一年間の療養期間を経て今年2月に芸能活動を再開した今井翼が、現在公開中のドキュメンタリー映画『プラド美術館 驚異のコレクション』で日本語のナレーションを担当した。本来であれば政府の緊急事態宣言発令直後の4月10日(金)に公開予定だったが、約3カ月遅れて7月24日(金)に全国でロードーショーとなった。動員数も非常に好調だという。
本作は2019年に開館200周年を迎え、世界最高峰とも称されるスペインのプラド美術館の全貌に迫るドキュメンタリー映画だ。15世紀から17世紀にかけて“太陽の沈まぬ国”と呼ばれたスペイン王国では、歴代の王族たちが圧倒的な経済力と美への情熱を背景に、美術品の数々を収集した。その歴史や軌跡を、今井が日本語で情感豊かにナビゲートする。
今井にとって本作が最初の仕事復帰作ではないものの、「改めて芸能界の中で約25年、やらせていただていますが、まだまだだなって思うことが当然あるなかで、再びお仕事と向き合えること、それから一番は身体が健康であることがすごくうれしいし、今は充実感を日々感じています」と感謝の思いを口にした。「変わらないものはこれからも表現者として、エンターテイナーとして、ボーダレスに答えて行きたいし、覆していきたい」と決意新たにする今井に、現在の胸中を聞いた【取材・撮影=鴇田崇】
アートの世界はフラメンコがきっかけ
――今回のナレーションですが、オファーがあった時は率直にいかがでしたでしょうか?
まさしく僕がヨーロッパの芸術に初めて触れた場所が、このプラド美術館だったんです。僕がフラメンコを勉強したくて当時マドリードに入ったことがあるのですが、今回そういう経験もあってすごく勝手ながらご縁を感じてしまいました。
――なるほど。留学の流れでプラド美術館へも行かれたと。
スペインに行ったきっかけはフラメンコでしたが、ひとりで行ったので自由があり、日中美術館に行ってみたんですよね。その最初がプラドでした。いやもう圧倒されましたよね。建物そのものもそうだし、中に入ると、あれだけの膨大な美術作品があるわけですから、正直僕はそこまで美術に関して深い知識があるわけではないのですが、逆に言うとプラド美術館と出会ったことで旅先で美術館に行く楽しみが生まれました。
日本でもそうなのですが、たまに地方にドライブがてら行こうと思って美術館があることがわかると、立ち寄ってしまいますね。
――当時の王族たちが美への情熱で美術品を集めたそうですが、情熱というか執着というか、もっと濃い印象を受けました。
そうですね。物事を交渉する、あるいは来客をもてなすために収集をしていたんですよね。でもその中での内戦などの共通認識があって、人と人とがつながっていくという解釈をしているので、だから時代を経てもいろいろな人たちが美術館を求めて、いろいろな感情を持って人々が集まってくると思うんです。これは、今の時代の立場だから勝手に言うようですけど、そういうことって当たり前のようで、やっぱり実際に行ってみると、そうではない特別な重みというものを感じますね。
――音楽やダンスと同じように、美術品にも影響を受けますか?
日常的に音楽を聴いたり、また違うアートも好きなのですが、僕はスペインはフラメンコがきっかけで、そこからアートの世界にも入りました。日本でも、その土地土地が持っている歴史や、こだわりというものを知ると、またすごく愛着が湧いてくるんですよね。何事も最初は無知の状態で物事が始まって行くのだから、そこへの好奇心は、僕は持ち続けたいなと思っていますね。
――そうすると今回のナビゲーターというのは、初めて触れる方々への橋渡しを担っているという意識もあるのでしょうか?
そこはやはりナビゲートする立場の吹替えで、なおかつアカデミー賞俳優のジェレミー・アイアンズさんの姿、声で表現するという作業は、なかなかの難易度でしたよね(笑)。でもやっぱり、この作品自体が人を誘うという大きなテーマを持っているので、だから僕自身もこれだけの経験はなかなかないことなので、その充実感を感じるなかで観る方々にとっても日本語を通して邪魔をせず楽しめるようになればいいなと思っていました。
休養期間がなければ自分を知ることもなかった
――歴史や美術品は時に人のモチベーションを上げる効果がありそうですが、今井さんの最近の原動力は何でしょうか?
僕は去年、一年間療養していて、今年の2月に舞台で復帰を果たすことができました。やはりそれまでの経験、周囲の支えがあって今を迎えているわけですが、やっぱり待ってくださってる方々へのありがたみや、また新たな時間を過ごす中で、こういうチャンスをいただけたりとか、改めて芸能界の中で約25年、やらせていただていますが、まだまだだなって思うことが当然あるなかで、再びお仕事と向き合えること、それから一番は身体が健康であることがすごくうれしいし、今は充実感を日々感じています。
――見えなかったものが見えるようになるというか、立ち止まってわかることってありますよね。
そうですね。あの期間がなければ自分を知ることもなかったでしょうし、それが一番大きかったですね。それは肉体的なこともそうですが、一番は自分自身の考え方というか、僕はどっちかって言うと真剣に一気に取り組みたいタイプなので、僕自身にとってもそれによってパフォーマンスが小さくなってしまうことがあったような気もするんです。
――そこで考え方が変わった?
もうちょっとラフに行くというか、考え方を楽にすることで柔軟になれるような気がしたんですよね。14歳からこの世界でお仕事をさせてもらっていて、なかなか立ち止まる期間ってなかったんですよ。普通、みなさんもそうだと思いますが、社会人になったら一年間休むって、走り続ける中で、なかなかないじゃないですか。一度立ち止まるという結論は勇気が必要でした。
――それは本当に勇気ですよね。なかなかできるものではない。
人間って、もっとこうしたいと思うと、欲と同時に休むことを忘れて、結局本来、出せるはずのパフォーマンスが出ない。結果、もったいないんですよね。だから、こういうお仕事をする時も集中する時間と、どこでどう切り上げてオフにするかということを、自分なりに以前よりも考えるようになったんです。
――自分を見つめるって、そういうことでもあるんですよね。
以前はストイックでありたいみたいな欲求ってすごくあったのですが、人間の性格ってまず、変われない。だから考え方を変えなくちゃいけないんですよね。そういうことを考えていた一年でもありましたね。
――オフの時はどういう時間を過ごしているのですか?
旅行や料理、それ以外だと行く場所によって聴く音楽を決めていたりします。しょっちゅうハワイには行けないので、湘南に帰る時にはハワイの音楽を聴いたり、ちょっとメロウな感じで行ったり。あとはジョギングの時はU2を聴いていて、そうするとバテそうなところでも頑張れます。
――今後、仕事での展望は何でしょうか?
今回の仕事を踏まえると、声を通して表現する仕事はいろいろな体現に通じるものであって、芝居であったり、自分の現在地からこれからを考えると、やっぱり芝居をもっと重ねていきたい、自分自身のシワを寄せていきたいですね。
――シワを?
つまりキャリアだけではなくて、汚してほしいんですよね。芝居は自分じゃないキャラクターを通して、演出を経て、その色に染まっていきますよね。だから役柄でもやったことがない役柄はたくさんあるし、極悪人とか。芝居こそ自分とはかけ離れた表現ができると思うから、僕というイメージをある意味で、覆せるような芝居をやっていきたいですね。
――新しいスタートがきれそうですね!
この世界ではカラフルなもの、モノクロなもの、すべてに魅力があるものなので、変わらないものはこれからも表現者として、エンターテイナーとして、ボーダレスに答えて行きたいし、覆していきたいですね。
※『プラド美術館 驚異のコレクション』は公開中