3夜連続コンサートの最終日は第二の故郷ロシアの楽曲をスタインウェイとともに表現

3夜連続コンサートの最終日は第二の故郷ロシアの楽曲をスタインウェイとともに表現

 超絶技巧で注目を集めるピアニストの反田恭平が1日、東京・浜離宮朝日ホールで『反田恭平3夜連続ピアノコンサート ロシア』をおこなった。この日は8月30日から3夜連続で開催されたリサイタルの最終日で、8月30日のドイツ、31日のフランス、そして、9月1日のロシアと3夜それぞれプログラムのテーマを変えておこなわれたもの。3日間合計で1600人を超える観客を集めた。さらに全日、その日の前半部分の演奏がレコーディングされ、終演後に観客に即日(その場)出しのライブCDが販売されるという企画もおこなわれた。

 そして、9月1日は反田恭平の22歳の誕生日で、本編終了後にはサプライズのケーキも用意され、観客とともにお祝い。「ステージでお祝いしてもらうのは初めて」と目を輝かせ喜んだ。誕生日ということもあり「新たな一歩」という特別な想いで組み立てたというプログラムとなった本公演を以下にレポートする。

時に激しくピアノを奏で、スリリングなフレーズで緊張感を煽る

時に激しくピアノを奏で、スリリングなフレーズで緊張感を煽る

初めての課題曲だった幻想曲 ロ短調 Op.28で幕開け

 9月に入り秋の訪れが感じられるようになり、暑さも少しずつ落ち着いてきた感があったこの日。浜離宮朝日ホールには反田恭平の奏でる音を楽しもうと、観客が続々と至福の音を求めてホールへと流れた。浜離宮朝日ホールは、96年にアメリカ物理学会が出版した『How They Sound ~Concert&Opera halls』で“Excellent”に選ばれたほどの、世界で最も響きが美しいとの高い評価を得たシューボックス型(靴箱のような立方体)の室内楽ホール。同じ“Excellent”にはニューヨーク・カーネギーホールなどが選ばれている。

 無人のステージには、ウクライナ生まれのピアニストであるウラディミール・ホロヴィッツが愛奏した、1912年製のピアノ「ニューヨーク・スタインウェイ」《CD75》が威風堂々と鎮座していた。ただならぬ存在感をステージから放っていた。

 定刻を少々過ぎたところで、反田がステージにゆっくりと登場し、“愛器”スタインウェイに手を掛け、訪れた観客に挨拶。ピアノの前に腰を下ろしゆっくりと鍵盤に指を降ろした――。1900年のピアノ曲、スクリャービンの「幻想曲 ロ短調 Op.28」でコンサートの幕は開けた。

 この曲は反田が3年前にロシアに留学した時の初めての課題曲だったという。緩急をつけたダイナミックで華やかな演奏、ピアノから放たれる波動によって一瞬にして反田の奏でるスタインウェイの音色でホールが包まれた。普通のピアノと異なり、「技術面ではコントロールするという点において難しい」と以前、小媒体のインタビューで語っていたスタインウェイ《CD75》を完璧に操っていく。

コンサートのもよう

コンサートのもよう

 暫しの静寂の後、ラフマニノフの「絵画的練習曲 op.39より第1番 ハ短調、第9番 ニ短調」へ。速いパッセージから緊張感を煽るフレーズ、ロシアでダイヤモンドダストが舞っているかのようなキラキラとした高音、雷鳴のように轟く低音で、楽曲の表情を88個の鍵盤で表現していく反田。音が生き生きと躍動し、鍵盤の上で指が踊る様はまさに絶景だった。音のみならず視覚からも躍動感が伝わってくるのはコンサートならではの特権だ。

 打って変わって優雅な景色を連想させるグリーグの「トロルドハウゲンの婚礼の日 Op.65-6」を披露。心地よい音の風が吹いてくるような演奏に、観客も目を閉じてその世界観に浸る。ヒーリング効果のある“1/fゆらぎ”を体を心地よく受けているようだった。軽快なメロディと透明感を見事にスタインウェイ《CD75》で表現していく。科学的には音というのは空気を震わせているだけだが、反田とスタインウェイ《CD75》によって格別な空気の振動に変えていく。指が水切りのように鍵盤を跳ねていく様は圧巻で視覚でも観客を楽しませた。

 そして、チャイコフスキーの「四季」を披露。ロシアの一年の風物を各月ごとに12のピアノ曲で描写した作品。今回はその中の7月「刈り入れの歌」から12月「クリスマス」までを演奏。冒険心をくすぐるような和音の躍動感、低音から高音への音階の上昇が緊張感を煽り、ゆったりとしたパートでは絶妙な優しいタッチよる音色で優雅さを演出。目を閉じればそこにロシアの景色が広がっていくような演奏に、ロシアに滞在している反田ならではのリアリティのある演奏に、観客も演奏の最後には大きな拍手を反田に送った。

鮮やかな指さばきで楽曲を奏でる

鮮やかな指さばきで楽曲を奏でる

バースデイサプライズ

 第2部ではラフマニノフの「ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op36」を披露。音が意志を持った生き物のようにホールを駆け巡っていくようだ。時にはナイフのような鋭さ、氷のような冷酷さを高音を使って様々な表情をつけていく。ピアノは鍵盤を叩けば誰もが音をならせる楽器ではある。しかし、奏者によってこれほどまでに表情を変えられるということに驚かされた。楽曲の感情を読み取り、自身の感情と掛け合わせ一つの新たな楽曲として生まれ変わる瞬間。

 鍵盤から指を離しても音の余韻が消えないという1912年製ピアノ「ニューヨーク・スタインウェイ」。それは時に不協和音になるというデメリットも存在するという。しかし、反田はそれまでもコントロールし、極上の音色を聴かせてくれた。88個の鍵盤で喜怒哀楽、四季折々、生と死、何もない空間に様々な色で彩っていく。若干22歳という若さだが、すでに何十年という重みのある人生を奏でているようだった。

 演奏が終了し、席から立ち観客に挨拶をすると突然照明が暗転した。天井を見上げる反田。会場にはハッピーバースデイのメロディが流れた。その音を聴いてすかさずピアノ前に座り、自身でもそのメロディをユニゾン。そして、バースデイケーキが登場すると反田は早速つまみ食い。観客もその無邪気な姿に笑いが起こった。

愛器スタインウェイと観客に挨拶

愛器スタインウェイと観客に挨拶

 ここで反田がMCをとった。「ビックリしています。追加公演が開催されることも決まり、ここで6日間お届けできるという幸せを本当に噛み締めております。(誕生日サプライズが)急すぎたので、足が非常に震えています。ステージでお祝いしてもらうのは初めて」と演奏できることとサプライズへの喜びを語った。

 お祝いのお返しにフランツ・リストの詩的で宗教的な調べより第7番「葬送」を演奏。リストが反田に憑依したかのような圧巻の演奏で観客を魅了していった。終盤では速いフレーズでも1音1音に魂が込められている、まさに超絶技巧の狂気に満ちた演奏を披露。そして、ラストにもう一曲、シューマン/リストの「献呈」をプレゼント。華やかな音色がホールを満たしていった。演奏が終了すると止まることのない大きな拍手が会場に響き渡った。その拍手に呼び戻されるように、ステージに舞い戻っては何度もお辞儀をする反田の顔は、笑顔に満ちていた。

 至高の時間は終幕を告げた。もう二度と同じ演奏は聴くことができない。追加公演が9月7日、8日、9日の3日間おこなわれることが、同じプログラムではあるものの、きっと今日とはまた違った演奏になることだろう。人生と同じで、そんな一期一会の音を楽しんでいる反田の姿が目に焼きついた。

 反田は以前のインタビューで「僕はホロヴィッツの演奏にはもちろん敵いません。比べ物にはならないんです」と語っていたが、着実に近づきつつあると感じた一夜であった。(取材・村上順一)

プログラム

ロシア

スクリャービン:「幻想曲 ロ短調 Op.28」
ラフマニノフ:「絵画的練習曲 op.39より第1番 ハ短調、第9番 ニ長調」
グリーグ:「トロルドハウゲンの婚礼の日 Op.65-6」

チャイコフスキー:「四季」〜12の性格的描写より7月から12月
7月「刈り入れの歌」
8月「とり入れ」
9月「狩の歌」
10月「秋の歌」
11月「トロイカ」
12月「クリスマス」

ラフマニノフ:「ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op36」
第1楽章 Allegro agitato
第2楽章 Non allegro. Lento
第3楽章 L'istesso tempo. Allegro molto

‐アンコール‐
リスト:詩的で宗教的な調べより第7番「葬送」
シューマン/リスト:献呈

コンサート情報

「反田恭平3夜連続ピアノコンサート」追加公演
※追加公演は全てマチネ公演(昼公演)となる。

2016年9月7日(水)、8日(木)、9日(金)
14:00開演 13:30開場
浜離宮朝日ホール

問い合わせ
0570-00-3337(全日10:00~18:00)
サンライズプロモーション東京

▽9月7日(水)14時開演
【ドイツ】
J.Sバッハ:パルティータ 第2番 ハ短調BWV826「シンフォニア」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 Op.13「悲愴」
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 Op.120
リスト:伝説より「波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ」
シューベルト:4つの即興曲 Op.142 D935より第2番 変イ長調
シューマン/リスト:献呈

▽9月8日(木)14時開演
【フランス】
リスト:詩的で宗教的な調べ より第7番「葬送」
ショパン:ノクターン第17番 ロ短調 Op.62-1
ショパン:スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ
ラヴェル:夜のガスパール

▽9月9日(金)14時開演
【ロシア】
スクリャービン:幻想曲 Op.28
ラフマニノフ:絵画的練習曲 Op.39 より第1番 ハ短調、第9番 ニ長調
グリーグ:トロルドハウゲンの婚礼の日 Op.65-6
チャイコフスキー:四季 ~12の性格的描写より7月から12月
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.36

作品(CD)情報

2016年発、100年残る名盤の登場
若き二人の天才がつむぎだす、ネオロマンティックなラフマニノフ
反田恭平「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」
11月23日発売(予定)
SACD Hybird COGQ-97
3000円 + 税

▽収録曲
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 *
ピアノ:反田恭平
指揮:アンドレア・バッティストーニ
RAI国立交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団 *
録音:2016年7月7日=トリノ・オーディトリウム/2015年9月11日=東京オペラシティ・コンサートホール(ライヴ)

ツアー情報

佐渡裕指揮×反田恭平(ピアノ)
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
▽プログラム
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ほか

2017年
4/14(金)府中の森芸術劇場
4/16(日)静岡市清水文化会館マリナート
4/17(月)刈谷市総合文化センター
4/18(火)バロー文化ホール(多治見市文化会館)
4/21(金)キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
4/22(土)コラニー文化ホール(山梨県立県民文化ホール)
4/23(日)藤沢市民会館
4/26(水)須賀川市文化センター
4/27(木)秋田県民会館
4/28(金)リンクステーションホール青森

オフィシャルHP 
http://soritakyohei.com/

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