4人組バンドのパスピエが、8枚目となるフルアルバム『ukabubaku』をリリースした。「もののけだもの」や「発色」など先行配信シングルを含む全11曲を収録。初回限定盤には今年6月に行われた『PSPE Billboard Live Tour 2022 “table” at Billboard Live TOKYO』のライブ映像全15曲をノーカットで完全収録したBlu-ray Disc、また初回限定盤に特製オリジナル T シャツを 同梱したスペシャルBOXパッケージ、P.S.P.E 盤(ファンクラブ限定盤)も同時にリリース。インタビューでは、さらなる進化を遂げた『ukabubaku』の制作背景を探りながら、成田ハネダと大胡田なつきが追求していきたいことなど、2人に話を聞いた。【取材=村上順一】
脳内の高揚で体感に勝るものを作る
――2022年を振り返るとどんな1年だったと感じていますか。
大胡田なつき 今年は配信シングルを沢山リリースしたので、今年の前半は曲作りをしていたなと感じる一年でした。
成田ハネダ 『ニュイ』ツアーもそうですけど、Billboard Liveがあったり。
大胡田なつき それ今年か! けっこう色々やってましたね。曲作りしながらだと時間軸がバグります(笑)。
――成田さんは?
成田ハネダ 開けてくると言いますか、そういうマインドを感じた1年だったなと思います。11月に長谷川白紙さんとツーマンをしました。お客さんがスタンディングでのライブだったのですが、その光景自体に懐かしさを感じました。それもあって、来年への楽しみがちょっとずつ増えた1年でもあったと感じています。
――長谷川さんとのツーマンでは、「砂漠で」という曲をカバーされたと聞きました。
成田ハネダ そのライブで長谷川さんがパスピエの曲をカバーしてくださったのですが、逆に僕らが長谷川さんの曲をカバーするにあたって、どういうスタイルで届けるのがいいのか考えました。そもそも長谷川さんとは編成も違ったので、学生時代に戻ったつもりでコピーバンドで挑もうかなと思いました。
――大胡田さんはカバーされていかがでした?
大胡田なつき 他のアーティストさんの曲を歌うのは楽しいです。昔はシングルのカップリング曲にカバーも入れていたので、リリースじゃなくてもたまにやりたいなと思いました。
成田ハネダ 最近は配信がメインということもあって、カバー曲を収録するのが減ってしまいました。配信でいうと、ジャケ写のアートワークを毎作大胡田が担当してるいて、そこは見てほしいところです。
大胡田なつき すごく沢山描かせていただきました! 今回の『ukabubaku』のジャケ写は、手前味噌ですけど、傑作ができたなと思っています。
――アルバムタイトルからのインスパイアもあると思いますが、このデザインになったのは、どんなきっかけがあったんですか。
大胡田なつき リハーサルをしている時に成田さんが突然「『ukabubaku』って回文だよ」と言い出して(笑)。他にもタイトル案は沢山あったんですけど、『ukabubaku』の印象が強く残りました。それで、私は日本画も好きなので動物の絵を色々見ました。その中にあった伊藤若冲のゾウの絵が本物とは違うけれどゾウだとわかるのが印象的で。怪しさと可愛らしさがあるものを描きたいなと意識して、バクを描いていきました。
――タイトルは成田さん発信だったんですね。そういえば成田さん、「もののけだもの」を配信リリースされる際に、今年は1曲1曲コンセプトを持って作りたい、とSNSで呟いていましたが、何かそう考えるきっかけが?
成田ハネダ 最近のパスピエはライブを頻繁にやっていくような活動ではなかったので、いつもと色味が違う感覚があり、コンセプチュアルに見えるもので表現していったら面白いかなと思いました。バンドなんだけど紐解いていくと打ち込みサウンドだったり、僕は相反するものを組み合わせるものが好きなんです。「もののけだもの」は、打ち込みのトラックをどこまでアッパーサウンドに仕上げられるか、というのコンセプトがあり、脳内の高揚で体感に勝るものを作るか、というのを考えていました。
――フィジカルに負けないものですね。
成田ハネダ そうですね。前作『ニュイ』のラストの曲が「PLAYER」というニューウェーブな感じの曲があるのですが、そこからよりマッシブな感じに持っていけたらと思いました。
――作詞・作曲クレジットを見て、今回は成田さんは作曲に振り切ってますね。前作では作詞も行っていたのですが、なにか意図が?
成田ハネダ それはなんとなくのイメージでしかなかったんですけど、制作当初から「歌詞は今回書かないからね」と宣言してました。
大胡田なつき 言ってた(笑)。
成田ハネダ その理由はなんだろうと今考えると、前進させていきたいという思いがあって、僕が歌詞をちょっとやったり、曲を作ってアレンジもやったりすると、バンド感といいますか、メンバーそれぞれの“柱感”みたいなものが薄まるんじゃないかと思って。別に悪いことではないんですけど。それぞれが何かを背負ってやっていくスタイルで作れたらいいなとは思っていました。
――以前のインタビューで、メンバーそれぞれが仲間でもありライバルみたいな感覚もあるとお話ししていたのですが、今はまた変わってきたんですね。
成田ハネダ 確かに今はそのマインドではないですね。そこから離れていると思います。
――SNSで音の質量、重さを考えて作っているという発言を見て、ちょっとまた違うフェーズに入ったと感じました。
成田ハネダ 最近スタジオではそのことばかり話しています(笑)。どれだけそこを追求できるかを今やっていて。
大胡田なつき 「音の深さ」とか言ってますから。
――大胡田さんは全曲作詞を担当されていますが、今回テーマやコンセプトのようなものはあったのでしょうか。
大胡田なつき いま振り返ると「自由」というのが、今回あったと思います。ライブなどで色んな方と会えるようになったからなのか、それは定かではないのですが、文章や歌詞を書くのが楽になったような気がしました。前のアルバムでは割と産みの苦しみがあったんです。今回は素直に書きたいことを書いて、歌いたいように歌えたので、私の根っこには「自由」というのがあったのかもしれないです。
――「スピカ」や「獏」など、記憶や思い出にまつわる曲が多いと感じましたが、これは意図的ではなかったんですね。
大胡田なつき そうですね。私、忘れっぽくて時間もそうですけど、夢と現実がバグってしまうんです(笑)。でも、誰かと会って喋っているときや、ライブをして「あっ、こんな感じだった」と思い出したりするので、そういうことと繋がっていたのかなと思います。
――「獏」ですけど“バグ”でもあるみたいな。そういう感覚から今回のような歌詞が生まれたかもしれないと考えると興味深いですね。
成田ハネダ ゼロからイチを生み出す瞬間って、理由がないことの方がほとんどなんですよね。なぜか浮かんだというのがあって、なぜそれが浮かんだのかと考えると、こういう流れだったからこうだったかも、と思ったりはします。
大胡田なつき そういえば成田さん、コンセプトについてさっき話していたけど、それを私たちに伝えることってないよね?
――なぜですか?
成田ハネダ 大胡田には伝える時はありますけど、僕からみて、それを言ってしまうとテーマを汲み取りすぎて、面白くなくなってしまうことがあるからなんです。抽象的なモチーフなら良いんですけど、音から影響を受けて作ることもあるので、それを伝えてしまうとその曲の焼き回しになっていってしまう感じがして。なので、デモを聴いてそこから感じ取ったもので、考えてもらいたいので、敢えて伝えないです。
――広がりを求めているわけで。
成田ハネダ そうです。大胡田には仮タイトルをつけてデモを渡すんですけど、そこから広げていくこともあるので、今後はそれを伝えずにどうやっていくのかが課題ですね。
――ちなみにどんな感じの仮タイトルなんですか。
成田ハネダ 「獏」は「心」、「発色」は「スイッチ」という仮タイトルでした。あと、「4×4」みたいに仮タイトルがそのまま採用される時もあります。
――この「4×4」というタイトル気になっていたのですが、どんな意味があるんですか。
成田ハネダ 4つ打ちで16ビートの変化を楽しむ曲というところからです。確か大胡田は最初「四季」というアイディアを出してくれていました。
大胡田なつき 「4×4」は、私たちが4人組で、ずっと繰りかえされていく何かみたいな感じかなと思いました。「4×4」というタイトルは記号的じゃないですか。そこから考えてもらえることがあればいいなと思って。
――この曲が4曲目に来ているのも意図的ですよね?
大胡田なつき え、そうなの!?
成田ハネダ まあ、考えてました。
――「四月のカーテン」かどっちかみたいな?
成田ハネダ 「四月のカーテン」は大胡田が考えたタイトルなのですが、「4×4」という4にまつわる曲があるのに四月にするの? みたいなことは当時話してました。
大胡田なつき 私は「4を漢字の四にすれば大丈夫」って言いましたね。
――曲順はどう考えていきました?
成田ハネダ これまでの作品の流れを裏切った感じでやりたいということもありつつ、1曲目に「微熱」を持ってきたのは挑戦でした。僕らからしたらオーバーグラウンド的なビートとメロディラインがこの曲にはあります。パスピエはいかに変化球バンドとしてあり続けるかということを考えていて、その中でより変化球を磨くのか、逆にタイミングを外ような直球を投げて、その変化球をより際立たせるのか、というところで「微熱」という曲を1曲目に持ってくるのは面白そうだなと思いました。
呼吸感みたいなものを打ち込みで表現
――逆に「かはたれ時に」は変拍子でパスピエの真骨頂のような曲で。
成田ハネダ 4/4拍子もありつつ、サビは9/8拍子と12/8拍子のミックスになっています。「微熱」と「かはたれ時に」、どちらを1曲目にするか迷いました。
――拍子すごいことになってますね(笑)。大胡田さんはどう捉えて歌っているんですか。
大胡田なつき 私はどんな曲でも、拍で区切って歌うとかは考えていないです。ナチュラルに音に乗るようにしています。
成田ハネダ 複雑にしようとしたというよりは、僕は鼻歌やピアノで弾いたものをボイスメモで録音したものから広げたりすることが多いんですけど、拍を意識して歌い始める時もあれば、インプロビゼーションみたいな感じで、リズムを意識しないパターンもあって、これってどんなリズムだろう? みたいに考えることもあります。
変拍子も4/4拍子に変換してみたり。その鼻歌も寝る直前とか記憶が曖昧な時が多いですけど(笑)。でも、この「かはたれ時に」は4拍子に変換したら曲の良さみたいなものが損なわれてしまうなと思い、鼻歌の尺そのままでリズムに当てはめたらどうなんだろうと、考えたらこの拍子になりました。呼吸感みたいなものを打ち込みで表現したらこんな感じかなと思います。
――ドラムは打ち込みですけど、生ドラムでのライブが楽しみですね。「かはたれ時に」というタイトルも印象的でした。
大胡田なつき 薄暗い時に目を凝らさないと見えるか見えないか、という意味の言葉です。この曲は一筋縄にはいかないじゃないですか。耳を凝らして聴いてほしいと思って付けたところもあります。最終的に一緒に踊れたら嬉しいですね。
――なかなか手強い曲だと思います。
成田ハネダ “リズムに乗る”という概念は枠組みを当てはめるものではないから、拍子は複雑ですけど、ノリ方がより自由になるんじゃないかなと思います。逆に枠にハメようとすればするほど、乗れなくなってくる曲かもしれません。
――頭空っぽにしてリズムに身を委ねるのが正解かもしれないですね。
成田ハネダ 自由に対して理屈で戦っているみたいな感じですね。そういった拍子に落とし込んで完成形まで作り上げたんですけど、今リリースされているものよりBPMを落としてレコーディングしました。そのデータを箇所箇所でチョップ(演奏されたオーディオ波形を細かく切り刻み、リズム上に配置し直すこと)して、BPMを上げて張り合わせています。それは時間の奥行きみたいなものができたらなと思って。コードワークとかもそうなんですけど、テンポを変えて録るというのは今回の特徴の一つになっています。
――コメントにあった渾身の遊びというのは、このことだったんですね。
成田ハネダ 世の中に曲がどんどん増えていく中で、どうやって奥行きを持たせるかを考えた方がいいんだろうなって。限られた環境の中で、どう抗っていこうかというのはあります。
――歌はどんなチャレンジがありました?
大胡田なつき チャレンジではないのですが「浮遊層」は、昔の歌い方を思い出してやってみました。他には「ニュータウン」で成田さんのピアノ伴奏と一緒にレコーディングしていて、クリックを聞かずにライブのような感覚で録りました。ちらっと成田さんを見たり(笑)。どっちかが間違えたらやり直しで。4回くらいは録ったと思います。
成田ハネダ 「ニュータウン」は前半と後半がピアノと歌だけなので、その分より自由なことができるなと思い同録にしました。
――まだやったことがないこともあるんですね。
成田ハネダ 無限にあると思っています。僕は例えば美術館で録りましたとか、そういったレコーディング方法も楽曲に奥行きが出ると思っていて、そういう伝え方というのもいいなと思います。
大胡田なつき そう思って曲を聴くのも楽しいです。この曲そんなところで録っているんだみたいな。
「なんかいいよね」を、どうやって提供するか
――2021年あたりから話題にあがる空間オーディオも活きる気がしています。ちなみにお2人はそういったテクノロジーに関してはどう考えていますか。
大胡田なつき 私、興味はありますね。でも、自分たちの曲で面白そうだなと思うのがあればやってみてもいいかなと思っています。
成田ハネダ どのフォーマットを選ぶのか、正解というのはない気がしています。でも、一つまたフォーマットが増えると、作っている側としては悩むきっかけになるので、それは音楽をやっていて楽しい現象だなと思います。
――選択肢が増えますよね。
成田ハネダ 僕らに限らず周りも変わってきます。大胡田の声質は空間オーディオにも合うと思いますし、面白そうだなと思います。映画の4D(「体感型」を演出するための最新劇場上映システム)のように、作品とリスナーが同じフィールドになっていくのか、どう作用していくのかは楽しみです。
――お2人が2023年に追求していきたいことは?
大胡田なつき 声を出すことだけが歌、音楽じゃないと言いますか、それを追求してみたいと思っていて。
――哲学的ですね。
大胡田なつき ライブを意識しない曲を作ってみてもいいんじゃないかなと思ったり。聴くだけの音楽ですね。やり方はまだ模索中なんですけど、声を出すことだけが音楽の表現ではないんじゃないか、改めて表現というところを考えてみたいと思っています。
――成田さんは?
成田ハネダ 今日お話ししたことにもつながると思うんですけど、ライブでも音源でも1音に対しての付加価値、情報量をつめていけるかというのが大事になっていくんだろうなと思っています。世の中全体が情報処理能力が速くなっていて、動画も1.5倍速で見るのが普通ですという人がいたり、メディアに対して時間の凝縮感みたいなものがすごく感じたりします。
――タイパ(タイムパフォーマンス)、いま話題になっていますよね。
成田ハネダ 音楽を早送りで聴く人もいるかもしれませんが、音楽は時間芸術、時間の可変ができないものだと思うので、1音の中にどれだけ有益な情報を詰め込められるかというのは、2023年以降もっともっとやっていけたら面白いのかなと思います。あと、僕の中で「なんか面白いよね」という評価がすごく嬉しいです。クラシックをやっていた時に、なぜその音楽がいいのか、演奏がいいとか紐解けば色々あるんですけど、そういうのを取っ払って「なんかいいよね」を、どうやって提供するかにこだわっていきたいです。
(おわり)