中川翔子「2020年も歌い続けていきたい」5年の集大成で見せた新たな夢
INTERVIEW

中川翔子「2020年も歌い続けていきたい」5年の集大成で見せた新たな夢


記者:村上順一

撮影:

掲載:19年12月04日

読了時間:約13分

父の家から見つかったもの

中川翔子

――ジャケットは中川さんによる絵ですが、三種類も書くのはけっこう時間が掛かったのではないですか?

 制作はめちゃくちゃ悩みました。ジャケットは幼少期、思春期、大人になった今と未来の3種類なんです。それぞれの瞬間で見つけた夢が全部繋がって増えていく。様々な色の夢を見つけて欲しいというメッセージがあります。ずっと絵を描くことは好きだし続けて来たので、写真じゃなくてジャケットは絵にしたらいいんじゃないかと思いました。

――特に悩んだのはどこですか。

 何で描くかです。ずっと残ると思ったら迷ってしまって。文房具屋に3回くらい行って、画材とかキャンパスとか買ってきて。アクリルや色鉛筆、ペンとありとあらゆることを試しました。結局、描き慣れている鉛筆だなと思いました。

――デジタルという選択肢は?

 最近絵を描く時はデジタルで描いてたんですけど、アナログで描きたい、原画を残したいと思いました。それは、たまたま父の実家をリフォームするから全部家のものを捨てると聞いて、それなら貰おうと行った時のことなんですけど、写真とか歌詞とか絵がたくさん出てきて。それまでもそこにあったとは思うんですけど、ちょっと恐くて見れていなくて...。

――お父さんは絵も描かれていたんですね。

 そうなんです。父が歌手だということは知られていますが、今みたいにネットが普及している時代だったら絵が好きなことももっと知ってもらえてたんじゃないかなと。でも、思った以上にたくさんあったのは、ネットがなくて父が実際に原画を描いていたからだし、この量の紙は圧巻で、自分も意識して原画を残していかなきゃと思ったんです。迷った挙句、水彩の画用紙に色鉛筆で描いてデジタルで色を塗るという少しハイブリッドな、でも一番しっくりくるやり方に落ち着きました。

――原画にはそういう想いがしっかりと詰まっていてそれが伝わってきますね。絵には色んなアイテムが書かれていますが、緑盤(初回生産限定盤)に描かれているライトのようなものは?

 それは私の枕元にあるランプです。実家に取りに行った時に写真だけ持って帰ろうと思っていたのですが、この昭和的なデザインが懐かしいと思って、あれもこれもと持って帰ってきてしまって。ジャケットには昔見ていたものと、今にとっての宝物が描かれているのですが、ガラクタばかりなので、あまり気にしなくても大丈夫です(笑)。

――このジャケットの絵に描かれているものは実際にお父さんの家にあった物なんですね。

 父とか祖父の家にあった物です。今だと買わないような物ばかりで逆に可愛いと思えて。たまたま覚えている物が全部あって。猫や画材や音に関するものが多くてやっぱりこういう道に繋がっていたんだなと思う物ばかりでした。

――描き始めてから一番大変だったところは?

 絵って何を描くか決めないと描けないですよね。この物たちを見て、幼少期から描いてみようかなと思ってそこからは早かったです。思春期の絵がいちばん迷いました。

――ファンの方もこの絵が見られるというのは嬉しいですよね。アルバムタイトルの『RGB ~True Color~』の着想は?

 アルバムを三種類出すということで“RGB(レッド・グリーン・ブルー)”というワードがすぐ出てきました。私はゲーム脳なので(笑)。例えば、歌を歌ったり絵を描いたり本を出したり、文化的な活動もあってこの5年ですごく変化があったのですがどれも自分なので。赤、緑、青、紫、黄緑…いろいろな色の自分があって、見ている方にとってもいろんな色があると思うんです。RGBは光の三原色なので混ぜるといろんな色になるんですよね。『ファイナルファンタジー』をやっている時に背景の色をコンフィグでRGBを調節して背景の色を変えるのが楽しくて。

――背景を変えるコンフィグありましたね。自分はあんまりいじらなかったのですが、中川さんは結構変えていたんですか?

 いじってました。その日の気分によって水色にしたり、紫にしたりピンクにしたり。デフォルトの青もいいんです。それに、RGBは混ぜても光の白になるというのも未来っぽくていいなと思いました。子どもたちがどの色を好きになってくれるかというのも楽しみですし。私は『ポケモン』が好きで緑を選んだんですが。

――お父さんの家から出てきた言葉が新曲の「ある日どこかで」の歌詞に採用されているんですよね?

 言葉はバラバラで出てきました。今回たまたまこのタイミングで歌詞や絵がたくさん出てきたので何か作れるかもしれないと思いました。真っ直ぐな愛の歌になったんじゃないかなと思います。イントロのメロディも父らしく優しくて...。最後の<この思い また逢えるまで さぁ風にのれ>という歌詞はたくさん色紙に書いて人に渡したり、お墓の墓碑にもなっているので、父は歌詞にするつもりはなかったんだと思うんです。でも、これはこのまま入れたいなと思って、レコーディングの前日に足してもらって。

――すごく良い曲で、聴いていて感動しました。

 ありがとうございます。「空色デイズ」もそうなんですけど、私の歌は亡くなった人へ向けたメッセージの歌がすごく多いんです。でも空からの、亡くなった人たちからの大好きな人への歌っていうのは無かったんです。だから不思議な感じで受け止められるし、私はこの曲が大好きでやっと会えたというか、このタイミングで出せたというのが凄く嬉しいです。楽曲プロデュースをしてくれたウォルピスカーターさんはまだ20代で、もし父が現代に活動していたら、ウォルピスカーターさんみたいにニコニコ動画とかYouTubeで活動していたんじゃないかと思っているので、不思議なリンクを感じます。

――タイトルの「ある日どこかで」にはどのような思いが込められているのでしょうか。

 父と母が別れ話になるくらい喧嘩して、その後映画『ある日どこかで(1980年・米)』を観て仲直りしたというエピソードから来ています。タイムスリップして大好きな人に会いに行く映画なんです。この映画で出てくる懐中時計を母に渡したらしいんですけど、それからなかなか会えないまま、想いを伝えることが出来ずに父は亡くなってしまったんです。亡くなった父の枕元にはその懐中時計があって、亡くなった時刻で止まっていたらしくて…。それを母からこの前聞いてびっくりしました。

――時計からお父さんの意思やメッセージを感じてしまいますね。

 私はいろんな人に言いたいことって、今いない人でも空からでも分かるんじゃないかなと思って。例えばいつか自分が死んでしまっても、次の世代に伝えたいことはいろいろ出て来るんじゃないかなと考えたりしました。もちろん聴いた人がそれぞれ、いろんな受け取りかたをして良いと思います。早くライブでこの曲を歌いたいなと思います。

――長生きしないといけないですね。

 長生きして、やっとわかる気持ちがきっとあるはずです。それは辛いことや苦しいこともあるけど、それも意味があったんだと上書きできるほど心が震えるくらい生きてて良かったと思える瞬間も、そんな風が吹く日も来るんだなと思います。

――最後の<風にのれ>の部分もそうなんですが、「風といっしょに」など楽曲もしかり、ここ最近中川さんの中で「風」という言葉がキーワードになっているのかなと思ったのですが。

 「blue moon」の出だしも<懐かしいあの風の匂い>という言葉から始まりますし、確かにそうですね。風ってすごくいろんな色を乗せて、懐かしいものを運んでくれます。だから、思い出がすごく乗るなって。ずっと吹いてる風も想いが乗ればきっと届くと思いますし、空からの風が今届いているなと感じます。

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