大友良英氏「いだてん」音楽は規模感が違う、大河史上最大トラック 制作裏側
INTERVIEW

大友良英氏「いだてん」音楽は規模感が違う、大河史上最大トラック 制作裏側


記者:木村武雄

撮影:

掲載:19年01月05日

読了時間:約10分

時代感が変ってくる、東京を象徴する音楽とは

――鼓などの和楽器も聞こえてきました。

 それも入れたいと思いました。(鼓は)日本で最古の楽器とも言われていて、だけど、テレビではコントとかでも使われる。最古なのにあの扱いはひどいよね。今回も本物の方と偽物の方の両方に叩いてもらって、両方入れちゃいました。仙波流家元の仙波清彦さんと、いつも一緒にやってるパーカッションの方が叩いている鼓。それに加えてN響がいると同時にアマチュアもいて、南米系の楽器も入っていて。

 1回目の録音で書いたのは158曲。同じメロディを使っているバリエーションもあるけど、監督と制作者のオーダーは68曲だったかな? 書いているうちに増えちゃって(笑)。実際には170曲ぐらい書いた。通常の大河だと1年間で150曲ぐらいかな? それを前半部分でそれだけ書きました。

 私は、書き出すまでの助走が長いんですよ。このドラマは何なのかを納得しないと書けない。だけど、その位置づけが見えてくると早い。見えるまでに時間がかかる。考えるだけで1年かけました。最初はどういうドラマか分からない。たぶん作っている側も役者さんも最初は分からないと思う。やってるうちにだんだん見えてくるんです。実際には巻いていないけど、ハチマキを頭に締めてせっせと書いているような感じかな(笑)。

――ブラジルサンバが一つのきっかけになった、とのことですが、何かつかめたきっかけはあったのでしょうか?

 「あまちゃん」の時は劇的にあったんですよ。メロディが突然浮かんで「すごいいいかも、これだ」と。あとはサッと書いていったけど、今回はその瞬間はなかった。人がいっぱい入る意味で、ブラジルで「リズムだな、リズムの音楽だな」と。リズムから入っていて少しずつ2か月ぐらいかけて見えてきたような感じです。出だしをギターでかき鳴らそうかなと。ギターは本来パーソナルな小さな楽器。そこから徐々に大きく広がっていくものはどうかな、と思った以降は早かった。

――第二部の音楽の構想はありますか?

 物語は全体的にせわしなく進んでいくと思う。特に第二部では。第一部では明治、大正、昭和初期。第二部は昭和初期から1964年。だから時代感は変わってくると思います。なんとなく構想はあるけど、せっかちな音楽かな。第一部の時代は、現在生きているかたはほとんどいない。第二部はいらっしゃる方が多い。五輪を見ている人も多く、自分たちの時代に近づいてきているので、音楽もそれを意識することになると思う。その当時、実際に演奏していた方にも声をかけたい。

――都内の、物語にまつわる場所などを巡る、いわゆるロケハンで掴んだものはありますか?

 オープングテーマは強く東京を意識したわけでないです。東京よりも日本と世界を意識しました。ブラジルサンバの楽器を日本人に持たせて教えてやらせても、なんか和太鼓風になるんです。それって言葉とよく似ていて、例えば英語は勉強すれば喋れるようになるけど、ネイティブな発音には決してならないでしょ。音楽も全くそう。今回は、本物のサンバをやりたいわけではないので、安心してネイティブにならずにサンバのアイディアを取り入れました。逆に。無理して日本風にすることも一切していない。まんまでいいんです。そういうところはあえて意識しましたね。N響の音もやっぱり日本っぽい、というか大河という感じ。たぶん、ベルリン・フィル(ハーモニー管弦楽団)がやってもそうはならない。

 東京のロケハンが生きているのは、劇伴の方です。東京はどんな音楽だろう、と思ったとき、東京は太平洋戦争の空襲や関東大震災で何回か壊れている。第一部は明治時代。関東大震災で壊れる前の東京だから全く知らない。資料も少ないし。当時の写真をみると、中東みたい。それもそのはずで、当時はヨーロッパの影響を受けてなんとかヨーロッパ風の建築にしようと頑張っていた時代。さっきのサンバの話ではないけれど、それが異様な和洋折衷になっている。だけどチープではない。手作りだし、石や木は本物を使っている。現在は近代的だけどどこかチープ。そこの差をどうみせるかを考えています。日本橋一つとっても本物の石が使われているのに、高速が上を走って残念な景観になっているとか。東京はそういう風に、スクラップ・アンド・ビルドでそれが今も続いている。

 そういう事ばかり考えていて、それがどう音楽に活かされるかまだ確信は得られていないけど、とりあえず和洋折衷の劇伴はたくさん作っていますよ。そもそも今の日本、和洋折衷音楽がほとんどですから。歌謡曲やチンドン屋もそう。J-POPになると現代建築のような感じで、はめ込みで壁を作っているみたい。昔の歌謡曲は大工が作っている感じだし、チンドン屋さんに至ってはもの凄く素敵な発明だと思います。とはいえ当時の音楽をそのまま使ってるわけではなく、いろいろデフォルメしています。

――劇伴はどんな感じになりますか?

 とにかくたくさんのいろんな人がせわしなく出たり入ったりしている感じです。わたしのビッグバンドのメンバーや、芳垣安洋さん率いるオルケスタナッジナッジにもずいぶんと演奏してもらいましたし、江藤直子さんに編曲をお願いしたN響が全体の空気を作ってくれてます。ほかにも和楽器の方。ブラジルで録音した打楽器奏者の方たち、中南米に行ったときに仲良くなったアルゼンチンのトップパーカッション奏者のサンティアゴ・バスケスさんを日本に呼んで、私と何人かで即興演奏したものもあってかなりの数です。ただし、これは物語の前半の話。後半はさらに「おお!」という人も出てくるかもしれないですよ(笑)。

(おわり)

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