海上自衛隊東京音楽隊が25日、新作となる『シング・ジャパン―心の歌―』を発売する。日本の歌曲を取り上げている今作は、吹奏楽団である海上自衛隊東京音楽隊の演奏に、川上良司1等海曹と三宅由佳莉3等海曹の歌がフィーチャーされた内容。多彩な編曲は若手アレンジャーの狭間美帆氏を含めた豪華なメンバー4人が参加。三宅3等海曹は専業歌手として初めて採用された自衛官で“海上自衛隊の歌姫”としても知られ、テレビなどにも出演。音楽隊の活動を広める看板的存在となっている。今回はその三宅3等海曹と、作品全編で指揮を務めた東京音楽隊隊長の樋口好雄2等海佐にMusicVoiceはインタビューをおこなった。樋口2等海佐は「歌と吹奏楽は決して相反する物ではない」と語り、三宅3等海曹は「『心の平和』のために音楽を届けて、繋げて、育んでいく」と話す。新作で試みた音楽的挑戦と国際平和に音楽がいかに寄与するのか、考えを聞いた。
多彩なアレンジによる日本歌曲作品
――待望の新作ですが、完成していかがですか?
樋口好雄 まず、選曲の段階から色々な方とキャッチボールしました。基本的には日本の歌曲ですね。「赤とんぼ」とか、寺山修司さんと中田喜直さんの「悲しくなったときは」や、皆さんが小さい時から聴いて歌っている「ゆりかごのうた」など。そこから順を追って、現代に至る有名な曲を取り上げています。私は全編で指揮を担当しました。
三宅由佳莉 隊長の話の通りです。世代を越えて愛される曲から、しっかりと歌い込む歌曲など様々なジャンルをひとつに集約した様な作品です。私自身も色々な歌い方を試しています。作り上げていく時間も楽しませて頂きました。
樋口好雄 日本の歌曲は素晴らしいものが沢山あるので、是非とも歌曲を紹介したいと思っていました。でも、吹奏楽で歌曲を紹介する機会は、なかなかないんです。どうしても曲だけの世界になってしまいますし、それを吹奏楽で取り上げるのは編曲(アレンジ)の問題にもなってきます。それにオーケストラも含めて、それぞれの楽団に専属の歌手っていないじゃないですか。なので、取っつきにくいところもあったのですが、そこもクリアしつつやりたいなと。
この作品には、自分の人生の節目節目で必ず引っかかっている曲があると思うんですよ。例えば「秋桜(コスモス)」であったり、美空ひばりさんの「川の流れのように」、ゴダイゴさんの「ビューティフル・ネーム」の様な。心に残る、時代を代表する曲が必ずあると思うんです。僕自身も、夏川りみさんの「涙そうそう」が大好きですし。そういった曲を三宅が彼女なりに表現しています。
――三宅さんは、日本語の歌詞を歌うという事について思う事はありましたか?
三宅由佳莉 今回歌わせて頂いた日本の曲は、素晴らしい歌詞が含まれています。私の言葉から景色だったり、感情だったりを感じて貰える様に努めました。その中で声や表現を選んだり、色々な試行錯誤をしています。自分達が慣れ親しんでいる言葉ですので、「聴きとりやすさ」というものを一番大事にしていかなければならないと思っています。その分難しさはとてもありますね。
――先ほどもお話にあった編曲ですが、伊藤康英さん、義野裕明さん、福島弘和さん、狭間美帆さんとベテランから若手までが起用されています。
樋口好雄 今作は全曲オリジナルアレンジなんです。編曲者は4名ともレコーディングに立ち会って頂きました。狭間さんなんかは、その時に初めてお会いしました。面白い方でしたね。彼女と学生時代同じ楽団にいたメンバーも音楽隊にいたりもして、色々な繋がりもありました。義野さんは去年歌番組に出た時、凄くバンドに合ったアレンジをしてくれたんです。歌にも負担がなく、バンドにも無駄がなくて「こんな方がいたんだ」と。吹奏楽とは全く違う世界なので、凄く新鮮だったんです。なので、今回もアレンジをお願いしたら、快く引き受けて頂けました。
三宅由佳莉 吹奏楽に歌を載せるという事は無謀な面もあると思うんです(笑)。私は吹奏楽で歌う事しか経験がないのですが、オーケストラとは音の厚みも違って、バランスを保つのが難しいのではないでしょうか。特に自衛隊の音楽隊は、力強いサウンドが魅力だと感じています。
――バンドのレコーディング期間は3日間でおこなわれたそうですね。
樋口好雄 レコーディングの前には1回しか練習してないんです。1番、時間を割いて練習したのは伊藤康英さんの曲でした。伊藤さんもそれなりの想いを込めて書いて頂いているので「こういう風に表現してほしい」というディレクションがあり、彼だけ事前に練習に来てもらいました。それ以外の編曲者の方は本番当日に立ち会っていただきました。
三宅由佳莉 伊藤先生のアレンジは本当に素晴らしくて「初恋」と「赤とんぼ」は聴き馴染みのある物よりもスケール感が凄いです。吹奏楽の良さを引き出しつつ、歌も乗せやすいというパーフェクトなアレンジになっています。
樋口好雄 「初恋」で途中でチャイコフスキーみたいなフレーズが入ってきたり。
三宅由佳莉 急にドラマが始まるところで「吹奏楽キタ!」という感じがします(笑)。
樋口好雄 リハーサルは時間も無かったのですが、アレンジがしっかりしているので、変にしつこくやるよりも「あとはスタジオに行って、本人たちに聴いてもらってやろう」という感覚でしたね。レコーディングも早めに終わってしまいましたけど(笑)。
歌と吹奏楽は相反する物ではない
――収録曲の中で、個人的な推し曲などはありますか?
樋口好雄 うーん、悩みます(笑)。「初恋」と「悲しくなったときは」ですかね。
三宅由佳莉 私は「ゆりかごのうた」と「いい日旅立ち」です。「ゆりかごのうた」は聴いていて涙が出てくるんですよ。満たされますね。
樋口好雄 福島さんのアレンジがあまりに良いので、うっとりして思わず寝てしまいそうになりましたよ(笑)。カーステレオで聴いたら危険かもしれません。
三宅由佳莉 今回は歌メインの作品としては3枚目になるのですが、これまで応援してくださっている皆さんには、私自身の成長も楽しんで頂けると思います。あとは今作で初めて聴いて頂く方もいらっしゃると思うので、これをきっかけに海上自衛隊に興味を持って頂いて、理解を持って頂ければ嬉しいです。
樋口好雄 こういう形の吹奏楽作品は中々ないので、『歌に寄り添う吹奏楽』というのも良いかなと。優しく寄り添っていますので、少しだけデリケートな吹奏楽を聴いて頂ければと。
――学生の吹奏楽コンクールでも、歌曲が取り上げられたら新しい空気が入りそうですね。
樋口好雄 私はそれも有りだと思っています。どうしても「歌曲」と言うと、吹奏楽とは相反する様なイメージがあって。実は、先日も昭和女子大の中等部・高等部の合唱部と吹奏楽と合同でコンサートをおこなったんです。同じ学校なので、共演などはしょっちゅうやっているのかなと思っていたのですが、その時が初めてだったそうなんです。
私の方から合唱部の皆さんに「是非やりましょう」と声を掛けたんです。13人しかいない合唱部でしたが、いざやったら「凄く楽しかった」と言ってくれて。同じ学校で、音楽部なのに接点がないというのも勿体ないですよね。なので、こういうコラボレーションはどんどんやったら良いと思います。
街にも吹奏楽団は山ほどあるので、合唱団はもっとある筈です。だから、もっと仲良く交流すれば良いなと感じました。そういった事も含めて、歌と吹奏楽というのは決して相反する物ではないんです。最近は、ぼちぼちと合唱の為の吹奏楽曲も書かれ始めているんです。でもまだまだなので、そんな世界もどんどん広がってくれればと思っています。
――現在楽隊には何名の方が在籍されていますか?
樋口好雄 全部入れると75名です。その中で演奏者は60名弱位ですね。演奏者は制服組で自衛官なのですが、音楽とは関係ない私服組の防衛事務官の人もいるんです。総務とか経理とかドライバー、食堂の調理員も2人いたり。演奏する人はまず自衛官として採用されて、そこからオーディションを経て、選ばれた人がメンバーになります。
普段の活動は、仕事があってその為のリハーサルを事前にしていますね。それの繰り返しです。例えば最近で言うと、大臣主催のレセプションだったり、防衛医科大学の学園祭で歌って踊ったり…。その様な現場で演奏しています。年間通して120回くらいの本番がありますね。今度の競馬の「天皇賞」のファンファーレの演奏もうちです。練習に関しては個人でのものもありますし、皆で合奏もありますよ。
三宅由佳莉 個室の練習部屋が用意されているので、そこでも練習もできます。ちょっと大きめのスペースもありますので、複数人でも合わせられる様になっています。
心の平和を保つために音楽を届ける
――軍隊に音楽は付き物ですが、これはどういった歴史があるのでしょうか?
樋口好雄 諸外国には色々な歴史がありますね。最初の軍楽隊はトルコで、それが軍楽隊のルーツとされているんです。何故かと言えば、当時丘の上から攻めてくる時にトルコの軍隊は、シンバルとか2枚リードとか物凄く派手な音を鳴らしながら来るわけです。丘の向こうから見ている敵は「もの凄い軍が来る」と思って、退散したという話があります。そこから軍楽隊って始まったんですよ。あとは、士気高揚ですよね。
それからイギリスなどのドラムメジャー(指揮者)のたすきには戦争をやった年が書いてあるんです。「何年にどこと戦争した」と記録されている。あとは黒いバチ(スティック)を持っていたりもするそうですね。それは何かというと、目の前で自分の仲間が戦死した時にそのバチで太鼓を叩くための物だそうです。それぞれの国によって色々な歴史があります。
――日本ではいかがでしょう?
樋口好雄 海上自衛隊も昭和20年代から海上保安庁音楽隊から始まり、海上警備隊音楽隊、防衛庁、防衛省の自衛隊音楽隊ができました。なぜ出来たかといえば、色々な式典ですね。戦争に負けた後に、アメリカのパトロール・フリゲート、つまり古い駆逐艦を貸与されて会場警備隊や保安庁ができたんです。その引き渡し式など様々な式典があったんですね。両国の国歌などを演奏しなければならない。その時に自然発生的に「やっぱり軍楽隊が必要だ」と。そこで海軍軍楽隊の出身者がリードして結成されたのが、海上自衛隊音楽隊の前身となりました。
最初は軍内行事ばかりおこなっていました。しかし、段々と防衛庁の職員のために、街のパレードをやるようになったり、商店街で演奏するようになったり、どんどん増えていって、今は全国6カ所に海上自衛隊音楽隊があります。
――軍楽隊というと、男性が多く所属するイメージがありますが、実際はいかがでしょうか?
三宅由佳莉 女性が所属することも、今は珍しい事ではないですね。
樋口好雄 当初は自衛隊員にも女性隊員はいなかったんです。女性が採用される様になってから、30年経ちましたね。今では女性音楽隊員も増えました。
三宅由佳莉 私が入隊した時、既に女性隊員の方もいらっしゃいました。その方たちに付いていく様な形で私は勉強しました。最近は女性隊員が大活躍です。確かに男性の方が多いですけど。
樋口好雄 海上自衛隊東京音楽隊は3分の1が女性ですね。他の自衛隊の部隊は5パーセントから10パーセント。潜水艦は0ですね。なので、こんなに多いのは音楽隊だけです。私が目指すのは全員女性の音楽隊です。男性は自分だけ。それは冗談ですが、今既に各楽器のパートに1人は女性がいますから、女性だけのバンドを編成しようと思えばできます。
――災害の慰問などでも演奏される事があると思いますが、そういう時に感じる事はありますか?
三宅由佳莉 やはり震災を経て、歌を歌う事について学んだ事は沢山ありました。自分自身の役割だったり、出来る事だったり、というのを演奏を披露する事で感じた様な気がしています。自分自身「本当の意味で役に立てているのか?」というのを常に自問自答しながらの活動ですが、誠心誠意やっていく事が私の務めだと思っています。
――現在、様々な国際情勢の中で日本も色々な情勢に立たされています。日本の音楽家の中でも、皆さんは特にそれを意識している存在だと思うのですが、世の中の平和に音楽はどのように寄与すると思いますか。
樋口好雄 毎年、『自衛隊音楽まつり(毎年11月に日本武道館で開催)』ということをおこなっています。各国の軍楽隊との防衛交流という側面もあり、これを続けています。例えば、今でも海上自衛隊でしたら、米軍やオーストラリア軍と訓練をおこなっています。潜水艦や軍艦で色々な訓練を諸外国と共同でやっているんです。それと同じように、音楽隊も諸外国と交流しているんですよ。色々なチャンネルで国際交流をするというのが大事なんです。私たちは音でお互いを知ろうという側面もあります。
あとは、今こうして話している間にも私の仲間の艦長とか司令が、尖閣で対峙しているわけです。日本海にミサイルが飛んでこないか、と。そういう船が出向する時に見送るのも我々の役目です。そういった意味で、最初に話した士気高揚というのはとても大事なんです。彼らが出ていって、無事に帰ってくるまで「頑張ってこいよ!」というのを音楽を通じておこなうからです。なので、それぞれの活動に意義深い役割があるなと感じます。そういう仕事は自衛隊の音楽隊だけだと思いますね。
三宅由佳莉 音楽はもちろん平和に有効だと思います。やっぱり「心の平和」が一番大切なので、それを保つためにも心豊かな音楽を届けて、繋げて、育んでいくという事が大事だと感じています。これからも国際親善に貢献出来る様に、我々も一生懸命演奏していきたいです。
【取材=小池直也/撮影=片山 拓】