島崎藤村の母校・明治学院大学

 米ミネソタ州のミネアポリスで5月25日に、黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警官から拘束時に首を圧迫されて亡くなった事件を機に全米から世界各地で抗議デモがおこなわれている。一連のデモでブラック・ライブス・マター(Black Lives Matter=BLM)というスローガンが掲げられている。SNSなどで見た人も多いのではないか。これは、2013年2月にフロリダ州の黒人少年が白人警官に射殺された事件をきっかけにアフリカ系アメリカンのコミュニティが黒人に対する暴力や人種差別の撤廃を訴える為に起こした運動。

 今月7日には、英南部のブリストルでおこなわれたデモにより17世紀の奴隷商人エドワード・コルストンの銅像が海に投げ込まれる騒動もおこった。日本でも渋谷で約3500人がBLMデモに参加するなど、人種問題に世界中が再び注目している。この連載では音楽と文学の意外な関係性からカルチャーの魅力を見つめ直すとして、前回は“パンデミック文学と音楽”を紹介した。今回は人種差別だけでなく身分や性などさまざまな差別問題を扱う文学と音楽を取り上げ、この問題について改めて考察したい。【松尾模糊】

自由の国に落ちる暗い影

 ジャズやR&B、ヒップホップなど現在のポップミュージックに多大な影響を与えている音楽はアメリカで黒人たちのコミュニティから発祥したものとして「ブラックミュージック」と呼ばれる。ジャズのスタンダードナンバーとして有名なビリー・ホリデイが歌う「奇妙な果実」は、リンチによって殺された黒人が木に吊り下げられる様子を“奇妙な果実”として歌うショッキングな内容のものだ。米作家リリアン・スミスが、この歌にちなみタイトルを付けたといわれる小説『奇妙な果実』(1944年)は当時ベストセラーとなった。

 同作は1920年代のジョージア州を舞台に町で高名な白人の息子トレイシーと美しくて知的な黒人女性ノーニーとのロマンスを描く。当時タブーだった異人種間の恋愛とそれを阻む差別を克明に記し、ボストンとデトロイトでは発禁処分を受けている。

 ナイジェリア出身の米作家チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが2013年に発表した長編小説『アメリカーナ』は現在でも人種だけではなく、階級や性別など様々な差別が横たわる米国の姿を知る上で重要な作品だろう。ナイジェリア生まれの主人公のイフェメルと幼馴染で恋仲だったオビンゼが、それぞれ米国と英国での苦難を辿り全く違う人生を送る様子をユーモラスながらもアフリカ、アメリカ、ヨーロッパという三大陸を長い時間を掛けて行き来する壮大な物語に仕上げた大作だ。今作は2013年に全米批評家協会賞を受賞している。

 彼女が2012年にTEDxトークイベントでおこなった“We Should All Be Feminists”(男も女もみんなフェミニストでなきゃ)の動画が話題となり、ビヨンセが2014年にリリースした『Flawless』収録曲の「***Flawless feat. Chimamanda Ngozi Adicie」で彼女のスピーチを歌詞として取り入れている。その影響で、今や文学界だけでなくファッション、カルチャー界でも世界的に有名となった。そこでも引用された、彼女がスピーチを締めくくったフェミニストについて説明する辞書の言葉は「フェミニストとは社会、政治、経済において男女平等を信念に持つ人のことである」というものだ。当たり前のような言葉が、当たり前になっていない現状を彼女は痛烈に批判している。

アジアにも根強く残る差別

 日本でも在日朝鮮人に対する差別や女性蔑視など差別問題は依然として深刻だ。近代日本文学を代表する詩人で小説家の島崎藤村の代表作『破戒』は、被差別部落に生まれた主人公の瀬川松がその素性に思い悩みながら生きるさまが記された日本文学の金字塔だ。彼はシューベルトの歌曲「白鳥の歌」第12曲に作詞した「海辺の曲」や、母校である明治学院本科の校歌を作詞するなど音楽との縁も深い。

 明治維新で士農工商の身分制度や、その更に下で差別されてきた賤民は廃止されたが、同和問題として現代に至るまで彼らへの差別は根強く残っている。明治学院本科の校歌の冒頭で<人の世の若き生命(いのち)のあさぼらけ>と新時代を生きる若者を鼓舞するように、彼自身も新しい時代が差別のない明るい未来の幕開けとなることを誰よりも望んでいたのではないか。

 音楽業界で現在、K-POPが世界を席巻しているように韓国文学が日本でもブームになっている。韓国の作家チョ・ナムジュによる2016年の『82年生まれ、キム・ジヨン』は、本国で130万部以上を販売する大ベストセラーとなり、日本でも2018年12月に刊行されてから15万部以上を売り上げるなど韓国文学として異例のヒットを記録。本国では昨年に映画化もされ、日本でも今年10月に公開される予定。

 1982年生まれで最も多い姓名であるキム・ジヨンという名の主人公が女性差別を受けながらも必死で働き妊娠、出産を経て家庭に入ったものの、ある時、通りすがりの男性たちにからかわれたことをきっかけに精神のバランスを崩し精神病院に通う。そこで語られた彼女の半生のカルテという形式で物語が進む。

 韓国のガールズユニット、Red Velvetのアイリーンが本書を読んだと言及しただけで韓国の一部ファンから「アイリーンがフェミニスト宣言をした」と反発を受ける騒動も起こった。BTSのRMも本書について「示唆するところが格別で、印象深かった」とコメントしている。こうした文学が彼らの活動に少なからず影響を与えているのは事実だろう。

 コロナ禍での経済活動の萎縮や先行きの不安などによる反動もBLM運動の世界的な拡がりにつながったとも言えるだろう。しかし、その本質はやはり差別問題の根深さが表出した結果であろう。大切なことは、まず周囲の身近な差別意識を改善していく地道なひとり一人の意識改革や行動ではないだろうか。今回紹介した書籍や音楽がそのきっかけとなると幸いだ。

筆者紹介

松尾模糊 1983年生まれ。フリーライター、編集者。福岡大学法学部卒。2007年に単身渡英し2012年に帰国後、様々な職を経ながら執筆活動を開始。

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