INTERVIEW

松本まりか×内田英治監督

本来の演技。時代が欲したブレイク。
主演ドラマ『向こうの果て』で難役


記者:木村武雄

写真:木村武雄

掲載:21年05月14日

読了時間:約10分

 松本まりかが、「WOWOWオリジナルドラマ 向こうの果て」(5月14日スタート)で連続ドラマに初主演する。男たちの人生を破滅させてしまう“ファム・ファタール”的な要素を持ちながらも、切実な境遇を健気に生きてきた主人公を演じる。「ずっと求めていたような作品」と語る松本は難役にどう挑んだのか。毎シーン全力で挑み撮影後には満身創痍になる松本の姿を見た内田英治監督はどのように感じたのか。【取材・撮影=木村武雄】

役者の本質は「世界観、役への深度」

 「芝居が終わった後の役者を見れば、どれだけその世界に入っていたかが分かるんですよ。現実に戻された瞬間のあの疲労感。その深度で良い役者かが分かる。彼女は毎シーンに全てをかけるから相当疲れるし、効率も悪い。だから役者として生きづらい。でもそれが本来の演技だと思う。きっと彼女はこの先も毎回疲れ果て、苦労しながら芝居を続けていくと思う」

 内田監督はそう語り松本を「真の役者」と褒めたたえた。

 2人の出会いは2004年公開の映画『ガチャポン!』。松本にとって初の映画出演、内田監督にとって映画監督デビュー作だった。2005年放送のドラマ『劇団演技者。』でも現場を共にしたが、約15年の月日が経った。久々の再会に「20歳の頃と変わっていない」と笑顔をのぞかせる内田監督に、「そうですか?変わったと思うけど…」とおっとりした口調の松本だが、すぐさま「容姿の話ね」と返され、顔を赤らめる。

 松本は2000年にドラマ『六番目の小夜子』で女優デビューした。当時15歳。その後出演作を重ね、約20年後の2018年、ドラマ『ホリデイラブ』で脚光を浴びた。メディアは「遅咲きのブレイク」と謳った。だが内田監督は、松本の芝居を見て「役者は、芝居や姿勢に生き方が出ると思っています。大変だったろうけど、いい生き方をしてきたんだろうなと想像しています」と冷静にその半生を読んだ。

 一方の松本は当時をこう回顧する。「内田監督の作品は必ず泣くシーンがあって、結構追い込まれた記憶があります。監督に感情を引き出されながらも試行錯誤した感覚があって、その感覚が他の作品の泣くシーンでも出てくる気がしています」

 これに内田監督は「彼女は僕の無茶ぶりを受け入れてくれるんです。セリフに無いことをやってほしいので、無茶ぶりをしますが、デビュー作の時からそうでした。水槽があったので金魚についてしゃべってとお願いしたら応えてくれた」と懐かしむ。

 アドリブには役者の本質が見えるという。いわば役をどれだけ理解し、役としてその時間を生きているか。その“深度”が見える。

 そして、本作でも松本の“深度”が見える。その芝居力を内田監督は「今回もアドリブを沢山やってくれたので楽しかったです」という言葉に置き換えて褒めた。

松本まりか

役者は「現場で生む」のが仕事

 松本が本作で挑んだのは、幼馴染の君塚公平(演・松下洸平)を殺害し放火した容疑で逮捕された池松律子。律子は男たちの人生を破滅させてしまう“ファム・ファタール”的な要素を持ちながらも、数奇な人生を健気に生きてきた人物。接する相手によってまったく異なる印象を与えるという難役だ。

 「律子は現代ではあまり存在しない、誰でも演じられるようなキャラクターではありません。でも、まりかさんだったらやれるかなと思いました」と内田監督。期待を寄せてのクランクインだった。実際に現場での松本はどうだったのか。

 内田監督「良い意味でアプローチが思っていたのと違っていました。想像していた通りのお芝居だと面白くないじゃないですか。予想通りのお芝居になるとお互いに仕事になってしまうんですよ。でも、今回は『そう来たか!面白い』と思う瞬間がありました。そういう時って観客になりたいと思うんです。そう思う瞬間があると燃えますし、楽しい気分になる。まりかさんはまさにそう」

 監督をも「観客として観たい」と思わせる芝居は相当なものだろうと想像するが、当の松本は「でも私は何も考えていなくて…」

 しかし、そんな松本に内田監督は「それがいいんだよ!何も考えていない無から出てくるものがいい!」と太鼓判を押し、「計算ではない、その瞬間に役者から生まれてくるものが日本の映像表現の中ではおろそかになっている。役者は滑舌よくセリフを言えばいいというわけじゃなくて、生むのが仕事。やっぱり感情表現を生んでほしいんです!」と理想とする役者像を明かした。

 『ミッドナイトスワン』や『全裸監督』など、内田監督が手掛けた作品は、その現場で生まれてくる「感情」を大切に切りとったものが多い。なかでも『第44回 日本アカデミー賞』で最優秀作品賞や最優秀主演男優賞などを受賞した『ミッドナイトスワン』では、トランスジェンダー役を演じた草なぎ剛がうごめく感情を爆発させるシーンが高い評価を受けた。

 内田監督「準備してくるのは本当に嫌です。外面だけ準備がなされている状態のものは見ていても面白くない。その瞬間に生まれてくる衝動みたいなものを引き出す場の準備を我々がして、そこに役者が入って良いものが生まれたときに、本当に良いライブを見たのと同じ状態になります」

内田英治監督

感情に覆われた律子の人格、木目を触れ沸いた感情

 その「感情」だが、松本が今回演じた律子は、様々な感情に人格が覆われている。どれが本当の律子で、どれが本心なのか、過去と未来、人間関係が複雑に絡み合い、彼女を形成する核は表には見えない。

 松本は当初、律子について「彼女のことを理解するのは前途多難だなと思っています。接する相手によって見せる顔が全然違うんですが、多重人格ではないし、意識的に演じ分けているわけでもない。彼女の奥にある核心に触れないと、チープな表現になってしまうなと思っています」と語っていたが、現場に立った時、何を感じたのか。

 松本まりか「台本を読んでいる時に、解釈だけで律子を演じるのはナンセンスだと思いました。律子について分かるのは台本に書かれているものしかないので現場が全てだと。変に防備を固めていくよりかは無防備で行ってそこで感じたものを大切にしようと。それで実際に無の状態で現場に立ったら得るものが多くてびっくりしました。想像もできなかった世界がそこにはあって、相手役と対峙して引き出された感覚もあって。もちろん無防備で現場に入ることに不安もありました。でも監督を信じようと」

 現場で生まれる感情。松本が明かしたそのエピソードが面白い。それは裁判所でのシーンだ。被告人尋問で証言台の木材に触れたときに湧いてきた特別な感情があったという。

 松本まりか「ラストに向かうこの時の律子はどこにも拠り所がなく、心許ない状況でした。そんな時、殺風景な裁判所の中で、目の前にあった証言台の木材で出来た手すりが、丸くて柔らかそうで、唯一の心の拠り所のように思えました。尋問を受けるなかで律子にとってのあの場での拠り所を発見したというか。それが公平に見えてきて。公平も死んで最後は誰もいなくなって律子が公平と居られた幸せだった時代にトリップするような感情になったんです。これって台本を読んでいても分からないわけですよ。最初は心もとなくて触っただけなのに、その感触が気持ち良くて、公平との時代を思い出して幸せな気持ちになってみたいな。台本を読んだだけでは予測がつかなかったけど、現場に行ったらそれがあって。本能的な部分で動かせてもらえましたし、それを良しとしてくれる現場でした」

 真実かも嘘かもわからない塗りつぶされた幾重の感情。取り調べでは飄々とする律子だが次第に感情が揺れ動く。物語の後半になるにつれ、覆う感情一つ一つが剥がれていき核の輪郭が見えてくる。その役目を担うのが、取り調べる担当検事・津田口亮介(演・柿澤勇人)だ。その津田口は調べていくなかで、出会った男によって律子の印象が全く異なるに驚く。台本のなかで印象的だったのは、律子の2番目の夫・山之内一平(演・渋川清彦)が言った「律子は白色。色んな色に染まっていくんだ」。松本の演技そのものがまさに「白」のような気もする。

 松本まりか「私も台本を読んだときにそのセリフが引っ掛かりました。なので演じる時は任せるしかないというか、私が考えるんじゃなくて、染まっていって、自然に出てきたものを監督が捉えてくれるだろうなと。その信頼感は大前提にありました。自分の力を信じるのではなく、その場と相手役、そして監督を信じて現場に行ったら、初日からこの現場は大丈夫だと思ったんです。もうお任せしちゃおうって。だから『白』でいられたというか、すごく楽しかったです」

松本まりか

2人が感じる人間的な魅力

 内田監督は松本に「本来の演技をしている」を高く評価する。その一方で、「仕事が多い時は大変」とし、「今の時代で言うと、さらさらとやって、軽くこなしていくのが正しいのかもしれないけど、役者で在ろうとずっと頑張ってきたわけですから、毎回疲れ果てて苦労していきながらいい芝居をしていくんでしょうね」とも語った。

 だが、コロナ禍でエンタメの真価が問われている。先のように『ミッドナイトスワン』が日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞などを受賞したように、身を削って演じる役者への評価が見直されている気もする。まさに役者・松本まりかの「ブレイク」は、「時代が欲したブレイク」とも言える。

 内田監督「芝居やもの作りは原点に立ち戻っていくと思います。映像表現がデジタルに移行した過渡期は、それに乗っかって、適当に表だけなぞったようなのもあったんですけど、海外のもの作りを見ていると、原点回帰している。いい芝居をする人がいいと評価されている。日本もそうなるのではないかと思います」

 そんな内田監督、そして松本が惹かれる人間的な魅力は何か。

 内田監督「多くの物語の主人公は前向きで、幸せを求めていると思います。背中を一歩押される作品が多いですが、運命に翻弄される人もいて、律子はその象徴な気がします。幸せである以前に運命に翻弄される。自分の意志ではどうしようもない中で必死に幸せを掴もうとしていた。でも掴めない。そういう生き方こそ僕は魅力を感じる。幸せの物差しは人それぞれですし、その幸せの基準を押し付けてもいけないと思います」

 松本まりか「私も幸せな映画を観るよりも、ディープな作品を観たときに、より救われた気持ちになったりもします。自分の闇みたいな部分を映画などで観ると、そこに共感して生きる強さをもらえる。地を這いつくばって生きている律子みたいな人を見ると、魅力的だと感じます。そういう人は純粋で純度が高い気がする。こういう汚れたところや何でもやって生きてきた人の核となる魂はすごく美しいのかなと思います。そういうところに触れると表面的に社会的にいい人でいる事よりも、その人本来の魂の美しさを見られた時に、真の魅力が見えた感じがするんです。どんなに汚れて生きてきた人でも隠れた美しさがあると思いますし、それを見ると魅力的だと思うので、自分も這いつくばって生きていかなきゃいけないと思います」

松本まりか×内田英治監督

(おわり)

ヘアメイク:千吉良恵子(cheek one)
スタイリスト:コギソマナ(io)

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木村武雄
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