STU48のキャプテン・今村美月が、自身初の写真集『月の位置』を発売した。今月31日に開催される卒業コンサートをもってグループを卒業するが、本作のオファーは卒業が決まる以前に受けていたといい、いわゆる卒業記念写真集という位置づけではない。歌唱力やダンスなどパフォーマンス力に優れるが、元来サポート心が強く控えめな性格。だが、様々な体験を経て「表現者」としての自信と意欲が日に日に増してきているという。その「表現者・今村美月」、そして「等身大の今村美月」を切り撮ったのが本作と言える。今村はどのような思いで臨んだのか。そして卒業をどう捉えているのか。【取材・撮影=木村武雄】
消極的な私
――卒業はいつ頃決めたんですか?
ちゃんと日程を決めたのは去年7月くらいです。2年前くらいから相談していました。『花は誰のもの?』の発売前ぐらいですかね。本当は22歳でやめるようなことは言っていて、その時が来てどうしようかなと考えて考えて相談したという感じでした。
――いやびっくりですよ。去年10月に瀧野由美子さんと卒業インタビューしているじゃないですか。
そうなんですよ。私の方が先に決まっていたから、どういう気持ちでいればいいのかも分からず…。ゆみりん(瀧野由美子)を送り出して、これから引っ張っていくからみたいなことも気持ち的にも言えなかったですし…。
――いやいつもと空気感が違うなと思ったんです。多くが媒体の取材を受けていたから疲れていたのかもしれないとは思ったけど、今思えば言葉にためらいがあるというか…。
STU48にとって卒業シングル自体が初めてでしたから、どういう言葉を出せばいいのか分からなかったというのもあると思うんですけど…。
――悔いはないですか。
個人としてはないです。ただ、キャプテンとしてもっとグループを上に上げたかったというのはあります。
――やり切った感じなんですね、ソロツアーも実現して。
はい。
――卒業後は?
お芝居もしたいんですけど、歌やダンスもやりたくて。ソロツアーをやらせていただいてから、楽しいなっていう気持ちがあって、今後もやっていけたらいいな、オリジナル曲とかできたらいいなって。事務所のスタッフさんにも相談しているんですけど、いろんな活動ができたらいいなって思います。
――今村さんは支える立場で、性格も控えめというのがありますけど、AKB48グループ歌唱力No.1決定戦がきっかけで改めて表現することの楽しさを感じて、そして今回のソロツアーで表現者としての確固たる決意がついたのではないかと推測しますが…。
歌唱力決定戦は、予選に出場するだけでもたくさんの方に歌を聴いていただけますし、その様子がテレビでも流れるので、記念受験みたいな感覚でした。でもまさかあそこまで行けるとは思っていなくて。ファイナリストライブは本当に楽しくて。褒めていただけるというか、よかったと言ってもらえることが多くなって自信につながりました。
ソロツアーも私の卒業が決まってからで、アイドルのようなツアーではなくて、生バンドで管楽器の方もいらして、ちょっとジャズチックだったり、全然毛色の違うライブがしたいって言ってらっしゃる方もいて、卒業だから一緒にやらない?って誘って下さって始まったものだったので。
やっぱり一人でやると集客が怖いじゃないですか。目に見えちゃうので。だから考えたことがなかったんですけど、でも最後ですし声をかけて下さったのでやろうと。実際始まったらやっぱり楽しくて。今後も続けられたらいいなって思っています。
――やっぱり個人としては、歌唱力決定戦の印象が強くて。あれで自分の世界を広げたじゃないですか。
確かにそうですね。もともと消極的な性格でどうぞどうぞって感じだったんですけど、キャプテンになってよりみんなを前にっていう気持ちが強くなって。でも歌唱力決定戦とか何か個人として見てもらえる機会があると、それをきっかけにグループに興味をもって下さる方もいるので、消極的になることが悪いことだけじゃないとは思うけど、もっと積極的になっても良かったかなっていう気付きは後々にありました。
作品になりたい
――そういう中での今回の写真集というのは、もしかしたら誌面で放つ自分の輝きがグループにも還元していくかもしれないと。グループとしては7人目ですよね。反響が良ければ後に続くかもしれないですよね。
アイドルっていうイメージが、自分の中だと、写真集、卒業コンサートっていうのが大きくあるので、希望するメンバーにはやってほしいなっていう思いがあります。コンサートとかもまだふうちゃん(薮下楓)とななさん(岡田奈々)とゆみりんがやったくらいで、7年間の歴史の中では拍車がなかなか動かないというか…。ひなちゃん(岩田陽菜)とおきちゃん(沖侑果)とかは決まっているけど、ゆみりんに続いて私がやっていくことで、どんどんみんなができるようになっていったらいいなっていう思いでさせていただいたのもあります。
――写真集は卒業記念とはうたっていないですよね?
卒業だからというわけではなく、もともと出したいと思っていただいて、卒業記念写真集ではなくファースト写真集っていう位置づけなんです。だからあまりしんみりしたカットはなくて、延長線上での一環みたいな。
――どういうふうな自分像を出していこうと思ったんですか。こういうふうに撮ってほしいとかカメラマンに言われたこととかあったら。
自分自身をどう出すかっていうのはなかったんですけど、カメラマンが、撮った写真を見てかわいいとかきれいとかじゃなくて、この写真は何を考えているんだろうみたいな写真の奥深くまで見て下さった方が考えるような、ふと思い出してまた写真集を開きたくなるようなページを作っていきたいとおっしゃって。今までのグッズや生写真とかだと決め顔というか、いかに良く写るかみたいな感じだったけど、写真一枚でその時私が何を思っていたかが分かるようなカットは、あまり自分の中になかったというか、そういう写真の撮られ方の思考がなかったので、今まで無心でいることが多かったんです。でも今回は、何かを思いながらやろうって思いました。例えばSTU48号が停泊していた広島港での撮影の時は船を思い出しながらこんなことあったなって考えたりしながら。何かを考えるようにして撮影に挑みました。
――ロケーションは思い出深い所を周った感じですか。
STU48としての思い出深い場所は広島港と尾道くらいです。でも、尾道も何回か撮影をさせていただいたんですけど、場所的には新しい場所で。「風を待つ」のMVのロケ地と近い通りではあったのですが…。
――今村さんは涙もろいじゃないですか。広島港で涙が出そうになったりしなかったですか。
しなかったです(笑)。最初の日でしたし、初めての写真集で頭がいっぱいいっぱいだったというのもあるかもしれないですけど、ありがとうという気持ちのほうが大きいです。逆に晴れやかな気持ちというか、写真集でまた広島港に行けて良かったなと思いましたし、卒業する前にもう一回個人として行けたらいいなと思いました。
――卒業してから行くとちょっと込み上げてくるものがあるかもしれないですね。でも今はすっきりしてるというか、自分の中で区切りをつけられたということですよね?
STU48のことも大好きですし、すべてにおいて前向きな未来というか、前向きな卒業なので、まださみしさはないです。
――それ以外での場所での撮影はどういう気持ちでやったんですか。
水着とかランジェリーとかもあったので、その場になじめるようにというか、風景の一つじゃないけど、作品になりたいなと思いながら撮影しました。
――特に印象に残っている写真と撮影があったら教えて下さい。
プールで撮影をさせていただいたんですけど、プールに入るのが個人的には中学2年生ぶりで…私、泳げないんですよ。大人になったから泳げるかなと思ってたんですけど、全然泳げなくて。しかも浮けないんですよ。だからビート板を2枚背中に置いて浮いてるように撮影して大変でした(笑)。撮影で一番大変だったかも。
――ひっくり返ったりしなかったですか。
ギリギリ大丈夫でした。髪型もアップにして爽やかだけど表情的に大人っぽい感じで印象に残っています。
――この作品を経験したことで得たものはありますか。
もともと写真集を出すことを考えたことがなくて。自信がなくて遠ざけていたんですけど、お話をいただいてやってみようと思って。応援下さっていた方がみちゅは出さないって言っていたから諦めていたけどやってくれて良かったって言ってくれて。それを聞いて知らぬ間に諦めさせていたんだなって気付いて。でもやってみたら楽しいし、みなさんのサポートのおかげがあってですけど、すごくいいものになったと思っているので、自分の考え一つで遠ざけていたのは良くなかったなっていう学びがありました。
――今村さんってダンスが得意だし歌唱力もあるから筋肉がすごいと思うんですよ。後ろ姿のカットを見てもやっぱり引き締まっているなって。何か特別にやったことはありますか。
ないです(笑)。フィッティングをさせていただいたときにSTU48の女性のスタッフさんから、痩せるんじゃなくて引き締めるくらいの気持ちでいいんじゃないって言っていただいて。でもその期間にクリスマスもお正月もあったので我慢できなくて(笑)。卒業後は上京するので、上京前に家族と過ごす大事なクリスマスとお正月だったので、自分の欲望のままに過ごして(笑)。でもお正月過ぎてからは自制心が働いて、甘いものを食べなくなったりジュースも飲まなくなったりしていい感じで撮影はできたんですけど、特に頑張ったみたいなことはなくて、ありのままに行こうって気持ちでした。今のままが喜ばれるんじゃないかなって。
(おわり)