“人生の秘密の扉”を見つけた、ユップ・ベヴィン 音で探求する
INTERVIEW

“人生の秘密の扉”を見つけた、ユップ・ベヴィン 音で探求する


記者:村上順一

撮影:

掲載:17年08月02日

読了時間:約10分

孤独を感じることは脳にとってヘルシーな状態

――今作は、家で聴いたときと街に出て聴いたときとでは印象が変わると思いました。音楽によってさらに街の雰囲気が寂しく、孤独感を感じました。今作を聴いて私がこういった感情になるのは、ユップさんにとって正解なのでしょうか?

 そう感じられるのは良いことだと思います。私も街で音楽を聴いたときに孤独を感じるという経験はあります。そして、その孤独はいいことだと思います。孤独を感じるということは、考えて物事を実行するということの土台となることだと思うので、脳にとってはとてもヘルシーな状態なのではないかと思います。

 家で聴いたときの印象がまた違うのは、もしかしたら家では音楽が一種のアンビエントになってしまうのかもしれませんね。私は、それより街で聴くことで孤独を感じつつも、アクティブに聴いてもらえるほうがありがたいです。街で聴いて孤独を感じることによって何かが引き起こされると思います。

――確かに孤独を感じながらも「もっと一生懸命生きたい」と、自分の存在にもっと意味を持たせたいと思いました。

 いいですね! それで正解だと思いますよ。

――私はアルバム全体を“1曲”として捉える感じでしたが、その点に関してはどうでしょうか?

 そのように「一つの楽曲のよう」に捉えられることを嫌がるアーティストはいるかもしれませんが、私の場合はそのように思わないのです。もちろん、それぞれの曲にそれぞれのストーリーがあるかもしれないし、先程のように“もの思わせる”ということを考えると、「一つのこと」だと思います。

 実は「Hanging D」だけは、収録しようかどうするかと迷いました。それは、アルバムの流れとして他の曲と違うので、何か変わってしまうかなと思ったんです。でも、「Hanging D」を入れて欲しいという要望が多かったのです。何とか上手い具合に収録できたと思っています。ライブではまた違った風に演奏をするのですが。

――「Hanging D」はアルバムのなかでのフックとなって、緊張感を生んだと感じました。

 ありがとうございます。私も、アルバムでそれまで静かに進んでいく流れから「Hanging D」でバランスが戻ってくるという点が気に入っています。

――ユップさんのピアノからは独特な音色が聴けます。「プリペアドピアノ」で演奏しているとお聞きしたのですが?(編注=プリペアドピアノ:グランドピアノの弦に、ゴム、金属、木などの物質や素材を挟んだり乗せることで、独特なノイズや倍音などの多様な響き、音色が得られる。打楽器群を使用するのに近い効果も得られる)

 正確にはプリペアドピアノではなくて、普通のピアノなのですが、モデラートペダルという、少し音を和らげるペダルを使用しました。それでハンマーと弦の間にフェルトが入っている状態になっていて、ああいった音色になっているわけです。

――楽器としてアップライトピアノを選択したのは何故でしょうか?

 グランドピアノを持ってないから(笑)。グランドピアノにも、探せばアップライトピアノのような温かみのあるクオリティーのサウンドのものもあるのでしょうが、あったとしても私の部屋に置けないという、現実的な問題もあります。

 日本のように、どうしてもレンタルで弾かなければいけない場合に、自分のモデラートペダルを持って来ています。どんなピアノにも調整して付けられるようになっています。それでも、音のレゾナンスは楽器毎に違うので完璧に同じ音にはならないのです。

――弾き方も大きいでしょうか?

 そうですね。かなりソフトに弾いています。

自分の“人生の秘密の扉”をようやく見つけた

ユップ・べヴィン

――その「Hanging D」は右手を手刀のようにして弾かれていますよね?

 はい。でもこの曲を演奏すると手首に負担がかかります…。

――過去に手首を痛めているとお聞きしました。

 そうです。だから、一度やっているので気をつけないといけません。PCでマウスを使いすぎて起こるような職業病じゃないですが、音大で手を酷使しすぎて腱鞘炎になってしまって。だから「Hanging D」を1日に2回演奏するのはあまり好ましくないのです。

――手首に負担がかかる曲なのですね。

 少し控えめにやることはできるのですが、そうすると楽曲に必要な緊迫感などが欠けてしまいますから。でも、手首を痛めたことによって、そのおかげでシンプルな自分のスタイルができました。

――普通だったらピアノをやめてしまいそうなものですが…。また引き戻される程の魅力が音楽にはあった?

 やっぱり痛めてから2年間は演奏をしていませんでした。でも、何かを作りたい、クリエイティブなことがしたいという思いは自分の中にずっとあったので、ある時期が来たときに、自分のなかの必要だという気持ちがそうさせたのだと思います。本を書くみたいなことに変えても良かったのかもしれませんが、やはりそれでは自分が本当にやりたいということとは違ったのです。

――今作を始め、現在ユップさんの音楽が多くの人に広まり支持されていることについて、どのように感じていますか?

 とても謙虚な気持ちにさせられると同時に、今までやってきたことが報われたということも感じます。自分の“人生の秘密の扉”をようやく見つけたような気がします。

 結局人間とは、心が惹かれるまま、導かれるままに歩いていって、チャンスや自分の才能などそのときに与えられたものを追求して、努力をして、「自分は何でここに居るんだろう、自分は何者なんだろう?」と思いながらその道を進むのだと思うのです。

 その結果、今の自分のようなことが起こると、ようやく自分が見ようとしていた扉が開いて、今までとは違う世界が見えてくるような気持ちです。

――今のような状況を少しは想像されていましたか?

 想像していなかったです。自分の作った音楽によって、何千人くらいかの人と繋がりが持てたらいいな、というくらいの希望はありましたが、まさかこんなに…という感じです。

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