声優の森川智之が、マーゴット・ロビー主演映画『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(公開中)で、ブラックマスクの日本語吹き替えを担当した。ブラックマスクを演じるユアン・マクレガーはこれまで正統派を演じることが多かったが本作では悪役に徹した。数多くの作品でユアンの声を担当してきた森川もその変化を声で表現させようと挑戦した。その森川は米ロックバンドのガンズ・アンド・ローゼズの大ファン。自身の半生は音楽と共にあったとも振り返っている。本作の魅力と共に、声優としての流儀、そして音楽にまつわるエピソードを聞いた。【取材・撮影=木村武雄】
悪役に徹底したユアン、声でどう表現するか
本作は、“悪のカリスマ”の異名をとるジョーカーの恋人として『スーサイド・スクワッド』(16)で大ブームを巻き起こした人気キャラクター、ハーレイ・クインを主人公にした最新作。ジョーカーとの別れによって覚醒したハーレイが悪を牛耳る残忍でサイコなブラックマスクとバトルを繰り広げる。
ブラックマスクを演じるのは、『スター・ウォーズ』シリーズのオビ=ワン・ケノービ役などで知られるユアン・マクレガー。同作など数多くの作品でユアンの声を担当してきた森川は、正義感のある役柄が多かったユアンが今回悪役を演じることに「どのような姿を見せてくれるのか、ワクワクしていました」と期待感があったという。
実際に「振り切れていて悪に徹していました」と感じたユアンのブラックマスク。その印象をこう語っている。
「ブラックマスクは、リズミカルでスマート、それでいて都会的で街のなかでは映えるようなキャラクターでした。悪役は悪の笑いも含めてある程度想像できる段取りのようなものがありますが、ユアンが演じたブラックマスクにはそれがない。物語の最初はフレンドリーさも感じても、いろんな表現を重ねていくうちに悪になっていき、その姿に『怖い…。本当に悪い人はこうなんだろうな』と鳥肌が立っていました」
声を演じるにあたっては、「日本語の声をその上からただ塗りつぶすのではなくて、演技の流れや構成、演技プランを汲み取り尊重して、どうすれば彼の怖さをだせるかを注意しながら吹き込みました」という森川。同じ役者でも今回のようにこれまでとは「正反対」のキャラクターでは「声のトーンが変わらないなかでどう変化を付けていくか」ということを意識した。
「ユアンがオビ=ワンをやっているときもブラックマスクがやっていても声帯は変わらないので、どう変化をつけていくかということは大事です。ただ声を変えるだけなら誰でもできますし、僕らがやる意義というのをしっかり考え、役作りも含めて汲まなければいけないと思います。観ている人が、声優が思い浮かばないぐらい役柄とマッチしていることが理想ですし、醍醐味。それを目指してみんな頑張っています。あまりにもかけ離れたことをやってしまうとユアンから『おい! 森川、なにやってんだ!』と言われかねませんし(笑)、作品にも失礼ですから」
悪を極めるブラックマスクだが、演じたこともあって「彼も注目してほしい」とも語った森川。自身は声優プロダクション「アクセルワン」の社長ともあって、ブラックマスクを補佐するビクター・ザーズの存在を着目した。
「組織の上に立つ人間には優秀なサブが必要だということを感じました。たとえカリスマがいてもそれを支える、助ける人間が必要であることを、彼を見て感じて。ブラックマスクのメンタルの部分の支えにもなっている。彼の役割も大きいと思いました」
また、ハーレイの魅力については「失恋によって華麗なる覚醒をした彼女がとてもキュートで可愛くてそれでいて危なくてスタイリッシュ。『次どう動くんだろう、何をするんだろう』と予測不能な彼女の魅力が満載です。日本中の女性に見てもらいたい」とアピールした。
声優として大事にしていること
インタビューで、吹き替え版での声優は「あくまでもオリジナルのお手伝い。日本語にしてもオリジナルと同じように演出効果を出せるかというのは僕らの仕事」とも語った森川。ただ、声優も時代の変化とともにその役割が変わってきているという。
「大先輩たちは海外の文化、アメリカのエンターテイメントを日本にどう紹介するか、どうすればそれを面白く伝えられるかというところで頑張って、日本語の面白さみたいなところを含みながら吹き込んでこられました。例えば当時、B級作品は原作通りにやっても日本人には分からないところがあって、それを吹き替えでどう面白くみせるかというのを苦労された。名声優と言われる大先輩方はそうされてきて、僕らはそれを見て育っている。でも今はネットが普及したことで、言葉も文化もリアルタイムで世界のことが分かる。あえて面白くみせなくてもある程度は伝わります。なので、オリジナルと同じようなニュアンスを守って吹き替えすることが大事になっています」
ユアンだけでなく、トム・クルーズやキアヌ・リーブスなど数々の名俳優の声を担当してきた。類まれな存在から“声優界の帝王”の異名をとる。吹き替えをするにあたっては、「空気感を大事にしている」とも過去に語った彼だが、もう一つ大事にしているものがあるという。
「常に『これでいいのか』ということを持つということです。良い芝居が出来たと満足しないで『これで良かったのか』と、自分にクエッションをかけていくことが大事だと思っています。いろんな素晴らしい俳優さんの吹き替えをやらせて頂けるのもそこがあるからだと思っています。担当している俳優共に自分を磨き、クエッションしながら、同じように成長していかないといけない。そこはアンテナを張っていかないといけないと思っています」
正義から悪の役へ。今回のユアンはまさしくそれにあたるだろう。
人生に寄り添う音楽、大のガンズ好き
声優だけでなく歌手の顔もある。米ロックバンド、ガンズ・アンド・ローゼズの大ファンで、ガンズが初ライブを踏んだ、米ロサンゼルス・ウエストハリウッドにある老舗ライブハウス「トルバドール」に“アポナシ”で飛び込んで歌ったほどだ。
「ガンズが好きすぎて(笑)。アポなしで行ったら『お前何者だ?』と言われましたが『俺は日本のアーティストだ』とCDを渡して。そうしたら『なら歌え』と。日本人では初めてだとも言われて」
笑顔で振り返る森川。自身と音楽の関係性をこう紹介した。
「僕の祖父が歌手で先生でした。亡くなった時に告別式にお弟子さんが何十人も参列下さって、惜別の歌を歌いながら出棺するを見て『死ぬまで歌は付いてくるものなんだ』と、人間にとってとっても大切なものなんだと感じました。僕はガンズが好きで、彼らには素晴らしいバラードもある。僕もガンズ好きなメンバーとバンドをやっていますし、ガンズのアクセル・ローズ(ボーカル)の名前を拝借して私の会社の名前にしたり、僕が飼っていた犬の名前に付けたり。犬が亡くなった時のクリスマス・イブにアクセル・ローズと偶然会えましたし、音楽が繋がってのものだと思いますし、音楽がいろんなものを引き寄せている気がします」
そんな森川にとって音楽はどういう存在なのか。
「人生を豊かにする、左右する、勇気づけるのは音楽だと思います。人生を変えてくれる、それこそ覚醒してくれるものだと思います」
(おわり)