プリペアド・ピアノを前に撮影に応じるユップ・ベヴィン(撮影=小池直也)

 オランダ人ピアニストのユップ・ベヴィンが11日、オランダ大使公邸でアルバムリリース記念ショーケースをおこなった。細工が施されたピアノによる全6曲の演奏とトークセッションでオーディエンスを楽しませた。また、イベント終了後の取材では「4、5年前だったら、この様なシンプルな演奏するだけの勇気はありませんでした。でも、素直に自分の良いと感じる音楽をやれば良いという心境になりました」と現在のスタイルに至った心情を明かした。

 ユップ・ベヴィンはオランダでCM音楽に長く携わり、現在はソロアーティストとして活躍するピアニスト/コンポーザー。2015年に自費リリースした初アルバム『ソリプシズム』が音楽ストリーミングサービス『Spotify』で6000万回近い再生数を達成するなど、世界的に確かな存在感を確立している。今回のパフォーマンスは、オランダ外務省が国際的に活躍している、オランダ人アーティストをサポートする活動の一環で企画されたもの。

 イベントでは、演奏の前にオランダ王国大使のアルト・ヤコビ氏が挨拶。氏は、挨拶中にユップの新譜『プリヘンション』について「『複雑な感情のためのシンプルな音楽』とユップは説明していますが、これは日本でいう『もののあわれ』に近いかと思います」と言及、日本文化に即した解説も加えた。

 明治時代に建てられたという、この大使公邸。歴史的建造物の中に、外装をほとんど取り除かれて裸にされ、打鍵位置にはフェルトを挟むなどした、プリペアド(細工)・ピアノが設置されていた。ユップはすたすたと登場し、このピアノに歩み寄ると、声を発する事なく演奏を始めた。

 最初のセットリストは、「はじめから(Ab Ovo)」、「偏心(Sonderling)」、「Etude」の3曲。静寂さに寄り添うような音楽が会場を包んだ。シンプルな音楽ながら、こもったピアノの音色によって新鮮さが感じられる。会場外の小鳥のさえずりが音楽に混ざったり、ちょっとした自然光のゆらめきで影が生じたりと、全てが演出の様にも感じられる空間だった。

 その後はユップのトークセッションがおこなわれた。日本の印象については「昨日は夜の東京を散策しました。酔っぱらい横丁というのでしょうか。はじめての日本を謳歌しました」と述べるなど、2メートル7センチの大きな体から発せられる穏やかなトークで会場の雰囲気を和ませた。

 新譜のタイトルである『プリヘンション』の意味については「難しい質問ですね。基本的にはアルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(数学者・数学者)の作った言葉で、『現実を意識することなく受け止める』という考え方です」と理知的な一面も。

 演奏については「私はソフトなタッチで弾くのが好きなんです。それで音量を出すためにピアノの蓋を外しています。さらにマイクを立てて、ハンマーやメカニックな音を拾っています。これによって音楽にパーカッション的な付加価値も付くので、音にキャラクターが生まれるのだと思います」と明かした。

 自己の音楽性については「自分にとってピアノはセラピーの様なもの。若い頃はずっと弾いていたのですが、しばらく弾いていなくて。忙しい生活の中で久しぶりにピアノを触った時に、今聴いて頂いたような音楽が生まれました。夜中に弾いていたので、家族を起こさない様に弾いていたからという事もあるかもしれません」とした。

 その後、ユップはもう1セットの演奏を披露。寄せて返すさざ波の様な「Midwayer」、シックなワルツの「Sleeping Lotus」、強弱や連打などで生じる音響効果を巧みに使った「ハンギングD(Hanging D)」を披露。いわゆる技巧的な要素はほとんど無かったが、既存のテクニックでは無視されがちな別のスキルやセンスが光った。

 ユップは、イベント終了後、MusicVoiceの取材にも応じ、「4、5年前だったら、この様なシンプルな演奏するだけの勇気はありませんでした。何故なら、とにかくシンプルだから」と過去を振り返った。

 そして「でも、人生のある時に音楽が自然に自分の前に現れた気がしたんです。その時は恐れも何もなく『やってみよう』と思えました。人から何を言われるでもなく、素直に自分の良いと感じる音楽をやれば良いという心境になりました」と現在の心情を明かした。(取材・撮影=小池直也)

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