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シンガーソングライターの笹川美和が2月10日、配信シングル「あなたと笑う」をリリース。この曲はミツカンの新ブランドである、野菜ペースト『ZENB』のショートムービーにおける主題歌。映画『かもめ食堂』を手掛けた荻上直子監督による家族愛を描いた映像、そしてこの楽曲が郷愁の念を誘う内容となっている。昨年から東京に拠点を移し、ヘアスタイルも変えて心機一転の彼女にとって、2020年は「自分の音楽再認識ツアー」だと話す。インタビューでは新曲やショートムービー、これからの活動などについて話を聞いた。【取材=小池直也】
自分らしさって何だろう?
――2019年を振り返っていかがですか。
昨年は色々なパターンでのライブを多くさせていただきました。弾き語りだけのライブを神戸と広島でやりましたし、今まで行かなかった場所にも行きましたね。弾き語りのワンマンは人生初でしたから大きなことだったと思います。伴奏してもらって歌に集中する方が好きなんですけど、自分のタイミングや息遣いで演奏できるなと。弾き語りならではの感覚を考える機会になりました。
あと東京に引っ越したんです。みんなに「何で?」って聞かれますけど(笑)、理由はロスなく音楽ができるのと、新潟から通うのにちょっと疲れたから。デビュー当時は東京が好きじゃなくて、今は東京が云々という感じじゃなくなったので住んでみました。
――ヘアスタイルも変わりましたね。
年末に環境も変わったし、年も変わるし、ということでイメチェンしてみました。デビューしてから前髪があったことはなかったです。人生においても基本的にないですから(笑)。長さはそこまで変わってないですけど、前髪があるだけで変わるものですね。
――元旦に「この1年をかけて自分の音楽再認識ツアーになりそうな予感です」とツイートされていたのも気になってました。
「自分らしさって何だろう?」、「自分のやりたい曲って何だろう?」ということや、ライブの表現方法などを見つめ直しています。その新しい笹川美和をどうやって今までの笹川美和に落としこむか、今年は音楽に没頭する一年にしたいです。
――以前は「地元の方が曲が書ける」と話されていましたが。
新潟で作曲がはかどる理由は、ネタになるモチーフが散らばってるから。でも36年間住み続けて体に染みついたはずだから大丈夫かな、と思えたんです。夕暮れの東京で細い道に入った時の郷愁感も良いものだなと思えるようになりましたし。次のステップに行こうとしているのかもしれません。
3月、4月は制作期間に当てようと思ってます。長期スパンで計画したことがなかったので、上京した影響なのかなと思ったりもします。
――それではミツカン『ZENB』のショートムービーの主題歌であり、1年半ぶりの新曲「あなたと笑う」について教えてください。
東京に引っ越して初めて作った曲です。ショートムービーはミツカンさんの「ZENB」と荻上直子監督、私で上手くマッチして縁になったという感じでした。荻上監督はもともと大好きでしたし、商品のパッケージはオシャレだし、コンセプトも今の時代と合っている。そこに自分がたずさわれるのが嬉しいな、ワクワクするなという感じで作り始めました。
これまではピアノに向かってメロディと歌詞を同時に作っていたのですが、この曲は鼻歌から作ったんです。今までそんな作り方をしたことがなかったので、ちゃんと成り立つのかも不安だったんですよ。だからこそ出来上がった時は今までにない感慨がありましたね。鼻歌方式は今後取り入れていこうかなと思ってます。
――鼻歌はオーソドックスな作り方だと思いましたが、逆に新鮮なんですね。
「王道なやり方ですよ」とスタッフさんにも言われました。でも私のなかでは伴奏がないなかでメロディがどういう風に出てくるのか、それをどう作品にしていくのかは未知だったんです。ピアノの前でしか音楽モードになったことがなかったんですよ。
これまでの曲作りは0から一気に100になるイメージでした。0の時は「どうしよう」と悩んでいるんですけど、きっかけが生まれた瞬間から100につながるんです。でも今回は鼻歌で作ったAメロに違う鼻歌のBメロをつなげる作業だったので「曲を作った!」という感じ。
ピアノがあると音が決まったなかでメロディを動かしますが、鼻歌だと関係なく動けます。ピアノが上手いわけじゃない私にとっては、その方が色々な旋律が書けるんじゃないかと思うんですよ。これをもっとカジュアルにできるようになれば制作もしやすくなるはずですから。
「ほんわり温かいね」という曲にはしたくなかった
――楽曲は『ZENB』に寄せたところもあるんですか。
まずは商品ありきだと思ったので、コンセプトをよく読みました。それから後付けの歌詞に世界観を反映させています。『ZENB』という名前も活かしかったし、荻上監督のプロットにあった家族愛もミックスしましたね。
監督とは直接のやりとりはなく、撮影の時に初めてお会いしたんです。私は脚本を読んで曲を書いて、その曲を聴きながら監督はイメージをふくらませて撮影に挑んでいました。みんなで作ってる感があったので、私も「良いものを作りたい」という気持ちが強かったです。
――出来上がった映像はいかがでしたか?
ウィットに富んでる部分があったり、映像と音楽がぴたっとくっついているなと感じました。すごい好きなシーンのひとつは男の子の洗濯物のポケットから石ころが出てくるシーン。「弟たちもそうだったな。ポッケがいつも汚かった」と思い出しました(笑)。
あとはお父さんと子どもが騒いでて、お母さんがブチ切れる場面もリアルで好きですね。荻上監督も普段あんな感じらしいですよ。きれいじゃない部分まで描いているのも共感できますね。ぜひ多くの人に見てもらいたいです。
――「勝手に何かのCMを連想して作曲する」という話も以前されていました。そういう意味で今回の企画は肌に合ってたのでは?
それはあります。やっぱり漠然と「曲を書いてください」と言われても不自由になってしまうので、何かのとっかかりがある方が書きやすい。今回は商品があって、そこからイメージを広げていきました。決められたことがある方が私にとっては自由なんです。
実家で曲を書くにしても、ぱっと見た小さい景色から膨らませて書いていました。小さな点の背景にある思い出をイメージして、それに今の自分を重ねて制作することが多かったですね。
――アレンジについても聞かせてください。
私の荻上監督へのイメージが『かもめ食堂』だったんですよ。あの映画はフィンランドが舞台なので、楽曲も北欧を感じさせるテイストの編曲にしたいなと思いました。それで私から「ケルト調はどうですか?」と提案をしたんです。もともとケルト音楽は大好きなので、アレンジャーさんと相談しつつ進めていきました。
民族音楽ではないのでバランスをとりつつ、何パターンかの案をいただいたのが完成版なんです。後半に出てくるマンドリンが効いてるなと思います。あれで「ほわー」と温かくなるので。デビュー当時は民族楽器をよく使っていたので懐かしかったですね。でも「ほんわり温かいね」という曲にはしたくなくて、引っ掛かりを入れることで笹川美和テイストを出してます。少々パクチーみたいな感じ(笑)。
――曲のタイトルに「笑」が入っていて、デビューを連想しました。これには何か狙いが?
ラジオの仕事で指摘されるまで気付かなかったんです。そもそも「笑」って明るい曲じゃないし、結構上から目線な曲なんです(笑)。それに自分自身に「笑え」と言っているんですが、新曲は「共通する感情があってから生まれる笑い」という感じです。デビュー当時には書けませんでしたね。年齢を重ねたり、たくさんの人に助けられているという実感があるからこそ生まれた歌詞です。
――なるほど。
あと言葉数は少なくしようと心がけました。鼻歌で作ったからメロディに変に歌詞を詰めてバランスが崩れるのが嫌だったんです。だからこそ集約した言葉選びになりましたし、その点は難しさもあったかもしれません。
例えば「あなたがいるだけで明るくなるし、嫌なことも許せる」ということを歌詞にはできないんですよ。だからそれを一言で表現したら何だろうと考えたときに「ほどけてく」という言葉が浮かんできたんです。
セットリストは季節と場所を意識して考える
――制作は自宅でされたんですか。
私は誰かがそばにいる空間だと制作できないので、歌詞書くときは家にこもります。鼻歌は去年のお盆に実家のお風呂で考えましたね。周りが畑なので窓全開、電気も消した真っ暗で入るんですよ(笑)。そこで星を見て、ぼけーっとしながらメロディを考えてました。
――ちなみに『ZENB』は食べられました?
まだ食べられてないんですけど、スープを作ることは決めてます。心に余裕ができた時にきちんと作って、おいしいパンと食べたいなと(笑)。料理しなそうに見られるんですけど、家事は好きなんですよ。家で何かしているのが癒しなので。
東京に引っ越したらもう少しクラブとか行くのかなと思ったけど、行かなかった。外国の方が行くバーとかに行って国際恋愛を、とも思ったのですが行かないものですね(笑)。田舎だから行かないんだと思ってたんですけど、私の性質だったみたいです。やっぱり「明日はお家を出なくていい」と分かったら、その前日から作る料理とかを考えるのが至福です。
――普段どんな料理をされるか教えてください。
しゃれた料理は特に作らないので、一般的なものですよ。実家にいた時は家族分の夕飯を毎日作ってました。家族がいると作るんですけど、ひとりだと「おかずは少なくてもいいや」って思っちゃいます。
ひとり暮らしは自由だけど逆に料理しなくなっちゃいますね。友達が遊びにくると嬉しくて、ついはりきって作りますね。だからこそ『ZENB』と関われて嬉しかったです。
――5月には東名阪ツアー『笹川美和 Tour 2020 〜万緑は短夜に躍る〜』があります。
私はライブをする時に季節と場所を意識してセットリストを考えたりしますし。緑あふれる今回は初めての名古屋ブルーノート、東京公演では初めてチェロと演奏します。サポート・ミュージシャンは山本隆二さん(Pf)と名越由貴夫さん(Gt)なので、いつもと違う雰囲気になると思います。
このワクワクがみなさんに伝わればと思ってタイトルを考えました。この時期は一番夜が短い季節なので、それをどう楽しむかという意味もあります。ライブのタイトルは毎回、自分で考えるんですよ。
6月にはプラネタリウムでの『LIVE in the DARK』に出演します。いつもは晩秋くらいにやってたんですけど、今回は初夏に出ることになりました。西日本も周りたいですね。
――他にチャレンジしたいことなどあります?
自分の趣味とライブを合体させたような企画をやれたらいいですね。刺繍が好きなので、刺繍作家さんのワークショップの後にミニライブとかできたら面白そうだなと思ってます。
――『ZENB』を使った料理教室とコラボとかもいいんじゃないですか。
それはいいですね(笑)。MVに出てくる料理を再現したりしたら楽しそう。みんなでエプロンしながら作りましょうか。
(おわり)
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