過去との挑戦、角松敏生 30年後の“今”に掲示するセルフカバー
INTERVIEW

角松敏生

過去との挑戦、30年後の“今”に掲示するセルフカバー


記者:村上順一

撮影:

掲載:17年06月12日

読了時間:約19分

レスポールはジャズギターの失敗品

角松敏生

――今回は新曲「Evening Skyline」も収録されていますが、これは昔からある楽曲だったのでしょうか?

 決まってから書きましたね。去年の暮れくらいに作った曲です。

――今作では様々なギターを使用していますが、個人的に「LOVIN’ YOU」で聴けるレスポールギターのトーンが印象的でした。ツアーメンバーでもある、鈴木英俊さんからお借りしたものみたいですね。

 最初のイメージでレスポールのトーンが欲しいなと思いまして。鈴木くんが何かの時に弾いていた感じなのがいいなと思い出したのがきっかけ。それで、そういえば俺、レスポールは持ってないなとも思って。

――確かに角松さんのイメージにレスポールはなかったです。

 そうでしょ? 実は1本も持ってなかった。それでレスポールを色々と研究していたら面白い事に、レスポールはジャズギターとして作られた失敗品だったという歴史を改めて知りましてね。ジャズギターとして作ったのに、出力がうるさいという事で当初ジャズギタリストには受けが悪かったという出自が面白い。1952年に作って、1960年に生産中止になっています。その後にエリック・クラプトンが1960年代の終わりの頃にブルースアルバムで弾いたトーンが話題になって、1970年代にジミー・ペイジが弾いて、ロック用ギターとしてのレスポールのイメージが定着したという歴史があるようです。

――はい、レスポールは今ではロックなイメージがあります。

 もともとはジャズギターだったんです。本来のこのギターの魅力をみんな忘れているんだと思ったわけです。それをもう一回自分がやってみせようかと思いました。ラリー・カールトンが“Mr.335”という言われる前はけっこうレスポールを弾いていたようです。

(編注=Mr.335:ジャズ・フュージョン界を代表するギタリストのラリー・カールトンの愛器・Gibson ES-335にちなんだ愛称)

 ゴールドトップのP-90(ピックアップの種類)を弾いていますね。最近はレスポール・スペシャルとかを弾いているみたいです。レスポールの「音がでか過ぎる」という不評の歴史が最初の頃はあったというのが、個人的に面白かった。そのあたりを紐解いていくと、ロックギターというよりも、オールマイティな使い方が出来るギターだという側面が出てきました。

――レスポールのウォームなサウンドが堪能できます。

 この時にこの音がもう出せているので、次に作ったらもっと良い音になると思います。最初の研究の成果ですからね。キャビネットの種類によっても変わると思うんですけど、突き詰めていくと面白いですよ。

「昔のファン」を「新しいファン」にしたい

――今作で一番こだわった点は?

 この作品を聴いて「あっ」となった人は、青春の思い入れのキラキラなんですよね。“おふくろの味”ってよく言うじゃないですか? それはみんな心の中にあって、どんな有名シェフが再現しようとしても無理だと。それは“思い出”という名のマジックスパイスがかかっているから、それはなかなか超えられないんですよ。音楽も同じで、「あの時の音」というのはその時の年齢や精神状態や環境、世相とかそういったその時の感覚全てのバイブレーションがあって、その時のその音を好きになった訳ですから、恐らくそれを超えるという事は出来ないんじゃないかと。

――“思い出補正”がかかってしまう?

 30年前という年月になってくると、思い出がどう風化しているかという事もあるんですけど、いずれにしても「その作品イマイチなので、やり直させてもらっていいですか?」と言われてあまりいい気はしないですよね。だって自分が好きだったものが否定されたみたいで。

――でも30年経っている訳ですからね…。

 そういう原理主義的な人もいる訳です。僕は単純に昔のヒット曲をカバーするような、そういう軽やかさではない。セルフカバーをやる時は「オリジナルを超えてやるんだ」というくらいのポテンシャルでやっているという事は、分かってもらいたいですよね。

 例えば「角松敏生っていたよね。昔の人」という人がいると同時に、ずっと僕がリアルタイムでやっている事を聴き続けている人がいる。これらは全く温度が違うんです。「角松敏生いたよね」という人を僕は「昔のファン」と呼んでいるんです。今の僕まで30年聴き続けている人は「今のファン」という言い方をしています。

 だから「今のファン」のために作っているんですけど、「昔のファン」という人を今回のような作品で「新しいファン」にしたいんです。思い出が蘇ると同時に、今の時代のときめき、“50歳になった夏のときめき”みたいなものを感じてもらいたいという事があります。そういう意味で、思い出の呪縛の中にある作品をどう解き放つかという事に腐心しましたね。

 だからベーシックな部分は変えずにやったり、BPM(テンポ)はほぼ一緒にやったりとか、そういう屋台組みは変えずにあらゆる部分の精度が上がっている事をどう伝えるかという所に一番気を使いました。

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