楠木ともり「誰かを肯定してあげられたら」シンガーとしてのこれから
INTERVIEW

楠木ともり


記者:榑林史章

撮影:

掲載:20年09月04日

読了時間:約13分

 声優の楠木ともりが8月19日、1stEP「ハミダシモノ」でソロメジャーデビュー。放送中のアニメ『魔王学院の不適合者~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~』や『デカダンス』の他、『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』など多くの作品でメインヒロインを演じる人気声優でありながら、自身で作詞作曲を行い2枚のCDをリリースするなどインディーズで音楽活動を行っていた彼女。今作では表題曲「ハミダシモノ」の作詞を務め、カップリングには自身が作詞作曲した3曲を収録して、アーティストとしての片鱗を見せる。規格外の才能を感じさせる、彼女の感性はどこから生まれたのか、話を聞いた。【取材=榑林史章】

人と違うことも自分の個性として肯定してほしい

「ハミダシモノ」通常盤ジャケ写

――ソロデビューについて、率直にどんなお気持ちですか?

 声優をやる前から、歌手として活動してみたいという気持ちがあったので、それが叶ってすごく嬉しかったです。でも同時にソロメジャーデビュー曲がアニメのタイアップ付きであることも決まっていたので、プレッシャーも感じました。

――どういうところにプレッシャーを?

 インディーズ時代は、ただ自分の思っていることを素直にそのまま曲にしていたんですけど、タイアップはそのアニメ作品のファンの方の期待にも応えたいし、作品の一部としてより良いものにしたいという気持ちが強くて、そこに今までとは違うプレッシャーを感じました。

――「歌手として活動してみたいという気持ちがあった」ということですが、最初に音楽をやりたいと思ったのは何歳くらいですか?

 高校生の頃だったと思います。最初は声優になりたいと思っていたんですが、母に勧められてとある大会に出たことがあって。それは優勝特典としてCMのナレーションを担当できるというものだったのですが、その時にまったく歯が立たず予選落ちしてしまって。やはりそれなりに勉強していないと土俵にも立てない仕事なんだと思って、その時に一度挫折してしまったんです。でも、どうしてもアニメに携わるお仕事がしたくて、何をやれば土俵に立てるかを考えたんですが……小さい時から家族みんなでカラオケに行くのが日常だったのもあり、歌うことが大好きだったので、アニメの曲を歌う歌手はどうだろうと思って、今所属している事務所のオーディションを受けました。

――影響を受けたアーティストは?

 特に強く影響を受けたのはハルカトミユキさんです。小さい時から両親や姉の影響で、ジャンルに関係なく様々な音楽を聴いてきたんですが、その中でもすごく好きな方や尊敬している方は誰かと問われると、歌詞にすごくメッセージ性があったり、ちょっとネガティブな感情すら言葉にしてくれたりするようなアーティストさんが好きで。ハルカトミユキさんは、直接的な表現で書いているわけではないのに、歌詞の言葉がしっかりと刺さって情景も浮かぶし、すごく言葉の力があると感じます。ボーカルのハルカさん自身の歌い方や声質は、とてもやわらかくて、それなのに感情がすごく見えてきて。いろんな表情を持っているところが好きで、ライブにも足を運ばせて頂いております。

――楠木さんは作詞作曲をやられていますが、自分で作詞作曲するようになったきっかけは?

 事務所に入ってから、ライブでバンマスも担当してくださった多田三洋先生のボイストレーニングを受けていて。その多田さんが毎月アコースティックライブを開催していて、私も定期的に出させていただいていたんです。最初は自分が歌いたい曲をカバーしていたんですが、しばらくすると「オリジナル曲を歌ってみたい!」という気持ちが突然芽生えて。多田さんに「曲を作ってみたい」と相談したら、「どんどんやってみてください」と背中を押してくださって。それで初めて作ったのが、今作のカップリングに収録している「眺めの空」という曲です。

――最初から1曲完成させられるのはすごいです。

 大変ではあったんですが、作り終わるのにそう時間はかかりませんでした。多田さんに相談したその日中にはできていて、多田さんに聴いてもらった記憶があります。自分の中で作りたいという欲求が高まっていたので、特に躓くこともなく楽しく作れたという感覚でした。

――作詞作曲はどうやっているのですか?

 私は基本的に全部スマホで済ませてしまうことが多くて、歌詞はスマホのメモに書いちゃいます。メロディも、楽器を習っていたのに楽器を使わず鼻歌でメロディを考えるので、これもスマホのボイスメモに録音して、断片的に作ってそれを最後にまとめるという形です。なのでスマホ片手にベッドとかに寝転がって、リラックスした体勢で作っています(笑)。

――さてソロメジャーデビュー曲「ハミダシモノ」についてですが、最初に曲を聴いた印象は?

 力強くて疾走感があって、アニメ『魔王学院の不適合者』という作品にすごく合っているんですが、それだけじゃなくピアノの音が印象的に使われていて、楽器の使い方で繊細な表情を見せてくれる部分もあるなと感じました。

――「ハミダシモノ」というタイトルが絶妙ですね。一見ネガティブに感じられますが、見方を変えると、規格外とか枠に収まらないという意味も感じられるなと思いました。そもそも、どんなイメージを持って書いたんですか?

 作品にはいろいろな要素が散りばめられているので、歌詞として何を描けば、また来週もみなさんが見たいと思ってくださるのか、すごく考えました。そこで思ったのは、キャラクターはみんな個性豊かで強いけど、他の人とは違う部分で悩みを抱えていたり様々事情があったりするので、ネガティブな部分もポジティブな部分も含めた強さを描こう、と。どのキャラクターの個性もつぶさないように、どのキャラクターに当てはめてもいろんな聴き方ができるものを意識しました。はみ出してしまうことや人と違うことはマイノリティではあるけど、それも自分の個性として肯定してほしいという気持ちを込めました。

――「ハミダシモノ」というタイトルは、どの段階で決めたのですか?

 タイトルはいつも最後に考えるんですが、なかなか決まりませんでした。最初に違う歌詞でデモを歌った時に、サビの頭の言葉が「ハ」から始まる言葉で、それがニュアンスを込めやすかった印象が残っていたので、じゃあサビの頭の文字は「ハ」にしようと決めました。ハから始まる言葉で、作品を象徴するような単語は何かないかと探していたところに、「ハミダシモノ」という言葉が降りてきて。その言葉が印象的だったのでタイトルにしました。

――「ハ」縛りで考えたんですね。

 はい。ネットなどを駆使して考えたんですが、これだという言葉となかなか巡り会えなくて。1回気持ちを切り替えようと思って、考えるのをやめて、他の部分の作詞に集中していた時に、急に降りてきた感じでした。カタカナにしたのは、平仮名だと意味がダイレクトすぎるし、カタカナのほうが見た目にも面白いし、みなさんにいろいろと想像していただけると思ったからです。

10代の時にしか感じられないことを歌詞に

――「ハミダシモノ」というタイトルにかけて、楠木さんご自身で、自分ははみ出しているとか、人とは違うと思うところはありますか?

 考え方が周りと合わないことが多々あるので、自分は変わった人間なのかなと思うことがよくあります(笑)。以前は、周りと違う考え方をしてしまうことを恥ずかしいと感じて、なるべく気づかれたくないと思っていました。それが、こういう歌や演技といった表現のお仕事をしていくうちに、そういう部分が自分の長所なんだと受け止められるようになって。今は自分の中に周りと違うところを見つけると、むしろ嬉しい気持ちになります。

――人と違う考えというのは、例えばどういう考えですか?

 例えば、私は沈黙があってもぜんぜん嫌じゃないタイプで。同じ部屋に数人で居て、音も会話もない状況がまったく苦じゃないんです。たいていの人は「場がしらけてる」みたいな感じで、焦ったり無理に会話しようとしたりすると思うんですが、私は何とも思わなくて。そうやって沈黙を楽しめる私は、変わっているみたいだということに最近気づきました(笑)。

――そういう楠木さん自身が、「ハミダシモノ」でもある、と。

 そうかもしれないですね(笑)。みなさんも自分の経験と重ねたり比較したりしながら、聴いていただけたらうれしいです。

――カップリングには、作詞作曲ナンバーを収録。先ほど初めて作詞作曲した曲として挙がった「眺めの空」は、夏の恋の歌ですけど、どんなイメージを持って作ったのですか?

 「眺めの空」は、最初に作った曲ということもあって、自分の考えや経験を歌詞に書くのがまだ恥ずかしくて。そこで、完全に小説を書くような感じで、「空想の物語を書いてみよう」というテーマで書いたので、最後まで聴かないと物語が繋がらないようになっています。あくまでも空想の話ですけど、あまりリアリティに欠けてしまうのも嫌だったので、聴いた人が同じ時間軸を経験したように感じてもらえたら良いなと思って、五感にフィーチャーした言葉選びを意識しました。

――夏の恋の歌と言うと、普通は「あなたと居て今年の夏は最高に楽しい」という方向で表現ですが、「あなたのことが気になって夏が楽しめない」といった感じで、逆説的に書いているのが面白いですね。

 ありがとうございます。歌詞を書いた時は、まだ高校生の時だったんですけど、変に背伸びをして書くよりも、10代の時は10代の時にしか感じられないことを歌詞にしたほうが、将来振り返って聴いた時にも面白いと感じられるんじゃないかと思いました。ですので10代とか思春期特有の、少しひねくれた表現にしてみました。

――ちなみに夏で印象に残っている経験は?

 家族や親戚と一緒に花火を見ながらバーベキューをするのが、毎年夏の恒例行事になっていて。それがいつも楽しみだったなと言うのと、お盆の時期は私の実家に親戚が集まるので、久しぶりにいとこやはとこたちと会えるのがうれしかったです。だから夏は、お盆とバーベキューが楽しみでした。

――また「ロマンロン」は、バースデーライブではお客さんがタオルを回して盛り上がりましたね。

 これはまず、アップテンポで変拍子の曲で、それでいてキャッチーなサビメロの曲が作りたくて。変拍子って聴いていると裏切られるようなところがあって、その不安定さを世界観として増幅できる歌詞ができないかと思って作詞をしました。作った当時は、自分の夢に向かってすごく頑張っている友人がいて、その姿勢がすごく格好いいなと思っていたので、そういうことを歌詞として書けたら良いなと思いました。

――「ロマンロン」というタイトルは、漢字に置き換えると「浪漫論」で良いんでしょうか?

 ロマン=夢を追いかける考えみたいなイメージです。夢というのは、人それぞれ価値観が違うので、すごくセンシティブなものだと思うんですけど、それにも関わらず、世の中的には夢を追いかけるのは大変だと言われたり、周りから反対されたりして諦めてしまうことも多い。そういう夢に対するあなたの考え方を、まずはあなた自身が一番尊重してあげてほしいという思いを込めて「ロマンロン」と付けました。

――聴いてくれる人それぞれの中に、それぞれに「ロマンロン」がある、と。夢という部分で楠木さんは、すでに声優になる夢とソロデビューする夢を叶えたわですが、今抱いている夢はありますか?

 今のご時世では難しいけれど、まずはライブをやることが夢で、ツアーで全国を回りたいです。ライブは、今までもインディーズという形でやってきましたが、ソロメジャーデビューした姿をみなさんに見ていただいて、一緒にライブを楽しみたいです。

 あと、今回タイアップをいただいた「ハミダシモノ」は、作曲は重永亮介さんにご担当いただいたので、いつかはアニメのタイアップで作詞作曲を自分で担当してさらにその作品でメインキャラクターを演じさせていただくことができたら、すごく幸せだなと思います。

――どうせならエンディングも、キャラクターソングで自分が担当するとかどうですか。

 それも面白いですね(笑)。できたら良いなと思います。

疑問を持つことが役作りに生かされている

楠木ともり

――そして「僕の見る世界、君の見る世界」は、他の曲とはテイストが違って、明るくポップで可愛らしさもある曲ですね。

 これは数年前に作った曲なのですが、「ハミダシモノ」を作曲してくださった重永さんと曲を共作しました。共作と言っても少し特殊で、まず歌詞を私が書いて、それを重永さんに見ていただいて。その時に既存の曲を参考に聴いていただき、お互いのイメージをすり合わせていって。そこで、「まだメロディができていないんです」とお話をしたら、すぐコードを付けてインスト状態のトラックだけのデモを作ってくださって。そのトラックに合わせて、その場で私が鼻歌でメロディを歌って、固まったところから録っていき、それをつなぎ合わせるという流れでできました。

――その場で一緒に少しずつ作っていった。

 そうです。事前にコードをつけていただいたことで、自分だけでは考えつかない方向にメロディが展開していったので、私らしさもありつつも、今までとは違ったテイストの曲になりました。そこは重永さんに導いていただきましたね。

――サビの歌詞に<僕の見る世界は伸びきっている>というフレーズがあって、<伸びきっている>という表現が独特ですね。

 キーワードとして全体的に電車を比喩していて。電車の車窓から見る景色ってブワ〜っと流れていくので、横に伸びているように見えるじゃないですか。自分が電車に乗っていないとしても、目の前を通る電車の様子も横に伸びていくように見えるので、そこからヒントを得ました。あまりに一瞬で一個一個をしっかり把握することはできない、自分を見失っているような状態と言うか、周りに置いていかれてしまうような気持ちを、<伸びきっている>という言葉で比喩しました。周りは進んでしまって、自分は止まったままという感じです。

――なるほど。すごい感性ですね。歌詞の内容としては、憧れと自分自身とのギャップを歌っているわけですが、楠木さんにとっての憧れの人はいますか?

 すごくたくさんいて、声優でもいろんな演技や経験をするたびに尊敬する方がどんどん増えて行くいっぽうですし、アーティストさんも同じでどんどん増えるばかりなので、具体的にどの方に憧れているとお一人に絞るのはとても難しいです。

 憧れの人がいるとそこが目標になるので、自分がどういう方向に成長したいかがどんどん見えてくるんですけど、一方で憧ればかりが先立ってしまうと自分を見つめ直す機会が減って、自分を大切にできていないことに気づいたんです。「僕の見る世界、君の見る世界」は、私自身が悩んだ時にもすごく聴いてしまう曲となりました。

――自分にとっての憧れってどういうものですか?

 歌詞カードにセルフライナーノーツを書かせていただいたのですが、そこで「憧れは時に呪いのようなもの」と書きました。憧れは身近な目標という意味でポジティブなものですが、これは私の性格的な問題で、一度憧れてしまうとまるっきり同じ人になろうとして、どんどん自分を捨てていってしまうところがあって。そのことに気づかず、ずっと自分の周りにまとわりついてくるようなものだなと思って。

――楠木さんは、ひとつの物事に対して人とは違う角度から見ることのできる感性の持ち主なのだなと思いました。見ている世界が人と違うことによって、世の中に不満を感じたり違和感を感じたりすることもありますか?

 昔からそういう見方をする傾向はあるかもしれません。自分が今置かれている状況に対して疑問を持つといいますか、「それって本当にそうなのかな?」とか、「自分が見ている世界が偏りすぎてないか」とか、昔からすごく考えるほうでした。そうやって考えるようになった原点として思い当たるのは、学生の頃に友達とうまくいかなかった時期に、相手の気持ちを考えることが多くなったことかなと思います。他の誰かのことを理解しようとすると、自分の価値観を崩さなきゃいけなくて、それで、この人にとってはこれが常識なんだ、じゃあそれは私にとって正解と言えるのかとか、そういうことを考え始めたことが原点としてあるのかもしれないです。

――常に考えてしまうのは、普段生活をする上では多少面倒くさいですよね。

 そうですね(笑)。そういうことを一番考えるのは、何かに失敗した時や、周りの人と言い合いになってしまったりした時ですが、ふとした時にも「この人って、実はこういうことを考えているのかな」とか、「この人は何を考えて今こう言ったんだろう」と、考えるようになってしまって。でもそれは、演技をする時に生きています。他のキャラクターのセリフを受けて、自分が演じるキャラクターはどうしてこう答えたんだろう、その間にはどういう感情の移り変わりがあったんだろうと、キャラクターの気持ちをより理解できるようになりました。

――では最後に、今後の音楽活動でこういう音楽をやっていきたいとかありますか?

 いろんな楽器の良さを生かし切れるような曲を作りたいですし、自分で歌詞を書くことは、自分の中では大事なことだと思っているので、歌詞を書くことで、誰かを肯定してあげられたらいいなと思っています。そういう芯の部分はブレずに、いろんな曲に挑戦したいです。

(おわり)

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