歌手、タレントの香坂みゆきが、4月9日に『BEST OF CANTOS』をアナログ盤でリリースする。本作は、1991年に3枚リリースされたJ-POP名曲カバー集『CANTOS』の中から香坂自身が選曲したベスト盤。また、代表曲「ニュアンスしましょ(Studio Live 2025) 」と2022年に配信リリースした石川セリのカバー「虹のひと部屋」など最新テイクや近年のカバー曲、昭和のマスターピースを含む全11曲を収録。インタビューでは、4月12日には天王洲KIWAでライブを開催する香坂に、『CANTOS』をリリースした当時のエピソードや、「ニュアンスしましょ(Studio Live 2025) 」のレコーディングについて、人生を楽しむ秘訣を聞いた。(取材・撮影=村上順一)
曲順もこだわった『BEST OF CANTOS』
――『BEST OF CANTOS』がアナログ盤でリリースされますが、アナログ盤でリリースされることになった経緯を教えてください。
ここ何年かアナログがブームになっていて、一時期アナログを取り扱ったレコード店は見なくなったけど、今は少ないながらも、またレコード屋さんが復活してきました。そこに私たちのような年代の人ばかりが行くのではなく、若者たちが行っているというのがちょっと面白いねって話をみんなとしていたんです。この『CANTOS』をリリースした当時はCDしか出していないのですが、収録曲は昭和の時代の楽曲なので、アナログでリリースするというのが面白いと思いました。
――香坂さんがデビュー当時はアナログレコードとカセットテープが主流でしたよね。
そうです。最近になって、アナログを良い音で収録するには何分以内に収める必要があると最近知りました。
――『CANTOS』3枚の中から40分、45分に収めることになりますが、楽曲を選定するのも大変だったと思います。
最初はレーベルの方が調整してくれていたのですが、曲順など私が1から全部やり直しちゃって(笑)。タイトルの横に曲の長さを書き出し、パズルのように並べ替えながら、いい音質で収録できるよう調整しました。
――レコードはA面の1曲目、B面の1曲目がすごく重要になってきますよね? 代表曲「ニュアンスしましょ」のスタジオライブバージョンを1曲目にしたのは?
『BEST OF CANTOS』と名前がついてるので、メインは『CANTOS』に収録曲になりますし、「ニュアンスしましょ」はセルフカバーということもあり、最後にしようという案もありましたが、やっぱりA面の1曲目だよねって。
――B面1曲目の「虹のひと部屋」は石川セリさんのカバーで、とても気に入っている曲ですよね。
そうです。『CANTOS』の収録曲ではなかったのですが、これもカバーなので60歳を超えてから歌ったカバーも入れることにしました。
――20代の香坂さんと今の香坂さんが入り混じったベストアルバムになっているんですね。
A面、B面の1曲目は60歳を過ぎた私の歌でスタートして、20代に遡っていきます(笑)。
――ところで、タイトルの「CANTOS」とはどういう意味があるのでしょうか。
イタリア語にカンターンという言葉があって、それは歌という意味なんです。それをタイトルにしました。
――ベストの中で特に思い入れのある曲は?
「春の予感」かな。尾崎亜美さんが作った曲で南沙織さんが歌っているのですが、私はデビュー前から南沙織さんが大好きで、カバーできてすごく嬉しかったのを覚えています。
――当時の『CANTOS』の選曲は、香坂さんのリクエストもかなり反映されていたのでしょうか。
私がリクエストした曲もありますし、当時のスタッフさんが「この曲はどう?」という感じで収録した曲もあります。たとえば荒木一郎さんの「空に星があるように」や島倉千代子さんの曲は、私の世代の曲ではなかったので、周りから勧められてチャレンジした曲でした。
――『CANTOS』に収録されている曲たちは、香坂さんが歌うことで、オリジナルとは違う側面を打ち出していて興味深いです。
カラオケで歌っているような感じにはしたくない、という思いがありました。アレンジもオリジナルとはそれぞれ異なるので、その違いも楽しんでもらえたら嬉しいです。
――今回のアナログ盤のジャケ写の雰囲気もいいですね。
デザイナーさんが考えてくれたものに、あれこれ意見を出して調整しました。今度いつ出せるかわからないですし、とことんやりたいと思い、ジャケ写にもこだわりました。
――「CANTOS」のCDのジャケ写は、どこかオリエンタルな雰囲気で神秘的でした。
当時はおしゃれすぎて「誰これ?」っていう(笑)。ジャケ写も含めて1歩先ではなくて3歩ぐらい先を行っていたアルバムでした。当時デザイナーさんの意図はお聞きしていたと思うのですが、30年以上前のことなので、忘れてしまいました。ヘアメイクを担当してくださった嶋田ちあきさんに、何十年かぶりに偶然ある番組でお会いしました。嶋田さんはバンコク在住なんです。それで私が「今度バンコクに行くんですけど」と言ったら、「じゃあバンコクでお茶でも飲みましょう」となり、嶋田さんの奥様ともお会いできて、『CANTOS』のジャケット写真、懐かしいねとか話をしました。
――当時のアイドルのジャケ写はポートレートが多かった印象です。
確かにそうですね。ただ、『Nouvelle Adresse』は私が写っていない、アート性が高いジャケ写でした(笑)。アイドルなのに当時それを良しとした制作スタッフはすごいなと思います。
――アイドルというよりもアーティストでしたね。先を見据えた活動だったのかなと思いました。
シンプルにその時の勢いだったと思います。先のことなんてほとんど考えていなくて、いま何ができるか? 何が面白いかとそればかり考えていたと思います。周りもアイドルらしくない作品を作ろうとしていて、制作側としてもとても楽しかったです。プロデュースをしてくださっている杉村さんとは、3 年ほど前からまた一緒にやらせていただくようになって、しみじみと「時代が変わって良かったね」と話していました。
過去の作品を配信できる世の中になるとも思っていなくて、『CANTOS』も廃盤になって埋もれていくだけだと思っていましたから。当時は先を行き過ぎて、あまり聴いてもらえなかったけど、いま聴くととても良いアルバムだったなと。新たに音源として出しても全然恥ずかしくないアルバムです。
――参加されているミュージシャンの方々もすごいメンバーで聴きごたえがありますし、クオリティがとても高いです。このベスト盤で興味を持ってもらって、いま配信されている3枚も聴いてほしいですね。
聴いてほしいです。デビューした時のアイドル路線を今やってほしいと言われても、ちょっと企画ものみたいになってしまう感じが私の中ではあって、ライブで「デビュー曲を歌って!」と言われるとちょっと敬遠してしまう部分はあるけど、20歳前ぐらいから歌わなくなるまでの楽曲はいま歌っても違和感ないので、それはすごいことだなと思います。
――「ニュアンスしましょ」は40年前の曲ですが、新鮮に聴こえます。
EPOさんが作った曲はどれもキャッチーです。当時のコマーシャル業界、化粧品業界の最先端のおしゃれな人たちが、この曲を使いたいとなった曲ですから。EPOさんは高見知佳ちゃんの「くちびるヌード」や、松田聖子ちゃん、岡田有希子ちゃんの曲もやっていましたし、いま聴いても全然古くなってないです。
――今回、スタジオライブバージョンとのことですが、レコーディングはいかがでした?
シンガーのちひろペちゃんと青山でライブを一緒にやる機会があって、その縁からちひろぺちゃんが中心となって進めて行きました。そのライブの時に「ニュアンスしましょ」を彼らがアレンジして演奏してくれて、それがすごく心地よかったので、「ぜひこのメンバーでレコーディングしたい」と話したら、快く引き受けてくれて。オリジナルにあるオリエンタル感は残しつつ、若い方のエッセンスを加えたバージョンになりました。
――一発録りになった経緯は?
バラバラに録音するのもいいけど、このメンバーならライブ感があった方がいいとなり、ちひろぺちゃんもコーラスで参加してくれたので、ボーカル2人、楽器4人で“せーの”で録ろうとなりました。当日はフルで4回ぐらいツルッと歌って、後でコーラスを足したりダビングもしましたが、基本トラックは一発録りです。
――10代、20代の頃はバンドと同録というスタイルはありました?
ないです。大先生が作ってくださったオケに歌をレコーディングしていくスタイルでした。ただ、後半は後藤次利さんがベースを弾いているのを見たり、佐藤準さんとお話したりしながらやっていました。80年代後半、90年代は自分も参加している、一緒に作っている感があって楽しかったです。
ライブで観客が5人
――恒例となった周年ライブが4月12日に天王洲KIWAで開催されますが、見どころは?
去年は『CANTOS』のようなカバーをメインにした第1部と、これまでの楽曲を披露する第2部の2部構成でしたが、今回は1回公演になります。最初はライブ用の譜面を作るのも大変でしたが、この3年でたくさんストックができたので、とりあえず20曲近く選んで、リハーサルをしてからまた考えようと思っています。「ニュアンスしましょ」は世の中の人がなんとなく知ってくれている曲ですが、例えば『Nouvelle Adresse』や『La Vie Naturelle』のようなおしゃれなアルバムの曲もあれば、カリフォルニア的なロックン・ロールみたいな曲もあります。他にも伊藤薫さんが書いてくださった「レイラ」や、山崎ハコさんの「気分をかえて」など、曲のバラエティが富んでいるので、並べるのが大変なんです。
――「レイラ」を生で聴かせていただいて、とても感動しました。今でもオリジナルキーですよね?
楽曲自体は半音下げていると思います。3年前、全く歌っていないところから始めたので、キーも無理して歌うよりは、今の音域に合わせました。ただ、最近はボイトレをしてキーは戻ってきましたし、さらに下に増えたので音域が広がり、ちょっと楽になりました。
――お話からもライブを楽しんでいる様子が伝わってきましたが、昔からライブはお好きでした?
ルイードとかでやっている頃は楽しくやっていました。ただ、途中からライブをほとんどやらなくなってしまい、『CANTOS』をリリースしたときは、芝浦で1回だけライブをやったくらいでした。
――香坂さんの中で印象的だったライブは?
地方でのライブですね。東京はまだ良かったのですが、地方へ行くとお客さんがほとんどいないときもありました。ステージに出たら客席に5人ぐらいが座っていて、ステージにいる人数の方が人が多いんじゃない?って(笑)。ただ3回ぐらい同じ場所でライブをやっていくうちに、立ち見が出るようになりました。お客さんがどんどん増えていくのはとても楽しかったです。「すごくない!?」とか興奮しながらやっていて、とても印象に残っています。
――そんなことがあったんですね。そのときのライブのクオリティが集客にすごく影響しますね。
SNSもなかった時代ですし、会社が宣伝してくれない限り、私にはどうしようもないという世界でした。ラジオに出演してちょっと宣伝できるかなぐらいです。あとは口コミです。来てくださったその5人のお客さんが誰かに声をかけてくれて、10人になるといったことを繰り返すしかなかったんです。
――近年は新たなライブの楽しみも生まれましたか。
当時はサンミュージックが作ったバンドメンバーで、いつもやっていたのですが、今はいろいろな方とご一緒できることです。ここ3年間の周年コンサートのメンバーは、新たに集めたメンバーで固定なのですが、イベントでは毎回違うミュージシャンの方たちとやっています。番組絡みのライブだったら、その番組で集めたバンドの皆さんとやりますし、ちひろぺちゃんとやれば、そのチームの人たち、桑田靖子ちゃんとやれば靖子ちゃんの事務所のチームでやるのですが、こういうメンバーでやるとこういう風になるんだとか、いろいろ発見があります。
――音楽は生き物だなと実感されていて。
本当にそうです。また、今回サイン会を50年ぶりくらいに開くのですが、それはミニライブ付きということで、ギタリストの古川浩さんにお願いして、ギター 1 本で数曲歌います。それもまた新しい試みなのですが、とても楽しいです。
人生を楽しむ秘訣
――とても充実されているのが伝わってきますが、人生を楽しむ秘訣はありますか?
私はですけど、やりたいことを口に出すことです。やりたいけどできないからと言わないでいると、そのまま何も起きないけど、こんなことやってみたいと言うと「できるんじゃない?」、「やってあげるよ」、「一緒にやろうよ」という人が出てきて、実現されていくことがあります。自分の中で温めておくのももちろん大事なんだけど、思い切って言ってみることが人生を楽しむ秘訣かもしれないです。
昔から仲が良かったお洋服屋さんの友達が「ライブやるんだったらバッグとかグッズを作ろうよ」とか「友達にTシャツ屋さんいるから聞いてみる」とか、そこでグッズを作ってくれたりします。
――予期しないことが起きていくわけですね。
それは難しいよねとなったら切り捨てて、こっちはどう?って提案して。そうすると「できるんじゃない?」っていう人が出てきます。
――時には切り捨てる潔さも時には必要で。それに対してまた違うものをまた提案していくと。
引きずる必要もないですから。私は59歳から新たに始めましたが、59歳からでもやりたいと思ったことができるようになるんだって。あっという間の 3 年間で「あれ!? もう62歳になっちゃった」と思うけど、そういう人生も面白いです。
――今のお話を聞いてコミュニケーションの大切さを改めて感じました。
年齢的にもできなくなることもあるから、とにかくやりたいことはすぐにやるといった感じです。若いときはいつかできると私もそう思ってました。でも、明日死んじゃうかもしれないとか考えてしまう。すぐに動くことは若い人より切実だと思っています。
――解散したバンドが再結成したりすることも多い昨今ですが、そういうことかもしれないですね。
早くやっておかないと誰かいなくなってしまう。そういう危機感もあると思います。解散して10年経ってみたら「なんで俺たちケンカしていたのか?」と思うこともあったり。都合いいところだけ忘れてしまっていることもあるかもしれないけど、それはそれでいいと思います。
(おわり)
【ライブ情報】
3月28日 BS朝日 シティポップスタジオ LINECUBE
4月12日「天王洲KIWAライブ」
4月20日「渋谷HMVrecord shopイベント」
7月5日「大阪 Soap Opera Classics ライブ」
▽香坂みゆきプロフィール
3歳でモデルをはじめ、12歳の時フジテレビ「欽ちゃんのドンとやってみよう!」のマスコットガールとしてお茶の間の人気者に。
1977年(14歳)「愛の芽生え」で歌手デビュー以後、女優、タレントとしてテレビ、映画、舞台、CMなど幅広く活躍。趣味は書道。
現在は、テレビ東京の「なないろ日和」のレギュラーMC、ラジオ日本「加藤裕介の横浜ポップJ」木曜パーソナリティーも担当。