2011年撮影。イビサ島

 今年もあと一月を切った。現在も新型コロナウイルス感染者は世界で増加していて出口が見えない状況だ。すっかり今年はコロナの一年となった。年末年始に帰省や海外旅行を恒例としていても、今年は予定変更を余儀なくされる人も多いだろう。この連載では音楽と文学の意外な関係性からカルチャーの魅力を見つめ直すとして、これまでに戦争と平和など様々な角度から文学や音楽を扱ってきた。今回は「旅」という観点から、コロナ禍の中でも独自の世界観で楽しめる“文学と音楽の旅”について紹介したい。【松尾模糊】

地中海リゾートとアメリカ横断に溢れる音楽

 現代日本文学を代表する作家である、村上龍の『イビサ』(1992年、角川書店)は主人公のマチコが仏パリ、コートダジュール、モロッコのタンジェを経てスペイン南部にあるリゾート地、イビサ島へと旅をしていく物語だ。イビサ島は多くのクラブが建ち並んでいて、テクノやハウスのダンスパーティーが毎晩のように開催されており、クラブミュージックの聖地としても有名だ。

 現代のポップカルチャーに多大な影響を与えたのが、戦後米国で勃興した文学的運動である「ビートニク」だ。そのビートニクの中心人物でもある米作家ジャック・ケルアックの代表作『路上』(1957年)は、アメリカ大陸東海岸から西海岸へと旅をする彼の自伝的小説だ。生きるビートニクと呼ばれたニール・キャサディを中心に、詩人のアレン・ギンズバーグや作家ウィリアム・バロウズなどをモデルにした魅力的な登場人物たちと、彼らが夢中になった当時のジャズシーンがみずみずしく描かれている。

 日本のHIP HOPシーンで独自の存在感を放つTHA BLUE HERBの同タイトル曲「路上」(2002年5月発売の2ndアルバム『SELL OUR SOUL』収録)は、ネパールのカトマンズのディーラーに焦点を当てたポエトリーリーディングにも近い作品で文学的趣きもある名曲である。路上=ストリートに根差した文化には自然とその土地の住む人々の息遣いが聞こえるようだ。

文豪が残した大いなる旅の遺産から宇宙まで

 文豪・夏目漱石による『倫敦塔・幻影の盾』(1952年、新潮社)は、英ロンドンに滞在した経験が反映された短編集。デビュー作『吾輩は猫である』のユーモア溢れる描写とは対照的に、漱石が英国滞在中に訪れたロンドン塔の歴史に思いを馳せる幻想的な「倫敦塔」や中世の神秘的な男女の恋愛譚「幻影の盾」など英国で精神を病んだ漱石の複雑な心境を表すような陰鬱で奇想的な雰囲気を持っている。漱石はクラシック音楽を愛聴していたそうだが、カナダ出身の天才ピアニストとして知られるグレン・グールドは漱石を愛読していて、彼の死の床には聖書と『草枕』があったと言われている。

 ――国境の長いトンネルを抜けると雪国であった――という誰もが知る書き出しから始まる川端康成の『雪国』(1947年、新潮社)は、まさに日本一有名な紀行小説と言えるのではないか。上越の清水トンネルを抜けた湯沢温泉がこの作品の舞台となっている。いまだに多大な影響力を持つ川端の文学。川端が昨年、生誕120周年を迎えたことを記念し『グランド・ブダペスト・ホテル』『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー賞作曲賞を受賞した仏出身の映画音楽作曲家アレクサンドル・デスプラが川端の短編『無言』を原作としたオペラ『サイレンス』を公演したことでも話題となった。

 今年5月に、米電気自動車メーカー「テスラ」の最高経営責任者イーロン・マスク氏が設立した米宇宙企業「スペースX」の開発した民間有人宇宙船クルードラゴンの打ち上げ成功や、そのスペースX社が2023年に予定している月面旅行を前澤友作氏が予約したことでも話題になった宇宙への旅。今回の打ち上げ成功で一般人の宇宙への旅も現実味を帯びてきた。とは言え、まだ気軽にというわけにはいかないだろう。SF(サイエンス・フィクション)文学は人類が長い間、想いを馳せてきた宇宙へのロマンを気軽に楽しむことができる最適なツールと言える。

 英SF作家アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』(1968年)は、映画界の巨匠スタンリー・キューブリック監督によって映像化された同タイトルの映画も20世紀に残る記念碑的作品だ。月面から見つかった未確認物体と木星へと向かう飛行、そして暴走する人工知能…と現在でも十二分に魅力的な要素を持った物語となっている。

 いまだにワクチンや特効薬が開発されていない中、日本でも第三波が訪れ、海外渡航はもちろん国内の旅行も憚れるのが現状だ。しかし音楽や文学ならそのようなことは気にせずに、気軽に安全に旅の気分を味わえる。こういう時期だからこそ、新たな読書と音楽による旅を体験して欲しい。

筆者紹介

松尾模糊 1983年生まれ。フリーライター、編集者。福岡大学法学部卒。2007年に単身渡英し2012年に帰国後、様々な職を経ながら執筆活動を開始。

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