインでミックスされているという濃度で広がっている。しかしその“濃度”は恐らく聴き手のイメージの斜め両側くらいまでに及ぶだろう。収録曲の5作品の中で「ブルーハーツをHIP HOPでリミックスしたらこうなるかな?」という印象の、ステレオタイプに想像できるリミックスは皆無だった。一聴して感じた「意外」という印象は、「パンクもロックンロールもHIP HOPも、それぞれのジャンルの音楽と“リミックス”という手法、全てがブレイクスルーを成していた」という風にも言い換えられる。

 「終わらない歌(REMIX)」で漂う<クソッタレの世界のため>というブルーハーツのメッセージ。それは「終わらない歌」のオリジナル音源の印象とはガラっと違って胸に届く印象を受ける。NORIKIYO(produced by PUNPEE)のリミックスの妙技により、ビートと甲本のボーカルとラップが調和し、パンクの棘っぽい部分よりも希望のメッセージが新しいフィルターによって変化し、これまで原曲では感じ切れなかったのであろう成分が抽出されている。コモンを彷彿とさせるような本格HIP HOPトラックは4小節一区切りというHIP HOPビートサイクルで構成され、洗練されたスタンダードなフィーリングが得られる。そして、サビにあたる部分のループとラップ、各セクションのブレンドは、サイケデリックで、ハッピーで、ナチュラルに身体とスピリットを揺さぶるような先駆たる空気を醸している。(※コモン=Common=米HIP HOPアーティスト、ラッパー)

 時計回りに響くようなシーケンスがアンビエントに包括された「リンダ リンダ(REMIX)」のトラックは、甲本のボーカルが深層心理に訴えかける呪文のように響く。ビートレスで次元の異なるHIP HOP、あるいはHIP HOPという色に囚われていないこのリミックスは、ロックサウンドの主成分とも言えるドラムも、ベースも、エレクトリックギターの音も一切入っていないが、ブルーハーツ・やけのはらの両者の根底にあるパンクスピリットが静かに、青く燃えているように感じられる。

 ブルーハーツのメロディーが持っている圧倒的な存在感と、今作に参加した各アーティストのHIP HOP。それらが持つ先鋭的でリベラルな精神は、パンクとHIP HOPに共通している点に思える。ブレイクポイントやダブの種類も「ブルーハーツの楽曲をHIP HOP調でリミックスする」というありきたりなアプローチではなく、素材として、作品として、ブルーハーツのメロディーの持つ存在感とHIP HOPとの親和性を強く提示し、リミックスという形で新たな作品として昇華されている。そこにあるのは、型にはまった期待通りの面白さではなく、ジャンルを軽々と飛び越えた楽曲として開かれた世界に向かう新たなドアだ。そこには、栄光も、銃も、美しさも、形を変えて存在している。【平吉賢治】

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