横浜銀蝿Johnny、67歳の自問自答 音楽が苦痛だった日々すら「最高の今」への伏線
INTERVIEW

Johnny(横浜銀蝿)

67歳の自問自答 音楽が苦痛だった日々すら「最高の今」への伏線


記者:村上順一

撮影:村上順一

掲載:26年01月28日

読了時間:約11分

 1980年代、リーゼントに革ジャンで日本中を席巻した「T.C.R.横浜銀蝿R.S.」。その中心人物であり、ソロとしても一世を風靡したJohnny(Gt)が、ついに沈黙を破る。ニューアルバム『ヨコハマ・グラフィティ』(1月28日発売)は、実に40年ぶりのソロ作品だ。

 本作には、1981年の大ヒット曲「ジェームス・ディーンのように」や、嶋大輔に提供した「男の勲章」の「2026年バージョン」をはじめ、セルフカバーや書き下ろしの新曲を含む全8曲を収録。初回限定盤には、当時の楽曲をリマスターしたベスト盤『Johnny The Best』に加え、リード曲「Pure Mind」「二十才(はたち)の頃」のミュージックビデオ2曲(MV)、プロインタビュアー・吉田豪氏によるロングインタビューを収録したDVD、全32ページの別冊フォトブックが付属する。

 驚くべきは、その空白期間の歩みだ。Johnnyはアーティスト活動を休止後、キングレコードに入社し、最終的にはベルウッド・レコードの代表取締役社長にまで上り詰めた。それと並行して「横浜銀蝿40th」としてバンド活動を再開したのも記憶に新しい。かつて鋭い眼光で「ツッパリ」を体現した男は、豊かな経験を経て、深い包容力と感謝を湛えた「イケオジ」へと変貌を遂げていた。しかし、その瞳の奥には、高校時代に隣の席の少女に恋をし、日本武道館を夢見たあの頃の「ピュアな少年」が今も確かに存在している。ビジネスの最前線で「売る側」として音楽に携わってきた彼が、なぜ今、再び自ら歌い、ギターをかき鳴らすのか。その真意に迫った。(取材・撮影=村上順一)

「おもちゃにしていいよ」――かつての部下たちが作った再始動の舞台

Johnny

――40年ぶりのソロ活動再始動。世間もファンも驚きを持って迎えましたが、何よりご本人が一番驚かれているのではないですか。

 俺自身、この年齢(67歳)でニューアルバムを出せるなんて1mmも想像していませんでした。きっかけは、キングレコード時代の部下だったメンバーたちが「来年はソロデビュー45周年です。アルバムを出しませんか?」と企画を持ってきてくれたことなんです。

――かつての「部下」が「元上司」をプロデュースする。異色の形ですね。

 制作現場もジャケット周りも、俺がベルウッド・レコードの社長だった頃の部下や、キングレコードの後輩たちが一生懸命やってくれました。サラリーマンを卒業すると、当時の部下とは疎遠になるのが一般的かもしれませんが、彼らは今でも俺のことを「ジョニーさん」と慕ってくれる。それが一番嬉しかったですし、彼らの期待に応えたい、恥をかかせちゃいけないという思いで、「おもちゃにしていいから、何でもやるよ」と言って、プロモーションも含めて全力を尽くしています。

――楽曲制作やレコーディングはいかがでしたか?

 昨年は横浜銀蝿の45周年もあり、その合間を縫っての制作でした。銀蝿のメンバーに迷惑をかけないよう、残りの時間をすべてこのソロアルバムに注ぎ込みましたが、楽しかったですね。ギターを手に鼻歌から作るスタイルは、昔から全く変わっていません。

――1981年の大ヒット曲「ジェームス・ディーンのように」も、2026年バージョンとして新録されています。

 この曲がなければ、今の俺は存在しません。当時は事務所の戦略で、銀蝿のアルバム3枚目まで俺は一切歌わせてもらえなかった。満を持してこの曲を出したからこそ、あのインパクトが生まれたんだと思います。45年経った今も、「頑張っていれば夢はつかめる」というメッセージは、俺の根底にあり続けています。

「なりたかった大人」になれているか――新曲「Pure Mind」に込めた問い

――リード曲「Pure Mind」を拝聴しました。歌詞にある<子供の頃なりたかった大人に 今の俺はなれているかな>という一節は、Johnnyさんご自身の自問自答でしょうか。

 まさに、今回のアルバムで一番伝えたかったメッセージです。10代や20代の頃、俺らは未完成で、根拠のない自信があったり、些細なことで悩んだり怒ったりしていました。そんな「キラキラしていたあの頃」の自分に見せても恥ずかしくない生き方を、今の自分はできているだろうか、と。

――大人になると、どうしても「純粋(ピュア)」ではいられない場面も増えます。

 そうなんです。子供の頃は「気が合うから」という理由だけで友達になった。でも大人になると、学歴や肩書き、あるいは「自分にメリットがあるか」といった邪念がどうしても入ってしまう。もし世界中の人が子供の頃のピュアな心を持ち続けていれば、今世界で起きている悲しい争や不幸な出来事も少しは減るのではないか、そんな思いも込めています。過去は変えることはできないけれど未来は変えていける。俺も含めた同世代の方々に、純粋だった子供の頃を振り返り自問自答することも大切かなと思い作った曲です。

「ゴルフクラブをギターに持ち替えて」――ビジネスの苦悩と音楽への感謝

Johnny

――アーティストから経営者へ。その変遷の中で、音楽への向き合い方はどう変わりましたか。

 正直に言えば、社長業をしていた頃は音楽が「苦痛」になった時期もありました。レコード会社に入った当初は制作現場を楽しめていましたが、役職が上がるにつれ、売り上げや数字、マネジメントの責任が重くのしかかってくる。自分の好き嫌いではなく「売れるか売れないか」で判断し、目標に追われる日々。家に帰っても「音楽なんて聴きたくない」と思うほどストレスを感じていた時期は、その発散のためにゴルフや釣りに打ち込んでいました。

――再び音楽活動を始めた時、「ゴルフクラブをギターに持ち替えて」という言葉が印象的でした。

 本当にその通りで(笑)。でも、一度ビジネスの側面から音楽を突き詰めたからこそ、今こうして再びステージに立てることに深い「感謝」を感じられるようになりました。今はもう、高校生の頃のように純粋に音楽を楽しめている。かつてのメンバーが受け入れてくれて、応援してくれるファンがいて、声をかけてくれるスタッフがいる。今の俺は本当に幸せ者だと思います。

――収録曲「青春 Memories」は、奥様との思い出を歌っているのでしょうか。

 まんま、というわけではないですがモチーフにはしています。高校1年生の時、初めて隣の席になったのが今の妻なんです。付き合い始めたのは高校3年生の時でしたが、今年で結婚40周年を迎えます。

――夫婦円満の秘訣はありますか。

 女性って意見やアドバイスが欲しいわけじゃなくて、ただ話を聞いて、気持ちを受け止めてほしいものなんですよね?なので俺の秘訣は、とにかく「逆らわない、言うことを聞く、謝る」です(笑)。同世代の皆さんにも、この曲を聴いて、今そばにいる大切な人ともう一度恋をしてほしい。そんな思いを込めています。

――その甘酸っぱい曲に続いて、怒りをテーマにした「Frustration」が続く構成が熱いですね。

 若い頃はいろいろなことに怒っていましたから。それを今の言葉に置き換えて書いた曲です。あまり政治的なことは口にすべきではないかもしれませんが、思うところはあります。「もっとちゃんとしてくれよ」って。

――アルバムのラストを飾るのは「湘南ノスタルジー」。横浜銀蝿の翔(Vo)さんが作詞、TAKU(Ba)さんが作曲されていますね。

 TAKUには「ビートルズの『ミッシェル』のような雰囲気の曲を」と頼み、翔くんには「デビュー前の一番はじけてた頃の、ノスタルジックな恋物語を書いて」とお願いしました(笑)。上がってきた歌詞を見て懐かしくなりましたね。今はもうないのですが、稲村ヶ崎に『ペーター』というカフェがあって、仲良くなった女の子たちとよく行きました。

 歌詞にレストラン「モアナマカイ珊瑚礁」が出てきますが、今の若い人たちは134号線沿いの、松明(たいまつ)の炎が揺らめいている店をイメージすると思うんです。でも、俺らはそこじゃない。山を登っていったところにある「本店」こそが、俺らの頃の『珊瑚礁』なんです。そんな思い出に浸りながらレコーディングしました。

――リード曲「二十歳の頃」MVでは、横浜の街を背景にダッジ・チャレンジャーが光っていますね。

 当時はポンティアックの「フォーミュラ」やセリカの「ダルマ」に乗っていたので、それらを探したのですが、状態の良いものが見つからずダッジになりました。ロケ地は自分で決めて横浜の各地を回りましたが、街並みはかなり変わりましたね。

――思い出を振り返る時間になったのではないですか。

 撮影中は「みなとみらい」がまだ貨物列車の車庫だった頃や、赤レンガ倉庫が観光地ではなく本当の「倉庫」だった頃を思い出して、不思議な感覚になりました。昔、川沿いにヤマハのスタジオがあって、デビュー前の銀蝿のリハーサルもそこでやっていました。「横浜からI LOVE YOU」のMVを撮った赤レンガ倉庫、バイトをしていた本牧埠頭、そして結婚式を挙げたホテルニューグランド。横浜は僕の人生そのものです。

「人間万事塞翁が馬」――未来を夢見るすべての人へ

Johnny

――Johnnyさんは「人間万事塞翁が馬」を座右の銘にされていますね。

 人生には、自分ではどうにもできない辛い時期が必ずあります。俺も子供の頃に大病を患い、5年間スポーツができなかった時期がありましたが、その時病院で聴いた洋楽が音楽への入り口でした。会社員時代も、制作から畑違いの宣伝へ異動になり腐りそうになったことがありましたが、その経験があったからこそ、後の社長業をこなすことができた。無駄な経験なんて一つもないんです。

――Johnnyさんが描く、これからの「未来」とは。

 俺は「イメージできない未来は絶対に手に入らない」と信じています。銀蝿としてデビューした時も、無茶だと言われながら「武道館を満タンにし、オリコンシングル1位、アルバム1位を取る」と具体的な目標を言葉にして実現してきました。今の夢は、銀蝿としてもう一度「武道館」に立つこと。メンバー全員でそこに向かって走り続けています。

――最後に、読者や若い世代へメッセージをお願いします。

 人生は意外と短いです。「生まれ変われるなら?」と聞かれることがありますが、俺は今の人生が最高だと思っているから、生まれ変わりたくない。皆さんもその時々の選択を大切に、悔いのない人生を歩んでほしい。そして、3月からの『Johnny Live Tour "ヨコハマ・グラフィティ"』は、ソロライブとしては41年ぶりで、ソロライブツアーは初になります!「セカンドバージン」のような気持ちでステージに立ちます。ぜひ、今のJohnnyを観に来てください。

(おわり)

作品情報

Johnny New Album「ヨコハマ・グラフィティ」
2026年1月28日リリース

<初回限定盤>
2CD+DVD|三方背ケース仕様
7,800円(税抜価格7,091円)|KICS 94239
 
封入特典
・別冊32Pフォトブック
・Johnny Live Tour “ヨコハマ・グラフィティ” CD封入先行シリアルナンバー
※申込締切:2026年2月8日(日)
 
<通常盤>
CD ONLY
2,800円(税抜価格2,545円)|KICS 4239
 
封入特典(初回製造分のみ)
・Johnny Live Tour “ヨコハマ・グラフィティ” CD封入先行シリアルナンバー
※申込締切:2026年2月8日(日)
 
DISC01|オリジナルアルバム [初回限定盤と通常盤共通内容]

01 Highway Dancer
02 ジェームス・ディーンのように 2026
03 Pure Mind
04 二十才の頃
05 男の勲章 2026
06 青春 Memories
07 Frustration
08 湘南ノスタルジー
 
[01-07] 作詞・作曲:Johnny / 編曲:Johnny & 時乗浩一郎
[08] 作詞:翔 / 作曲:TAKU / 編曲:Johnny & 時乗浩一郎
 
DISC02|ベストアルバム [初回限定盤のみ]

01 ジェームス・ディーンのように
02 $百萬BABY
03 土曜の夜はHighway Danceで
04 みにくいアヒルの子
05 誘惑カーチェイス
06 いろあせて蜃気楼
07 鏡の中の自分
08 Let's do!
09 恋のOne Scene
10 太陽のツイスト / Johnny&みゆき
11 88の星座
12 真夜中のレーサー
13 セクシー・ルウ
14 ジュリエットの幻影
15 リボンをほどいて
16 KISS ME DARLIN'
※「$百萬BABY」の「$」は縦線二本
 
[01] 作詞・作曲:Johnny / 編曲:T.C.R.横浜銀蝿R.S.
[02,10] 作詞:松本 隆 / 作曲・編曲:Johnny
[03,04,08,09] 作詞・作曲・編曲:Johnny
[05,12,14,15,16] 作詞:松本 隆 / 作曲:Johnny / 編曲:大谷和夫
[06,07] 作詞・作曲:Johnny / 編曲:大谷和夫
[11] 作詞・作曲:Johnny / 編曲:戸塚 修
[13] 作詞:松本 隆 / 作曲:Johnny / 編曲:入江 純
 
DISC 03|DVD [初回限定盤のみ]
01 Pure Mind (Music Video)
02 二十才の頃 (Music Video)
03 Johnny ロングインタビュー

この記事の写真
村上順一

記事タグ 

コメントを書く(ユーザー登録不要)

関連する記事