「一番素直に出せる気づきがあった」ニューアルバムで見せるパスピエの日常
INTERVIEW

パスピエ

「一番素直に出せる気づきがあった」ニューアルバムで見せるパスピエの日常


記者:村上順一

撮影:

掲載:21年12月29日

読了時間:約9分

 4人組バンドのパスピエが12月8日、通算7枚目となるアルバム『ニュイ』をリリースした。本作はフランス語で夜、という意味をもち、これから先が明るくありますようにという願いも込められたアルバム。『ニュイ』には「グッド・バイ」、「影たちぬ」、「言わなきゃ」など、アルバムに先駆けてリリースされた楽曲を含む全11曲を収録。インタビューではこのアルバムを制作する中で気づいたことや、曲順のギミックや作詞へのスタンスなど、成田ハネダ(Key)と大胡田なつき(Vo)の2人に話を聞いた。【取材=村上順一】

夜明けの明かりに向かって飛んでいく虫のイメージ

『ニュイ』通常盤ジャケ写

――『ニュイ』が完成しましたが、ジャケ写もインパクトがあり印象的でした。このジャケットで表現しているものは?

大胡田なつき タイトルの『ニュイ』は夜という意味で、これから夜明けを迎える時間だという意味合いでつけました。その夜明けの明かりに向かって飛んでいく虫のイメージです。歌詞カードの中でも今回は顔を描いていないんです。性別や顔を特定できないほうが面白いかなと思いまして。「とんぼの羽が生えている人」みたいな。

――タイトル『ニュイ』はフランス語ですね。

大胡田なつき フランスの配色の本で勉強している時に、「ブルーニュイ」というカラーサンプルがあったんです。アルバム曲を作っている時になんとなく青のイメージがあったので、ニュイという片仮名、響き、形も広い意味での可愛さがあったと思います。そこでまずみんなに理由を言わずに「ニュイってどうですか?」と聞いてみたんです。

成田ハネダ 聞いたときにすごく響きがいいと思って。クラシックの曲でもモーリス・ラヴェル(仏・作曲家)など「ニュイ」と出てくるものがあります。それでフランス繋がりでなるほどと。

大胡田なつき 言葉の見た目のよさと響きの面白さから決めました。でもせっかく私たちの1年間を表せるわけだからストーリーがあったほうがいいなと思って、「その『ニュイ』は、明ける前の『ニュイ』で、これから明るくなりますように」という意味を最終的に込めました。

――今作を作って成田さんは大きな気づきがあったとコメントで見ましたが、その気付きとは?

成田ハネダ こういう1年だったからこそというのもあったかもしれませんが、楽曲に対して自分が一番自然体でいられる向き合い方と、向き合わざるを得なかったというのがあったと思っています。ネガティブな事象をなんとかポジティブに変えようということでもなく、全部を受け入れたうえで自分が何を受信して、発信して、というクリエイティブを生み出していくうえで、一番素直に出せる気づきがあったんです。

 それは言葉で説明すると複雑になるし、それを今回の作品に全部置いてきた、ということなんです。そういう発見が作っていく過程でありました。それは、改めて音階や展開についての感情などについて感じたり、パスピエのメンバーが鳴らしたらこうだ、というだけではなく、楽曲に対しての説得力をまた一から分解して見直すことがありました。

――アイデアなどを音楽的に昇華する方法としては?

成田ハネダ 「これってこうですよね」という、ある程度の図式は世の中にたくさんあると思うんです。それを使いたいけど、二番煎じにならないようにどうしようかとみんな試行錯誤しながらやっていて。マンパワーで打開していく場合もあれば、理論的、音楽的な部分で解決していくこともあるし。また、それをミックスしたりしながらなんとか立ち向かっているという感じでしょうか。

――そういえば前作『synonym』ではドラムは打ち込みでしたね。今作は生と打ち込みの両方存在していて。

成田ハネダ そうです。『synonym』では楽器自体はスタジオで録ったりしたこともあったんですけど、そこにドラマーを呼ばずにドラムセットだけ持ってきて、太鼓の中にスピーカーを突っ込んでそれをマイクで拾ったり無茶苦茶なこともやっていました(笑)。Bluetoothスピーカーをちゃんとチューニングをしたスネアの中に入れて、その中からスピーカーを鳴らしてマイクで拾うという。「真昼の夜」という曲ですね。

――大胡田さんはその光景を見てどう思います?

大胡田なつき それ、なんか効果あるのかなと思っていましたけど、リーダーがやりたいって言うので(笑)。

――「Q.」は生ドラムだと思っていました。

成田ハネダ あれは生ドラムっぽく聴かせるために、打ち込みを全部手打ちで打って、それを改めてギターアンプで歪ませて、実際にマイキングしています。空気感を出してちょっとでも生に錯覚してもらおうかなと思いまして。

――今回もそういったチャレンジがある?

成田ハネダ 今回は生ドラムがあるので打ち込みは打ち込みらしさを出しました。「BLUE」という曲でやっているんですけど、ひとつの音を鳴らすにも波形のアタックの部分の音、真ん中の音、最後のしぼんでいく音、それぞれ別の音を組み合わせてひとつの音を作るという試みはしていました。縦ではなく、横のレイヤーです。なるべく聴いたことのないサウンドを作りたいと思って

――歌詞について、前作から成田さんも単独で書くようになりましたが、今作でも2曲あります。大胡田さんから見てどう映っているのでしょうか。

大胡田なつき 成田さんは私が歌うことを想像して書いていると言うのですが、凄く成田さんらしいと思うし、私にはない人間らしさの描き方があると思います。私の声を理解しているので、歌っていて言葉の置く場所が上手だなと。あと、人の言葉を歌うことは責任を感じてしまうし、色々考えるところがあるなと今まで思っていたんです。今回は凄く自然にできて、事前に「ここはどういう意味なの?」とか色々と相談して。表現自体は素直になったと思います。

成田ハネダ あとは、人が歌うから好き勝手書けるみたいなところもあって。大胡田が言うように、逆に自分自身を解放して書けていることも多分にあるだろうし。これは僕の感覚なんでしょうけど、音楽をやっていて、広く受け止めてくれると嬉しいんです。断片的でなく、たとえば「パスピエが出している赤色、青色を見て欲しい」ではなく、やはり何色も見て欲しいからこそ、アルバムという曲集を出しているところもあるし。性別も歩んできた道も、観てきたエンターテインメントも違うし、その中で自分が影響を受けてきたことを今度は言葉としてパスピエの音楽の付加価値になれば面白いなとは思って書いていました。

大胡田なつき 曲が持っているものと私がその時に考えていることが本当にかけ離れている時に、私はそのメロディと音に合ったものを書けない時があります。今年の初めくらいがそういう状態でした。同じ曲でいくつか歌詞を書いているんですけど「なんか違うな」となって。それで成田さんが書いてくれたんです。

――単独で歌詞を書き始めたのには「色のひとつとして増やしたい」という想いも?

成田ハネダ 大胡田が書く上でも、僕が書いた歌詞を見て何か受け取るものがあったらいいなと思います。結局、メンバーであり切磋琢磨する相手なんです。バンドってずっとやっていくと外部の人が加わることがあまりない超極小ベンチャー企業だから(笑)。ルーティーンでまわそうと思えばいくらでもまわっちゃうけどその中で変化を、という時には内側で起こすしかないんです。

 だから先を見据えるためにも、うねりみたいなことが各作品のなかでグラデーションであってもいいかなと。ただ演奏する人だったり詞を書く人、ということではなくパスピエというメンバーとしても見ているから、そこで僕が歌詞を書くことにおいて大胡田の役割がなくなることはないし。ただ、共作していたので自分がやっていた役割のひとつではあると思うから、その空いたところで別のアイデアなどでまたパスピエが大きくなれば面白いと思います。

曲順は解放と収縮

『ニュイ』P.S.P.E.盤ジャケ写

――ところで、本作のアルバムリリースまでに7曲の配信リリースを多く重ねていましたが、これはなぜでしょう。

成田ハネダ 一作品に対して、その瞬間に深く掘ってもらう労力より、その前に何作も出しておいて「あの曲入っているんだ」というほうが今のスタイルに合っているのかなというのがあります。あと、ライブが今年は少なかったので。アルバムが生活のある種切り取りの部分だと思っているんです。自分が考えている野望もその作品に多分に含まれるけど、一年間で考えたアイデアなわけじゃないですか? それを「この一年の生活です」というのを分散したのがバンドにおけるライブ、ツアー、イベントだったりすると思っていて。ライブの本数が減ったとなると、その生活の断片を見せる行為というのは必要なのかなと思いました。ひとつ大事だったのは、連続配信するにあたって「何カ月連続で出します」と告知しなかったんですよ。それも込みで実験というか。このスタイルが結果どうだったのかを来年見なければいけないですし。

――さて、『ニュイ』がリスナーにどのように届いたらお2人は嬉しいですか。

大胡田なつき 「同じ時代にパスピエという人間の集まりがいて、こういうことを考えていたりしているよ。あなたはどうですか?」という気持ちです。そういう曲が今回は多いと感じています。あとはただ私が楽しい曲とかもけっこうあるんですけど。

――この時代の流れも影響して歌詞にも出ている部分もある?

大胡田なつき 時代の流れと言えばそうですが、外で何が起きているとかより、それによってひとりの時間が増えて、わからない先のことについてまで考えるようになったり、もっと自分とも向き合うようになったところが出たと思っています。

――自分と向き合って、今のところわかった答えなども書いたり?

大胡田なつき メッセージというわけではないんですけど、これを外に吐きたかったみたいな言葉を、ちゃんと歌としてそんなに深刻じゃなく書いてみました。

――成田さんが今作をどう感じて、受け取ってほしいというのは?

成田ハネダ 「今回新しい挑戦してみました。どうですか?」という、“どうですか”というのをちょっと取っ払ってみようかなとも思って、「今回面白い作品ができました」みたいな。そこに対してアクセスしてくれる人がいたり、増えたりしたら嬉しいと思うし。「パスピエという場をつくれたらいいな」と。

 パスピエという音楽の遊び場みたいなものがひとつ提示できたらいいなというのはあります。『ニュイ』がその入り口ではなく、この『ニュイ』然り、パスピエというサウンドがそういう風にあってくれればいいなという期待を込めた作品です。本当は、よりソリッドに自分の作品をコピーライティングしていかないといけないでしょうけど。

――CDの帯に書けるようなことを?

成田ハネダ 今回は、そういう帯に書かれているような言葉を付ければ付けちゃうほど、もしかしたら逆に狭めちゃう可能性もあるなと思いました。たとえば「打ち込みの上に成り立った80’sポップサウンドです」みたいにやっちゃうと曲の概念みたいなものを縛ってしまうかもと思ったり。

 もちろん、誘導していくためには何かしらのワードだったりが必要なんですけど、僕らのサウンドで場をつくって「毎年こんな作品出してるんだ。じゃあ来年もあるかもね」みたいな、パスピエの日常みたいなものを面白がってもらえたらいいなというのはありますね。

――さて、前作『synonym』では曲のタイトルで日本語と英語を交互に曲順を組まれていましたが、今作ではそういったギミックはありますか。

成田ハネダ 解放と収縮というところのグラデーションにしているつもりなんです。かつ、自分のイメージの矛先のような「深海前夜」と「PLAYER」で挟んだり。要はそこに音楽がありますよ、ということをすごく伝えたくて。自分が一番のルーツとしてきたクラシックは抑揚や緩急の表現の賜物だと思っていて。その波を作る時にどうやってやろうかなと考えました。最初「深海前夜」は自分の色んな培ってきた音楽エッセンスなどを詰めてギュッと内側に内包していたものを「アンダスタンディング」という快活な、ギターをかき鳴らすような曲で解放して、また「ミュージック」で収縮してみたいな並びは意図しています。

――緊張と緩和のような?

成田ハネダ そうです。1曲目に緊張をもってきたかったので、あまり尺を長くしたくなかったんです。長くなるとなんだこれ?となってしまうので。

――1分55秒という絶妙な尺ですよね。では、最後に2022年の意気込みをお伺いします。

大胡田なつき 私たちの2022年は『ニュイ』のアルバムツアー『PSPE TOUR 2022 ニュウ!』で幕開けします。みなさん夜明け、日の出を一緒に見ましょう!

(おわり)

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