Sing Like Talkingの藤田千章が4月20日、キャリア初のソロアルバム『un-categorized [Default]』をリリース。Sing Like Talkingのメンバーで、キーボーディストとしてバンドのコンポーズ、サウンド・メイキングを担う。88年シングル「Dancin' With Your Lies」でデビュー。来年バンドはデビュー35周年を迎える。『un-categorized [Default]』preface(初回盤ではdisc1)は、インストと歌モノがバランスよく配置され、様々な角度から“藤田千章ワールド”を堪能できる1枚に仕上がっている。初回限定盤のdisc2にはボーナスディスクとして、藤田が過去にゲームに提供したオープニング、エンディング曲から厳選した「archives (bonus CD)」が付属する。インタビューでは、藤田の音楽のルーツから、ソロアルバム制作に向かった背景、作業する中での発見や気づきなど、話を聞いた。【取材=村上順一】
バンド活動以外のことはあまり考える余裕がなかった
――こういった形でソロアルバムをリリースされるのが初めてと聞いて驚きました。
ソロ活動はゲーム音楽、プロデュースやアレンジ、トラックメイキングなど裏方のような活動はしていました。自分が主体となったオリジナル作品に関しては、バンド活動以外のことはあまり考える余裕もなかったですし、時間もなかったんです。それがコロナ禍になり、更に、昨年ギターの西村(智彦)くんが病気になって療養に入って、バンド自体の活動が止むを得ず薄くなった。西村くんの復帰を待つこの期間に、自分で何かしらの音源を提供できるんじゃないか、と考えたのがきっかけでした。
――Sing Like Talkingのメンバーである佐藤 (竹善) さんと西村さんのソロ活動は、藤田さんからはどのように見えているのでしょうか。
ソロ活動はバンドとは違う自分の表現をしたいということなので、それはすごくいいことだなと僕は思っていましたし、もっとそれぞれ個人の、アーティストとしての可能性みたいなところを言及していきたくなるのは、当然のことだなとは見ていました。僕は裏方タイプなので、バンドのことをやっているだけでも手一杯で、あまりそういう発想にならなかったんです。
――とはいっても楽曲は作られていましたよね?
自分の曲を作ることもなくはなかったのですが、それは実験の域です。どうやってこの実験したサウンドをバンドの曲として提供できるか、バンドをはじめ、その他のプロデュース、アレンジメントの仕事に還元できるか、そういうことばかり考えて作っていたので。
――意識が全然違ったんですね。
もともと僕はサウンド志向が強いと言いますか、音楽を数学的に捉えているところがすごくあって、音楽自体の構造を研究してしまうタイプです。自分で何かを作ってこんなことをやったら面白いかも、というのはもちろんあるんでしょうけど、その都度、依頼されるものに対して提供していくことに喜びを感じるというか。
――藤田さんの音楽のルーツにはどんなものがあるのでしょうか。今作を聴かせていただいて、ルーツが沢山あるような気がしました。
なので、『un-categorized [Default] 』 (初期設定としての未分類) というタイトルになったのかなと思います。音楽の原体験的なところだとブラックミュージックだったり、R&Bに根ざしたロックだったり。ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・ビートルズから始まって、レッドツェッペリンとかエアロスミス、クイーン、ドゥービー・ブラザーズ、イーグルスなどあの時代のものを全て吸収していますね。黒人音楽が好きというのもあって、ブルースやソウル、AOR系、ホワイトソウル、さらにPファンク。フラワーチルドレン時代のサイケでドープな音楽もルーツです。また僕の一番のアイドルはトッド・ラングレンですが、トーマス・ドルビーがプロデュースしたプリファブ・スプラウトをはじめ、ちょっと日本ではマイナーなんだけど、本国では面白い存在として扱われてるようなマニアックなバンドもルーツです。
――YMOとかはあまり影響を受けてないんですか。
僕らの世代はYMOも当然影響を受けています。僕は大好きでした。また、いま再注目されてるシティポップの元祖はすべて通っていて、影響を受けました。特にユーミンさん、荒井由実時代の『ひこうき雲』、『MISSLIM』、達郎さんの『Spacy』から『For You』までの一連の流れや、吉田美奈子さん、大貫妙子さん、矢野顕子さん、オフコース等はよく聴いてましたね。その影響は大いにあるかもしれないですね。
――他のアーティストの楽曲を聴くときも、分析されたりしてしまうんですか。
その傾向が強くなってきたのは、デビューした後です。サウンドメイキング、サウンドデザインを担うようになってから、ものすごく気にするようになり、エンジニアリングの世界にも興味が出てきました。あと、音楽自体の作り、例えば西欧音階のドレミファソラシの7音階はピタゴラスが作ったとか。今でこそ周波数はA=440Hzとか442Hzが基準になっていますけど、昔は436Hzとか430Hzともっと低かった時代もあったのはご存知ですよね。
――基準音が変わるとサウンドの響き方もかなり変わりますよね?
そうです。倍音という存在で分けると、僕らの時代はスピーカーから音が出てエアーで聴くことが多かったんですけど、今の人たちはほとんど携帯でイヤホンが主流ですよね。そうやって考えていくと、倍音という考え方がものすごく重要になってくるんです。そのイヤホンのレンジによっては、スピーカーで聞こえていた音が聞こえなくなってしまう。その帯域を感じてもらうために、どこの倍音を上げてあげるのか、みたいな研究をしていて。
――今回の作品でも周波数を変えていて。
ベース、キックに関しては音域を狭くしたりピークの周波数を変えます。場合によっては可聴域外のところを伸ばしたり。スピーカーの大小で印象が極力変わらないようにして。もちろんスピーカーの特性によっては真ん中がよく聴こえたり、高音がより聴こえたり、というのはあると思いますが、どのデバイスで聴いてもそんなに違和感なく聴けるかな、と。
バンドではあまり表現しないことを
――ジャケット写真にはどのようなメッセージが込められているのでしょうか。
ジャケットを見てどんな印象で何を感じるか、極力、見る人それぞれに違う思いが生まれるように、具体的な何かではなく、心象風景としてのイメージを具現化したつもりです。タイトル通り「未分類の初期設定」、何かが生まれる前の混沌を表現しているデザインだと思っています。
――今作はどんなこだわりを持って制作されたのでしょうか。
バンドではあまり表現しないことをやろう、というコンセプトがはありました。とはいえ、ポップス畑でバンド中心に活動してきた自分は、どうしてもそっち寄りになる側面もありますし、特に竹善に歌ってもらった「Vague (feat. 佐藤竹善)」に関してはSing Like Talkingだと言っても違和感はないかもしれない。でも1曲目の「Providence」のようなスタイルはSing Like Talkingでは絶対やらないでしょうね。
――確かに「Providence」のような曲がSing Like Talkingにはないです。
エレクトロニカ的な曲は僕がすごく好きなジャンルというわけでもないんです。音楽を制作するためのDAW (デジタルオーディオワークステーション) は種類が多く、その音楽ジャンルによって、ピックアップされるプラットホームが違う。あるときエレクトロニカ系にマッチするDAWを研究していたときに、僕もそれを使えばそういうサウンドが得られるかもと思って (笑)。
――動機が面白いですね(笑)。
それで、試しにちょっとやってみたら、本当に割と直ぐにできて。でも、ただ作っただけでは面白くないと思ったので、精神世界的なものを組み込めないかと思いました。それで賛美歌やチベットの宗教的なサウンドのサンプルを混ぜた混沌から始まるんです。人間の精神世界、思想、宗教観はその個人や集団の根幹部分に関わる。そこから起源的に始まっています。人間の奥底から何かが沸き起こってきて、そこにどんどん欲望が上乗せされていくイメージです。
――アルバムの最後を締め括る「Doomsday Clock」も興味深いです。
この曲はネオクラシックっぽいと言ったらいいのかな。世の中には「Doomsday Clock」(世界終末時計) というものがあると聞いて、それに興味が湧いて。この時計が今どれぐらい進んでるんだろう? と考える機会がありました。この時間をなんとか戻さないと、というところからの発想なんです。ベーシックは人工的なトラックで、ちょっとローファイなニュアンスを含んだものに、クラシック的ストリングスを同期させていて、それは現実世界の危うさみたいなものを表現したいというところからの発想でした。
――ストリングスは Tres joyeux (3文字目のeはグレイヴアクセント付) の金原千恵子さんと笠原あやのさんですね。
僕の中であまり大きなストリングスセクションのイメージはなくて、バイオリンとチェロの二重奏ダブルくらいがいいなと思っていました。笠原さん、金原さんと僕は付き合いが長いですからお互いにやりやすいし、僕がやりたいこともよく理解していただいているので、お2人にお願いしました。
――話が早い、ということですね。
話は早いですね。とりあえずお2人には自由に弾いてもらって。チェロとバイオリンのダブルで、計4本のセクションアレンジは笠原さんがしてくれたんですけど、僕がいろいろパターンがもっと欲しいと話せば、その場でどんどん作っていって。僕がそこからフレーズをピックアップして、つなげていきました。
歌詞に深い意味はない
――歌モノも収録されています。作詞は藤田さんの中でもすごく重要な要素だと思うのですが、そこを踏まえての収録でしょうか。
僕は歌モノを中心に活動してきたわけですから、歌モノじゃないと表現ができない世界というのもあることを知っています。でも今回歌詞に関しては極力、裏意味を内包しないようなものにしたかったんです。表も裏もなく、深い意味は一切感じられないような作りにしました。聴く人には深く考えずストレートに聴いてほしい、という狙いがあったからです。
――ボーカリストはどのような基準で選ばれたのでしょうか。
竹善は普段からやってますし、「I Want Your Love (feat. 石塚裕美)」で歌ってくれた石塚裕美さんもSing Like Talkingの「Closer 〜寒空のaurora〜」という曲で竹善とデュエットしていて、彼女がすごくふくよかな歌声で上手なのを知っていたので、今回お願いしました。
「What's The Matter (feat. Emiko Bleu)」のEmiko Bleuに関しては僕が昔からプロデュースしていたので、彼女がどのくらい歌えるのかもわかっています。特にハーモニー、コーラスの部分に関してはすごいスキルを持っています。
「Nighty Night (feat.Onda)」のOndaは僕が大学で教えていた元学生です。彼女は韓国からの留学生で、卒業記念に歌ってもらいました。僕が大学に入職してから、もっとも歌が上手な子の中の一人です。こんなに素晴らしい才能がある、というのを紹介したいと思いました。そして、「Nighty Night」はナイロン弦とストリングスだけで構成させれていて、僕が演奏で入らない曲をずっとやりたくて実現した曲でもあります。
――藤田さんの中で念願の曲なんですね。
トラックを沢山作らなくていいですしね(笑)。でも、すごく説得力がある曲になったと思っています。
――今作が完成して藤田さんの中での発見は?
発見はいろいろありましたけど、ちょっと専門的なところなんです。例えばマスタリングに立ち会って、ここはできて、これはできないとか、そういった新たな発見はありました。
――今作には「preface」というサブタイトルがついていますが、これはどのような意味で?
1枚目に「preface」“序文”という意味のサブタイトルをつけたのは、次は“本文”でこういうことをやっていきますという、“僕の序文”を皆さんに紹介しているような感覚です。なので今作は気楽に、あまり深く考えずに聴いてもらいたいんです。
――生活の中のBGMみたいな感じですか。
そうです。「Starry Sky」と「Deep In Forest」あたりはローファイ的なニュアンスが強いですけど、いわゆるDJたちが作っているローファイHIPHOPとか、モジュラーシンセでビートみたいなものを作りたかったわけではなくて、そういうサウンドの傾向を取り入れながらも自分が気持ちいいものを作りたかった。勉強しながら、読書しながら聴けるとか、そういうところが中心になっているところもあります。
作品というのはその時代の徒花
――初回盤のDisc2は藤田さんが制作した曲をまとめた貴重な一枚ですね。
「archives (bonus CD)」というサブタイトルになってるけど、それは今までのビデオゲームで提供した楽曲の中のオープニングやエンディングの主題歌に限定してピックアップしました。これはもう本当に面白かったですね。その時代によって音が大きく違う。その時の流行り廃りもある。当然テクノロジーの変化もあります。一番違うのはデータやファイル形式、マスターになっているメディア自体も違っているので、それらを極力均等に平すというのはなかなか難しい作業でした。
――今回はリマスタリングでそれを調整されていたと思うのですが、リミックスするという方法もありますよね?
ミックスを変えたら作品が変わってしまうんです。逆に聴いている人にとっては耳馴染みがなくなってしまう。だからリミックスとか、リアレンジをしてしまうと、セルフカバーっぽくなっていく感覚があります。それが、僕の中ではあまり必要とはしない概念で、まず僕が作った新曲があって、それを誰かにリミックスしてもらうとかは全然有りだと思うんですけど、自ら過去作のリアレンジは基本やらないですね。
――何か失われてしまうところがあるわけですね。
あくまで作品というのはその時代の徒花と言いますか、断片であっていいと思っています。その時肯定して一生懸命やっていたものを、いま聴くとちょっと若くてダサいからやりなおそう、みたいな発想にはならない。その楽曲がすごく好きだったのは、その時代背景の中で聴こえてきたサウンドだったり、楽曲だったり、歌メロだったり、歌詞が響いたから存在していると思っています。でも、マスタリングだったらそれを損なうことなく、ちょっと前より良く聞こえるようになっているなとか、サウンドの感じが違うなとか、そういう範囲で収まるので。
――これまでに提供したゲームミュージックをコンパイルしたbonus CDには、「Stargazers」、「リィンバウム〜理想郷〜」など初収録される曲もありますね。
CD化されなかった曲があって、それを初めて音源化しました。初回盤のボーナスで入れさせてもらったのは、要望も強かったので一回まとめてこれで区切ります、という意味合いもあるんです。おそらくこれから先も音源化は権利の関係で難しいと思います。
――過去の作品を聴いて、新たな気づきもありましたか。
今回改めて聴いてみて思ったのは、それぞれの時代で、あまりやってること、発想的には変わってないなと思いました(笑)進歩がないなあ、なんて。尤も必要性に応じて、自分もそのときに研究していたこととか、勉強しなくちゃみたいなこともあったので、「あの時これ勉強したなぁ」とか思い出したり。今、新しいものにもローファイ的な要素はたくさん使ってますけど、実は2001年、2002年ぐらいの段階で、僕はもう既にちょこちょこ入れてるんですよね。好きな風にやらせてもらって、逆にゲームのスタッフ、プロデューサーさんたちが、僕の作る音を信頼してくれていたんだなって。もう感謝しかないですね。
――気が早いですが、次作はいつ頃聴けそうですか。
僕としてはなるべく早い段階で“本文”を作りたいと、いう思いはあります。できればもう1年経たず制作を始めたいですね。
(おわり)