ピアニストで作曲家の清塚信也が去る4月27日、東京オペラシティホールで『清塚信也 コンサートツアー2018 For Tomorrow』のファイナル公演をおこなった。

 清塚と言えば、2015年・2017年に放映され、自身も俳優として出演したTBS系テレビドラマ『コウノドリ』での楽曲提供を機に、様々な映画の楽曲提供や俳優活動などその活動の幅を伸ばし話題を呼んでいる。そして2017年10月には最新アルバム『For Tomorrow』をリリース、自身の新たな世界観を表現している。

 この日のコンサートでは、清塚ならではの音楽世界を演出し、訪れた多くの観衆を魅了した。【取材=桂 伸也】

優れたピアニストであることと同時に見せた、親しみやすさ

 開演を告げるベルが鳴り終わると、会場の明かりはゆっくりと落ちて、ステージの上にあるグランドピアノの周りだけに照明が向けられた。そして程なくステージ下手の扉が開き、拍手に迎えられて満面の笑顔を見せる清塚が登場。挨拶もほどほどに、鳴りやまない拍手に対して「もうやめなさい、ピアノを弾くから」という悪戯っぽいしぐさを見せる清塚に、思わず観衆もクスッと笑いを誘われる。

 観衆に配られたプログラムに記載されていたオープニングナンバーは「今日のドビュッシー(ドビュッシーの名曲から)」。そしてこの日清塚が選んだ曲は、そのドビュッシーの作曲による「ベルガマスク組曲第3曲『月の光』」。ゆったりと優しく響くピアノの音、その響きにゆだねるようにピアノを奏でる清塚。美しく優雅な空気が、会場を満たしていく。

 ピアノを弾いているときには表情一つ変えない、真剣なまなざしでの清塚だが、そのピアノの音からは何か情景が見えるような雰囲気を醸し出す。一方でディテールを軽んじてもいない。プレーの中で左手が明いたときには、何か指揮者を思わせるように手を上下させ、深くリズムを自分の体にしみこませているようでもあった。

 一方でMCでは「クラシック」という固いイメージを払拭するような、親しみやすい語り口でのトークを披露。第一部はクラシックの名曲によるセットだが、この日披露したドビュッシー、ベートーベン、ショパン、そしてリストと、その歴史背景を交えた個々の作曲家の四方山(よもや)話に花を咲かせる。

 そんな中、「ピアノソナタ8番『悲愴』」では3楽章構成であることを説明しながら「一つ目の曲が終わったときに、観衆は拍手をするのかを戸惑う。僕はあの雰囲気が好き」「曲と曲の間には、なぜか咳をする客がいる」などの「あるある話」で観衆も爆笑を呼び起こされる。単なるおふざけにも見えるが、見方を変えると“一流の演奏家にも、自身の仕事でこういうことを感じることがあるのか”と、親しみ感じられるところでもある。

 そしてピアノを目の前にすれば、そんな雰囲気は一変。かつてベートーベンが、聴力を失った際に受けた絶望、そして希望に向けて立ち上がるまでの様子を描いたという『悲愴』、美しさの中に展開する様々な情景を表した「バラード1番」、そして「手が大きなピアニスト」だったというリストの難曲「ラ・カンパネラ」を見事なまでに弾き切り、拍手喝采の中第一部は終了した。

音楽への想い、そして人々への想いがあふれる音

 第二部のスタートも、惜しみない拍手に清塚は笑顔で応え、そしてそのままピアノへと向かって始まった。ここでは、ポピュラーメドレーに加え、ドラマ『コウノドリ』に向け作られた清塚のオリジナル楽曲などが披露された。

 「Four Seasons Medley 2018 清塚信也編」と銘打たれた最初の曲では、松任谷由実「春よ、来い」を起点に、四季にちなんだ楽曲をセレクトし、それぞれを情感たっぷりに、あるときには超絶テクニックを駆使しながら情熱的に披露。最後に披露された坂本龍一作曲の「戦場のメリークリスマス」は、シンプルな構成を見せる原曲から、劇的な展開など大胆なアレンジを施したプレーを披露し、メドレーに深みを与えていった。

 続くセクションは、ドラマ『コウノドリ』に向けて清塚が手がけた楽曲を披露。メインテーマの「Baby, God Bless You」、ドラマ第二シーズンの第7話で大きくクローズアップされた助産師の登場するシーンで使用された楽曲で、助産師役を務めた女優の吉田羊からも絶賛の言葉を受け、清塚自身も感動したという楽曲「candle」と、ドラマの愛にあふれた優しく、希望に満ち溢れた風景を演出する。要所で超絶テクニックを寸分たがわぬ精度で弾き切る豪傑振りを見せながらも、一方ではこれらの楽曲のように、感情に深く作用する、情感豊かなプレーを披露する。むしろそのプレーにこそ、清塚自身のらしさが存在しているのではないか、そう思わせるほどに聴くものは清々しく、そして胸がいっぱいになるような感情で満たされていった。

 そして見せ場となる「コウノドリ メドレー」をプレーするに当たっては、先にラストの曲「Sound Seeker」に関しての四方山話を披露。この楽曲は俳優の綾野剛が演じる謎のピアニストBABYがライブハウスでのプレーで披露する楽曲で、ドラマの原作漫画に沿って「立って弾く」ということが前提で作られたというエピソードを披露。演奏では、序盤のゆったりした雰囲気の中で冷静な表情でいた清塚が、一瞬笑顔を見せる。そして曲が進むにつれ怒涛のように展開していくプレー。そして「Sound Seeker」にまで達すると、清塚はピアノの前に立ち、BABYを髣髴させるかのごとく、ピアノに格闘するかのような猛烈な演奏を披露。曲が終わると、割れんばかりの拍手とともに、観客席からは「ブラボー!」の声も上がった。

 コンサートも終盤、清塚はアルバム「For Tomorrow」制作の経緯を振り返る。とある小児科の病院を訪れた際に、先天性の病気を抱えながら、必死に生きようとする幼女との出会い。その親が気丈に自分と話してくれたこと、そして幼女のことを心から慕う姉のこと。そんな家族と出会ったことがきっかけで、この楽曲は生まれた。しかし、曲ができながらも清塚は、この曲を発表することを躊躇していたという。

 「自分のような人間が、この家族のことを知ったように語ってもいいものなのか?」そんな迷いを、周りの関係者などによる後押しで、世に届けた「For Tomorrow」。「命の誕生は、一番身近にある奇跡。それを思って、弾かせていただければ」そんな言葉とともに届けられた演奏は、まるであふれる想いがそのまま音になったかのよう。優しくも、ときには力強い。曲の終わりには、一音のピアノの伸びていく音が減衰し、完全に消えてしまうその瞬間までも感じようとする清塚の姿が。その姿と音に、観衆は再び惜しみない拍手を送った。

 いよいよステージも大詰め、ツアーの終わりのときが近づいていた。ラストは「ガーシュウィンメドレー」と銘打ち、ジョージ・ガーシュウィンの名曲「Rhapsody in Blue」から華々しくもメドレーを披露する。ここではこれまでのプレーとは打って変わって、超絶的なテクニックの連続で観衆を圧倒する。バラード的に披露されるイメージのある「Summertime」も途中から劇的に変化し、ラストの「I got rhythm」までノンストップ、息をつく暇もない、まさにそんな言葉がピッタリなダイナミックなプレー。その勢いは、止まらぬ拍手で再び清塚がステージに現れ、披露したアンコールのメドレーでも披露、プロフェッショナルのピアニストであることを改めて観衆に見せつけ、地鳴りのような拍手喝采の中、清塚はステージを去った。最後にも見せた笑顔が印象的な、彼のそのステージは、音楽への、そして人々への愛情を感じさせるものだった。

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