<記者コラム:オトゴト>
 「スターになりたい」「武道館に行きたい」音楽、芸能界を目指す若者が目標として掲げる。まるで有名大学を目指す受験生のようだ。モチベーションを持つことは必要なことであるが、かつてはまるでミュージシャンならそう言って当然くらいに言われていたこの言葉の意味を考えることがある。それはすなわち、多くの人の支持を集めること。突き詰めれば、そういう感じだろうか。いや、それはさらに突き詰めれば、自身の思いを込めたものが、人を引き付ける、つまり「力を持つこと」につながっていくのだろう。

 一方で、こんな言葉を目に、いや耳にすることがある「音楽でメシを食っていきたい」。そんな言葉をポッと言う若者も、意外にいるようだ。武道館に行けるようになれば、あるいはスターになれば「音楽でメシが食える」ようになる、そういう考えもあるかもしれない。しかしそもそも根本的に、この言葉は前述の言葉とは異なる。「音楽でメシを食う」には、時として自分が信じる音楽の力を、捨てなければならない。

 しかし、あくまで「自分の信念を貫く生き方をしたい」という意味で「音楽でメシを食う」と主張する者も少なくないのではないだろうか。大概は、志半ばで挫折するようだが、そもそも自身の目的を突き詰め切れていないのだから、当然といえば当然だろう。ではなぜ若者たちはそういった考えに向かっていくのだろうか。

 多くは、やはりミュージシャンになりたい、と思うきっかけからそう考えてしまうのだろう。華々しく武道館などのステージでライブを繰り広げるミュージシャンを見たとき。または「チャート初登場第一位!」などといった派手な触れ込みを見たときだろうか。そんなものを目の当たりにしたとき、大きな魅力を感じるのも無理はない。むしろそんな気持ちになるのは、健全であるとも思う。しかし、もし本気でミュージシャンになりたいと思う人がいるのなら、今一度自分がなぜそう思うのか、自問自答してみることを勧める。

 私がこんなことを書いたのは、以前ジャズのジャムセッションで楽器をプレーしたときに、そのひと時があまりにも楽しくて「プロになりたい」とふと考えたことがあるからだ。そのとき、とあるプロのジャズプレーヤーに「私はプロになれるか」とたずねたら、彼は「プロミュージシャンというのは、何を差し置いても音楽をやらなければいけないと自分が思うものであって、なれるなれないというものではない」と答えた。それ以来、ミュージシャンというという道を考えることはなくなったが、それがきっかけで、音楽を作ることとは、より深いものだと感じるようになった。
【桂 伸也】

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