清塚信也「前提を持つと聴こえ方が変わってくる」クラシックをみずみずしく聴く方法
INTERVIEW

清塚信也「前提を持つと聴こえ方が変わってくる」クラシックをみずみずしく聴く方法


記者:村上順一

撮影:

掲載:18年12月12日

読了時間:約16分

ベートヴェンはチャラい?

清塚信也(撮影=冨田味我)

――そうやって考えると非常に興味深いですね。さて、ソナタというのはよく耳にするんですけど、清塚さんがソナタを説明するとしたらどうされますか。

 ソナタはまず楽器で演奏するという意味があります。ちなみに歌が入っている曲はカンタータといいます。なので、ソナタは歌、歌詞が入っていないインストのことを指しています。そして、モーツァルト、ハイドンあたりから「ソナタでは難しい曲を作るべきだ」という認識が作曲家の中に出てきました。そして、ベートーヴェンの頃にはそれが確立されました。なので、ソナタは今できる最高峰、車で例えたらF1のような感覚があります。売れたいという側面もあるかもしれませんけど、それよりも凄いものを作りたいという欲求の方が強いんです。なので、ソナタと聞くと僕らは「凄いのが来るんだな」とピリッとします(笑)。とは言ってもこれといった定義はなくて、ソナタ形式というのがあるので、それに沿って曲を作ればソナタになってしまいます。

――すごくわかりやすいです。では、組曲というのは?

 コース料理です。サラダがあったり、お肉があったり、デザートがあったりと色んな料理を集めて楽しませようというコンセプトが組曲にはあります。バッハの組曲に関しては国も分かれています。「アルマンド」というのはフランスの曲で、「クーラント」はイタリア、「サラバンド」と「ジーグ」はスペイン、「ガヴォット」は踊りの曲となっています。コース料理というところで食材で表すと、どこの産地のものを使用して作ったかに近いですね。

――続いてベートヴェンは清塚さんにはどのように映っていますか。

 ベートヴェンは、ホイホイ人に曲をあげてしまう人で、特に好きになった女性にはすぐにあげてしまうんです。同時に5人とかに「君のために作ったよ」とか言ってしまう、すごくあざとい人なんです(笑)。あと、自分のプロデュースをすごく上手くやった人でもあります。お金を稼ぐシステム作りが上手い人で、遺産もすごく多かったそうです。逆にモーツァルトにはそれが足りなかった。今作にも収録した「月光」も、ホイホイあげてしまった曲の中のひとつで。すごく不純である貴族にあげようと思っていた曲が、他の貴族がその曲を欲しがったため、代わりに急遽作った曲が「ピアノソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2 《月光》」なんです。けっこうシリアスな楽曲なんですけど、実際はチャラい曲で(笑)。

――曲は全然そんな風に聴こえないですね(笑)。

 ちなみに第1楽章は完全に振りです。ほとんど深刻な意味もなく第3楽章がメインの曲なんです。第3楽章を聴いてもらうために第1楽章があると考えてもらって差し支えないと思います。この曲はベートヴェンの演奏力やポップなところがすごく出ていると思います。他の作品「熱情」や「悲愴」と比べると非常に薄っぺらい曲ではあります。

――こうやってお話を聞くと聴こえ方も変わってきますね。

 そうなんですよ。前提を持つとクラシックは聴こえ方が変わってきますし、このアルバムだけでは終わらなくて、コンサートやテレビを鑑賞して頂いてひとつになる感覚もあります。この物語を聞いてもらってから、曲を聴いていただけたらと思います。

――さて、この3人を現代のアーティストに例えるとどなたに近い感覚がありますか。

 難しいですね…。モーツァルトはちょっと強引ですけど、たくさん曲を作ったということもあって小室哲哉さんかな。バッハは宗教的な背景が強い人なので、現代ではいないかもしれないですね。ベートヴェンは音楽で革命を起こし、政治や哲学にまで言及した人なので、一時代を築いたという意味ではジョン・レノンが近いかもしれないですね。

――ちなみに清塚さんはこの3人の中だと、誰に近いと思いますか。

 この3人の中なら、作風というところで、モーツァルトが近いかも知れないです。これ以外だとショパンやリストなどロマン派の方たちに僕は近いと思います。でも、新しいことやってやろうというのは、ベートーヴェンと一緒です。

――精神面ではベートーヴェンで。

 でも、モーツァルトも新しいことをやろうとしていたんですけど、出来なかったんです。環境もあったと思うんですけど、モーツァルト自身のスキルが足りなかった。音楽には精通していたけど、政治とかロビー活動が出来ない人で、社会性やカリスマ性が足りなかったんですけど、ベートーヴェンにはそれらがありました。ベートーヴェンはシステムを構築するのに打算的で、例えば曲を再現する費用なども提示していて、実際に演奏しているかどうかも、自身で確認しに行っていたみたいです。初めて著作権の概念を与えたのもベートーヴェンだと言われています。

――自身で確認に行くのもパワフルですね。

 モーツァルトはシチュエーションに合わせて委託されて作っていたので、一回使い切りの曲が多いんです。だから、曲数も多いし、コンパクトでライトな曲調が多いのもそういう受け方をしていたからで。ベートーヴェンは自分の想いや哲学、耳が聞こえなくなった絶望感など全てを曲にして芸術作品として高めるので、何回も演奏して欲しい、むしろ奪い合って欲しいと思っていた人です。だから、一曲作るのに5年も6年も掛けますし、演奏時間に関しても「第九」に至っては1時間以上もあります。モーツァルトは15分とか20分でオーケストラの人数もベートーヴェンの方が倍ぐらい多いんです。作品を後世に残すというのがあったので、何回も演奏してもらって、演奏する毎に価値を見い出して欲しいと思って、そういうシステムにしたんじゃないかなと思います。

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