楠木ともり、明確になった意識 4th EPで見せたシンガーとしての成長
INTERVIEW

楠木ともり

明確になった意識 4th EPで見せたシンガーとしての成長


記者:村上順一

撮影:

掲載:22年06月12日

読了時間:約11分

 声優でシンガーソングライターの楠木ともりが6月1日、4th EP『遣らずの雨』をリリース。声優としてテレビアニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』、『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』、『TIGER & BUNNY 2』など人気作に出演。2020年8月に1st EP『ハミダシモノ』でメジャーデビュー。その後もコンスタントに作品をリリースし、昨年12月には有観客ワンマンライブKusunoki Tomori Birthday Live 2021 『Reunion of Sparks』を開催し成功を収めた。4th EP『遣らずの雨』は雨をテーマにしたバラエティに富んだ4曲を収録。インタビューでは本作の制作背景に迫りながら、楠木ともりが今追求していることなど、多岐に渡り話を聞いた。【取材=村上順一】

人に聴いてもらうということが明確になった

『遣らずの雨』通常盤ジャケ写

――今回4枚目のEPはどのような1枚になったと思いますか。

 ストーリー性がある曲もあれば、苦しみを描いた深く刺さるような曲、音楽性を追い求めた曲があったりと、前回の2ndEP、3rdEPでいろいろ挑戦した上で、そこを踏まえて少し原点に戻ってきたようなEPになったのかなと思います。

――EPのテーマが「雨」になった経緯は?

4th EPの制作をスタートさせる打合せの際に、スタッフさんから「雨をテーマにするのはどう?」と提案いただいて。リリース時期も6月を予定していましたし、私も次の作品かそれ以降でやりたい曲をリストアップしていた中で、透明感のあるアンビエントやエレクトロニカをやりたいと提案していたんです。その時はちょっと雰囲気が絞られてしまうテーマかなと思ったんですが、改めて考えると日本は雨の降り方であったり、雨に付随するストーリーなど、いろんな雨を描いてきた国なので、もしかしたら私もいろんなことを書けるかもしれないな、と思いました。

――楠木さんが雨と聞いて思い出すことは?

 小学生のときに濡れると模様が浮かび上がる傘を両親に買ってもらったことがありました。その傘を早く差したくて、雨が降るのが楽しみだったのを覚えています。他にも、小学生のときに音楽の時間に歌った新沢としひこさんが作詞された「雨ふり水族館」という曲がすごく好きでした。雨が特別な景色に見える、町中を水族館に例えて歌った曲なのですが、その歌詞が未だに見なくても歌えるぐらい印象に残っていて。そこから雨がちょっと特別なものに感じられるようになったのかもしれないです。それまで歌詞をそんなに深く考えたことはなかったけれど、情景が思い浮かぶ歌詞が、物語を読んでいるようで。この曲をきっかけに歌詞をよく読むようになったので、印象に残っています。

――楠木さんは作曲もされていますが、楽曲を作る上でのご自身の変化はどう感じていますか。

 人に聴いてもらう、ということが明確になりました。メジャーデビューしていろんな方達の反応を見ていくなかで、何を伝えたいか、どういう景色が思い浮かんでほしいのかなど、一人よがりではなく、聴いた人がどう受け取るか、というのを常に頭の片隅に置きながら作るようになりました。

――「遣らずの雨」というこの言葉も印象的でした。

 EPの打ち合わせの際に、スタッフさんが資料の中に入れてくださっていた言葉です。雨に関するワードを沢山書いてくださって、一番意味合いとして気に入った言葉が「遣らずの雨」でした。今まで自分の抱える苦しみや、人の抱える苦しみを紐解いて書いたことはありますが、苦しんでいる人そのものではなく、その周りにいる人をよく見つめたことがなかったなと思いまして。

 「遣らずの雨」という言葉の意味を調べた時に“帰ろうとする人を引き止めるように降る雨”という意味があることを知りました。、

――その中で苦しみというのもテーマとしてあって。

 苦しんでいる人って、周りから絶対に立ち入れないような壁があると思うんです。だからそこに閉じこもってしまっていて、なかなかその扉を開けてもらえない。かといって自分でも突き破ることはできないんです。でもそこに入らないと伝えられない言葉があって、それを突き破るのって、苦しむよりももっとエネルギーが必要なことなのかなと。きっと苦しんでいる人を助けられるのは、殻を破ってその人の元に行けた時が唯一の瞬間だと思ったので、苦しみの連鎖や誰にも言えない苦しみを紐解いて書きたい、と思ったのがきっかけです。

――アッパーな曲調ですが、アレンジもいいですね。

 今回、アレンジコンペを初めて行いました。2人のアレンジャーさんに詞とメロディのデモをお送りして編曲をお願いして。その中でお願いしたのがラムシーニさんだったんです。

――どんなリクエストをされたのでしょうか?

 まずバンドサウンドであることをお願いしました。そして、曲自体に不安定な感情があるので、それを感じさせるサウンドであること、今回の裏テーマとして透明感を出すEPにしたいと考えていたので、激しい中にも儚さ、消えてしまいそうな透明感というのをサウンドに取り入れていただきたいなどをお願いしました。

――透明感を特に感じた部分は?

 私はピアノの音が好きで、今までのほとんどの曲にピアノが入っているんですが、透明感、儚さのある楽器だなと思っていて。ピアノがすごく効果的に使われていたのが大きかったです。自分のイメージしたものとかなり合致する部分もありました。

――「遣らずの雨」のレコーディングはいかがでした?

 曲自体の情緒が不安定なので、どこでエンジンを掛けていくのか、ちょっとした語尾のニュアンスをどうするかなど、細かいところまで相談しながら録りました。

――サビの<これじゃ僕が悲しいみたいだ 消えたいみたいだ>は歌の表現方法も印象的でした。

 衝動的な曲というのもあって、全体のニュアンスとして、悲痛な感じの歌にしていたんですが、スタッフさんからそういう表現はここぞというときに残しておいた方がいい、とアドバイスをいただいて。ずっと悲痛ではなくて、だんだん崩れて陰気になっていく、その移り変わりを表現するためにも、あまり感情を入れすぎずに歌いました。ちょっと優しく歌ってみたりすることで、その感じは出せたのかなと思います。

――MV撮影はいかがでした?

 楽曲のテーマを監督含めスタッフ皆さんにお伝えして、それを表現した撮影になりました。「遣らずの雨」を聴いただけでは見えなかったところもわかってくる、曲の世界観がより広がるようなMVになったと思うので、ぜひ映像も楽曲と併せて観ていただけたらと思います。

――アー写は割れたガラス間から楠木さんが覗いているという、意味深な感じがありますが、どのようなイメージで撮影されたのでしょうか。

 苦しんでいる人の周りにある殻を破る、破ってあげたいという想いを象徴しているイメージです。

コーヒーは家族を思い出させてくれる香り

『遣らずの雨』初回盤Aジャケ写

――「遣らずの雨」の歌詞に<曇る涙が僕の肺に溜まる>というフレーズがあって、「肺」という言葉は「もうひとくち」という曲でも登場しますね。

 私は特別な言葉をあまり使いたくなくて。肺というのは身近にあるものだからこそ、生々しく感じるところもあると思うんです。この<涙が僕の肺にたまる>というのは簡単に言えば「苦しい」と言いたいだけなんですが、自分のことのように感じられるような生々しさが欲しくて。涙が肺に溜まる、それはどう考えても苦しいということを考えていくと、誰かの悲しみを受け取った上で苦しくなったものなのか、苦しいだけじゃなくて、むせるような感覚があるのか、苦しいだけでは収まらない広がりがある言葉になるなと思いました。身近にあるものとして自分の体から探すことも多くて、それが理由なのかなと思います。

――確かに苦しいという言葉だけでは苦しいしか伝わらないかもしれないですよね。

 3曲目の「もうひとくち」という曲では<肺いっぱい君の匂いを満たして>と表現していて、君の匂いを実際に嗅いでいるわけではないんですが、匂いはすごく曖昧だけど、その人を象徴するもので、この時間が終わったら忘れてしまうものという、ちょっと儚い要素もあるなと思いました。肺に満たされた時はすごく幸せだけど、その後にとてつもない虚無感がやってくるのかなと思ったり。例えば「君で気持ちをいっぱいにして」みたいな言葉選びよりは、もっと近くて生々しくて、その後の想像が広がる歌詞になるんじゃないかなと思い、「肺」という言葉を選びました。

――「もうひとくち」は甘酸っぱい感じもありますが、どこからインスパイアされて書かれたのでしょうか。

 この曲はメジャーデビューEP『ハミダシモノ』に収録されている「眺めの空」と繋がっています。「眺めの空」は女の子に振り回されながら恋していく男の子視点の歌になっているんですが、それとは逆で、女の子視点の曲を描きたいなと思いました。「眺めの空」の女の子も心の中でたくさん悩んでいて、勇気を出して行動を起こすけど、それが良い方に転がったり、悪く転がったりしながらも仲良くなりたいと頑張ってる、ちょっと甘酸っぱさを描いた曲になっています。

――先ほど匂いについてのお話がありましたが、楠木さんはどんな匂いがお好きですか。

 好きな匂いはコーヒーの匂い、あと紙袋のちょっと香ばしい匂いが好きです。特にコーヒーは家族を思い出させてくれる香りなんです。私の家族は土日の午後3時になるとコーヒーを入れておやつを食べるというルーティンがあって、親戚とかも集まると大人たちがコーヒーの香りを部屋に充満させながらが、楽しくワイワイ喋っているのをちっちゃい頃から見ていたので、懐かしくて楽しい空気が思い出されるんです。

――匂いは記憶を呼び覚ますと言いますよね。「もうひとくち」はササノマリイさんが作曲ですが、楠木さんのリクエストで?

 もともと自分で作曲もする予定でした。自分の中でリズミカルで心地良い感じにしたい、という理想があったのですが、この曲は自分の中の引き出しから出すより、他の方にお願いする方がベストかなと思って。どうしようかなと悩んでいるときに、ササノさんが浮かびました。ササノさんとは『プロジェクトセカイ』で初めてお会いしたんですが、その時に感じた人の良さであったり、自分と似た思考回路を感じたので、いつか一緒にできたらいいなと思っていました。もともとササノさんの楽曲がすごく好きで、ねこぼーろ時代から聴いていたので、ぜひお願いしたいですとお話したら快諾してくださって。

――どんなリクエストをササノさんにされたのでしょうか。

 「眺めの空」の地続きであることや、雨宿りがてらおしゃれなカフェに寄る初々しい二人というイメージや、韻を踏んでいるところを活かしたメロディーになったら嬉しいといったお話をさせていただきました。リズミカルな曲にするのであれば、作曲する人がリズムを思い浮かべられる詞がいいなと思って、なるべく韻を踏んだ言葉を使って、リズムを感じていただけるような作詞を心がけました。「っ」が入ってる言葉を繋げてみたり、一番と二番で韻を踏んだりしながら、ササノさんが心地よく作れるように頑張りました。ササノさんから「すごくリズムがあって書きやすい歌詞でした」と言っていただけたので嬉しかったです。

楠木ともりらしい音楽

『遣らずの雨』フォトブック盤ジャケ写

――「山荷葉」は透明感という言葉が合う曲だなと思いました。

 ちょっと異国感のあって、以前リリースした「sketchbook」という曲みたいに、エレクトロニカアンビエント系のゆったりした曲を作りたかったんです。結果的にそれが両方生かせた曲になったと思います。

――「山荷葉」という花自体はお好きなんですか。

 雨がテーマになるなら絶対に書きたいと思っていました。「山荷葉」というタイトルではあるんですが、花自体のことを書いた曲ではなくて、あくまで「山荷葉」がイメージとして浮かび上がるような言葉選び、というのを意識して書きました。幼い子が書いているかのような難しい言葉を使わずに、すごく近いところで、やさしく励ましてくれるような歌詞になったらいいなって。「大丈夫だよ」とか「頑張ろうよ」ではなくて、悪いことも受け止めながら、語りかけてくれるような歌詞にしたかったので気を付けていました。

――レコーディングはどんな雰囲気で録られました?

 ヒソヒソ声で歌ったので、マイク自体はかなり声を大きく拾うようにしました。arabesque Chocheさんのアレンジで情景が浮かんだので、特に自分で雰囲気を作らなくても、曲の世界に没入することができました。

――そして「alive」は「山荷葉」とどこか雰囲気が近い感じがしました。

 「alive」は歌詞に花などが出てくるので一見「山荷葉」と繋がっているように聴こえるんですけど、昨年12月に行ったメジャーデビュー後初の有観客ワンマンライブ『Reunion of Sparks』の景色のことを書いています。<一面に咲く綺麗な花>や、ステージから見る皆さんのことを表していたり、<表情を変える陽の光を浴びて>はライティングだったり、<想い出を閉じ込めた箱庭>がライブのことなんです。

 1曲目の「遣らずの雨」が重いテーマ、土砂降りをイメージしていたので、EPの最後は雨あがりをイメージしました。「alive」は生きるといった意味があります。音楽やライブは辛い現実を忘れさせてくれる非日常で特別な空間だと思うので、「お互い生きてまた会いましょうね」という約束として書いた曲なんです。

――“alive”、ひとつのライブという意味も掛かってます?

 そういう意味も込めています。

――そして、この「alive」も「山荷葉」と同じように声がすごく近いですね。

 イメージしていた質感が欲しくて、すごく小さな声で録りました。この曲もトラックコンペをして、19曲インストをいただいた中から選ばせていただきました。そこに詞とメロディをつけていったのですが、歌が入ってなくてもトラックだけで十分完成されていたので、歌が主役じゃなくてもいいなと思いました。ですので、楽器が主役でありながら、そこに歌も入ってくるような曲にしたいと。

――歌も楽器のような立ち位置にあるんですね。最後に楠木さんがいま追求していることはどんなことですか。

 「楠木ともりらしい音楽って何だろう?」というのを常に探しています。人に聴いてもらうという視点に切り替わってきたからこそ、私にしかできなくて、「楠木ともりの曲いいな」と皆さんから思ってもらえる曲がどんなものなのか常日頃考えながら、自分のやりたいことには嘘をつかないように音楽を楽しむ、ということを今追求しています。

(おわり)

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